ルルドとベルナデット・スビルー
Lourdes and Bernadette Soubirous


 ルルド (Lourdes) はフランスの地名で、トゥールーズの南西、ピレネーのふもとに位置します。もともとは人口約 4,000人ののどかな町であり、現在も人口約 15,000人の小都市に過ぎませんが、1858年に聖母マリアが出現したことにより、年間およそ 500万人もの人が訪れる世界でも最大規模の巡礼地として知られています。




【聖母出現の経緯】

 1858年2月11日、当時14歳であった少女ベルナデット・スビルーが、ルルドから1マイルほど離れた山中に薪拾いに行った際、マサビエルの洞窟で美しい貴婦人に出会ったと言い始めました。

 ベルナデットは母親にでたらめを言っていると思われて叱られ、洞窟に行くことを禁じられますが、2月14日にも洞窟に出かけて貴婦人に会っています。

 2月18日、3回目の出現で貴婦人は初めて口を開き、2週間のあいだ毎日洞窟に来るようにベルナデットに丁寧に頼みます。

 2月25日、9回目の出現の際、貴婦人は洞窟の土を掘って湧き出る水を飲むようにベルナデットに命じます。ベルナデットが手で掘ったくぼみには水が溜まり、翌日にはが湧き出ていました。このころには洞窟の前に数百人もの人々が集まるようになっていましたが、貴婦人の姿はベルナデットにしか見ることができませんでした。

 3月1日、12回目の出現の日、片腕が麻痺している女性が泉の水に腕を浸したところ、麻痺が瞬時に治りました。1,500人近くの人がこの事件を目撃しています。

 3月2日、13回目の出現の際に貴婦人は「行列を作ってここに赴き、礼拝堂を建てるように司祭たちに話しなさい」とベルナデットに命じ、ベルナデットは司祭と司教のもとに出向きますが、話を信じてもらうことができず、その貴婦人の名前が分からなければどうすることもできないと言われます。

 翌日と翌々日の出現のとき、ベルナデットは貴婦人に名前を尋ねますが、貴婦人は微笑むだけで答えませんでした。

 3月25日、16回目の出現の際、ベルナデットは4回繰り返して貴婦人に名前を尋ねました。これまでは質問を3回しか繰り返していなかったのです。この日も質問を3回繰り返した時点では貴婦人は微笑むだけで答えませんでしたが、ベルナデットが4回目に質問すると微笑むのを止め、目を天に向け、下ろしていた両手を胸の前で組んで「私は無原罪の御宿りです。」と答えました。

 4月7日、17回目の出現のとき、貴婦人の出現を受けて恍惚の状態になったベルナデットは、右手に火のついたろうそくを持ったまま、左手を右手に重ね合わせます。左手の指に炎が当たっている状態のまま約 15分間祈っていましたが、恍惚状態から脱したベルナデットの手を検査しても、やけどの形跡はまったくありませんでした。この事実はその場に居合わせた医師が詳細な記録を残しています。

 7月16日、18回目にして最後の出現の際、洞窟は人々が近づけないようにバリケードで囲まれており、ベルナデットも入ることができませんでしたが、聖母の出現を受けている間は洞窟にいるように感じたと語っています。

 洞窟は 1858年10月5日にナポレオン3世の命によりバリケードが取り払われました。


【聖母出現後のルルド】




 ベルナデットに対する聖母の出現は、1862年、ローマ教皇ピウス9世により真正のものと宣言されました。ベルナデットが手で掘った泉も奇跡の泉と宣言され、病気の癒しを求めて巡礼に訪れる人は年間 300万人にものぼります。

 ルルドにはカトリック教会によって医局が置かれ、巡礼者の病気治癒が真に超自然的なものであるかどうか、非常に厳しい審査が行われています。現在ルルドの医局長を務めるアレッサンドロ・デ・フランチシス医師はイタリア系アメリカ人で、ナポリ大学、ローマ大学、ハーヴァード大学を出た小児科医です。

 ルルド医局の仕事は治癒の事例を集め、それぞれの患者のカルテを分析し、検査を行い、さらに多年に亙る追跡調査によって、患者の回復が一時的なものではなく、恒久的全快であると確かめることです。これが確かめられると、症例のファイルはルルドで開かれる医師の評議会に回されて審査が行われます。この審査を通過した治癒の事例は、各国の医学研究者と専門医から成る「ルルド国際医学委員会」(Comite medical international de Lourdes, CMIL) にまわされ、医学的な説明が本当に不可能であるかどうか、外部の医学者の助力も得つつ、最終的な議論が重ねられます。

 これらのプロセスは最新の医学的知見に基づいて為され、審査は非常に厳格です。1858年の聖母出現以来、現在までに7,000件以上の審査が行われ、うち68件が「ゲリソン・イネクスプリケ」(guerisons inexpliquees)、すなわち医学的に説明不可能な治癒と認められています。

 2011年11月末にパリで開かれた「ルルド国際医学委員会」では、二つの事例が「ゲリソン・イネクスプリケ」と認められました。ひとりは77歳の修道女で、坐骨神経痛により両足が麻痺し、手術を繰り返しても治らなかったのに、1965年にルルドに巡礼した際に快癒しました。もうひとりは43歳の女性で、高血圧脳症に悩まされていましたが、1989年にルルドを訪れた際に快癒しました。


 1876年には洞窟の上に聖堂が建てられ、1958年には巨大なクリプト(地下聖堂)が増築されました。

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