極稀少品 ペナン、ポンセ作 《無原罪の御宿りと汚れなき御心 聖母マリアの薔薇と百合 直径 32.4 mm》 聖母の無原罪性を強調した大型美麗メダイユ 十九世紀後半ならではの作例 フランス 1870年代


突出部分を除く直径 32.4 mm   厚さ 3.2 mm   重量 12.6 g



本体価格 28,800円



 アソシアシオン・デ・ザンファン・ド・マリ(仏 Association des Enfants de Marie マリアの子ら信心会、マリア会)の大型円形メダイユ。マリア会は聖マドレーヌ=ソフィー・バラ(Madeleine-Sophie Barat, 1779 - 1865)が 1823年にリヨンで設立した少女のための信心会です。本品は十九世紀後半、おそらく 1870年代に制作されたもので、マリア会のメダイユとしては最古の型に属します。

 1854年12月8日、ローマ司教(教皇)教皇ピウス九世は、聖母マリアが無原罪の御宿りであることをカトリック教会の教義として正式に宣言しました。これにより十九世紀後半は無原罪の御宿りとしての聖母がとりわけ意識され、聖母の無原罪性が強調される時代となりました。本品はこの時代に制作された美しい大型メダイユで、一方の面にルルドのインマクラータ・コーンケプティオー(羅 IMMACULATA CONCEPTIO 無原罪の御宿り)を、もう一方の面に聖母のコル・インマクラートゥム(羅 COR IMMACULATUM 無原罪の御心)を浮き彫りにし、聖母の無原罪性を強調した十九世紀後半ならではの作例となっています。





 十九世紀のフランスでは聖母の出現が相次ぎました。1830年にパリのバック通りにある愛徳姉妹会でカトリーヌ・ラブレが聖母を幻視したのを皮切りに、1846年にラ・サレットの聖母、1858年にルルドの聖母、1871年にポンマンの聖母が出現しています。このうち最も注目を集めたのはルルドの聖母です。聖母が出現したルルドはピレネー山中の田舎町ですが、現在でも世界で最も有名な巡礼地のひとつとして知られ、年間およそ五百万人が訪れています。

 ルルドを貫流するポー川(仏 le gave de Pau)の岸辺に、現地で話されるガスコーニュ語ビゴール方言でマサビエラ(massavielha 古い岩塊、の意)と呼ばれる高さ二十七メートルの岩場があります。この岩場は巨大な石灰岩の塊で、基部にポー川の浸食を受けて、高さ 3.80メートル、奥行 9.5メートル、幅 9.85メートルのグロット(仏 grotte 洞穴、岩に開いた大きな横穴)を生じています。洞穴に向かって立つと右上方に縦長の開口部があって、開口部の奥は下の洞穴に繋がっています。ルルドの少女ベルナデット・スビルーが幻視した少女マリアは、この開口部に立っていました。若き聖母に指示されたベルナデットが、洞穴内の土を手で掘ったところ泉が湧き出して、多数の病人に奇跡的な治癒効果を発揮しました。

 少女ベルナデットはマサビエラで十八回に亙って聖母を幻視しました。1858年 3月25日、十六回目の出現の際、少女ベルナデットが四回繰り返して聖母に名前を問うと、聖母は目を天に向け両手を胸の前で組んで、「わたしは無原罪の御宿りです」と答えました。本品に表されているのは、このときの聖母の姿です。





 マサビエラのグロットの右上方、ベルナデットが聖母の姿を見た開口部には、聖母出現から六年が経った 1864年にジョゼフ=ユーグ・ファビシュ(Joseph-Hugues Fabisch, 1812 - 1886)の手による聖母像が安置され、現在に至っています。ファビシュの聖母像は大理石製で、十六回目の出現の際にベルナデットに名を問われ、「わたしは無原罪の御宿りです」と答えたときのマリアを表現しています。ファビシュはリヨン高等美術学校の教授を務める高名な彫刻家で、偉人の胸像や多数の聖人像、祭壇彫刻の作者です。バジリク・ノートル=ダム・ド・フルヴィエールの鐘楼に立つ金色の聖母像も、ファビシュの作品です。

 ファビシュの聖母像は右腕にロザリオを掛け、胸の前に手を合わせて天を仰いでいます。聖母が出現した場所は茨の茂みになっていましたが、聖母はそこに素足で立って傷つくことがありませんでした。聖母が茨の棘に傷つかなかったことは、聖母が原罪に傷ついていないこと、すなわち聖母の無原罪性の象(かたど)りであると考えられます。ファビシュは像の足に金の薔薇を咲かせて、ロサ・ミスティカ(羅 ROSA MYSTICA 神秘の薔薇 聖母のこと)の無原罪性を強調的に可視化しています。





 伝統的図像において、無原罪の御宿りは鎌のような下弦のに立っています。あるいは球体の上で蛇を踏みつけて立ちます。本品の浮き彫りはファビシュの大理石丸彫り像を写したもので、岩の上で茨を踏みつけて立つ聖母は伝統的イコノグラフィーに見られない新しい型の図像です。


 本品において聖母はマンドルラ(伊 mandorla 巴旦杏)すなわち紡錘形の画面に立り、背景には多数の五芒星が鏤(ちりば)められています。

 日本画の背景は空白のまま残され、或いは単色で塗り潰されますが、伝統的西洋絵画には必ず背景が描かれます。本品において聖母像の背景に輝く多数の五芒星は、西洋絵画の伝統に基づき、背景を空虚にしない空間処理上の役割を担います。しかしながら聖母像の周囲に星が描かれる場合、それらの星は一人ひとりのキリスト者、救いを得た魂をも表しています。このことは不思議のメダイを見ればよく理解できます。したがって本品において聖母を取り巻く星々は、ルルドの聖母に救いを求め、ルルドの聖母を通して恩寵を受け取る大勢の巡礼者を表しています。





 マンドルラを縁取る帯状部分には、聖母の言葉がイール=ド=フランス方言(標準フランス語)に訳して記されています。

  Je suis l'Immaculée Conception.  わたしは無原罪の御宿りです。


 マンドルラの外側はカドリロブ(仏 quadrilobe 四つ葉)と正方形を組み合わせたゴシック風の刳り型となっており、マンドルラの両横には咲き誇る薔薇が写実的に刻まれています。メダイの下部、マンドルラの外縁に接する左右に、リュドヴィク・ペナン(Ludovic Penin, 1830 - 1868)とジャン=バティスト・ポンセ(Jean-Baptiste Poncet, 1827 - 1901)の名前が刻まれています。

 リュドヴィク・ペナンは信心具としてのメダイユ彫刻の名手であり、グラヴール・ポンティフィカル(仏 un graveur pontifical 教皇庁のメダイユ彫刻家)にも指名されましたが、弱冠三十八歳で夭折しました。リュドヴィク・ペナンと同郷の芸術家ジャン=バティスト・ポンセは夭折したペナンの仕事を引き継ぎ、ペナンが制作したメダイユのマトリクス(鋳造または打刻の母型)に手を加え、1870年代以降にも美しいメダイユ彫刻を世に送り出しました。





  上の写真に写っている定規のひと目盛りは、一ミリメートルです。聖母の顔は野の花のように素朴な目鼻立ちですが、これはペナンが彫る聖女像の特徴です。左膝を一歩前に出し、コントラポストの姿勢を執る聖母の体は、衣の下に女性らしい丸みを感じさせます。ロザリオの珠の直径は 0.5ミリメートルに満ちませんが、ひとつひとつが丁寧な半球形に整形されています。





 聖母の足に咲く薔薇は刺が無いロサ・ミスティカですが、マンドルラの左右に配された薔薇は写実的で、棘を有します。聖母を象徴する花には薔薇のほかにも百合があります。純潔の象徴として知られる百合は、神の摂理に対する信頼の象徴、及び神による選びの象徴でもあります。また「雅歌」二章一節にはリーリウム・コンヴァッリウム(羅 LILIUM CONVALLIUM 谷間の百合、野の百合) という語が出てきますが、中世の釈義家たちはこれを聖母のことと解しました。「雅歌」二章から一節と二節をノヴァ・ヴルガタと新共同訳により引用します。一節は乙女の歌、二節は若者の歌です。

    NOVA VULGATA      新共同訳 
  1.  Ego flos campi
et lilium convallium.
    わたしはシャロンのばら、
野のゆり。
         
  2. Sicut lilium inter spinas,
sic amica mea inter filias.
  おとめたちの中にいるわたしの恋人は
茨の中に咲きいでたゆりの花。


 それゆえこの面の浮き彫りは「雅歌」二章一節と二節を出典とし、ルルドの聖母をリーリウム・コンヴァッリウム(野の百合)として表していることがわかります。





 本品メダイのもう片面には、聖母の汚れなき御心を中央に大きく浮き彫りにし、それを取り囲むように薔薇と百合があしらわれています。メダイ下部、二種類の花のあいだに咲く花は、一重の薔薇です。この面の薔薇は棘の無いロサ・ミスティカで、百合とともに聖母を象(かたど)ります。

 聖母の汚れなき御心はキリストの聖心ほど様式化が進んでおらず、炎の中に百合を描いたり、心臓を薔薇の花輪で取り巻いたりした図像もよく見かけます。しかしながら本品の御心(心臓)は一切の美麗な装飾を排し、炎と剣のみを心臓に付加しています。心臓は愛と生命の座であるゆえに、炎は生命を焼き尽くすように激しい愛を、剣は生命を刺し貫くほどの悲しみを、それぞれ表します。





 メダイユ外周に沿う環状のスペースには、アソシアシオン・デ・ザンファン・ド・マリ(仏 Association des Enfants de Marie マリアの子ら信心会)の文字が刻まれ、ミル打ちを模した小点の列が外側を囲んでいます。メダイユ下部、もう一方の面と同じ位置に、ペナンとポンセの名が記されています。

 マリアの子ら会(Association/Congrégation des Enfants de Marie)は、聖マグダレナ=ソフィア・バラ (Madeleine-Sophie Barat) が 1832年にリヨンで創設した少女のための信心会です。信心会の設立は、この前年すなわち 1831年2月に準備の会合が開かれ、同年3月25日にリヨン大司教ジャン=ガストン・ド・パン師(Mgr Jean-Gaston de Pin, 1766 - 1850)の認可を得ました。





 薔薇は棘だらけの茂みから花芽を伸ばして傷ひとつ無い花を咲かせます。このような薔薇に似て、聖母は原罪を引き継ぐ人間たちに囲まれつつ、マクラ(羅 MACULA 汚点、瑕疵)を持たずに生まれました。それゆえ聖母は棘の無いロサ・ミスティカ(羅 ROSA MYSTICA 神秘の薔薇)に譬えられます。赤は愛の色であるゆえに、とりわけ深紅の薔薇は、純白の薔薇と並んで聖母にふさわしい花です。また白百合が聖母を卓越的に象徴することは、既に述べたとおりです。本品メダイユにはエマイユによる着色がありませんが、薔薇と百合を純白に、あるいは薔薇を深紅、百合を純白に彩れば、本品メダイユが象徴する神への愛と無原罪の清らかさは一層眼を惹くでしょう。

 なおペナンとポンセの名が挟む位置には、リボン状のエグゼルグ(仏 exergue 名前や日付を刻むスペース)があります。これはマリアの子ら会の会員が名前のイニシアルや入会日などを記録するところですが、このエグゼルグが空白であることから、本品は未使用品と思われます。





 上の写真に移っている定規のひと目盛りは、一ミリメートルです。八重咲の薔薇の重なり合う花弁、花の中央部に覗く蕊(しべ)、葉の脈管と鋸歯状の縁が、いずれも十分の一ミリメートル或いはそれ以下のオーダーで正確に再現されています。





 百合についても薔薇と同様の精緻さ、丁寧さで制作されています。またメダイユの細部をこのように拡大して観察すると、突出部分もまったく摩滅していないことが分かります。本品はおよそ百五十年前の品物ですが、エグゼルグが空白であることからも分かるように、未使用のまま新品時の状態を保って保管され、現代に伝えられています。





 上の写真は本品を男性店主の手に乗せて撮影しています。本品は直径 32.4ミリメートルと大きなサイズですが、女性が本品の実物をご覧になれば、更にひと回り大きなサイズに感じられます。本品の重量は 12.6グラムで、手に取るとしっかりとした重量を感じます。12.6グラムは五百円硬貨と百円硬貨を合わせたよりも少し大きな重量です。


 本品は聖マドレーヌ=ソフィー・バラが創設したアソシアシオン・デ・ザンファン・ド・マリ(マリアの子ら信心会)のメダイユです。マドレーヌ=ソフィー・バラは聖心会の総長としてフランス第二共和政を経験しました。ファルー法による教育改革案ではパリ大学が私立学校視察と認可の権限を有していたので、カトリック界の強硬派はその受け入れに反対しましたが、現場で働く教育者であったバラ総長はどのような形であれ宗教教育を実現することを優先し、ファルー法の受け入れに賛成しました。

 聖マドレーヌ=ソフィー・バラが女子教育を何よりも重視したのは、当時は家庭こそが女性の力を発揮する場であり、その家庭から社会の指導者が産まれると考えたからでしょう。バラ総長が亡くなった五年後には普仏戦争が始まり、やがてフランス共和国はいっそう世俗的な第三共和政期に入って、聖心会はフランス国内の全学校を失います。しかしながらマリアの子ら信心会はその状況下でも存続し、学校教育とは異なる形でキリスト教に基づく女子教育を続けることになります。







 本品メダイユは高名なメダイユ彫刻家による美しい作例であるとともに、フランス精神史の貴重な実物資料でもあります。本品の保存状態は極めて良好であり、突出部分にも全く摩滅が認められません。本品は貴重な美術工芸品ですので、この状態のまま保存するのも一つの考え方です。しかしながら本品が未使用の状態で残っていたのは偶然であって、マリアの子ら会のメダイユは本来身に着けられるべきものであるゆえに、突出部分が摩滅することは気にせず、ペンダントとして実用することこそ本品の本来の姿であるともいえます。保存と実用のいずれにするかは、購入されたお客様にお任せいたします。





本体価格 28,800円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




マリアの子ら信心会のメダイ 商品種別表示インデックスに戻る

様々なテーマに基づく聖母マリアのメダイ 一覧表示インデックスに戻る


様々なテーマに基づく聖母マリアのメダイ 商品種別表示インデックスに戻る

聖母マリアのメダイ 商品種別表示インデックスに移動する


メダイ 商品種別表示インデックスに移動する


キリスト教関連品 商品種別表示インデックスに移動する



アンティークアナスタシア ウェブサイトのトップページに移動する




Ἀναστασία ἡ Οὐτοπία τῶν αἰλούρων ANASTASIA KOBENSIS, ANTIQUARUM RERUM LOCUS NON INVENIENDUS