青き薔薇の見果てぬ夢 《ロサ・ミスティカ》 アナスタシアの一点物リング サイズ 7 3/4 号

ROSA MYSTICA, un rêve impossible d'une rose bleue


十八カラット・イエロー・ゴールド  ルビー 1.01 cts  ブルー・ゾイサイト 1.20 cts

薔薇の直径 約 21 mm   指輪のサイズ 7 3/4 号



 現実にはあり得ない神秘の青薔薇、ロサ・ミスティカをテーマにしたアンティークアナスタシアの指輪。世界に一点のみの品物です。二点目を作ることはできません。





 植物が咲かせる色とりどりの花は、アントシアニン(anthocyanin)と総称される種々の色素によって美しく発色します。各種アントシアニンは酸性の水溶液中で赤、アルカリ性から弱酸性の水溶液中で青に発色する性質を持っています。青い花の色を決定する主要な色素は、アントシアニンの一種であるデルフィニジン(delphinidin)です。しかるに薔薇はデルフィニジンを作ることができません。それゆえ青い薔薇は存在しません。サントリーはオーストラリアのバイオ企業フロリジーンと共同研究を重ね、パンジーの遺伝子を薔薇の遺伝子中に挿入することで、2004年に紫色の薔薇を作り出しました。しかしながら青い薔薇は遺伝子操作によっても未だ実現していません。

 それ自体が実現不可能なものである青い薔薇は、「不可能なこと」を象徴します。青い薔薇の意味はそこからさらに派生して、《永遠の憧れ》、《忍耐》、《不可能と思えた夢の実現》をも表します。





 古来、薔薇は性愛と性的快楽の象徴でした。ヒンドゥー教において哲学的内容の古文献をヴェーダンダといいます。リグヴェーダに付随するヴェーダンダのひとつ、トリプラ・ウパニシャッドによると、女神トリプラ・スンダリ(Tripura Sundari)は究極のシャクティ、万物を生み出す性的エネルギーであり、宇宙はこの女神の顕現に他なりません。トリプラ・スンダリは完璧で比類無き美しさの女神であり、見事な薔薇の花として図像に描かれます。タントラの図像化である曼荼羅が象(かたど)るのは、薔薇として表されたナチュールあるいはコスモス(希 κόσμος 秩序ある宇宙)に他なりません。


 次に述べるように、西洋においても薔薇は古典古代以来性愛の象徴でした。しかるに中世ヨーロッパにおいて薔薇はキリストの血及び聖杯と結びつき、神の愛を象徴するに至ります。また後述するように、中世以来のヨーロッパにおいて、青は知を象徴します。したがって神秘の花である青い薔薇は、「知と愛」を一つの実体のうちに象徴しています。

 これを仏教思想に引き付けて言えば、青い薔薇は両界曼荼羅そのものです。なぜなら曼荼羅はそもそも薔薇の模りですが、大悲胎蔵界曼荼羅の慈悲(愛)は薔薇によって、金剛界曼荼羅の知は青色によって、それぞれ象徴されるからです。




(上) Sandro Botticelli, "La Nascita di Venere", 1482 - 85, Tempera su tavola, 172 x 278 cm, Le Gallerie degli Uffizi, Firenze


 古代ギリシア・ローマにおいて、性愛と美を司る女神アフロディーテとウェヌス(ヴィーナス)は、薔薇をその花とします。それゆえこの女神の図像には、薔薇がよく描かれます。

 ウフィツィ美術館にはボッティチェリの「ウェヌスの誕生」と「ラ・プリマヴェーラ(春)」を収蔵しています。「ウェヌスの誕生」では、クローリス(フローラ)を抱いたゼピュロス(西風)がウェヌスに向かって風を吹き付け、クローリスの口からこぼれた薔薇の花々が、西風に乗って舞っています。裸のウェヌスに布を着せ掛けようとする女神ホーラは、薔薇の帯を身に着けています。




(上) Sandro Botticelli, "La Primavera", 1482 circa, Tempera su tavola, 203 x 314 cm, Le Gallerie degli Uffizi, Firenze


 「ラ・プリマヴェーラ」では、絵の中央に立つ着衣の女性がウェヌスです。この絵ではゼピュロスに追われるクローリス(フローラ)の口から薔薇がこぼれています。クローリスのすぐ前にいるホーラはやはり薔薇の帯を締め、たくさんの薔薇を抱えて、ウェヌスの周りに撒こうとしています。





 プレイヤード派最大の詩人ピエール・ド・ロンサール(Pierre de Ronsard, 1524 - 1585)は、1545年4月21日、フランス中部の古都ブロワ(Blois サントル=ヴァル・ド・ロワール地域圏ロワール=エ=シェール県)の城で、当時十四歳の少女カサンドル・サルヴィアーティ(Cassandre Salviati, 1531 - ?)に出会いました。詩人はカサンドルの美しさに魅せられますが、少女は翌年に結婚し、ピエールの手が届かない女性になってしまいます。1552年、ピエール・ド・ロンサールは恋愛詩集「レ・ザムール・ド・カサンドル」("Les Amours de Cassandre", 1552 「カサンドルへの愛の歌」)を発表し、カサンドルへの精神的愛を謳い上げました。





 「レ・ザムール・ド・カサンドル」から、最も有名な一篇を引用します。テキストは十六世紀のフランス語で、日本語訳は筆者(広川)によります。筆者の訳は原詩の意味を正確に写すことを主眼にしたため、韻文になっていません。


     A Cassandre    カサンドルに
         
      Mignonne, allons voir si la rose
Qui ce matin avoit desclose
Sa robe de pourpre au Soleil,
A point perdu ceste vesprée
Les plis de sa robe pourprée,
Et son teint au vostre pareil.
   愛しきひとよ。いざ見に行かむ。
紫の衣を、今朝、日の光に
開きたる薔薇(さうび)、
紫に染めたるその衣の
重なりを、汝の如きその彩(あや)を、
今宵未だ失はざるを。
         
      Las ! voyez comme en peu d'espace,
Mignonne, elle a dessus la place
Las ! las ses beautez laissé cheoir !
Ô vrayment marastre Nature,
Puis qu'une telle fleur ne dure
Que du matin jusques au soir !
   悲しや! 愛しきひとよ。その上(かみ)の
かくも小(ち)さき所にぞ、薔薇の咲きたるを見よ。
悲しや! 美(うま)し容(かたち)の衰へたる!
まこと、継母(ままはは)ナチュールよ、
かかる花の永らふること僅かにして、
朝から夕に限れるとは!
         
      Donc, si vous me croyez, mignonne,
Tandis que vostre âge fleuronne
En sa plus verte nouveauté,
Cueillez, cueillez vostre jeunesse :
Comme à ceste fleur la vieillesse
Fera ternir vostre beauté.
   それゆへに、愛しきひとよ。我が言を信じ給はむ。
御身の若き御(おん)歳は
春の翠(みどり)に花開くとも、
若さをひたすら摘み取るべし。
老ひはこの花の内にもありて、
御身が麗姿(かたち)を曇らするゆへ。






 上に引用した詩の一節「若さをひたすら摘み取るべし」(Cueillez, cueillez vostre jeunesse)は、ホラティウスの「カルミナ」(羅 "Carmina" 「詩集」)にある句、またはウェルギリウスの「デ・ロシース・ナースケンティブス」(羅 "De rosis nascentibus" 「生まれつつある薔薇の花々について」)にある句を連想させます。それぞれのラテン語テキストを、和訳を添えて引用します。和訳は筆者(広川)によります。

 Horatii CARMINA, I, 11
         
     carpe diem, quam minimum credula postero.    その日を刈り取るべし。信ずべき日を後(のち)に刈り取るよりも。
         
 Vergilii De rosis nascentibus
         
   49  collige, virgo, rosas dum flos novus et nova pubes,    乙女よ、薔薇を集むるべし。花が新しきうちに、若さが新しきうちに。
   50  et memor esto aevum sic properare tuum.    汝、憶えよ。若さの斯(か)く急ぎて過ぐるを。



 以上に見るように、薔薇は性愛、青春、麗姿の象徴です。これに加えて薔薇は復活、再生の象徴でもあります。アプーレイウスの「メタモルフォーセース」は古代ローマ時代から現代に伝わる唯一の小説ですが、驢馬に変えられた主人公のルーキウスは、薔薇を食べてイシスの秘儀に参加することで、人間の姿に戻ります。古代ローマには毎年初夏にロサリア(羅 ROSARIA/ROSALIA)と称する祭儀があり、生命の再生が祝われました。




(上) Peter Paul Rubens, „Kreuzabnahme“, 1612 - 14, Öl auf Leinwand , 420.5 x  320 cm, die Liebfrauenkathedrale, Antwerpen グラアルは作品画面の右下隅に描かれています。


 古代ギリシア・ローマ以来、性愛、青春、麗姿、復活の象徴であった薔薇は、中世以降のヨーロッパの宗教的コンテクストにおいて、さらに高い精神性を賦与されます。

 ボッティチェリが描く薔薇は十字軍が東方から齎(もたら)したダマスク・ローズで、平たく開いた形をしています。ダマスク・ローズの花の形は、グラアル(独仏 Graal)、すなわちキリストが受難し給うた際、脇腹の槍傷からほとばしる血を受けた鉢を連想させます。グラアルの日本語訳「聖杯」はコップ状の器を想起させますが、キリストの血を受けグラアルは、深皿あるいは浅い鉢のような器であったと考えられています。

 ルーベンスはアントウェルペン司教座聖堂翼廊の三翼祭壇画中央パネルに「十字架降架」を制作し、画面の右下隅に深皿状のグラアルを描き込んでいます。ルーベンス研究で知られるベルリン自由大学の美術史家オットー・フォン・ジムゾン教授(Prof. Otto von Simson, 1912 - 1993)は、ルーベンスがこの作品に描き込んだグラアルを、「完全な美を有する『シュティッレーベン(静物)』」(„ein »Stilleben« von vollendeter Schönheit“)である、と評しています(Otto von Simson,„Peter Paul Rubens, 1577 - 1640, Humanist, Maler und Diplomat“, Verlag Philipp von Zabern, Mainz, 1996, S. 126)。

 フォン・ジムゾン教授がルーベンスのグラアルを「完全な美を有する『シュティレーベン(静物)』と評するのは、単に静物画として上手く描けているという意味ではありません。ドイツ語の「シュティレーベン」(Stilleben 静物)は、「静止した生命」が原義です。フォン・ジムゾン教授はグラアルを静かに満たすキリストの血を十字架から降ろされる救い主を重ね合わせ、いまは動きを止め給うた救い主の御体(コルプス・クリスティ、聖体)とその御血が、人間にとって美しい生命そのものである、と言っているのです。

 以上でお分かりいただけるように、グラアルに似たダマスク・ローズは永遠の生命の器であり、永遠の生命そのものをも象徴します。




(上) 《ロサ・ミスティカ 神秘の薔薇なる聖母》 エティエンヌ・アザンブルによるフランスの小聖画 118 x 75 mm 中性紙にコロタイプ 1910年代中頃 当店の商品


 薔薇は聖母マリアの象徴でもあります。聖母は無原罪の御宿リであるゆえに、棘を持たないロサ・ミスティカ(羅 ROSA MYSTICA 神秘の薔薇)とされました。

 世界にただ一人の至高の女性、聖母マリアの象(かたど)りは、本品《ロサ・ミスティカ》に秘められた最大の意味です。薔薇を模りつつも棘が無い本品は、聖母の汚れの無さ、無垢の清らかさを表します。トルコ石に刻まれた薔薇は、その形が聖母の象(かたど)りであるとともに、青い色によっても聖母を象徴しています。

 ブリュ・マリアル(仏 bleu marial マリアの青)といえば普通はラピスラズリの色ですが、本品にはトルコ石を採用しました。トルコ石は十九世紀のアンティーク・ジュエリーによく使われる宝石で、不透明で蝋のような艶があるため、小さな瑕(きず)が目立ちません。本品にも二箇所に小さな断口があります。この青い薔薇はたいへん美しかったので、小さな断口を気にせずに買い入れたのですが、本品の断口も肉眼ではまず気づきません。なおトルコ石には染色したマグネサイトやカルセドニー等さまざまなイミテーションがありますが、本品の薔薇は真正のトルコ石です。

 このトルコ石の青は、少し緑がかっています。本品は青い薔薇で「見果てぬ夢」と「聖母マリア」を表し、さらに後述するように、青と赤の脇石が「知と愛」「聖愛と俗愛」を象徴します。これらの意味を宝石で表そうとすれば、青色石を二箇所に使うことになります。それゆえふたつの青が重ならないように、緑がかった青のトルコ石と、紫がかった青のタンザナイトを選びました。緑は生命の色、紫は節制、慎み、調和の色でもあります。





 本品のトルコ石の青を、フランス語で「ブリュ・パン」(仏 bleu paon)といいます。ブリュ・パンは「孔雀(くじゃく)の青」という意味です。鮮やかで美しいブリュ・パンは、ビザンティン皇女の色でした。ヨーロッパにおいて、孔雀が尾羽を広げた姿は星々が輝く天球に譬えられ、それゆえ不死の象徴とされて、ミサの聖杯にも刻まれました。生命樹の図像にも、しばしば孔雀が登場します。

 キリスト教以外に目を向ければ、孔雀はゼウスの妻である女神ヘーラの鳥であり、尾羽を円く広げた姿が日輪と見做されて、生命の恵みを象徴します。また孔雀は猛毒の蛇を捕らえて食べてしまうゆえに、ヒンドゥー神話の軍神スカンダの乗り物とされ、人々の苦しみを取り除く孔雀明王の乗り物にもなっています。





 薔薇の脇石には、ルビーとブルー・ゾイサイトを使っています。ブルー・ゾイサイトは、宝飾業界ではタンザナイトと呼ばれています。本品に使用したルビーとブルー・ゾイサイト(タンザナイト)はいずれも最高ランクの石で、その美しさは写真で再現できません。


 ゾイサイト(zoisite)はエピドートの一種で、鉱物名はトリエステ生まれの科学者ジグムント・ゾイス(Sigmund Zois, 1747 - 1819)に由来します。ゾイサイトの変種は、1820年にノルウェーでテューライト(thulite)が発見されました。テューライトは美しいピンク色をしたトランスルーセント(英 translucent 半透明)の鉱物で、大きな塊として採掘され、大型の装飾品に使われます。





 この種のエピドートとしては、長い間テューライトのみが知られていましたが、1967年になってタンザニアでゾイサイトの透明結晶が発見されました。結晶の色には青以外に緑、黄、ピンク、茶、カーキがありますが、いずれも摂氏 380度で加熱すると美しい青色になります。

 宝石の中には、同じ光の中でも見る方向によって異なる色に見えるものがあります。鉱物学ではこの性質をプレオクロイズム(英 pleochroisme 多色性)と呼んでいます。タンザナイトはこの性質を持つ宝石の代表で、顕著な多色性を示します。本品に使用したタンザナイトは、正面から見ると紫がかった青ですが、側面から見るとグレーです。上の写真で青色石の色が抜けたように見えるのは、この宝石が真正のタンザナイト(ブルー・ゾイサイト)である証拠です。

 タンザナイトはモース硬度 6と若干軟らかく、指輪にすると瑕(きず)がつきやすいので、本来であればペンダント向きです。しかしながら本品では大きな薔薇の蔭でトルコ石に守られていますので、指輪に使っても問題ありません。すぐ後に書くように、本品のタンザナイトとルビーは、聖母に守られる聖愛と俗愛を象徴します。瑕つきやすいタンザナイトがトルコ石に守られるデザインは、本品に籠められた意味によく合っています。





 古来ルビーは幸運の宝石とされ、闇(やみ)と災いを退ける力があると考えられてきました。これはおそらくルビーの蛍光と関係があります。

 赤くクリアな宝石を、古代ローマ人はカルブンクルス(羅 CARBUNCULUS)と呼びました。ラテン語カルブンクルスは、カルボー(羅 CARBO 炭)に指小辞ウンクルス(羅 -UNCULUS)が付いた語で、「小さな炭火」が原義です。原義から転じて「悲しみを奪い、燃やし尽くすもの」という意味もあり、この転義はオックスフォード大学から出ているルイス、ショートのラテン語辞典(Charlton, T. Lewis, Ph. "A, Latin Dctionary", the University Press, Oxford, 1879)にも載っています。古代ローマの人々は赤い宝石のうちに、日々の悩みと悲しみを燃やし尽くしてくれる、小さくとも強い火の力を見たのです。





 赤い宝石にはガーネットトルマリンルビースピネルなど、様々な種類があります。これらのうちルビーとレッド・スピネルは、いずれも長波長及び短波長の紫外線で蛍光を発します。特にルビーは短波長の可視光(青、藍、紫の光)にも反応します。

 カルブンクルスという名称は、単なる屈折と反射によって得られるよりも明るい光を想起させます。古代人の感覚は恐らく現代人よりも鋭敏であったことでしょう。明け方や日没後の空は、青、藍、紫の可視光と紫外線に満たされます。そのような頃合いにルビーが発する蛍光を、古代の人々は感じ取ったに違いありません。


 下の写真は本品《ロサ・ミスティカ》に、長波長の紫外線を照射して撮影しました。ルビーが紫外線に強く反応し、鮮やかな蛍光を発しているのがわかります。ルビーが放つ緋色の光は、まさに赤熱した炭を想起させます。

 金とタンザナイトは紫外線で蛍光を発しないので、暗がりでは目に見えません。下の写真には薔薇を留める金の爪とタンザナイトがうっすらと写っていますが、これはトルコ石とルビーの蛍光、すなわちトルコ石とルビーが紫外線を変換して作った可視光に照らされているからです。





 トルコ石は短波長の紫外線には反応しませんが、長波長の紫外線で蛍光を発します。本品のトルコ石も長波長の紫外線に照らされて光を放っています。真っ暗な中で薔薇が写真に写っているのは、トルコ石が目に見えない紫外線を可視光に変えて、青の蛍光を発しているからです。

 密(ひそ)やかに微光を放つ薔薇の姿は、この花が「秘密」の象徴でもあることを思い起こさせます。「スブ・ロサー」(SUB ROSA)というラテン語の成句、「アンダー・ザ・ロウズ」(under the rose)という英語の成句、「ウンター・デア・ローゼ」(unter der Rose)というドイツ語の成句は、直訳すると「薔薇の下で」ですが、いずれも「内緒で、内密に」という意味です。フランス語の成句「デクヴリール・ル・ポト・ロズ」(découvrir le pot aux roses 薔薇の壷を見つける)は、「秘密を探り出す」という意味です。


 柔らかな蛍光を発するトルコ石は、月光を浴びる白薔薇のようです。ダンテは「神曲」天国篇第三十一歌と三十二歌において、至高の第十天を「カンディダ・ローザ」(伊 candida rosa 白薔薇)と呼びました。カンディダ・ローザの最も高い所には、聖母マリアがおられます。

 薔薇とキリストの血のつながりは、ダンテにおいても見られます。「神曲」天国篇第三十一歌冒頭から第十五行までを、イタリア語テキストに和訳を添えて引用します。和訳は筆者(広川)によります。

1 . In forma dunque di candida rosa そして白い薔薇の形を取って
2 mi si mostrava la milizia santa 聖人たちの群れが見えた。
3 che nel suo sangue Cristo fece sposa; キリストが御自身の血を以って花嫁と為し給うた人々である。
.
4 ma l'altra, che volando vede e canta また別の群れは、空を飛びつつ見て謳う。
5 la gloria di colui che la 'nnamora 彼らを愛し給うた御方の栄光を。
6 e la bontà che la fece cotanta, 彼らをかくも幸福なる者と為し給うた善き御方を。
.
7 sì come schiera d'ape che s'infiora 花に降り立つ蜜蜂の群れにもまったく似て、
8 una fïata e una si ritorna 彼らは次々に戻って行く。
9 là dove suo laboro s'insapora, その仕事に喜びを与えてくれる、あちらの場所へと。
.
10 nel gran fior discendeva che s'addorna 彼らはたくさんの花弁に飾られた
11 di tante foglie, e quindi risaliva 大きな花へと降りて行き、
12 là dove 'l süo amor sempre soggiorna. その愛の常に留まるところへと戻って行った。
.
13 Le facce tutte avean di fiamma viva 彼ら皆の顔は活ける火に輝き、
14 e l'ali d'oro, e l'altro tanto bianco, その翼は黄金で、他の部分はあまりにも白く、
15 che nulla neve a quel termine arriva. どのような雪もその白さには届かない。




(上) Tiziano, "Amor sacro e Amor profano", 1515 circa, Olio su tela, 118 x 278 cm, la Galleria Borghese, Roma この作品において、ティツィアーノは聖愛を裸の女性に、俗愛を着衣の女性に、それぞれ擬人化しています。


 ルビーとタンザナイトの話に戻ります。

 宝石を離れた象徴に目を向けると、古来、赤は愛の色、また地上界の色とされてきました。いっぽう青は知の色、また天上界の色とされてきました。ロサ・ミスティカに寄り添うルビーとブルー・ゾイサイトは、《愛と知》を表すとともに、《地上と天上》、《聖愛と俗愛》をも表します。この指輪には、棘の無い薔薇、ロサ・ミスティカなる聖母マリアの蔭に、知と愛、聖愛と俗愛が身を寄せるさまを表しています。

 聖愛は第一義的には神の愛を意味しますが、人における神の愛の反映、すなわち神に愛された人から発して神に還り、また隣人へと向かう愛をも意味します。誘惑が多い地上に生活しながら、常に天上を思い、神と隣人を愛するのは難しいことです。傷つきやすいタンザナイトをトルコ石が守る本品のデザインは、地上を歩む女性の聖愛を、聖母が守護し給う様子の象(かたど)りでもあります。


 地上において人が愛し合うのは、どの時代、どの地域においても当然のことです。プラトンの対話篇「シュンポシオン」("SYMPOSIUM" 饗宴)はエロース(希 ἔρως 恋、性愛)を主要なテーマとしますが、同書 189 c. から 193 d では、原初の人間が二人一組の球形であったという説が語られています。ユダヤ・キリスト教においても、神は人を愛し合うように創り給うたと考えられています。「創世記」二章十八節によると、神は「人(アダム)が独りでいるのは良くない」と考えて、エヴァを造り給いました。

 それゆえ聖母は修道女のような人だけでなく、夫や恋人のある女性を祝福し、守り給います。ルビーは可視光線の中でも美しい宝石ですが、普段は見えない蛍光をも内に秘めています。ルビーが発する燃えるような輝きは、女性の愛の強さと気高さを象(かたど)ります。大きな薔薇がルビーを守る本品のデザインは、女性が夫や恋人を愛する地上の愛を、聖母が嘉(よみ)し、守り給うことを表します。





 一見したところ気付きませんが、本品には可愛らしいヤモリがこっそりと隠れています。ヤモリは体が小さいので、毒蛇を捕らえる孔雀のように勇ましくはありません。しかしながらヤモリは害虫を食べるゆえに、わが国では害悪を退け、富と幸運を呼ぶと考えられています。

 アンティークアナスタシアには看板猫たちが住んでいますが、猫は薔薇に留まらせるには大きすぎるので、代わりに登場したのが小さなヤモリです。本品の指輪に隠れているのは、アエルーロスカラボーテース・フェーリーヌス(Aeluroscalabotes felinus)というヤモリの子供です。属名アエルーロスカラボーテースはギリシア語アイルーロス(αἴλουρος 猫)とアスカラボーテース(ἀσκαλαβώτης ヤモリ)の合成語、種名のフェーリーヌスはラテン語の形容詞で「猫の」を表します。要するにアエルーロスカラボーテース・フェーリーヌスは「猫っぽいねこヤモリ」という意味で、体の横でしっぽを丸める様子が、香箱を作る猫に何となく似ています。本品のねこヤモリは日本美術とアール・ヌーヴォーを意識し、長い尾で優雅な曲線を描きます。

 アエルーロスカラボーテース・フェーリーヌスは、自切した尾を再生する能力を持っています。この点においても、「再生」を意味するアナスタシアのマスコットにぴったりです。





 本品の地金は十八カラット・イエロー・ゴールド(十八金)です。指輪の表側にヤモリの足あと、裏側にアナスタシア(ANASTASIA)の刻印があります。

 「再生」「復活」「新生」のことを、ギリシア語でアナスタシス(希 ἀνάστασις)といいます。アナスタシスから派生した形容詞アナスタシオス(ἀναστάσιος)は、「再生の」「復活の」「新生の」という意味です。アナスタシア(ἀναστασία)はその女性単数主格形で、復活祭の頃に生まれた女の子に多い名前です。私はこの言葉が好きで、店名に採用しています。


 宇宙に在るすべての元素の元は、水素(H)です。水素が集まって恒星になり、恒星はその内部で核融合を起こしてヘリウム(He)から鉄(Fe)までの元素を作ります。地球上にあるリチウム(Li)から鉄までの元素は、太陽系の誕生以前に存在していた恒星の内部で生まれたものです。超新星爆発によって酸素(O)、珪素(Si)、アルミニウム(Al)、鉄などが宇宙空間に撒き散らされ、それを集めて地球ができました。宝石はこれらの元素が組み合わさったものです。金(Au)に関してはどのようにしてできたのかわかっていませんが、一説には中性子星の爆発によって生成したのではないかと言われています。

 いずれにせよ金や宝石を作る元素は、輝く星々がその内部で作り出し、星々の死によって宇宙空間に撒き散らされた物質です。星のかけらである元素は文字通り星屑(ほしくず)であり、それが集まってこの指輪になっています。星の生まれ変わりである本品には、アナスタシアの刻印がよく似合います。





 本品《ロサ・ミスティカ》は世界にただ一つの指輪であり、ただひとりの女性に出会うために制作されました。二個目を作ることはできません。サイズは八号よりも少し小さめです。デザインの都合上、大幅なサイズ直しができませんので、無理なく着用できる指を選んでお使いください。





580,000円+税

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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