あざみ、茨、アカンサス
chardon, rosier, acanthe



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 ユダヤ・キリスト教の象徴体系において、「あざみ」「アカンサス」「茨」をはじめとする棘のある植物(註1)は、罪の呪い、すなわち罪ゆえに神の祝福を受けることができない状態を象徴します。旧約聖書と新約聖書から、関連するテキストを引用します。


・「創世記」 3章 17~19節 原罪を犯したアダムに対する神の言葉

 「創世記」 3章には人祖アダムとその妻エヴァが「善悪を知る木」の実を食べ、楽園を追放される物語が書かれていますが、このとき神がアダムに語り給うた言葉に、新共同訳で「茨」「あざみ」と訳されている植物名がでてきます。「創世記」 3章 17~19節を七十人訳と新共同訳により引用します。


17 τῷ δὲ Αδαμ εἶπεν ὅτι ἤκουσας τῆς φωνῆς τῆς γυναικός σου καὶ ἔφαγες ἀπὸ τοῦ ξύλου οὗ ἐνετειλάμην σοι τούτου μόνου μὴ φαγεῖν ἀπ᾽ αὐτοῦ ἐπικατάρατος ἡ γῆ ἐν τοῖς ἔργοις σου ἐν λύπαις φάγῃ αὐτὴν πάσας τὰς ἡμέρας τῆς ζωῆς σου      神はアダムに向かって言われた。「お前は女の声に従い/取って食べるなと命じた木から食べた。お前のゆえに、土は呪われるものとなった。お前は、生涯食べ物を得ようと苦しむ。  
18 ἀκάνθας καὶ τριβόλους ἀνατελεῖ σοι καὶ φάγῃ τὸν χόρτον τοῦ ἀγροῦ   お前に対して/土は茨とあざみを生えいでさせる/野の草を食べようとするお前に。
19 ἐν ἱδρῶτι τοῦ προσώπου σου φάγῃ τὸν ἄρτον σου ἕως τοῦ ἀποστρέψαι σε εἰς τὴν γῆν ἐξ ἧς ἐλήμφθης ὅτι γῆ εἶ καὶ εἰς γῆν ἀπελεύσῃ   お前は顔に汗を流してパンを得る/土に返るときまで。お前がそこから取られた土に。塵にすぎないお前は塵に返る。」


 上に引用した3章18節において、新共同訳で「茨」と訳されているヘブル語の植物名は、七十人訳のギリシア語では「アカンタ」(引用文中では複数対格形アカンタース ἀκάνθας)となっています。筆者(広川)の手許にあるリデル・スコット希英辞典第9版によると、「アカンタ」(ἂκανθα 「棘」)という語は、「アカントス」をはじめ、棘のあるあらゆる植物を指します。なお「アカントス」(ἂκανθος) は「アカンタ」(棘)と「アントス」(ἂνθοϛ 花)に由来し、ギリシア語で「棘のある花」という意味ですが、上掲の辞典によると、この植物名はアカンサス (Acanthus mollis)、アラビアアカシア (Acacia arabica)、ハリエニシダの近縁種 (Genista acanthoclada) を指します。これらの植物は分類学上は互いに大きな隔たりがあり、また茨(バラ)もこれらのいずれとも大きく異なる植物種ですが、いずれも棘を有するという共通点があります。

 同じく3章18節において、新共同訳で「あざみ」と訳されているヘブル語の植物名は、七十人訳のギリシア語では「トリボロス」(引用文中では複数対格形トリボルゥス τριβόλους)となっています。「トリボロス」(τρίβολος) も棘のある多種の植物を指す名称で、リデル・スコット希英辞典第9版によるとオニビシ (Trapa natans)、ハマビシ (Tribulus terrestris)、ハマビシ科の一種 (Fagonia cretica)、セリ科の一種 (Echinophora spinosa) を指します。


 以上、辞書を調べればわかるように、近代的タクソノミー(分類学)が生まれる以前の時代において、動植物の正確な区別と分類はあまり重視されませんでした。現代の植物分類学において大きく異なる植物であっても、外見的に目立つ特徴が共通していれば同じ名前で呼ばれる場合が多かったのです。「創世記」3章18節においても、記者は植物に対して博物学的関心を持たず、総称的名称が指す「棘が多い植物」によって、罪の呪い、すなわち罪ゆえに神の祝福が得られない状態を象徴させています。


・「ヘブライ人への手紙」6章8節 魂の生み出す行いを、畑の作物に譬えた比喩

 「ヘブライ人への手紙」6章7節から8節は、キリスト者の魂を畑に譬えています。該当箇所のテキストを、ネストレ=アーラント26版のギリシア語原文、及び新共同訳により引用します。


7 γῆ γὰρ ἡ πιοῦσα τὸν ἐπ' αὐτῆς ἐρχόμενον πολλάκις ὑετόν, καὶ τίκτουσα βοτάνην εὔθετον ἐκείνοις δι' οὓς καὶ γεωργεῖται, μεταλαμβάνει εὐλογίας ἀπὸ τοῦ θεοῦ:   土地は、度々その上に降る雨を吸い込んで、耕す人々に役立つ農作物をもたらすなら、神の祝福を受けます。
8 ἐκφέρουσα δὲ ἀκάνθας καὶ τριβόλους ἀδόκιμος καὶ κατάρας ἐγγύς, ἧς τὸ τέλος εἰς καῦσιν.   しかし、茨やあざみを生えさせると、役に立たなくなり、やがて呪われ、ついには焼かれてしまいます。
(Nestle-Aland, 26. Auflage)   (新共同訳)


 ここでも創世記3章の七十人訳に使われていたのと同じ言葉、「アカンタ」(引用文中では複数対格形アカンタース ἀκάνθας)と「トリボロス」(引用文中では複数対格形トリボルゥス τριβόλους)が使われています。「アカンタ」(ἂκανθα) と「トリボロス」(τρίβολος) が棘のある各種植物を総称的に指す語であることは、既に指摘しました。

 「ヘブライ人への手紙」の作者は、キリスト教に改宗しながらもトーラー(律法)の順守を重視するヘブライ人たちに対して、新約(新しい契約)の優位を説き、旧約(古い契約)は「その弱く無益なために廃止されました。律法が何一つ完全なものにしなかったからです」(7章18, 19節)と語っていますが、一方で旧約聖書の内容について多く言及しています。ここで引用した6章7節から8節の内容も、「申命記」28章をはじめ旧約の預言者たちが繰り返し語ったのと同じ内容を、異なる表現で簡略化して述べたものといえます。


 なお人間の魂を畑や農作物に譬える表現は、聖書の他の箇所にもみられます。

 「イザヤ書」5章1節から7節において、イザヤは「イスラエルの家」をぶどう畑に、「ユダの人々」を畑に実るぶどうに、「万軍の主」をぶどう畑を耕す農夫に譬え、畑に酸いぶどうが実ったので、主は畑を見棄てられると語っています。

 「ヨハネによる福音書」15章1節から8節において、イエズスは「わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である。わたしにつながっていながら、実を結ばない枝はみな、父が取り除かれる。しかし、実を結ぶものはみな、いよいよ豊かに実を結ぶように手入れをなさる」と語っておられます。

 「コリントの信徒への手紙 一」3章6節から9節において、使徒パウロはコリントの教会を神の畑、信徒を畑で成長する作物に譬え、神が作物を成長させてくださる、と書いています。


 あざみや茨など棘が多い植物が、罪の呪い、あるいは神の祝福の喪失を表す表現は、聖書の他の箇所にも見られます。(「ヨブ記」31章40節、「イザヤ書」34章13節、「ホセア書」10章8節、「マタイによる福音書」7章16節、「ルカによる福音書」6章44節)

 あざみの種を好んで食べるゴシキヒワは、あざみ、すなわち罪の呪いを取り除く鳥であるゆえに、イエズス・キリストの象徴、あるいはキリストの受難の象徴として、たびたび絵画に描かれています。



註1 「あざみ」はキク科アザミ属の植物の総称です。「アカンサス」(Acanthus mollis 和名 ハアザミ)はキツネノマゴ科アカンサス属の植物です。「茨」は「薔薇」(バラ科バラ属の各種植物)と同義です。

註2 「申命記」28章には、神に聴き従う者に与えられる祝福と、そうでない者に与えられる呪いが書かれています。



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