聖母マリアと薔薇のシンボリズム
Our Lady and the rose symbolism




【上】 Lorenzo Veneziano, The Virgin and Child (details), 1356 - 72, on wood, 126 x 56 cm, The Louvre, Paris


 天使祝詞(アヴェ・マリア)の祈りに使う「ロザリオ」(英 rosary 仏 rosaire 伊西葡 rosario) の語源であるラテン語「ロサーリウム」(ROSARIUM) は、もともと「薔薇の園」「薔薇の花輪」という意味です。このことが端的に表すように、ラテン典礼のキリスト教において、薔薇は聖母マリアを象徴する花と考えられています。


【グレコ=ロマン期における薔薇】

 薔薇は新約聖書にもヘブライ語の旧約聖書にも出てきません。七十人訳聖書の「知恵書」と「集会書」には数か所の言及がありますが、厳密なテキスト批評によると、それらが薔薇を指しているとは考えられていません。したがって初代教会時代において、薔薇が持つ象徴的意味は、ギリシア・ローマの異教起源のものであったと考えられます。

 当時、薔薇はアフロディテ(ウェヌス)の花であり、愛と美、春を象徴していました。また移ろいゆく人生、死と来世の象徴でもありました。キリスト教化されたヨーロッパ世界において、薔薇が持つ文化史的意味は、古代におけるこれらの意味を基に発展、生成してゆきます。

【下】 Sandro Botticelli, La Nascita di Venere, c. 1483 - 85, tempera su tela, 172 x 53 cm, Galleria degli Uffizi, Firenze この絵において、ウェヌス(ヴィーナス)が乗った貝殻は、薔薇の花が降り注ぐなか、西風ゼピュロスによって海岸に吹き寄せられています。




【古代キリスト教美術における薔薇】

 キリスト教徒の手による美術に薔薇のモティーフが現れる最初期の例は楽園の描写で、4世紀あるいはそれ以前における墓碑、棺、ならびに墓室の壁画や天井画に豊富な作例を見ることができます。

 キリスト教徒の墓所に描かれる薔薇を含む花々や生命の樹、水盤や壺から生命の水を飲む孔雀、小鳥、獣など、楽園を示すモティーフは、異教徒の墓所に見られるものと共通しており、たとえキリスト教徒の手によるものであっても、キリスト教独自の美術様式という意味でのキリスト教美術と呼べるかどうか疑問が残ります。ただしキリスト教徒の間では花々を徳の象徴と看做したり、赤い薔薇や白百合をそれぞれ殉教者の象徴、処女の象徴と考えるなど、独自の意味づけが為されていました。

 墓所に描かれるのと同様の楽園のモティーフは、5世紀から6世紀にかけて製作された聖堂のモザイク壁画及び天井画にも見られます。よく知られた作例としては、ラヴェンナのサンタポリナーレ・ヌオヴォ聖堂身廊にある男女の殉教者の列を描いたモザイク画(560年頃)を挙げることができます。殉教者たちがいるのは花が咲き乱れる楽園であり、そこには椰子や白百合、赤い薔薇が見受けられます。このような作品において、それぞれの植物はあきらかにキリスト教的な意味付けをされています。

【下】 サンタポリナーレ・ヌオヴォ聖堂身廊のモザイク画。マギを先頭にして、左端のクラッセの港から聖母子の玉座に向かって歩む22人の殉教聖女の一部。下の写真に写っているのは、向かって右から左に、聖ペラギア、聖アガタ、聖アグネス、聖エウラリア、聖カエキリアです。(註1)




【セドゥーリウスにおける薔薇と聖母】

 5世紀のラテン詩人セドゥーリウス (Cœlius/Cælius Sedulius, 5th century) は、よく知られた作品「カルメン・パスカーレ」("CARMEN PASCHALE" 「復活祭の歌」)第2巻で人祖の妻エヴァと聖母マリアを対比し、聖母を薔薇に喩えています。薔薇はキリスト教古代においてさまざまな聖女や殉教者を象徴していました。しかしセドゥーリウスのこの作品に現れる薔薇は、優れて聖母を象徴する花とされています。




(上) 無原罪の御宿りを思い起こさせる純白の薔薇


 セドゥーリウスによると、薔薇の花芽は棘のある繁みから生まれますが、棘に傷つくことなく美しい花を咲かせます。ちょうどそれと同じように、薔薇の花たる聖母マリアは、薔薇の棘たるエヴァが犯した罪に傷つくことなく、かえってエヴァの罪を清めます。セドゥーリウスは次のように謳っています。


     Et velut e spinis mollis rosa surgit acutis
Nil quod laedat habens matremque obscurat honore:
Sic Evae de stirpe sacra veniente Maria
Virginis antiquae facinus nova virgo piaret:
   そして嫋(たおやか)な薔薇が鋭い棘の間から伸び出るように、
傷を付けるもの、御母の誉れを曇らせるものを持たずに、
エヴァの枝から聖なるマリアが出で来たりて、
古(いにしえ)の乙女の罪を、新しき乙女が購(あがな)うのだ。
     Ut quoniam natura prior vitiata iacebat
Sub dicione necis, Christo nascente renasci
Possit homo et veteris maculam deponere carnis.
    それはあたかも、(人間の)ナートゥーラが先に害され、
死の支配に服していたのであるが、キリストがお生まれになったことにより、
人が生まれ変わりて、古き肉体の汚れを捨て去ることができるのと同じこと。
         
    "CARMEN PASCHALE", LIBER II, 28 - 34   「カルメン・パスカーレ」第二巻 28 - 34行


 上に示したのはセドゥーリウスのラテン語原文で、和訳は筆者(広川)によります。セドゥーリウスはこの部分の後半で、 エヴァが犯した罪により人間がまさに本性(ナートゥーラ 註2)において害され、その結果である死の支配から逃れようの無い状態であったことを語り、その逃れようの無さ、人間の力では抵抗しようの無い強力な死の支配を、"quoniam" という接続詞によってキリストの完全な勝利と対置して、救いの強さを強調的に表現しています。最後の行の "vetus caro"(古き肉)とは、未(いま)だ救いに与かっていない人間のことです。

 そして「死の支配」と「キリストの救い」の鮮やかな対比を引き合いに出して、エヴァとマリアがそれぞれに果たす正反対の役割を謳います。マリアはエヴァの子孫でありながら、罪に傷つくことなく咲き出でて、エヴァの罪を購うのです。


【下】 Bruder Furthmeyr, Mary and Eve under the Tree of the Fall, 1481, book illustration, Bavarian State Library, Munich エヴァが人々に与えている木の実は、死をもたらす罪の象徴です。これに対してマリアが人々に与えているのは、生命をもたらす聖体です。




【西ヨーロッパ中世における薔薇と聖母】

・「薔薇の園」あるいは「薔薇の木」の図像と聖母

 中世のラインラントにおいては、旧約聖書に収録されている愛の歌「雅歌」2:2の聖句に基づいて、聖母が薔薇の園にいる光景を描いた絵画が多く製作されました。


【下】 Stefan Lochner, Muttergottes in der Rosenlaube, um 1448, Holz, 51 x 40 cm, Wallraf-Richartz-Museum, Koeln




 「雅歌」2:2のテキストは次の通りです。

Sicut lilium inter spinas, sic amica mea inter filias. (Nova Vulgata)

おとめたちの中にいるわたしの恋人は 茨の中に咲きいでたゆりの花。 (新共同訳)


 この聖句において、「わたしの恋人」(amica mea) と呼ばれ、ゆりの花に喩えられている聖母マリアは「茨の中」にいます。薔薇の園にいる聖母子の図像は、雅歌のこの聖句に着想を得たものです。


【下】 Martin Schongauer, Madonna of the Rose Bush, 1473, tempera on wood, 201 x 112 cm, Saint-Martin, Colmar




 下に示したのはグリューネヴァルト「イーゼンハイム祭壇画」の一部です。ショーンガウアによる上の作品の影響が感じられる聖母子像の背景には、やはり数本の薔薇が描かれています。

【下】 Matthias Grünewald, details du "Concert des Anges " du ""Retable d’Issenheim"", c. 1515, tempera et huile sur bois de tilleul, Musée d'Unterlinden, Colmar




 フランス美術にフランドル絵画の要素を導入したことで知られるニコラ・フロマン (Nicolas Froment, fl. 1461 - 1483) は、聖母マリアの象徴である「燃える灌木」(le Buisson Ardent) を薔薇の木として描いています。

【下】 Nicolas Froment, Le Buisson Ardent, 1476, 410 x 305 cm, Cathedrale Saint Sauveur, Aix-en-Provence



 火がついているのに燃え尽きない潅木(柴)は、出エジプト記 3章 1 - 3節に出てきます。(註3)

 ニッサのグレゴリウス (Gregorius Nyssenus, c. 335 - c. 400) は、これを神なるイエズスを身籠りながら身体に何の危害も受けなかった聖母マリアの前表であると考えました。


 下に示すのは、「薔薇の園」における聖母子を描いたイタリアの作例です。



【上・下】 Francesco Botticini, The Adoration of the Child, 1482, tempera on wood, diameter 123 cm, Pitti Palace Gallery, Firenze




・ロザリオと聖母

 上に示したボッティチーニの作品において、天使が薔薇の花紐を編み、これを幼子イエズスに捧げています。この花紐の両端を結ぶとロザリオ (ROSARIUM, ROSARIUS) になります。

 デューラーはヴェネツィアのドイツ人コミュニティのために製作した下の作品において、薔薇の花輪すなわちロザリオを人々に分け与える聖母子を描いています。

 向かって左奥に立っている黒衣の修道士は聖ドミニコです。伝承では聖母が聖ドミニコにロザリオの祈りを教えたとされていますが、ロザリオは実際には長い年月をかけて発展してきた祈りです。ロザリオの歴史については稿を改める必要があります。


【下】 Albrecht Dürer (1471 - 1528), "Das Rosenkranzfest", 1506, Öl auf Pappelholz, 162 x 194,5 cm, Nationalgalerie Prag






・薔薇窓と聖母

 ゴシックの聖堂建築を特徴づける巨大な薔薇窓は、その中心に審判者としてのイエズス・キリスト、あるいは聖母に抱かれる幼子イエズスが表現されます。



【上】 ノートル=ダム・ド・シャルトル(シャルトル司教座聖堂) 西側ファサード中央の薔薇窓


 「薔薇の園」及び「薔薇の木」の図像に関連して引用した「雅歌」2:2において、神に愛される女性は「ゆりの花」(LILIUM) と呼ばれていましたが、これを「ゆりの花」ではなく「薔薇の花」(ROSA) とラテン語訳した聖書も、中世において流布していました。この場合、薔薇の花は神に愛されるキリスト教徒の象徴、あるいは神と教会の結合の象徴となります。しかるに聖母マリアもまた、神に愛されるキリスト教徒の象徴であり、神と結合した教会の象徴です。それゆえ薔薇の花と聖母は、どちらも同じ象徴的意味を有することになります。

 またトルバドゥールやミンネゼンガーによって謳われた中世宮廷の恋愛において、薔薇は愛の対象たる貴婦人の象徴でした。薔薇を聖母マリアの象徴とする考えが生まれるに際しては、上述の「雅歌」と並んで、薔薇すなわち貴婦人への愛を謳うトゥルバドゥールやミンネゼンガーの歌謡も、大きな影響を及ぼしたと考えられます。

 教皇シクストゥス5世が1587年に公認したロレトの連祷には、聖母マリアに対する「神秘の薔薇よ」(Rosa Mystica) との呼びかけが含まれます。(註4)


 このように考えると、薔薇の花を模(かたど)ったゴシック聖堂の薔薇窓は、聖母マリアを建築において表現したものということができます。




註1 ラヴェンナのサンタポリナーレ・ヌオヴォ (La basilica di Sant'Apollinare Nuovo) は、アリウス派であった東ゴートのテオドリック大王 (Theodoric the Great, 454 - 471 - 526) が6世紀初頭に宮廷付属礼拝堂として建てた聖堂です。身廊を飾る殉教者と殉教聖女のモザイク画は、6世紀半ばに聖堂が改修された際に作り直されたもので、もともとはアリウス派の聖人やテオドリックの宮廷の人々が描かれていたと考えられています。

註2 エヴァの罪によって人間の「ナートゥーラ」が害されたとは、「生み出す力」そのものが汚染された状態、たとえていえば水源が汚染された状態であり、その後に生まれてくるすべての人間は、エヴァの罪を逃れ難く受け継ぐことになったのです。

 ラテン語の「ナートゥーラ」(natura) は「ナースコル」(nascor 生み出す)の名詞形であり、「生み出す力」という意味です。「ナースコル」の元の語形は「グナースコル」(GNASCOR) で、この語の語根 gen- は印欧基語において「生成」「産出」を表し、ラテン語「ギグノー」(GIGNO 生み出す)、ギリシア語「ゲンナオー」(γεννάω 生み出す、生ませる)の他、GENUS, γένεσις (genesis) 等もこの語根を有します。

註3 出エジプト記 3章 1 - 3節 新共同訳
 モーセは、しゅうとでありミディアンの祭司であるエトロの羊の群れを荒れ野の奥へ追って行き、神の山ホレブに来た。そのとき、柴の間に燃え上がっている炎の中に主の御使いが現れた。彼が見ると、見よ、柴は火に燃えているのに、柴は燃え尽きない。モーセは言った。「道をそれて、この不思議な光景を見届けよう。どうしてあの柴は燃え尽きないのだろう。」

註4 13世紀末には幼子イエズスを抱く代わりに、手に薔薇を持つ聖母像が出現します。このような像において、薔薇が象徴するのは聖母よりもむしろ幼子イエズスですが、この場合においても、聖母はエッサイの樹に薔薇の花を咲かせる枝 (VIRGA) であって、やはり薔薇の木に喩えられることに変わりはありません。




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