マグダラのマリア
St. Mary Magdalene, St. Mary of Magdala / Ste. Marie la Magdaléenne, Ste. Marie-Madeleine, Ste. Madeleine




(上) Pieter Paul Rubens, The Deposition (details), 1602, oil on canvas, 180 x 137 cm, Galleria Borghese, Rome


 マグダラのマリアはラテン語でマリア・マグダレーナ (MARIA MAGDALENA)、フランス語でマリ=マドレーヌ (Marie-Madeleine) または聖マドレーヌ (Sainte Madeleine) と呼ばれます。

 マグダラのマリアは使徒ではありませんが、正典福音書においてもっとも重要な役割を果たす人物のひとりです。図像では若く美しい女性として表され、フランスでは聖母マリアに次いで人気のある聖女です。


【正典福音書におけるマグダラのマリア】

 マグダラのマリアはガリラヤ湖西岸のティベリアスに近いマグダラの女性とされ、正典福音書において次の記述が見られます。

・マグダラのマリアはイエズスによって七つの悪霊を追い出していただいた。(マルコ 16: 9、ルカ 8: 2)

・マグダラのマリアはイエズスの受難に立ち会った。(マタイ 27: 56、マルコ 15: 40、ヨハネ 19:25)

・マグダラのマリアはイエズスが復活して墓が空(から)になっているのを、他の女性たちとともに最初に見つけ、また復活したイエズスに最初に会った。(マタイ 28: 1 - 10、マルコ 16: 1 - 10、ルカ 24: 1 - 12、ヨハネ 20: 1 - 18)

 以上の聖句においては、「マグダラのマリア」という名前が明示されています。


 しかるに、福音書には「ベタニアのマリア」と呼ばれる女性も登場します。ヨハネによる福音書 11章によると、ベタニアのマリアはマルタとラザロの姉妹でした。ラザロは病気で死んだ後にイエズスによって復活させられた人です。



(上) Michelangelo Merisi da Caravaggio, Martha Rebuking Mary for her Vanity, c. 1598, oil on canvas, 97.8 x 132.7 cm, Institute of Arts, Detroit


 またイエズスが受難される少し前、食事中のイエズスに女性が香油を注ぎかけた出来事が、すべての福音書に記録されています。次にあげるのは各福音書における該当箇所の要約です。

・ベタニアでイエズスが重い皮膚病の人シモンの家で食事をしておられたとき、一人の女が極めて高価な香油をイエススの頭に注ぎかけた。弟子たちがこれを無駄遣いだと非難すると、イエズスは女が埋葬の準備をしたのだと言われた。(マタイ 26: 6 - 13、マルコ 14 : 3 - 9)

・イエズスがファリサイ派の人の家に入って食事をしておられたとき、一人の罪深い女が入ってきてイエズスの足を涙で濡らし、髪でぬぐい、接吻して、香油を塗った。イエズスは女に「あなたの罪は赦された」と言われた。(ルカ 7: 36 - 50)

・ベタニアでイエズスがラザロらと共に食事をし、マルタが給仕をしている間に、マリアがやってきてイエズスの足に高価なナルド(註1)の香油を注ぎ、髪でぬぐった。弟子たちがこれを無駄遣いだと非難すると、イエズスはマリアが埋葬の準備をしたのだと言われた。(ヨハネ 12: 1 - 8)


 上記四箇所のテキストを比較すると、ヨハネによる福音書にのみ「マリア」という名前が明示されています。この「マリア」はマルタとラザロの姉妹であるマリア、すなわちベタニアのマリアを指すものと思われます。

 しかし上記四箇所に記録されているのがすべて同じ出来事なのかどうかは定かでありません。同じ出来事であるとすれば、ベタニアのマリアは「罪深い女」であったことになります。しかしベタニアのマリアがイエズスに香油を注いだのとは別の機会に、別の「罪深い女」がイエズスに香油を注いだのかも知れません。

 さらにベタニアのマリアあるいは「一人の罪深い女」がマグダラのマリアと同一人物であるかどうかは、福音書を見る限り、断定できません。同一人物と考えても矛盾はありませんが、ふたりが同一人物であるという決定的な裏付けとなる聖句を新約聖書中に見出すことはできません。


 ルカ伝においては、上記 7章36節から50節において「一人の罪深い女」がイエズスに香油を注いだ出来事を記述した直後、この出来事との関連をまったく示唆せずに、8章2節において「マグダラのマリア」に言及しています。この記述の仕方は、二人を別々の人物として扱っている証拠のようにも思えます。

 他方、「一人の罪深い女」を「マグダラのマリア」と同一視する立場に立てば、「一人の罪深い女」を「マグダラのマリア」と関連付けない記述の仕方は、ルカが福音書を執筆した当時、まだ存命中であったであろうマグダラのマリアに配慮した結果であるという見方も、無理なく成立します。女性がイエズスに香油を注いだ出来事の記述において、ヨハネのみが「マリア」を名指ししていますが、ヨハネの福音書は共観福音書に比べて成立年代がずっと遅いことを考え合わせると、ヨハネが福音書を書いた時点で「マグダラのマリア」はすでに故人となっており、それゆえにこの福音書においてのみ、共観福音書におけるような配慮が不要であったと考えることが可能です。このように考えると、ルカ伝において「一人の罪深い女」を「マグダラのマリア」と関連付けない記述の仕方は、むしろふたりが同一人物であることを強力に示唆する間接的証拠でこそあれ、これを否定する証拠ではあり得ないことになります。

(下) Jacques-Joseph Tissot, dit James Tissot, Mary Magdalene's Box of Very Precious Ointment, 1880s/90s, Brooklyn Museum of Art, New York




 古い時代からの伝統的な見方では、東方教会においては「マグダラのマリア」と「ベタニアのマリア」を別人であると考える説が優勢でした。

 ローマ・カトリックにおいては、教皇グレゴリウス1世 (Gregorius I, c. 540 - 590 - 604) がその説教で次のように述べて以来、「マグダラのマリア」と「ベタニアのマリア」は同一人物であるとの考え方が支配的になりました。

Hanc vero quam Lucas peccatricem mulierem, Joannes Mariam nominat, illam esse Mariam credimus de qua Marcus septem damonia ejecta fuisse testatur. (SERMO XXXIII)

(しかるに、ルカが罪深い女、ヨハネがマリアと呼んだこの女は、七つの悪霊を追い出されたとマルコが証したマリアであると、我らは信ずる。 「説教33」)


【外典におけるマグダラのマリア】

・「マグダラのマリアの福音書」 Evangelium Mariae

 ナイル川がエジプト国内を流れる部分のちょうど中間のあたり、アクミン (Akhmin) でコプト語のパピルス文書が発見され、1896年、ドイツの学者カール・ラインハルトがこれをカイロで購入しました。この文書はぺルリン写本 (Papyrus Berolinensis 8502 またはアクミン写本 the Akhmin Codex) と呼ばれ、「ヨハネによる秘密の書」(Apocryphon Ioannis)、「イエズス・キリストの知恵」(Sophia Iesu Christi)、及び「ペトロ行伝」(Acta Petri) の梗概に加えて、「マグダラのマリアの福音書」(Evangelium Mariae) を含んでいました。

 「マグダラのマリアの福音書」は最初の6ページと中ほどの4ページが失われていますが、物語はイエズスの復活から始まっていると考えられ、通常の意味の福音書すなわちイエズスの公生涯の記録ではありません。

 この文書において、マグダラのマリアは他のどの女性よりもイエズスに愛された女性であり、復活したイエズスから啓示を受けてその内容を使徒たちに知らせ、また怯える使徒たちを励まして宣教を促します。「マグダラのマリアの福音書」は 2世紀前半に成立したグノーシス文書と考えられています。


・「イエズス・キリストの知恵」 Sophia Iesu Christi

 2世紀中頃に成立したグノーシス文書で、1896年に全文が発見されました。1945年に発見されたナグ・ハマディ写本にも同じ書物が含まれていました。

 カリフォルニア大学のパロット博士 (associate professor Douglas M. Parrott, Ph.D) は、ずっと早い時期に成立したグノーシス文書「エウグノストスの手紙」を下敷きにして、キリスト教徒向けに書き直したのが「イエズス・キリストの知恵」であると考えています。エウグノストス (Eugnostos/Eugnostus) とはギリシア語で「良く・正しく考える人」という意味で、ナグ・ハマディ文書は「エウグノストスの手紙」を2部含みます。

 この書物の内容は、あらゆる事物の内奥にある奥義を、復活のイエズス・キリストが十二使徒と七人の女性に教えるというもので、マグダラのマリアは七人の女性のひとりとして登場し、イエズスと対話しています。


・「フィリポによる福音書」「救い主の対話」「ピスティス・ソフィア」

 いずれもグノーシス文書です。マグダラのマリアは「フィリポによる福音書」において、他のどの弟子よりも愛されたコイノーノス (he koinonos 親密な友) とされています。また「救い主の対話」「ピスティス・ソフィア」において、マグダラのマリアは他の男性の弟子たちと同格の存在として描かれています。


【マグダラのマリアへの崇敬】

 トゥールのゴレゴリウス (St. Gregorius Turonensis, c. 538 - 594) 及び東方教会の伝承によると、マグダラのマリアは使徒ヨハネとともにエフェソスに退き、当地で亡くなりました。遺体は 886年にコンスタンティノープルに移葬されました。

 9世紀に起源を遡り、ヤコブス・デ・ヴォラギネの「レゲンダ・アウレア」("Legenda Aurea" XCVI, c. 1260) にも収録されている伝承によると、マグダラのマリアは姉妹マルタたちとともに舵もマストも無い小舟で聖地を脱出し、神慮によってカマルグに上陸し、プロヴァンスに福音を広めました。



(上) Giotto di Bondone, Scenes from the Life of Mary: Magdalene: Mary Magdalene's Voyage to Marseilles (details), 1320s, fresco, Magdalene Chapel, Lower Church, San Francesco, Assisi


 マルセイユの領主が住民の子供を偶像の生贄に捧げようとしているのを阻止し、領主夫妻と住民たちを改宗させたマグダラのマリアは、やがてサント=ボーム (Sainte-Baume 「聖なる洞窟」) の岩穴に隠棲して、30年間瞑想の生活を送りました。聖女は天使が運んでくる天上の食べ物だけを口にし、一日七回、毎時課に天使によって天上に上げられ、日々天上の音楽を聴きました。


(下) ラ・サント=ボーム 岩穴の内部 フランスの古い絵葉書 中性紙にコロタイプ 140 x 88 mm 当店の商品



(下) 洞穴(ラ・サント=ボーム)から見上げた山の頂にあるサン=ピロン礼拝堂 フランスの古い絵葉書 中性紙、コロタイプに手彩色 138 x 90 mm 当店の商品



 年老いたマグダラのマリアが亡くなるとき、天使によってエクス=アン=プロヴァンスのヴィッラ・ラータ (VILLA LATA 後のサン=マクシマン St.-Maximin) にある礼拝堂に運ばれ、その魂は天使の群に運ばれて、聖マクシマンの眼前で天に昇ってゆきました。この後7日間、聖堂内には芳香が漂っていたと伝えられます。

(下) Domenichino, The Assumption of Mary Magdalene into Heaven, 1620, oil on canvas, 129 x 110 cm, The Hermitage, St. Petersburg




 聖女の遺体はこの礼拝堂に葬られましたが、ブルゴーニュのヴェズレー修道院に伝わる伝承によると、イスラム教徒による破壊から逃れるために、771年にヴェズレー修道院に移葬されました。(註2)

 1279年、ナポリ王シャルル2世の命により、サント=ボームにドミニコ会修道院が設立されました。修道院の建設中、非常に古い礼拝堂が見つかり、マグダラのマリアの遺体が発見されました。この礼拝堂で見つかった遺体は 1600年、教皇クレメンス8世の命により、頭部を除く部分が石棺に収められました。この遺体と聖像はフランス革命で破壊されました。修道院も略奪に遭いましたが、1814年に再建され、マグダラのマリアのものとされる墓所も 1822年にふたたび聖別されました。マグダラのマリアの頭部とされる聖遺物は、現在この墓所に安置されています。

 サント=ボームの修道院は現在に至るまで数多くの巡礼者を集めてきましたが、ここに安置されている頭部がマグダラのマリアのものであるという主張は、教会によって公式には認められていません。


 マグダラのマリアは罪を悔いる人、身体に障害のある子供、葡萄酒醸造業者、造園業者、織物業者、美容師の守護聖女です。祝日は 7月22日です。


【マグダラのマリアの図像学】

 マグダラのマリアは、ほとんどの場合、肉感的で美しい女性として表現されます。他の聖女たちは暗色の髪をきちんと結ってヴェールに隠していますが、マグダラのマリアの髪は豊かな金髪あるいは赤毛で、その美しさを誇示するかのように、ほどいて長く垂らしています。

 女性としての魅力を惜しみなく見せるこのような姿は、マグダラのマリアが既に述べたようにルカによる福音書 7: 36 - 50に言及のある「一人の罪深い女」と同一視され、時にはヨハネによる福音書 8: 1 - 11に言及のある「姦淫を犯した女」とも同一視されて、男性に人気のある不品行な美女、あるいは娼婦であったと考えられたことによります。

(下) Tiziano Vecelli, Penitent Mary Magdalene, c. 1565, oil on canvas, 118 x 97 cm, Hermitage, St. Petersburg



(下) Pieter Paul Rubens, The Deposition, 1602, oil on canvas, 180 x 137 cm, Galleria Borghese, Rome




 マグダラのマリアの伝統的図像には、主に次の三通りがあります。

1. イエズスの十字架に取りすがって泣いている姿 (例1)

2. 復活したイエズスに出会い「私に触れるな」と言われる場面 (例2)

3. どくろ、十字架、祈祷書を側に置いて、瞑想に耽り、あるいは十字架の幻視を体験する姿 (例3)

 マグダラのマリアはナルドの香油が入った雪花石膏の壺、あるいは受難後のイエズスを埋葬するための香油の壺とともに表されることもあります。 (例4)


(下) 例1 Matthias Grünewald, Isenheim Alterpiece, 1512 - 16, the Unterlinden Museum, Colmar



(下) Luca Signorelli, The Crucifixion with St. Mary Magdalen, c. 1495 - 1500, oil on canvas, 247 x 165 cm, Galleria degli Uffizi, Firenze




(下) 例2 Tiziano Vecelli, Noli Me Tangere, 1511 - 12, oil on canvas, 101 x 91 cm, National Gallery, London




(下) 例3 Georges de La Tour, The Repentant Magdalen, 1635 - 1640, oil on canvas, 113 x 92.7 cm, National Gallery of Art, Washington D.C.



(下) Il Guercino (Giovanni Francesco Barbieri), Magdalena en Penitencia, óleo sobre lienzo, 102 x 121 cm, el Museo del Prado




(下) 例4 Jan van Scorel, Mary Magdalene, c. 1528, oil on oak panel, 67 x 76.5 cm, Rijksmuseum, Amsterdam





註1 ナルドは香水ナルディニウム (NARDINIUM) の主原料となる植物の名前です。当時ナルド (NARDUS aut NARDUM) と呼ばれた植物には次のふたつがあり、前者については大プリニウス (Gaius Plinius Secundus, 23 - 79) の「博物誌」(NATURALIS HISTORIA) 第12巻 に記述が見られます。

a. Nardostachys grandiflora
 カンショウコウ(甘松香)。ヒマラヤを主要な産地とするオミナエシ科の植物で、粉砕した地下茎を蒸留すると、香りの強い琥珀色の香油が得られます。この香油は香水、インセンス、鎮静剤、薬として使用されます。

b. Lavandula angustifolia をはじめとするシソ科ラヴァンデュラ属の植物
 ラヴェンダー。ラヴァンデュラ属には多くの種あるいは品種が属します。香油には殺菌作用があり、アロマテラピーにも使われます。


註2 中世には聖遺物を訪ねて各地の聖堂や修道院をめぐる巡礼がさかんでした。当時の民衆にとって、信仰とはすなわち聖遺物の崇敬と、そのために行う巡礼に他ならなかったのです。

 そのため各地の聖堂や修道院は、存亡をかけて人気のある聖遺物を守り、また隙を狙ってはこれを盗み出しました。このような状況のなかで、ヴェスレーはマグダラのマリアの遺体をサン=マクシマンから盗み出したと主張しましたが、サン=マクシマンはこれを逆手に取って、ヴェズレーが盗み出したのは替え玉であり、マグダラのマリアの真正の遺体は自分たちが所持していると主張しました。



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