三人のマリア
les Santes Femmes, the three Marys/Maries




(上) 19世紀フランスにおける漆喰彫刻の作例。当店の販売済み商品。十字架の下に聖母マリア、聖母の姉妹であるマリア(クロパの妻)、マグダラのマリア、使徒ヨハネがいます。四人の顔ぶれは「ヨハネによる福音書」 19章 25-27節に基づきます。


 「三人のマリア」(les Santes Femmes/Maries) とは、「イエズスが架かり給うた十字架のそばに立っていた三人の女性」、または「イエズスの墓を復活後に訪れた三人の女性」を指します。これらの女性はいずれも「マリア」という名であったと考えられています。「イエズスが架かり給うた十字架のそばに立っていた三人のマリア」、「イエズスの墓を復活後に訪れた三人のマリア」は、いずれも美術作品のテーマとしてたびたび取り上げられています。

 しかるにイエズスの復活後にその墓を訪れた弟子や関係者の顔ぶれについて、各福音書は異なる記述の仕方をしているために、「イエズスの墓を復活後に訪れた三人のマリア」とは誰のことなのか、正典福音書に依拠した議論によって明確にするのは困難です。これに対して「イエズス受難の際ゴルゴタの丘にいた三人のマリア」が誰なのかは、正典福音書に比較的分かり易く記述されています。

 それゆえ本稿では議論を後者、すなわち「イエズス受難の際ゴルゴタの丘にいた三人のマリア」に限定します。最初に各福音書の記述を引用して整理し、次に福音書に基づいて「三人の女性たち」を同定し、最後にプロヴァンスの伝承における「三人のマリア」を取り上げます。


【イエズスの受難に立ちあった女性たちに関する各福音書の記述】

 福音書によると、イエズスが十字架に架けられたのは午前九時(マルコ 15: 25)、十字架上に息絶え給うたのが午後三時(マタイ 27: 46 - 50)、遺体を十字架から下ろして埋葬したのが同じ日の夕方(マタイ 27: 57 - 61)のことでした。イエズスは数時間に亙って十字架に架かっておられたことになります。このように長時間に亙った受難を見守ったのは、ガリラヤからイエズスに従って来た女性たちでした。

 ここではイエズス受難に立ちあった女性たちに関して、福音書ごとに記述の引用と整理を行います。日本語の聖句は新共同訳によります。


a. 「マタイによる福音書」 27章 55 - 56節

 イエズスの受難に立ちあった女性たちに関して、「マタイによる福音書」 27章 55 - 56節には次のように記述されています。

 またそこでは、大勢の婦人たちが遠くから見守っていた。この婦人たちは、ガリラヤからイエスに従って来て世話をしていた人々である。その中には、マグダラのマリア、ヤコブとヨセフの母マリア、ゼベダイの子らの母がいた。


 この記述を読むと、大勢の女性たちがイエズスの受難を見守っていたことが分かります。「遠くから」とありますが、十字架の立っている場所にはローマ兵たちが警備をしていたので、数十メートル離れたところから見守っていたのでしょう。

 大勢の女性たちのうち、特に名前を挙げられているのは三人です。最初に挙げられているマグダラのマリアは、使徒に伍する重要な地位にあった女性としてよく知られています。

 二人目の女性、「ヤコブとヨセフの母マリア」は、マルコ 15: 40では「小ヤコブとヨセの母マリア」となっています。小ヤコブとヨセフ(あるいはヨセ)はマタイ 13: 55において「イエズスの兄弟」とされています。ここで「兄弟」と訳されているのはギリシア語「アデルフォイ」ですが、マタイとマルコはここで「アデルフォイ」を「いとこ」「親戚」の意味に使っていますので(註1)、「ヤコブとヨセフの母マリア」はイエズスの親戚の女性、おそらく「おば」にあたります。カトリックの伝統では、「ヤコブとヨセフの母マリア」は「マリア・ヤコベ」すなわち「ヤコブの(母である)マリア」と呼ばれています。

 三人目の女性は「ゼベダイの子らの母」です。「ゼベダイの子ら」とは大ヤコブと使徒ヨハネのことです。彼らの母であるこの女性の名前は、マルコ 15: 40においては「サロメ」となっています。


b. 「マルコによる福音書」 15章 40節

 イエズスの受難に立ちあった女性たちに関して、「マルコによる福音書」 15章 40節には次のように記述されています。

 また、婦人たちも遠くから見守っていた。その中には、マグダラのマリア、小ヤコブとヨセの母マリア、そしてサロメがいた。


 ここで名前を挙げられているのは三人のうち、「マグダラのマリア」と「小ヤコブとヨセの母マリア」は、「マタイによる福音書」 27章 56節と一致しています。これらふたつの記事における「小ヤコブ」と「ヤコブ」、「ヨセ」と「ヨセフ」は同じ人物を指します。

 マタイとマルコはいずれも三名の女性を挙げていますが、「マタイによる福音書」と「マルコによる福音書」は共通点が多い(註2)ので、この三名の顔ぶれは両福音書において一致していると考えられています。そうだとすれば、マルコ 15: 40の「サロメ」は、マタイ 27: 56の「ゼベダイの子らの母」と同一人物であることになります。「ゼベダイの子らの母」と「サロメ」が同一の女性であるとする説は、聖書解釈学上の合理性があり、学術的に正当な判断といえます。


 ところで興味深いことに、民間伝承レベルの解釈においては、この第三の女性、ゼベダイの子らの母であるサロメに、「ヨハネによる福音書」 19章 25節に基づく「クロパの妻マリア」というアイデンティティが加わって、「マリア・サロメ」と呼ばれる架空の女性が創出されました。この「マリア・サロメ」については、後ほど【もうひとつの「三人のマリア」】の項で詳述します。



(上) ジャン=バティスト・エミール・ドロプシ作 「ゴルゴタに向かう聖女たち」 ブロンズ製プラケット 1880 - 90年代 当店の商品です。


c. 「ルカによる福音書」

 「ルカによる福音書」は23章においてイエズスの受難を記録し、その49節で次のように述べています。

 イエスを知っていたすべての人たちと、ガリラヤから従って来た婦人たちとは遠くに立って、これらのことを見ていた。


 「ガリラヤから従って来た婦人たち」とは、他の福音書の同じ場面で言及されている女性たちと同一の人たちですが、ルカは具体的な名前を挙げていません。同じ福音書で参考になる箇所として、「ルカによる福音書」 8章 1-3節を挙げておきます。

 すぐその後、イエスは神の国を宣べ伝え、その福音を告げ知らせながら、町や村を巡って旅を続けられた。十二人も一緒だった。悪霊を追い出して病気をいやしていただいた何人かの婦人たち、すなわち、七つの悪霊を追い出していただいたマグダラの女と呼ばれるマリア、ヘロデの家令クザの妻ヨハナ、それにスサンナ、そのほか多くの婦人たちも一緒であった。彼女たちは、自分の持ち物を出し合って、一行に奉仕していた。(ルカ 8: 1-3 新共同訳)


 なおルカによると、ガリラヤから従って来た女性たちに加え、「イエスを知っていたすべての人たち」が「遠くに立って」受難を見守っていました。彼らが十字架のすぐそばに立たずに遠くに立っていたのは、ローマ兵たちが刑場を警備していて近づけなかったからであり、イエズスから遠ざかりたかったからではありません。しかしながらイエズスが捕縛された際の弟子たちの逃亡やペトロの否認の記録と相俟って、「イエスを知っていたすべての人たち」が「遠くに立って」いた、という記述は、「詩編」38編12節、88編9節を思い起こさせます。該当箇所を新共同訳により引用します。

 疫病にかかったわたしを/愛する者も友も避けて立ち/わたしに近い者も、遠く離れて立ちます。(「詩編」38: 12 新共同訳)

 あなたはわたしから/親しい者を遠ざけられました。彼らにとってわたしは忌むべき者となりました。わたしは閉じ込められて、出られません。(「詩編」88: 9 新共同訳)



d. 「ヨハネによる福音書」 19章 25節

 イエズスの受難に立ちあった女性たちに関して、「ヨハネによる福音書」 19章 25節には次のように記述されています。

 イエスの十字架のそばには、その母と母の姉妹、クロパの妻マリアとマグダラのマリアとが立っていた。


 マタイとマルコは女性たちが「遠くから」見守っていたと書いていますが、ヨハネは女性たちが「イエスの十字架のそばに」立っていた、と記しています。これは調停できない矛盾ではなく、単に異なる時点のことを言っているのでしょう。つまり女性たちは最初、イエズスの受難を大勢で遠くから見守っていました(マタイ 27: 55)が、やがてそのなかの幾人かが十字架のそばに近寄って来たのです。

 下の註1で詳述したように、「母の姉妹」はマタイ 27: 56に登場する「ヤコブとヨセフの母マリア」と同一人物と思われます。「母の姉妹」と「クロパの妻マリア」が別人なのか同一人物なのかは、ヨハネが名前を列挙しているこの聖句だけからは判断できません。しかしながら結論を先に言うと、後述の如く、「母の姉妹」と「クロパの妻マリア」は同一人物と考えられます。聖母の姉妹であり、聖母と同名のマリアというこの女性は、クロパの妻であり、ヤコブとヨセフの母であるはずです。


【イエズスの受難に立ちあった三人の女性とは誰か】

 イエズスの受難に立ちあったとして各福音書が個別に言及している女性たちに関して、これまでの議論に基づいて表に整理すると、次のようになります。この表において、同一人物は同じ縦列に揃えてあります。

典拠 .. 個別に挙げられた女性たちの名前.... どこにいたか
マタイ 27:56 .... ... マグダラのマリア ... ヤコブとヨセフの母マリア . ゼベダイの子らの母 .... 遠くから見守っていた。
マルコ 15:40 マグダラのマリア 小ヤコブとヨセの母マリア サロメ 遠くから見守っていた。
ヨハネ 19:25 聖母マリア マグダラのマリア 聖母の姉妹(クロパの妻マリア) 十字架のそばに立っていた。


 この表を見ると、遠くからであれ、近くからであれ、イエズスの受難に立ちあったとして各福音書が個別に言及している女性の数は、どの福音書の場合も三人であることに気付きます。

 美術作品において、イエズスの受難を見守る三人の女性が描かれている場合、その三人のアイデンティティは上の表のとおりです。もしも女性たちが遠くから十字架を見守っているのであれば、三人は「マグダラのマリア」「聖母の姉妹マリア」「サロメ」です。十字架の下にいるのであれば、三人は「聖母マリア」「マグダラのマリア」「聖母の姉妹マリア」です。

 十字架の下に立っていた三人の女性は、偶然にも同じマリアという名前であり、「三人のマリア」と呼ばれます。「三人のマリア」の典拠は「ヨハネによる福音書」 19章 25節です。


(下) 19世紀フランスにおける漆喰彫刻の作例。イエズスを中心に、三人のマリアと使徒ヨハネを加えた群像彫刻。当店の商品です。





【もうひとつの「三人のマリア」】

 しかるに上で見た「三人のマリア」とは別に、パレスティナから小舟に乗って南フランスのカマルグに上陸したと伝えられる「三人のマリア」の伝承があります。この「三人のマリア」とは「マグダラのマリア」「聖母の姉妹マリア(マリア・ヤコベ)」「マリア・サロメ」です。

 「マグダラのマリア」と「聖母の姉妹マリア(マリア・ヤコベ)」はいずれも実在の人物で、イエズスの受難の際、聖母マリアとともに十字架の下に立っていた「三人のマリア」のうちのふたりです。それでは「マリア・サロメ」とは誰でしょうか。




(上) カマルグの海の聖マリア サント=マリ=ド=ラ=メールのメダイ 当店の商品です。


 イエズスの受難に立ちあったとして各福音書が個別に言及している女性たちの一覧表を再掲します。同じ縦列にある名前は、同一人物を表します。


典拠 .. 個別に挙げられた女性たちの名前.... どこにいたか
マタイ 27:56 .... ... マグダラのマリア ... ヤコブとヨセフの母マリア . ゼベダイの子らの母 .... 遠くから見守っていた。
マルコ 15:40 マグダラのマリア 小ヤコブとヨセの母マリア サロメ 遠くから見守っていた。
ヨハネ 19:25 聖母マリア マグダラのマリア 聖母の姉妹(クロパの妻マリア) 十字架のそばに立っていた。


 また、「ヨハネによる福音書」 19章 25節を再掲します。

 イエスの十字架のそばには、その母と母の姉妹、クロパの妻マリアとマグダラのマリアとが立っていた。

 「ヨハネによる福音書」のこの箇所において、「母の姉妹」と「クロパの妻マリア」が別人なのか同一人物なのかは、ヨハネが名前を列挙しているこの聖句だけからは判断できませんが、他の福音書と照合すれば、「母の姉妹」と「クロパの妻マリア」は同一であると判断できます。


 Louis Hendrix (1827 - 1888), "Les Quatre Marie"

(上) 三人のマリアにマリア・サロメを加えた「四人のマリア」。ベルギーの古い絵葉書 中性紙にコロタイプ 139 x 88 mm 当店の商品です。


 しかしながら他の福音書と照合するという聖書解釈学的分析を行わず、「母の姉妹」と「クロパの妻マリア」を別人として読むと、下の表のような解釈を行うことが可能になります。ゼベダイの子らの母であるサロメは、このような解釈に基づいて「クロパの妻マリア」と同一人物とされ、「マリア・サロメ」が誕生したのです。

典拠 .. 個別に挙げられた女性たちの名前.... どこにいたか
マタイ 27:56 .... ... マグダラのマリア ... ヤコブとヨセフの母マリア ... ゼベダイの子らの母 .... 遠くから見守っていた。
マルコ 15:40 マグダラのマリア 小ヤコブとヨセの母マリア サロメ 遠くから見守っていた。
ヨハネ 19:25 聖母マリア マグダラのマリア 聖母の姉妹 クロパの妻マリア 十字架のそばに立っていた。


 既に注意深く見たように、マタイ 27: 56とマルコ 15: 40は「大勢の女性たち」が「遠くから」イエズスを見守っていたときのことを記述しています。しかるにヨハネ 19: 25はこれとは別の時点の状況を記述していて、女性たちは「イエスの十字架のそば」に立っています。したがってヨハネ 19: 25に登場する女性の人数が仮に四人であったとしても、聖母を除く三人と、共観福音書(マタイ 27: 56とマルコ 15: 40)に言及のある三人が、ひとり残らず同じ女性たちであると考える必要は、そもそもありません。さらに、マタイ 27: 56の「ゼベダイの子らの母」はゼベダイの妻であるはずです。ユダヤ人は一妻多夫制を採っていないので、ゼベダイの妻が同時にクロパの妻ではありえません。

 ところが民間伝承レベルの非学術的議論によって「マリア・サロメ」を案出した人たちは、その思考の在り方が非学術的である(すなわち、厳密でない)というまさにそのことゆえに、「ゼベダイの子らの母であるサロメ」と「クロパの妻マリア」を無批判的に同一視しました。「イエズスの受難を遠くから見守っていた女性は三人だ。この三人に聖母は含まれていない。十字架のそばに立っていた女性は、聖母を含めて四人だ。だからこの四人のうち聖母を除く三人は、イエズスの受難を遠くから見守っていた三人と同一人物に違いない」という非常に乱暴な推論から生まれたのが、「マリア・サロメ」なのです。

 しかしながらこのようにして「マリア・サロメ」を案出した人たちも、「ゼベダイの子らの母」が「クロパの妻」であるという不都合を解決する必要を感じました。そこで考え出されたのが、「マリア・サロメ」が夫と一度死別し、再婚したという説明です。元の夫と死別後に、別の男性と再婚した場合、ひとりの女性が「ゼベダイの妻」とも「クロパの妻」とも呼ばれるという事態は、理屈の上では確かに起こり得ます。




(上) カマルグの「ラ・バジリク・デ・サント=マリ」(la basilique des Saintes Maries 聖マリアたちのバシリカ)。フランス各地に見られる城砦型聖堂建築の一例です。


 このように少々苦しい説明で難局を切り抜け、無時誕生した「マリア・サロメ」は、マリア・ヤコベ、マグダラのマリアとともに、天使が漕ぐ小舟に乗って南フランスのカマルグに辿り着いたとされました。フランスに上陸した後、マグダラのマリアは海岸から少し北に入った山地に移り、サント・ボーム(la Sainte Baume フランス語で「聖なる洞窟」)に籠って隠修生活を送ったと伝えられます。マリア・サロメとマリア・ヤコベは侍女サラとともにカマルグに残って福音を伝え、聖女たちと慕われたと伝えられます。マリア・サロメとマリア・ヤコベは複数形で「サント・マリ」(Saintes Maries 聖マリアたち)と呼ばれ、その聖遺物はカマルグの教会ラ・バジリク・デ・サント=マリ(la basilique des Saintes Marie 聖マリアたちのバシリカ)に安置されています。


註1 「マタイによる福音書」 13章 55節のギリシア語原テキストと日本語訳を下に示します。原テキストはネストレ=アーラント26版、日本語訳は新共同訳によります。

     οὐχ οὗτός ἐστιν ὁ τοῦ τέκτονος υἱός; οὐχ ἡ μήτηρ αὐτοῦ λέγεται Μαριὰμ καὶ οἱ ἀδελφοὶ αὐτοῦ Ἰάκωβος καὶ Ἰωσὴφ καὶ Σίμων καὶ Ἰούδας; ..  この人は大工の息子ではないか。母親はマリアといい、兄弟はヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダではないか。


 イエズスの「兄弟」については、「マルコによる福音書」 3章 31節にも言及があります。この箇所の原テキストと日本語訳を下に示します。原テキストはネストレ=アーラント26版、日本語訳は新共同訳によります。

     Καὶ ἔρχεται ἡ μήτηρ αὐτοῦ καὶ οἱ ἀδελφοὶ αὐτοῦ καὶ ἔξω στήκοντες ἀπέστειλαν πρὸς αὐτὸν καλοῦντες αὐτόν.
..  イエスの母と兄弟たちが来て外に立ち、人をやってイエスを呼ばせた。


 これらの箇所で「兄弟」「兄弟たち」と訳されているギリシア語「アデルフォイ」(οἱ ἀδελφοὶ 「アデルフォス」の複数形)は、歴史的コンテクストから切り離してギリシア語自体の意味のみを考えるならば、確かに同じ親から生まれた「兄弟」を指す語です。しかしながらこの箇所で使われている「アデルフォイ」の意味を正しく解釈するには、イエズス時代のパレスティナで話されていたアラム語の語彙について考え併せる必要があります。

 すなわち、これらの箇所で「アデルフォイ」という語を使ったのは、生粋のギリシア人ではなくて、本来アラム語の使用者であるマタイ、マルコです。しかるにアラム語においては同じ親から生まれた「兄弟」も、親の兄弟から生まれた「いとこ」も、同じ語で表されます。したがってマタイ、マルコはアラム語を話すときと同じ感覚でギリシア語「アデルフォイ」を使い、この語によって「いとこ」を指していると考えられるのです。


 しかしマタイ、マルコの「アデルフォイ」が「いとこ」の意味であり得るとしても、「いとこ」を指すと考えるほうが合理的な解釈であると、なぜ言えるのでしょうか。「アデルフォイ」というギリシア語の本来の意味は、あくまでも同じ親から生まれた「兄弟」であるはずです。

 この疑問に対する答えは、この註の冒頭に引用した「マタイによる福音書」 13章 55節を、「マタイによる福音書」 27章 55 - 56節、及び「ヨハネによる福音書」 19章 25節と比較することで手掛かりが得られます。これら三箇所のテキストを下表に示します。日本語は新共同訳によります。

マタイ 13: 55  この人は大工の息子ではないか。母親はマリアといい、兄弟(広川註 アデルフォイ)はヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダではないか。
..
マタイ 27: 55 - 56  またそこでは、大勢の婦人たちが遠くから見守っていた。この婦人たちは、ガリラヤからイエスに従って来て世話をしていた人々である。その中には、マグダラのマリア、ヤコブとヨセフの母マリア、ゼベダイの子らの母がいた。
..
ヨハネ 19: 25  イエスの十字架のそばには、その母と母の姉妹、クロパの妻マリアとマグダラのマリアとが立っていた。


 「マタイによる福音書」 27章 55 - 56節には「ヤコブとヨセフの母マリア」が登場します。マタイ 13: 55の「アデルフォイ」を文字通り二親等の「兄弟」と取るならば、この「ヤコブとヨセフの母マリア」は聖母を指していることになります。しかしながらもしもヤコブとヨセフがイエズスのいとこではなく兄弟だとすれば、マタイがなぜ「イエズスの母マリア」と書かずに、わざわざ「ヤコブとヨセフの母マリア」などと回りくどい言い方をするのかが説明できません。実際ヨハネはそのような回りくどい言い方をせず、イエズスの母と素直に表現しています(ヨハネ 19: 25 「その母」)。したがってヤコブとヨセフをイエズスの実の兄弟とし、「ヤコブとヨセフの母マリア」を聖母と同一視する解釈は成り立ちません。

 さらに「ヨハネによる福音書」 19章 25節には三人の女性、すなわち「聖母マリア」「聖母の姉妹マリア」「マグダラのマリア」が登場します。「聖母の姉妹マリア」(クロパの妻)の年齢や当時の人々の生活史を考えれば、聖母の姉妹であるこの女性にはおそらく何人かの成人した子供がいたでしょう。つまりヨハネ 19: 25によると、イエズスのいとこたちの母が、聖母たちとともに、十字架のそばにいたと考えられます。したがってヨハネが言及する「聖母の姉妹マリア」は、「ヤコブとヨセフの母マリア」(マタイ 27: 56)と同一人物と考えられます。「ヤコブとヨセフの母マリア」が聖母の姉妹である以上、その息子であるヤコブとヨセフ、すなわちマタイ 13: 55に登場するイエズスの「アデルフォイ」は、イエズスの「兄弟」ではなく「いとこ」であることがわかります。


註2 四つの福音書のうち、「マタイによる福音書」「マルコによる福音書」「ルカによる福音書」をまとめて「共観福音書」と呼んでいます。四番目の福音書である「ヨハネによる福音書」は、これら共観福音書と矛盾しませんが、かなり異なった視点と構成を有します。

 たとえばイエズスの受難に立ちあった女性たちに関して、共観福音書はいずれも遠くからイエズスを見守る女性たちについて述べています。特にマタイとマルコは同じ時点の状況を記述する際に、同じ顔ぶれの女性たちの名前を挙げています。しかるに「ヨハネによる福音書」だけは、マタイとマルコが記述した状況とも、ルカが記述した状況とも異なる時点の様子を記述し、イエズスの十字架のそばに立っていた女性たちについて名前を挙げています。



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