緑色
green color

 「青」は天上の世界、「赤」は地下の世界をそれぞれ象徴します。「青」と「赤」は人間が近づけない世界を象徴しているといえます。それに対して「緑」は、天上と地下に挟まれた地上の色、人間が住む世界の色、植物の色です(註1)。

 乾燥地帯では雨季の到来とともに植物が芽吹き、温帯では春の到来とともに雨が降り、雪と氷が融けて、植物が芽吹きます。植物を芽吹かせるのは水です。したがって緑は生命をもたらし、あるいは再生させる水の象徴でもあります。


 世界中のあらゆる文化において、緑色は生命力の象徴とされています。最も生命力にあふれ、成長の可能性を秘めた乳児を、日本語で「みどりご」と言うのも、緑色が有する生命力ゆえです。

 ケルト民族にとって緑が幸福の色であることはよく知られています。聖パトリックの日に緑色のものを身に着けると幸運が訪れると考えられています。緑はアイルランドを象徴する色であり、白、オレンジとならんでアイルランド国旗に使われています。アイルランドの国名はアイルランド語で「エール」(Éire) といいますが、これはもともと永生を得た魂が住まうケルト神話の「緑の島」のことです。

 ヨーロッパの伝統においては、緑色こそが子供を産み育てる花嫁の衣装に最もふさわしい色とされていました。ファン・アイクの名画「アルノルフィーニ夫妻像」において、妊娠しているかのような姿勢で描かれている花嫁は、緑色のウェディング・ドレスを着用しています。


(下) Jan van Eyck, Giovanni Arnolfini and His Bride, 1434, oil on oak panel, 82 x 60 cm, the National Gallery, London




 旧約の預言者エゼキエルは、捕囚の地バビロンにおいて預言者としての召命を受けました。「エゼキエル書」 1章には、エゼキエルが召命を受けた際の幻視が記述されています。同 26 - 28節を新共同訳により引用します。

 生き物の頭上にある大空の上に、サファイアのように見える王座の形をしたものがあり、王座のようなものの上には高く人間のように見える姿をしたものがあった。腰のように見えるところから上は、琥珀金が輝いているようにわたしには見えた。それは周りに燃えひろがる火のように見えた。腰のように見えるところから下は、火のように見え、周囲に光を放っていた。周囲に光を放つ様は、雨の日の雲に現れる虹のように見えた。これが主の栄光の姿の有様であった。わたしはこれを見てひれ伏した。そのとき、語りかける者があって、わたしはその声を聞いた。

 「ヨハネの黙示録」 4章 1 - 3節の記述は、「エゼキエル書」 1章の影響を強く受けています。「ヨハネの黙示録」 4章 2 - 3節を新共同訳により引用します。

 わたしは、たちまち“霊”に満たされた。すると、見よ、天に玉座が設けられていて、その玉座の上に座っている方がおられた。その方は、碧玉や赤めのうのようであり、玉座の周りにはエメラルドのような虹が輝いていた。

 「ヨハネの黙示録」 4章のこの箇所では、ヨハネが幻視した神を取り囲むように、「エメラルドのような虹」が輝いています。この記述は西ヨーロッパ中世の聖杯伝説に影響を与えています。すなわち聖杯伝説において、グラアル(Graal 聖杯)はエメラルドあるいは緑のガラスでできているとされるのです。聖杯に入れられるキリストの血は「契約の血」(マタイ 26: 28)であり、「生命をもたらすもの」です。緑に輝くグラアルは、キリストの血によって人間に与えられる生命そのものを象徴しています。

 中世ヨーロッパにおいて、医師は緑のマントを着ていました。緑は薬草の色であり、医学を象徴していました。現在、緑が薬学や薬局を象徴するのは、この名残です。


 キリスト教において、緑は教会で使用される色(カノニカル・カラー)のひとつであり、希望、喜び、若者の明るい前途を表します。緑が希望を表すのは、キリスト教発祥の地であるパレスティナの乾燥地帯において、緑の水と植物が希望をもたらすゆえでしょう。




(上) 司教の紋章の例。1964年から72年までエヴルー(Évreux オート=ノルマンディー地域圏)司教であったアントニー・カヨ師 (Mgr. Anthony Louis Léon Caillot, 1908 - 1994) のもの。


 緑は司牧とも結びつきます。系図学者であった跣足アウグスチノ会のアンセルム神父 (père Anselme de Sainte-Marie, 1625 - 1694) は、1686年、「名誉の宮殿」("Le palais de l'honneur, ou La science héraldique du blazon") と題する紋章学の本を著しましたが、この本の二十二章「教皇、枢機卿、大司教、司教、修道院長、宗教職の盾飾り、兜、盾形紋地について」(Des ornemens, des timbres, des escus des Papes, Cardinaux, Archeuesques, Euesques, Abbez, Religieux, etc.) において、大司教及び司教の紋章にあしらわれる帽子の緑色 (sinople) を次のように説明しています。日本語訳は筆者(広川)によります。


     Les Archeuesques, portent vn chapeau de sinople, auec des cordons de soye verte entre-lassés, se terminans en quatre houppes de chaque costé, ils portent aussi vne croix trefflée, qui est sous le chapeau, qui couure auec ses grands bords l'escu.     大司教の紋章は緑の帽子を戴く。帽子からは緑の絹紐が出て交錯し、右側と左側のそれぞれの端が四つずつの房となる。帽子の下には末端がクローヴァー形になった十字架が置かれる。帽子の縁は広く、下部の盾形紋章を覆う。
         
     Les Euesques, portent aussi le chapeau de sinople (pour ce qu'estans establis comme Bergers sur les Chrestiens, cette couleur denote les bons pasturages, où les sages Bergers menent paistre leur brebis, & est symbole de la bonne doctrine de ces Prelats) auec des cordons pendans, comme ceux des Archeuesques, qui se terminent en trois houppes, ils portent aussi vne crosse sous leur chapeau, qui est le baston Pastoral.     司教の紋章も緑の帽子を戴く。これは司教が信徒たちの牧者の地位にあるからである。緑は良き牧草地を表す。賢明な牧者は羊たちを良き牧草地へと導く。それゆえ司教の紋章の緑は、司教の良き教えを象徴するのである。緑の帽子からは、大司教の紋章におけると同様に、緑の紐が下がり、右側と左側のそれぞれの端は三つずつの房となる。帽子の下には司教杖があしらわれるが、これは牧者の杖である。


 ところで上の引用文中の「シノプル」(sinople) は紋章学用語で「緑」を表しますが、この語は三、四世紀頃のラテン語「シノーピス」 (SINOPIS) を語源とします。「シノーピス」は「シノーピス・テッラ」(SINOPIS TERRA)、すなわち「シノーペーの土」のことで、もともとは赤色の顔料として使われるシノーペー産の赤土を指します。すなわち紋章の「シノプル」(sinople) は元々「赤」という意味であり、緑の中に赤を内包しているのです。湿って冷たい水を表す「緑」に、乾いて熱い火を表す「赤」が内包されている状態は、生命を生み出す「女性原理と男性原理の結合」に他なりません。


 フランスにおいて、緑はアルトワ伯家の色です。1794年7月27日、テルミドール九日のクーデターによってロベスピエールが失脚すると、トゥールーズをはじめとする南フランスの各地で、王党派の組織「レ・ヴェルデ」(仏 les Verdets)が結成され、テルミドールのクーデターの直後、及び 1815年に、多数の共和主義者やプロテスタントを暗殺しました。「レ・ヴェルデ」の徽章は緑色ですが、この緑色はアルトワ伯家の色に由来します。



資料画像

(下) セイント・パトリック・デイの古いカード



(下) 「エリン・ゴ・ブラー」(Erin go bragh) はゲール語で「アイルランドよ永遠に」という意味です。




 アメリカでは緑は富の象徴でもあります。これはドル紙幣が緑色であることによります。





註1 日本語の「みどり」はもともと色名ではなく、草木の新芽を指す語です。「松のみどり」は、松の枝先からまっすぐ上方に伸びる新芽のことです。「みどりが立つ」とは、春になって新芽が出ることを言います。国語大辞典には次の用例が引かれています。

 わがせこが衣春雨ふるごとに述べのみとりぞ色まさりける (「古今和歌集」 905 - 914年 春上・二十五 紀貫之)

 Cûrruda <略> アルイバラノ midori (「羅葡日辞書」 1595年)

 何時緑をとったかわからないやうな一本の松が (夏目漱石「道草」十七)


 「みどり」は、新芽の語義から転じて、「みどりの髪」「みどりの眉」「みどりの鬢(びん)」など、艶やかに黒光りする毛髪の若々しさを形容するのにも使われます。

 俚言(方言)について、「国語大辞典」は次のような例を挙げています。

 【草木の新芽】 みるい(沖縄県島尻郡)、みどぅりさちゅん(沖縄県首里)

 【種子から出る芽】 神奈川県津久井郡、島根県益田市、山口県

 【猫柳の芽】 ※ 「めどり」とも 岐阜県飛騨



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