稀少品 フレデリック・ヴェルノン作 《ウィルゴー・ウィルギヌム 乙女たちのなかの乙女》 800シルバーにヴェルメイユ 子への愛を映す第一次大戦期のメダイユ 直径 23.3 mm フランス 1917年


突出部分を除く直径 23.3 mm

フランス  1917年



 十九世紀後半から二十世紀初頭は、メダイユ彫刻の国フランスが最も優れた彫刻家を輩出した時代です。本品はその後期に活躍した最大の巨匠、フレデリック・ヴェルノンの作品で、第一次世界大戦期にあたる 1917年の日付が刻まれています。





 本品に浮き彫りにされているのは十代の少女マリアです。透き通るように薄い花嫁のヴェールを被ったマリアは、ヴェールを両手で喉元に掻き合わせ、その面持ちからはいくぶん緊張がうかがえます。

 マリアが緊張しているのは、天使ガブリエルが突然家に入ってきて、処女であるマリアに妊娠を告げるという驚天動地の出来事が起こったからです。この出来事を受胎告知(羅 ANNUNTIATIO)と呼んでいます。受胎告知は「ルカによる福音書」一章二十六節から三十八節において、次のように記録されています。

     六か月目に、天使ガブリエルは、ナザレというガリラヤの町に神から遣わされた。ダビデ家のヨセフという人のいいなずけであるおとめのところに遣わされたのである。そのおとめの名はマリアといった。
     天使は、彼女のところに来て言った。「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる。」マリアはこの言葉に戸惑い、いったいこの挨拶は何のことかと考え込んだ。すると、天使は言った。「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。彼は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない。」
     マリアは天使に言った。「どうして、そのようなことがありえましょうか。わたしは男の人を知りませんのに。」天使は答えた。「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる。あなたの親類のエリサベトも、年をとっているが、男の子を身ごもっている。不妊の女と言われていたのに、もう六か月になっている。神にできないことは何一つない。」
     マリアは言った。「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。」そこで、天使は去って行った。
     「ルカによる福音書」一章二十六節から三十八節 新共同訳






 現代に比べると、昔は我が国でも元服、裳着が低い年齢で行われましたが、古い時代ほど成人が早い傾向は、どの民族にも大体当てはまります。新約聖書時代のユダヤ人は、男女とも十二、三歳で成人を迎えました。男性は家族を支えないといけないので、実際の結婚は成人の数年後でしたが、女性はほとんどの場合、成人後間を置かずに結婚していました。

 天使ガブリエルから受胎(妊娠)を告知されたときマリアが何歳であったのか、聖書には記述がありませんが、やはり十代前半であったものと思われます。ほとんどの受胎告知画において、マリアはあどけなさが残る少女ではなく、成熟した若い女性として描かれます。マリアが大人として絵画に描かれるのは、精神的成熟の可視的表現、すなわちアブラハムやヨブにも勝るマリアの信仰の形象化と考えることができます。しかしながら本品に彫られたマリアはごく若く、歴史的事実に忠実な表現となっています。





 十六世紀後半から十七世紀前半にかけて活躍したマニエリスムの画家フランシスコ・パチェコ(Francisco Pacheco del Río, 1564 - 1644)は、ベラスケス(Diego Velázquez, 1599 - 1660)とアロンソ・カノ(Alonzo Cano, 1601 - 1667)の師にあたります。 パチェコの娘フアナ(Juana Pacheco, 1602 - 1660)はベラスケスと結婚しています。

 美術の教育者でもあったフランシスコ・パチェコは、数冊の著書を著しました。そのうちの一冊、1649年にセビジャで出版された「絵画の技術 ― 古来の方法とその卓越性」("Arte de la pintura, su antigüedad y su grandeza", Sevilla: Simón Fajardo, 1649)において、受胎告知を受ける少女マリアの年齢に関し、パチェコが論じている箇所を引用します。テキストは近世カスティジャ語で、日本語訳は筆者(広川)によります。文意を通じやすくするために補った語は、ブラケット [ ] で囲みました。


      Sin poner a pleito la pintura del Niño en los brazos, para quien tuviere devoción de pintarla así, nos conformaremos con la pintura que no tiene Niño, porque ésta es la más común...     両腕に幼子を抱く聖母を我々が描くのは、抱かれる幼子への信心ゆえである。[それゆえ聖母とともに]幼子を描くことに、我々は反対するわけではない。聖母は幼子を抱いて描かれる場合が最も多い。
      Esta pintura, como saben los doctos, es tomada de la misteriosa mujer que vio San Juan en el cielo, con todas aquellas señales; y, así, la pintura que sigo es la más conforme a esta sagrada revelación del Evangelista, y aprobada de la Iglesia Católica, la autoridad de los santos y sagrados intérpretes y, allí, no solo se halla sin el Niño en los brazos, más aún sin haberle parido, y nosotros, acaba de concebir, le damos hijo...     [しかしながら]学識ある人々が知っているように、[単身の聖母を描いた]この絵は、福音記者聖ヨハネが天国で見(まみ)え、彼(か)のあらゆる印を有する神秘的な女性を描いたものである。それゆえ私が範とする絵は、福音記者に示されたこの聖なる啓示に最も合致しており、カトリック教会、諸聖人の権威、及び聖なる学者たちに是認されているのであって、両腕に幼子を抱いていないのみならず、未だ幼子を産んでいない。この女性は懐妊したばかりであり、我々は彼女に一人の息子を与えるのである。
      Hase de pintar, pues, en este aseadísimo misterio, esta Señora en la flor de su edad, de doce a trece años, hermosísima niña, lindos y graves ojos, nariz y boca perfectísima y rosadas mejillas, los bellísimos cabellos tendidos, de color de oro; en fin, cuanto fuere posible al humano pincel.     それゆえに、いとも清らかなるこの神秘のうちにあって、最も美しい年齢である十三歳の聖母を描くことが必要なのである。十三歳の聖母は誰よりも美しい少女であり、その眼は澄んでいて軽はずみなところが無く、鼻と口は完璧な形である。頬は薔薇色で、最高に美しい髪は長く、金色であり、つまりは人間の筆で描ける限り[の美しさでなければならない]。
         
     「絵画の技術 ― 古来の方法とその卓越性」 セビジャ、シモン・ファハルド書店 1649年    "Arte de la pintura, su antigüedad y su grandeza", Sevilla: Simón Fajardo, 1649







 浮き彫りを取り囲むように、ウィルゴー・ウィルギヌム(羅 VIRGO VIRGINUM 乙女たちのなかの乙女)の文字がラテン語で記されています。ウィルゴー・ウィルギヌムは「ロレトの連祷」と「メモラーレ」にある句です。


 ロレトの連祷は十六世紀半ばまで遡ることが可能な祈りで、父、子、聖霊の三位一体、並びに聖母マリアに向けた祈りを続けて唱えます。連祷のうち十八の祈りが神に向けてのものであるのに対し、実に五十の祈りが聖母に向けられています。ロレトの連祷において、聖母は「乙女たちの中の聖なる乙女よ、我らのために祈り給え」(羅 Sancta Virgo virginum, Ora Pro Nobis.)と呼びかけられています。

 メモラーレは十五世紀末の祈祷書に遡ることができますが、祈りの文言が最終的に確定したのは十九世紀です。十九世紀に確立したメモラーレの文言は次の通りです。原文はラテン語、日本語訳は筆者(広川)によります。

     Memorare, O piissima Virgo Maria, non esse auditum a saeculo, quemquam ad tua currentem praesidia, tua implorantem auxilia, tua petentem suffragia, esse derelictum. Ego tali animatus confidentia, ad te, Virgo Virginum, Mater, curro, ad te venio, coram te gemens peccator assisto. Noli, Mater Verbi, verba mea despicere; sed audi propitia et exaudi. Amen.    憶え給へ、いとも憐れみ深き乙女マリアよ。御身の庇護へと駆け込む者の、御身の援けを嘆願する者の、御身の執り成しを乞ふ者の、見棄てられたる例(ためし)、絶えて聞かれざるを。乙女たちのなかの乙女、御母よ、かかる信頼もて心励まされたる我は、御許に駆け来たり、罪びととして嘆きつつ御前に立つなり。御言葉の御母よ。わが言葉から目を逸らせ給はず、憐れみ深き御方よ、耳を傾け、聞き入れ給へ。アーメン。





 本品メダイにはウィルゴー・ウィルギヌム(乙女たちのなかの乙女)とだけ書かれていますが、ロレトの連祷とメモラーレを知っていれば、残りの祈りは自然に心に浮かびます。ガブリエルは少女が妊娠していることだけではなく、生まれる子供がメシア(救い主、キリスト)であることを告知しました。マリアがこの告知を受け容れ、「お言葉通り、この身に成りますように」と答えたのは、神が救いを強制せず、マリアが自由意思で救いを受け容れたことを意味します。

 マリア自身が罪びとを救うのではありませんが、マリアは罪びとをマントの下に庇い、神の怒りを受けないように、神と救い主に執り成してくださると考えられています。ロレトの連祷やメモラーレをはじめとする聖母への祈りにおいて、地上に住まう罪びとたちは、あたかも幼児が母の陰に隠れるように、聖母への純粋な愛と信頼を告白しています。





 マリアの顔の右下に、メダイユ彫刻家フレデリック・ヴェルノンのサイン(F. VERNON)が刻まれています。フレデリック・ヴェルノン (Charles-Frédéric Victor Vernon, 1858 - 1912) は典雅なアール・ヌーヴォー様式の作品群で知られる芸術家で、ジュール=クレマン・シャプラン (Jules-Clément Chaplain, 1839 - 1909)ルイ・オスカル・ロティ (Louis Oscar Roty, 1846 - 1911) の強い影響を受けた繊細な絵画風の作品は高く評価されています。1887年にローマ賞プルミエ・グランプリを受賞したほか、1892年のサロン展で一等、1900年のパリ万博で金賞を受賞しました。1909年、シャプランの死去に伴い、フランス学士院アカデミー・デ・ボザール(l'Académie des Beaux-Arts 美術アカデミー)の会員に選ばれています。




(上) フレデリック・ヴェルノン作 ブロンズ製プラケット 《エヴァ》 79.3 x 29.9 mm 75.0 g フランス 1905年 (1976年) 当店の商品です。


 フレデリック・ヴェルノンは、1905年に「エヴァ」を発表しています。新しきエヴァであるマリアを彫った本品メダイユは、1905年の「エヴァ」と対を為す作品といえます。




(上) フレデリック・ヴェルノン作 「われは無原罪の御宿りなり」 105 x 90 mm フランス 1908年 当店の商品です。


 上の写真はフレデリック・ヴェルノンがノートル=ダム・ド・ルルド(仏 Notre-Dame de Lourdes ルルドの聖母)を彫った作品です。この作品ではキリスト教図像学の伝統に従い、マリアを成熟した女性の姿で表現しています。





 上の写真に写っている定規のひと目盛りは、一ミリメートルです。目鼻立ちから指の一本一本まで、浮き彫り各部の正確さは大型の彫刻作品に劣りません。浮き彫りの各部分は数十分の一ミリメートル以下のオーダーで精密に造形されています。あたかも生身の少女を眼前に見るかのような写実のうちに、全ての人の救いを一身に受け止めた少女の強い意志と、神に対する深い信頼が表現され、高い精神性を形象化した作品となっています。





 本品の裏面には、マリアの象徴であるエム(M)を雲の上すなわち天上に置き、薔薇と百合の香(かぐわ)しい花々を捧げています。咲き乱れる花々が発する芳香は聖母の聖徳を表すとともに、地上の人々から天上の聖母へと立ち昇る祈りの香煙のイメージが重なります。天上のマリアが星々を戴くさまは、「ヨハネの黙示録」十二章一節で聖母が被る十二の星の冠を思わせます。聖母自身の愛と智慧は光となって発出し、星々よりも明るく輝いています。


 アフロディーテーの花である薔薇はもともと性愛の象徴でしたが、中世ヨーロッパにおいて十字軍がもたらしたダマスク・ローズが聖杯を連想させたことにより、聖愛の象徴へと昇華されました。またエヴァから出て罪に傷付かない無原罪のマリアは、棘を持たないロサ・ミスティカ(羅 ROSA MYSTICA 神秘の薔薇)とされ、薔薇は聖母の象徴となりました。

 「雅歌」二章一節、「おとめたちの中にいるわたしの恋人は、茨の中に咲きいでたゆりの花」に基づき、百合は神の花嫁マリアを象徴します。また「マタイによる福音書」六章二十五節から三十四節、及び「ルカによる福音書」十二章二十二節から三十四節に記録されたイエスのたとえ話に基づき、百合は神の摂理に対する信頼をも意味します。





 本品裏面の下方には、ビュラン(仏 un burin 彫刻刀)による流麗な筆記体でエル・デ(R. D.)のイニシアルが刻まれ、その下に 1917年6月24日(24 Juin 1917)の日付が彫り込まれています。これはおそらく新生児が洗礼を受けた日付、あるいは少女が初めて聖体を拝領した日付でしょう。


 本品は銀無垢のメダイユで、マリアの後光部分はヴェルメイユとなっています。

 メダイやシャプレ(ロザリオ)など、昔のフランス製信心具に使われた最も高級な素材は、純度八百パーミル(八十パーセント)の銀です。めっきではなく銀そのものでできた品物を、銀無垢(ぎんむく)製品と呼びます。本品は大きく分厚いサイズに関わらず、めっきではない銀でできた銀無垢メダイユで、純度八百パーミルの銀を示すモネ・ド・パリ(仏 la Monnaie de Paris パリ造幣局)による検質印テト・ド・サングリエ(仏 une tête de sanglier 猪の頭)が、上部の突出部分に刻印されています。

 銀に金をめっきしたものをヴェルメイユ(仏 vermeil)製品と呼びます。本品は聖母の後光にヴェルメイユが適用されており、艶消しの金色による上品な輝きを見せています。




(上) シャルル・フェルスター作プラケット 《全仏孤児の日》 35.8 x 24.0 mm フランス 1916年 当店の商品です。


 本品に日付のある 1917年6月24日は、第一次世界大戦の只中です。東部戦線に限って見ても、前年のヴェルダン(Verdun 現グランテスト地域圏ムーズ県)の戦闘では 2月21日から 12月18日までの間に仏独合わせて三十万六千名の戦死者、四十一万二千名の負傷者が出、ソンム(Somme オー=ド=フランス地域圏ソンム県)の戦闘では 7月1日から 11月18日までの間に英仏独合わせて四十四万三千名以上の戦死者、六十一万六千人以上の負傷者が出ています。





 上の写真に写っている定規のひと目盛りは、一ミリメートルです。薔薇と百合のミニアチュール彫刻は、芳香が感じられるほどに写実的で丁寧な仕上がりですが、花の直径は一ミリメートルほどに過ぎません。


 第二次世界大戦期までのフランスは富が極端に偏在し、貴族階級やブルジョワジーなどを除けば、皆が貧しい暮らしをしていました。フランスは昔から西ヨーロッパ随一の農業国です。「農耕と牧畜はフランスの両乳房である」(仏 Labourage et pâturage sont les deux mamelles de la France.)というシュリ公マクシミリアン(Maximilien de Béthune, duc de Sully, 1559 - 1641)の言葉はよく知られています。しかしながら我が国が同時代にそうであったように、百年前のフランスの農民階級は慢性的貧困に喘いでいました。農村部に比べると都市部は富が集まっていましたが、その富はごく一部の富裕層に独占されて、一般市民は多くの人が底辺の暮らしを送っていました。

 1910年のフランスにおいて、上位一パーセントの富裕層が富の七十パーセント近くを所有していました。富裕層の範囲を上位十パーセントに広げると、この階層が富の九割を独占し、残りの一割を九十パーセントの国民が分け合う状況でした。「一部の富裕層以外は、全員が下層階級」というように、社会が極端に二極分化していたのです。経済基盤がこのように脆弱であったフランスの庶民の暮らしは、人類史上初の大量殺戮戦となった第一次世界大戦によって壊滅的な打撃を受け、戦争孤児や戦争寡婦が全土に溢れました。


 本品はこのような時代に制作された品物です。直径、厚みとも大きめのサイズに関わらず、本品はめっきではない銀で作られています。裏面に刻まれたイニシアルと日付から推し量られるように、本品は新生児の誕生、あるいは少女の初聖体を記念して、両親から贈られた品物です。百年前のフランスは未だ世俗化が進まず、カトリック信仰が日常生活の隅々にまで浸透していました。高価な銀無垢メダイユである本品は、人生の大きなステップを記念するのに相応しい品物であるとともに、子供を聖母に委ねて一生の幸福を祈る両親の愛を、清らかな銀の輝きに映し出しています。





 上の写真は本品を男性店主の手に乗せて撮影しています。本品のサイズは大きめですが、女性が本品の実物をご覧になれば、写真で見るよりもさらにひと回り大きく感じられます。





 十九世紀後半から二十世紀初頭にかけて、フランスのメダイユ彫刻界は優れた芸術家を輩出しました。筆者(広川)はその中でもフレデリック・ヴェルノンを最も高く評価しています。

 先日当店を訪問した男性が、銀座の画廊で五万円で買ったと言いながら、本品と同じメダイユを自慢げに私に見せました。私は貴重な作品なのに安かったですねと応じ、男性は価値を確かめることができて喜んでいましたが、当店では知識だけ仕入れて何も買わずに帰ってしまいました。本品は筆者が誰にも見せずに秘蔵していたメダイユですが、先日のことが少々腹立たしかったのと、当店のお客様方にもフレデリック・ヴェルノンを知っていただきたいと考えたので、このたびウェブサイトにアップロードすることにいたしました。

 本品は百年以上前のフランスで制作された真正のアンティーク品ですが、保存状態は極めて良好です。突出部分もまったく摩滅しておらず、大切に保管され伝えられてきたことがわかります。単に保存状態が良いだけであればレプリカと違いが無くなるところを、裏面のイニシアルと日付が救っています。本品に刻まれたイニシアルと日付は真正のアンティーク品のみが持つ唯一無二性・歴史性の証であり、優れた美術品としての芸術性に歴史性を加えて、本品の価値を大きく高めています。


 下記は本体価格です。当店の商品は現金一括払い、ご来店時のクレジットカード払いのほか、現金の分割払い(二回払い、三回払い、四回払いなど。利息手数料なし)でもご購入いただけます。当店ではお客様のご希望に出来る限り柔軟に対応しております。ご遠慮なくご相談くださいませ。





42,000円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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