リュドヴィク・ペナン、ジャン=バティスト・ポンセ作 放蕩娘フランスに愛を注ぐ聖母のメダイユ・ミラキュルーズ(不思議のメダイ) 素朴な表情の大きな作品 直径 32.3 mm


突出部分を除く直径 32.3 mm  重量 13.9 g

フランス  1910 - 1920年代



  1910年代または 1920年代にフランスで制作された不思議のメダイ。不思議のメダイはたいてい楕円形ですが、本品は珍しい円形で、直径三十二ミリメートルあまりと大きなサイズです。また最大三ミリメートル近くの厚さがあり、五百円硬貨二枚分の重量があります。手に取ると心地よい重みを感じます。





 メダイ表(おもて)面には、蛇を踏みつけて球体の上に立つ無原罪の御宿りをあしらいます。足許の雲は聖母が天上なるレーギーナ・カエリー(羅 REGINA CAELI 天の元后)すなわち勝利の聖母であることを表しています。聖母の両手に嵌めた指輪からは恩寵の光が発出し、雲を貫いて地上を照らしています。聖母の周囲を、執り成しを求める祈りの言葉が取り囲んでいます。

  Ô Marie conçue sans péché, priez pour nous.  罪無くして宿りたまえるマリアよ、われらのために祈りたまえ。




(上) フレデリック・ヴェルノン作プラケット 「エヴァ」 79.3 x 29.9 mm 最大の厚さ 5.2 mm 重量 75.0 g フランス 1976年 (1905年の復刻) 当店の商品です。


 悪魔は蛇の姿を取ってエヴァを誘惑し、善悪を知る木の実を食べさせました。このことを知った神は、蛇に向かって次のように言っておられます。

  お前と女、お前の子孫と女の子孫の間に / わたしは敵意を置く。/ 彼はお前の頭を砕き、/お前は彼のかかとを砕く。(「創世記」 三章十五節 新共同訳)

 神のこの言葉ゆえに、聖母は蛇の支配を受けず、その身に罪を帯びない無原罪の御宿りであると考えられています。このメダイにおいて、被造的世界を表す球体上に立つ聖母は、足下に蛇を踏みつけています。

 神がお創りになった被造的世界の完全性はエヴァの罪によって破られましたが、マリアはメシアを産むことで、世界の完全性を回復しました。「エヴァ」(ハワ)はヘブライ語で「生命」という意味です。聖母は生命を与える「新しいエヴァ」です。「アヴェ、マリス・ステーッラ」(羅 AVE, MARIS STELLA 「めでたし、海の星よ」)では、「かの言葉『アヴェ』ガブリエルの口から与えられし御身よ。エヴァという名をアヴェに変え、平和のうちに我らを憩わせたまえ」(羅 SUMENS ILLUD AVE GABRIELIS ORE, FUNDA NOS IN PACE, MUTANS EVAE NOMEN)と謳われています。





 本品の聖母像は、八弁の花を模(かたど)る枠に囲まれています。

 「創世記」には七日間に亙る天地創造の物語が記述されていますが、キリスト教ではこの故事に基づき、「七」をひとつのサイクルを表す数と考えています。しかるに「七」の次に来る「八」は、新たなサイクルの始まりを表します。それゆえ「八」は、キリスト教の象徴体系において、「新生」や「救い」、「復活」を表します。全身を水に沈めて洗礼が行われた時代には礼拝堂とは別に洗礼堂が必要で、洗礼堂は八角形のプランで建てられていましたが、その理由は「八」が新生を表すからです。したがって本品の交差部にあしらわれた八弁の花は、「新生」「救い」「復活」の象徴でもあります。

 したがって本品は、八弁の花の枠で聖母を囲む意匠によっても、聖母が生命を与える「新しいエヴァ」であることを表しています。


 さらに本品では、被造的世界を表す球体に、あたかもその曲面に沿うような形で「フランス」(FRANCE)の文字が刻まれています。「フランス」の文字はメダイの製造国を表す刻印でもありますが、本品においては、球体の曲面に沿うように刻まれているゆえに、球をフランスの象徴として造形していると考えられます。




(上) リュドヴィク・ペナン、ジャン=バティスト・ポンセ作 「フランス王 聖ルイ」「めでたし、十字架よ。唯一の望みよ」 美術品水準の小メダイ 直径 15.7 mm 当店の商品です。


 フランスの守護聖人のひとりでもあるルイ九世(Louis IX de France, 1214 - 1270 在位 1226 - 1270)は、信心深い母の影響で宗教に深く帰依した「聖王」として知られます。「フランスはカトリック教会の長姉である」(La France est la fille aînée de l'Eglise.) という言葉がありますが、この言葉を初めて使ったのはルイ九世であると言われています。ルイ九世はフランスを「教会の長姉」とし、パリを信仰の一大中心地とすることを目指しました。




(上) キリストに身を投げかける悔悛のガリア。背景は 1914年9月4日のドイツ軍による空襲で炎上するランス司教座聖堂ノートル=ダム。ノートル=ダム・ド・ランスは歴代のフランス国王が戴冠した司教座聖堂です。手前にジャンヌ・ダルクの騎馬像が見えます。戦時ゆえか、ガリアはコロナ・キーウィカを着けています。参考商品。


 しかるに「教会の長姉」であるはずのフランスは、聖女マルグリット=マリ(Ste Marguerite-Marie Alacoque, 1647 - 1690)に与えられた啓示に耳を貸さず、聖心すなわち神の愛をないがしろにして神の愛に背きました。十九世紀になって自らの過ちに気付いたフランスは、「悔悛のガリア」(羅 GALLIA PŒNITENS)としてその罪を悔いました。

 第一次世界大戦後の戦間期に制作された本品をこのような精神史的コンテクストに置いて見るとき、球体の上に刻まれた「フランス」の文字は、単に製造国を表すだけの刻印ではないことがわかります。本品に刻まれたマリアは、未曽有の世界大戦に傷ついたフランスに悲母のまなざしを注ぎ、放蕩娘のようなこの国を神に執り成しつつ、その上に恩寵を注いでいるのです。





 上の写真に写っている定規のひと目盛は、一ミリメートルです。彫刻のサイズは聖母の顔が直径ニミリメートル、手の幅が一ミリメートル、周囲の小さな花が直径一ミリメートル強です。このような極小サイズにもかかわらず、グラヴール(メダイユ彫刻家)はビュランを十分の一ミリメートル以上の精度で完全にコントロールし、反逆を繰り返す娘フランスに、一抹の悲しみが混じった眼差しを注ぐ聖母の愛を、見事に可視化しています。柔らかな衣に包まれた聖母の女性らしい体つきや、裸足で蛇を踏み付けるつま先も、あたかも生身の聖母を眼前に見るかのような写実性を以て再現されています。

 メダイの最下部に「ペナン」(PENIN)、「ポンセ」(PONCET)のサインが刻まれています。リュドヴィク・ペナン(Ludovic Penin, 1830 - 1868)は、十九世紀前半以来四世代にわたってメダイユ彫刻家を輩出したリヨンのペナン家の一員です。豊かな才能を認められ、弱冠三十四歳であった1864年、当時の教皇ピウス九世により、カトリック教会の公式メダイユ彫刻家(graveur pontifical)に任じられましたが、惜しくもその四年後に亡くなってしまいました。




(上) リュドヴィク・ペナン作小型メダイユ 「竪琴を弾く聖セシリア」 直径 32.6 mm フランス 1860年頃 当店の商品です。


 早逝の芸術家リュドヴィク・ペナンは1870年代からアール・ヌーヴォーに至る時代を知らずに亡くなったわけですが、リュドヴィク・ペナンの作品は、三歳年上の同郷の芸術家ジャン=バティスト・ポンセ(Jean-Baptiste Poncet, 1827 - 1901)の手によっていわば「現代化」され、1870年代以降においても愛され続けました。ジャン=バティスト・ポンセは画家でもあり、メダイユ彫刻家でもある人で、ペナンに比べて都会風に洗練された典雅な作風が特徴です。ペナンの没後にポンセが手を加えて「現代化」した作品は、信心具としてのメダイによく見られ、"PENIN PONCET", "P P LYON" 等、ふたりの名前が併記されています。

 「信心具のメダイ」は本格的な「美術メダイユ」のいわば普及品のようなものであり、浮き彫り彫刻の質が多少とも落ちる場合が多いですが、リュドヴィク・ペナンの作品は、信心具のメダイであっても、美術メダイユに劣らない水準で制作されています。本品もそのような作品のひとつです。特に本品の場合、1870年代から二十世紀初頭に鋳造または打刻されたリュドヴィク・ペナンの作品に比べても、この芸術家特有の素朴で優しい表情がいっそう良く表れています。二十世紀に入ってからの品物であるにもかかわらず、聖母の表情には過度の「現代化」が見られない点、ジャン=バティスト・ポンセとの共作のなかでも、とりわけ貴重な作例です。





 裏面には "M I" と十字架のモノグラム(組み合わせ文字)を大きく刻み、その下にイエスの聖心聖母の聖心を浮き彫りにしています。"M I" は「マリア・インマクラータ」(MARIA IMMACULATA 無原罪のマリア)のイニシアルです。イエスの聖心はの冠に囲まれて血を流しつつ、人に対する愛の炎を燃やしています。ロサーリウム(薔薇の花輪)に取り巻かれた聖母の聖心は、悲しみの剣で貫かれて血を流しながら、神とイエスに対する愛の炎に燃えています。これらの図像全体を、十二個の星が取り囲んでいます。

 最下部のバンドロール(リボン状のスペース)には「スヴニール・ド・ミシオン」(仏 SOUVENIR DE MISSION)と書かれています。単に「ミシオン」とも略称される「ミシオン・パロワシアル」(仏 mission paroissiale)はかつてのフランスで盛んであったカトリック教会の運動で、教区民の信仰心を高めることを目的にしています。農村部を中心とした各地の教区で、およそ十年から十五年に一度、説教師をよそから招き、一週間ほどの日程で説教、ミサ、祈祷会、食事会、アトラクションなどさまざまな催しが行われました。ミシオンに参加した信徒には、「スヴニール・ド・ミシオン」(Souvenir de Mission) と書かれたロザリオやメダイが教会から与えられました。「スヴニール・ド・ミシオン」とは、フランス語で「ミシオンの記念品」あるいは「ミシオンからの贈呈品」という意味です。これらの品物は暖炉の上など家族の目に付く場所に飾られました。本品もそのような品物のひとつです。





 本品の制作年代は 1910年代から 20年代頃ですが、これは第一次世界大戦直後の時期に当たります。優しい眼差しをフランスに注ぐ聖母のメダイユには、平和を願う真摯な気持ちが籠められています。

 「不思議のメダイ」はさまざまな彫刻家やメダイユ工房によって、これまでに数多くの種類が制作されていますが、そのなかでも本品は例外的に大きなサイズです。メダイユ彫刻家リュドヴィク・ペナン及びジャン=バティスト・ポンセの優れた腕前に、真正のアンティーク品ならではの古色が加わり、たいへん重厚な雰囲気を醸しています。およそ百年前にフランスで制作された古い品物ですが、保存状態は良好です。特筆すべき問題は何もありません。





18,800円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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