「トータ・プルクラ・エス」(御身はすべてが美しくあり給う)
"TOTA PULCHRA ES"
(上) Vicente Macip (1510 - 1579),
"La Inmaculada Concepción", 1568, 218x184 cm. colección privada
トータ・プルクラ・エス(羅 TOTA PULCHRA ES 御身はすべてが美しくあり給う)は四世紀から伝わる作者不詳の祈りで、ヨハネス・ドゥンス・スコトゥスにより、十四4世紀に現在の形になりました。トータ・プルクラ・エスは、無原罪の聖マリアの祝日(12月8日)の晩課において、交唱(アンティフォナ)として唱えられます。
【トータ・プルクラ・エスの内容と出典】
トータ・プルクラ・エスのラテン語原文と日本語訳を示します。日本語訳は筆者(広川)によります。
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Tota pulchra es, Maria, et macula originalis non est in te. |
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マリアよ、御身はすべて美しく、御身がうちに、元の汚れはあらざるなり。 |
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Vestimentum tuum candidum quasi nix, et facies tua sicut sol. |
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御身が衣の白きは雪の如く、御身が顔(かんばせ)は日輪の如し。 |
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Tota pulchra es, Maria, et macula originalis non est in te. |
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マリアよ、御身はすべて美しく、御身がうちに、元の汚れはあらざるなり。 |
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Tu gloria Jerusalem, tu laetitia Israel, tu honorificentia populi nostri. |
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御身はヱルサレムが栄光、イスラエルが歓び、我らが民の誉れなり。 |
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Tota pulchra es, Maria. |
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御身はすべて美し、マリアよ。 |
(下) プラディーヌ、ベネディクト会女子修道院の聖画 「トータ・プルクラ・エス」
当店の商品です。
この祈りに繰り返し現れる句「御身はすべてが美しくあり給う」は、「雅歌」 4章 7節に基づきます(註1)。ノヴァ・ヴルガタ(ラテン語)及び新共同訳により、「雅歌」4章
7節を引用いたします。
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Tota pulchra es, amica mea,
et macula non est in te. |
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恋人よ、あなたはなにもかも美しく、
傷はひとつもない。 |
「雅歌」4章 7節において、ノヴァ・ヴルガタがマクラ(羅 macula)と訳しているヘブライ語ムンムを、新共同訳では傷と訳しています。ヘブライ語ムンムの原意は身体的な傷(「レビ記」 22: 20)ですが、この語は道徳的欠陥をも指します(「申命記」 32: 5)。(註2)
「雅歌」4章 7節のラテン語訳を、トータ・プルクラ・エスの第一句及び第三句と比較すると、トータ・プルクラ・エスではオリーギナーリス(羅 ORIGINALIS 源の、最初の)という語が挿入されています。この語の挿入により、トータ・プルクラ・エスは、マリアが原罪 (PECCATUM ORIGINALIS, MACULA ORIGINALIS) を持たないことの宣言となっています。なおオリーギナーリスの語は、無原罪の御宿りの思想を確立したフランシスコ会の神学者、ヨハネス・ドゥンス・スコトゥス (Johannes Duns Scotus, c. 1266 - 1308) が挿入したものです。
トータ・プルクラ・エスの第四句、「御身はヱルサレムが栄光、イスラエルが歓び、我らが民の誉れなり」は、「ユディト書」 15章 9節に基づきます。「ユディト書」は旧約聖書の第二正典で、アッシリアに包囲された町ベトリアが、美しい寡婦ユディトのおかげで救われる物語です。ユディトは敵将ホロフェルネスの寝首を掻いてべトリアに戻り、ベトリアは混乱に陥ったアッシリア軍を打ち破りました。「ユディト書」
15章 9節は、大祭司と長老たちがユディトの功績を祝福する場面です。ラテン語(ノヴァ・ヴルガタ)及び日本語により、「ユディト書」 15章 9節を引用いたします。日本語訳は筆者(広川)によります。
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Et, ut exiit ad illos Iudith, benedixerunt simul eam omnes et dixerunt
ad illam: "Tu exaltatio Ierusalem, tu gloria magna Israel, tu laus
magna generis nostri." |
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ユディト出(い)で来たれば、皆揃ひて彼(ユディト)を祝福して曰(い)はく、「汝ヱルサレムの喜びにして、イスラエルの大いなる誉れなり。汝、我らが種族の大いなる誉れなり。」 |
敵将ホロフェルネスの寝首を掻いた美女ユディトは、蛇の頭を踏み砕く
無原罪の御宿り(聖母マリア)の
前表です。
下に示した絵は、十七世紀に活躍した女流画家アルテミジア・ジェンティレスキによる油彩「ホロフェルネスの首を斬るユディト」です。この作品において、ユディトの青い衣ともう一人の女の赤い衣は、聖母マリアの伝統的図像に見られる赤い衣と青いマントの組み合わせを思い起こさせます。
(下) Artemisia Gentileschi (1593 - c. 1656),
"Giuditta che decapita Oloferne", 1612/13, olio su tela, 158,8 cm × 125,5 cm, Museo Capodimonte, Napoli
【聖歌としてのトータ・プルクラ・エス】
「トータ・プルクラ・エス」は、十五世紀から十七世紀のあらゆる作曲家をはじめ、非常に多くの音楽家が作曲しています。特によく知られた例としては、次のような作品が挙げられます。
ガスパル・ファン・ヴェールベケ (Gaspar van Weerbeke, c 1445 - ?) によるモテト 「トータ・プルクラ・エス」
アレクサンドル・アグリコラ (Alexander Agricola, c. 1445 - 1506) による三声のモテト 「トータ・プルクラ・エス」
ハインリヒ・イザーク (Heinrich Isaac, c. 1450 - 1517) による四声のモテト 「トータ・プルクラ・エス」
パレストリーナ (Giovanni Pierluigi da Palestrina, c. 1525 - 1594) 「五声によるモテト 第四巻」(
"Motectorum Quinque Vocibus Liber Quartus", 1584) のうち、「トータ・プルクラ・エス」
オルランド・ディ・ラッソ (Orlando di Lasso, 1530/32 - 1594) によるモテト 「トータ・プルクラ・エス」
トマス・ルイス・デ・ビクトリア (Tomás Luis de Victoria, c. 1548 - 1611) による「トータ・プルクラ・エス」
クラウディオ・モンテヴェルディ (Claudio Monteverdi, 1567 - 1643) による「トータ・プルクラ・エス」
グレゴリオ・アレグリ (Gregorio Allegri, 1582 - 1652) による「トータ・プルクラ・エス」
アントン・ブルックナー (Anton Bruckner, 1824 - 1896) による「トータ・プルクラ・エス」
モーリス・デュリュフレ (Maurice Duruflé, 1902 - 1986) 「グレゴリオ聖歌の主題による四つのモテト」(
"Quatre Motets sur des Thèmes Grégoriens" op. 10 pour chœur, 1960) のうち、「トータ・プルクラ・エス」
註1 「雅歌」 4章 7節に基づく句は、マリアの祝日に世歌われる聖歌オー・サンクティッシマ(羅 O SANCTISSIMA いとも聖なる御方よ)にも現れます。オー・サンクティッシマのラテン語原文と日本語訳を以下に引用いたします。日本語訳は筆者(広川)によります。
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O Sanctissima O Piissima
Dulcis Virgo Maria
Mater amata intemerata
Ora ora pro nobis |
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いとも聖にして、いとも憐れみ深く、
優しき乙女マリアよ。
愛さるる御母、汚れなき御母よ。
我らのために祈りたまえ。 |
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Tota pulchra es O Maria
Et macula non est in te
Mater amata intemerata
Ora ora pro nobis |
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マリアよ。御身はすべてが美しく、
御身のうちには汚れあらず。
愛さるる御母、汚れなき御母よ。
我らのために祈りたまえ。 |
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Sicut lilium inter spinas
Sic Maria inter filias
Mater amata intemerata
Ora ora pro nobis |
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娘らのうちなるマリアは、
茨のうちなる百合のごとし。
愛さるる御母、汚れなき御母よ。
我らのために祈りたまえ。 |
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In miseria in angustia
Ora Virgo pro nobis
Pro nobis ora in mortis hora
Ora ora pro nobis |
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困窮せるときも、苦しめるときも、
我らのために祈りたまえ、乙女よ。
死の時にも、我らのために祈りたまえ。
我らのために、どうか祈りたまえ。 |
第三節は「雅歌」 2章 2節に基づきます。ここでマリアに関連付けられた
百合(lilium) は、神に選ばれた身分の象徴です。これに対して
茨(spina) は、神の恩寵を有さない状態を象徴します。
註2 ラテン語マクラ(MACULA) はマルム(MALUM) に縮小辞が付いた形 (malocula *) に由来します。これらはサンスクリット語マラ(mala 泥)、ギリシア語メラス(μέλας 黒)と同根語で、もともとは汚れという意味ですが、ヘブライ語ムンムの場合に似て、マルム「マクラ」は道徳的視点における意味を獲得しました。すなわちラテン語において、マルムは「悪」が基本義となりました。マクラの基本義はラテン語においても「汚れ」ですが、転じて道徳的欠点、罪をも表します。
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