聖アンナ
Ste. Anne




(上) Georges de La Tour.The Newborn, or St. Anne and the Virgin in Linen, oil on canvas, Art Gallery of Ontario, Toronto


 聖アンナは聖母マリアの母ですが、正典福音書には言及がありません。聖母が出生したいきさつや聖母の幼時の物語はヤコブ原福音書 (protoevangelium of James) に詳しく記されています。

 同書によると、アンナと夫ヨアキム (Joachim) は裕福で敬虔な夫妻でした。ふたりは子供が無いことを嘆いて、ヨアキムは荒野に天幕を張って四十日四十夜の断食をし、アンナは夫の不在と子供が無いことを嘆いて月桂樹の下で哀歌を歌っていました。するとふたりの所にそれぞれ主の使いが現れてアンナが懐妊することを告げ、ヨアキムは妻のもとに戻って喜び合いました。やがて月が満ち、アンナに女の子が生まれます。二人は娘をマリアと名付け、マリアが3歳になると神殿に捧げました。マリアは12歳になるまで神殿で養育され、天使の手から食物を受け取って育ちました。



 中世に流布した聖人伝「黄金伝説」 (LEGENDA AUREA) によると、アンナはヨアキムと死別した後、クロパあるいはクレオパ (Clopas/Cleophas)、次いでソロマス (Solomas) と結婚し、それぞれの結婚によって聖母マリア、クロパの娘マリア (注 *1)、サロメと呼ばれるマリア (注 *2) を生んだとされました。

*1 正典福音書において、クロパの娘マリアはヨハネ伝 19:25に一度だけ出てきます。この箇所はギリシア語原テクストにおいて "Maria he tou Klopa"、ヴルガタ訳において "Maria Cleopae" といずれも属格を用いて表されており、現行の聖書では通常「クロパの妻マリア」と訳されています。

*2 イエズスが十字架に架けられたとき、その場にいた女性たちの名前は、正典福音書によると下の表の通りです。(表記はいずれも新共同訳による)

マタイ 27:56 マグダラのマリア、ヤコブとヨセフの母マリア、ゼベダイの子らの母
マルコ 15:40 マグダラのマリア、小ヤコブとヨセの母マリア、サロメ
ルカ 記述なし
ヨハネ 19:25 マグダラのマリア、イエスの母マリア、その姉妹であるマリア(クロパの妻)

 マルコ伝 6:3によるとヤコブとヨセはイエスの兄弟とされていますので、上の表の「ヤコブ(小ヤコブ)とヨセフ(ヨセ)の母マリア」とは、聖母マリアのことであると考えられています。したがってサロメと呼ばれるマリアは、ゼベダイの子らの母と同一、あるいは聖母の姉妹であるマリア(クロパの妻)と同一である可能性があります。



【聖アンナの図像学】

 中世末期までの図像において、聖アンナの図像は「ヤコブ原福音書」及びそれに依拠した「レゲンダ・アウレア」に取材した表現、すなわち《アンナへの受胎告知》や《黄金の門で出会うヨアキムとアンナ》等において表されます。

(下) Giotto, Annunciation to St Anne (from Scenes from the Life of Joachim), 1304 - 06, fresco, 200 x 185 cm, Cappella Scrovegni, Padua



(下) Giotto, Meeting at the Golden Gate, 1304 - 1306, fresco. Capella degli Scrovegni, Padua




 聖アンナは聖母の母として、すべて母性的なるものの根源であるということができます。キリストという「胎の実」(FRUCTUS VENTRIS) を宿した聖母を花であるとすれば、聖アンナはその花が咲く生命の木そのものといえるでしょう。

 このような思想を受けて、1480 - 1520年頃のドイツにおいて、「アンナ・ゼルプドリット」 (Anna Selbdritt) と呼ばれる図像が流行します。「アンナ・ゼルプドリット」とは「3人目の人物アンナ」というほどの意味で、この種の図像においては聖アンナ、聖母マリア、幼子イエスがしばしば三位一体の図像と重なるかのような形式で表現されました。


(下) Albrecht Duerer, Virgin and Child with Saint Anne, 1519, oil on wood, 60 x 50 cm, The Metropolitan Museum of Art, New York



 聖アンナの膝の上にマリアと幼子イエスが乗り、本を開いている図像もよく見られます。これらは「知恵の座」(SEDES SAPIENTIAE) の聖母の図像を発展させたものと考えることができます。

(下) Tilman Riemenschneider, Enthroned Saint Anne with the Virgin and the Christ Child, c. 1490 - 95, sandstone, Mainfraenkisches Museum, Wuerzburg



(下) Gerard David. The St. Anne Alterpiece. c. 1500 - 1510, oil on panel, The National Gallery of Art, Washington, DC.



 中世に発展したもうひとつの図像として、幼いマリアに文字を教える聖アンナのモティーフが挙げられます。この図像は現代に至るまで続いています。

(下) anonymous, St. Anne teaching Mary to read, 1412 - 1428, stained glass window, All Saints North Street Church, York



(下) une médaille de l'argent de Ste. Anne, art nouveau, late 19th to early 20th century, France 当店の商品です。





【ブルターニュにおける聖アンナ崇敬】

 聖アンナはブルターニュにおいて篤く崇敬されています。

 ブルターニュ語で書いた作家アナトール・ル・ブラーズ (Anatole Le Braz, 1859 - 1926) が蒐集した伝説によると、聖アンナはブルターニュ地域圏フィニステール県にある海辺の小村プロネヴェ=ポルゼ (Plonevez-Porzay) の出身で、冷酷な領主に嫁ぎました。夫は子供嫌いで、アンナが妊娠してマリアを生むと母子を城から追い出し、母子はトレファンテク (Trefuntec) の海岸から天使が導く舟に乗って、ガリラヤにたどり着きます。娘のマリアはガリラヤで成長し、後にイエズスを生みます。
 アンナはその後ブルターニュに戻って祈りと慈善の生活を送り、イエズスはペトロとヨハネを伴ってブルターニュにアンナを訪ねて祝福を受けます。アンナの死後、遺体が無くなりますが、フィニステール県ドゥアルヌネ (Douarnenez) の入り江で漁師がアンナの像を見つけ、イエズスが湧き出させたのほとりに安置しました。

 ドゥアルヌネの入り江で見つかったとされる像の安置場所は聖アンナの最古の巡礼地サン=タンヌ=ラ=パリュ (Sainte-Anne-la-Palud) となり、毎年8月の最後の終末には大勢の巡礼者が集まる大パルドン祭(Le grand Pardon) が行われています。サン=タンヌ=ラ=パリュの大パルドン祭は千数百年の伝統を誇り、ブルターニュのパルドン祭のなかでも最古のものです。

(下) ブルターニュのパルドン祭 1890年頃の彩色フォトグラヴュア 画面サイズ 23 x 18 cm 当店の商品です。






 また別の伝承によると、聖アンナは 1624年、モルビアン県オーレ (Auray) の農夫イヴ・ニコラジク (Yves Nicolazic, 1591 - 1645) に対して何度も出現し、自分(聖アンナ)にゆかりの地である彼の村に、聖アンナに献じた礼拝堂を建設することを求めました。1625年3月7日、自身に対する聖アンナの出現を証明するために、ニコラジクは大勢の村人が見守る場で地中から一体の像を掘り出します。この像は後に当地のカプチン会の修道士たちによって手が加えられて聖アンナの像として認知されるようになり、やがてヴァンヌ司教は当地における聖アンナ崇敬と礼拝堂建設を許可しました。

 礼拝堂が建てられたニコラジクの村はサン=タンヌ=ドーレ (Sainte-Anne-d'Auray) と呼ばれて、聖アンナはブルターニュの守護聖人となりました。この地で毎年行われるパルドン祭はブルターニュのパルドン祭のなかでも最大の規模で、ルルドリジューに次ぐフランス第三の巡礼地となっています。




【守護聖人としての聖アンナ】

 聖アンナはフィレンツェ、ナポリ、インスブルック、ブルターニュ、ケベックの守護聖人です。

 また未婚の女性を守り、よき夫と子供を授ける守護聖人、妊産婦と子供の守護聖人、金銀細工師、彫刻家、旋盤工、ブラシ・箒職人、手袋職人、メリヤス工、縫い子、レース編み女工、洗濯屋、毛梳き工、廃品処理業者、船乗り、鉱夫、孫がいる女性の守護聖人ともされています。

 聖アンナの祝日は、西方教会においては7月26日、東方教会においては7月25日です。



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