パート・ド・ヴェールの柔らかな煌めき 《十二の星のクーロンヌ 全長 13センチメートル》 銀色の不思議のメダイ サーモンがかった明るいオレンジのビーズ フランス 十九世紀末から二十世紀初頭
突出部分を含むメダイのサイズ 20.8 x 14.8 mm
全長 13 cm
ビーズの長径と短径 概ね 7.5 x 6.5 mm
十五個のビーズと一枚のメダイで構成された十二の星のクーロンヌ(仏 une couronne des douze étoiles)。クーロンヌ(仏
une couronne)とはフランス語で冠のことで、シャプレ(仏 un chapelet 数珠、ロザリオ)とほぼ同義です。「ヨハネの黙示録」十二章一節の記述に基づき、聖母マリアはしばしば十二の星の冠を被って図像に表されます。十二の星のクーロンヌは、この冠を象(かたど)っています。
Sandro Botticelli, "La Madonna del Magnificat" (details), 1481, tempera
su tavola, 118 x 118 cm, Galleria degli Uffizi, Firenze
十二の星のクーロンヌは、十二回の天使祝詞を唱えるために、メルセス会(羅 ORDO BEATÆ MARIÆ VIRGINIS DE REDEMPTIONE CAPTIVORUM, O de M)で考案されました。エスコラピオス会(羅 ORDO CLERICORUM REGLARIUM PAUPERUM MATRIS DEI SCHOLARUM
PIARUM, Sch. P.)の創設者、聖ホセ・デ・カラサンス(S. Jose de Calasanz, 1557 - 1648)は、十二回の天使祝詞に加えて三回の主の祈りを唱えるためにこの信心具を使用することを奨励し、十二個であったビーズの数が十五個に増やされました。エスコラピオス会では祈りの最後にサルウェー・レーギーナ(サルヴェ・レジーナ)一回が唱えられます。
本品十二の星のクーロンヌは、十九世紀末ないし二十世紀初頭頃のフランスで制作された品物です。メダイは真鍮に銀めっき、チェーンはブロンズに銀めっき、ビーズはソーモン(仏
saumon サーモン・ピンク)がかった明るいオレンジの不透明ガラスでできています。本品のビーズは偏球形で、赤道が平らで幅広の帯となっています。この形のビーズは十九世紀のフランス製シャプレ(ロザリオ)によく見られます。ビーズの長径と短径は概ね
7.5 x 6.5ミリメートルですが、ひとつひとつが手作りされているため、形とサイズにばらつきがあります。
透明ガラスをファセット・カットしてビーズを作ると、シャプレは硬質の輝きを放ちます。本品ビーズの輝きはそれとは異なって柔らかですが、あたかも光の粉を発散するかのような煌めきは、サン・ストーンを連想させます。拡大写真に撮っていませんが、孔の周囲を注意深く観察すると、本品ビーズがパート・ド・ヴェールで制作されていることがわかります。パート・ド・ヴェール(仏 la pâte de verre)はおそらく最も古いガラスの技法で、ガラスのペースト、練りガラスという意味です。古代エジプトやフェニキアでは、装身具や副葬品がパート・ド・ヴェールで作られていました。
パート・ド・ヴェールは制作にたいへん手間がかかるために大量生産に向かず、また大型の製品を作ることもできません。このため吹きガラス等、他の製法に駆逐されて姿を消しましたが、十九世紀末、考古学に関心の深かった象徴主義の彫刻家アンリ・クロ(Henry Cros, 1840 - 1907)によって息を吹き返しました。アンリ・クロのすぐ後で、ジョルジュ・デプレ(Georges Despret, 1862 - 1952)、フランソワ・デコルシュモン(François Décorchemont, 1880 - 1971)もそれぞれ独自にパート・ドー・ヴェールの再現に成功しました。
クーロンヌの末端は楕円形をした不思議のメダイになっています。聖母に執り成しを求めるフランス語の祈りが、浮き彫りを囲んでいます。
Ô Marie conçue sans péché, priez pour nous qui avons recours à vous. | 罪無くして宿り給えるマリアよ、御身に頼る我らのために祈りたまえ。 |
メダイは真正のアンティーク品に特有の、均一で美しいパティナ(古色)に被われています。十九世紀のブロンズ製メダイは打刻によって製作されるゆえに、浮き彫りはごく浅く、磨滅の影響を受け易いですが、本品はたいへん良い保存状態で、細部まで十九世紀当時のままの状態で残っています。
神の属性は人間の知性で捉えることが一切できないゆえに、しばしば数学的点で象徴されます。三次元空間において、或る点から等距離にある点を結ぶと、球になります。それゆえ球は神から発出する被造的コスモスを象徴します。不思議のメダイの聖母は球体の上に立って、蛇を踏みつけています。この図柄はコスモス全体を支配する原罪の呪い(創世記 3:14 - 19)に聖母が支配されていないこと、すなわち聖母の無原罪性を象徴しています。さらにコスモス上に直立する聖母の姿は、天地を繋ぐ聖母の世界軸性をも可視的に表現しています。
不思議のメダイの裏面には、インマクラータ・マリア(羅 INMACULATA MARIA 汚れなきマリア、無原罪のマリア)の頭文字であるイー・エム(IM ラテン語読み)を、十字架と組み合わせた合字とし、十二の星で取り囲んでいます。インマクラータ・マリア(IM)の上に十字架が立つさまは、救済の経綸においてマリアが果たした役割、すなわち受胎告知の際に「お言葉通り、この身に成りますように」と答えて、マリアが救いを受け容れたことを示します。裏面最下部の向かって左側には救い主イエスの聖心が、右側にはマリアの汚れなき御心が、いずれも愛の炎を噴き上げています。
ラテン語インマクラータ(羅 INMACULATA 汚れなき)は、名詞マクラ(羅 MACULA 汚れ)に否定の接頭辞イン(IN-)と完了分詞語尾(-TUM)を付けた形容詞です。マクラはマルム(MALUM 汚れ、悪)の語幹に縮小辞が付いた形(malocula
*)に由来します。マクラ、マルムはいずれもサンスクリット語マラ(mala 泥)、ギリシア語メラス(μέλας 黒)と同根語で、もともとは汚れという意味ですが、後に道徳的視点における意味を獲得し、マルムは「悪」が中心義となりました。マクラの基本義はラテン語においても「汚れ」ですが、転じて道徳的欠点、罪をも表します。
上述したように、メルセス会が考案した十二の星のクーロンヌは、エスコラピオス会において主祷文用にビーズ三個が加えられ、盛んに使われるようになりました。メルセス会はこの信心具をエスコラピオス会から再び取り入れ、最後のサルウェー・レーギーナをサルーターテに置き換えました。サルーターテはアンティフォナ(希
ἀντίϕωνα 交唱、二つの集団が交互に唱える祈祷)のひとつで、内容は次の通りです。和訳は筆者(広川)によります。
Salutate Mariam, quæ multum laboravit in vobis, et dicite, | マリアは汝らのうちにて労し給へり。汝らマリアに挨拶を送りて言ふべし。 | ||||
Ave clementiæ Mater, consolatrix afflictorum, Redemptrix captivorum. | めでたし、優しく赦し給ふ御母。悩み苦しむ者どもを慰め、囚われたる者どもを救い給ふ御方。 | ||||
Tu gloria Jerusalem, tu lætitia Israel, tu honorificantia populi nostri. | 御身はエルサレムの栄えなり。イスラエルの歓びなり。我らが民の誉れなり、と。 | ||||
Alleluia. | ハレルヤ。 |
サールターテの最後の句は「ユディト書」十五章九節に基づきます。民の誉れ(羅 HONORIFICENTIA POPULI)、すなわちマリアをユダヤ民族の誉れと讃える句は、無原罪の御宿りへの祈りであるトータ・プルクラ・エス(羅 TOTA PULCHRA ES 御身はすべてが美しくあり給う)にも引用されており、クーロンヌ末端の不思議のメダイとよく調和しています。なお教皇ピウス九世は、1856年、十二の星のクーロンヌに贖宥(しょくゆう この祈りを唱えて償いの業に代えること)を認めました。
上の写真に写っている定規のひと目盛りは、一ミリメートルです。聖母の顔や手などの細部は直径一ミリメートルの円内に収まりますが、目鼻口は正しい比例で造形され、五本の手指もはっきりと判別できます。両手の指輪から恩寵の光を発する聖母の視線は、地上にあって聖母を頼る人々に注がれています。
上の写真は本品を男性店主の手に載せて撮影しています。女性が本品の実物をご覧になれば、写真で見るよりもひと周り大きなサイズに感じられます。
本品は百年以上前の品物であるにもかかわらず、保存状態は極めて良好です。ビーズに破損は無く、すべて揃っています。チェーンの強度にも問題はありません。十二の星のクーロンヌは珍しいロザリオですが、なかでも本品はビーズの制作に手間がかかるパート・ド・ヴェールを採用しており、とりわけ美麗かつ稀少な品となっています。
本体価格 25,800円
電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。
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