天使祝詞がもたらす天地の和解 《光り輝く生命樹のシャプレ 全長 58センチメートル》 優れた浮き彫りによるフランス製アンティーク・ロザリオ 二十世紀前半または中頃


環状部分の周の長さ  82 cm

全長  58 cm


突出部分を含むクルシフィクスのサイズ  縦 37.8 x 横 22.5 mm   最大の厚み 3.2 mm

突出部分を除くクールの直径  12 mm


ビーズの長径と短径  11 x 8 mm   厚み 4 mm


フランス  二十世紀前半または中頃



 二十世紀前半または中頃のフランスで制作された聖母のシャプレ(仏 chapelet ロザリオ)。木でできた幾分扁平なビーズに金泥(こんでい 金色の顔料)を塗り、天使祝詞における天地の和解を見事に形象化した美しい作例です。





 本品のクルシフィクスは、古典的植物意匠で装飾した十字架に、別作のコルプス(羅 CORPUS キリスト磔刑像)を鑞(ろう)付けしています。コルプスはクリストゥス・ドレーンス(羅CHRISTUS DOLENS 苦しむキリスト)の類型に属します。


 本品十字架の意匠は各末端にはパルメット(仏 palmette 椰子の葉を象る装飾)状に開く透かし細工が施され、それに接して唐草文の浮き彫りが打刻されています。一言で言えば古典的意匠による装飾が施されているわけですが、本品の植物モティーフには装飾性に留まらない深い意味があります。




(上) Sir Lawrence Alma-Tadema, Venantius Fortunatus Reading his Poems to Radagonda, 1862; Dordrechts Museum, Dordrecht



 キリスト教文学において、救い主の十字架はしばしば「木」(羅 仏 l'arbre)と表現されます。ガロ=ロマン期のラテン詩人でのちにポワチエ司教となったフォルトゥーナートゥス (St. Venance Fortunat, Sacctus Venantius Honorius Clementianus Fortunatus, c. 530 - 609) は、ポワティエの修道院サント・クロワ(L'Abbaye Sainte-Croix de Poitiers) に真の十字架の聖遺物がもたらされたとき、十字架称讃の聖歌の元になった詩を作りました。詩の内容は次の通りです。


    Vexilla regis prodeunt,
fulget crucis mysterium,
quo carne carnis conditor
suspensus est patibulo.
  王の御旗は進み
十字架の奥義は輝く。
人を造り給える御方、人となり、
この奥義にて十字架に架かりたまえリ。
     
    Confixa clavis viscera
tendens manus, vestigia
redemptionis gratia
hic inmolata est hostia.
  主の臓腑は釘にて裂かれたり。
主の両手両脚は伸びたり。
救いのために、
かくの如く主は木に架かり、犠牲となりたまえり。
     
    Quo vulneratus insuper
mucrone diro lanceae,
ut nos lavaret crimine,
manavit unda et sanguine.
  主は木の上で傷を負いたまえり。
恐ろしき槍の刃先にて。
我らを罪より洗い浄めんとて、
水と血を流したまえり。
     
    Impleta sunt quae concinit
David fideli carmine,
dicendo nationibus:
regnavit a ligno deus.
  成就したるは、真(まこと)の歌にて
ダヴィデが歌う事ども。
ダヴィデが国々の民に語る事ども。
すなわち、神、木より統べたまえりと。
     
    Arbor decora et fulgida,
ornata regis purpura,
electa, digno stipite
tam sancta membra tangere!
  美しき木よ。輝ける木よ。
王の紫に飾られたる木よ。
その木は選ばれて杭となり、(*)
聖なる御手、御足が触るるに値したるなり。
     
    Beata cuius brachiis
pretium pependit saeculi!
statera facta est corporis
praedam tulitque Tartari.
  幸いなる木よ。その腕木より
世の(罪の)代価が吊られし木よ。
その木は御体を挙ぐる支え(直訳:天秤)となりて
地獄にその取り分を渡さざりき。
     
    Fundis aroma cortice,
vincis sapore nectare,
iucunda fructu fertili
plaudis triumpho nobili.
  木よ。汝はその樹皮より芳香を放ち、
その甘美さは蜜にも勝るなり。
豊かに実りたるその果実は甘し。
汝は優れたる勝利を讃うるものなれば。
     
    Salve ara, salve victima
de passionis gloria,
qua vita mortem pertulit
et morte vitam reddidit.
  めでたし、祭壇よ。
めでたし、受難たる栄光の、奉献されたる犠牲よ。
この栄光にて、命は死を耐え忍び、
死によりて命を取り戻したり。




(上) Piero della Francesca, "Adorazione della Croce" (dettaglio), 1452 - 66, affresco, la cappella maggiore della basilica di San Francesco, Arezzo


 上掲の詩において、救い主の十字架は第四連でリーグヌム(羅 LIGNUM 木材、樹木)、第五連でアルボル(羅 ARBOR 樹木)と呼ばれています。これらの言葉は単に十字架が木製であったから使われているのではなく、押韻の都合だけで選ばれたのでもありません。フォルトゥナートゥスは救い主の十字架を生命樹と同一視し、生きた樹木を連想させる言葉を使っています。

 キリストの受難にまつわる物品をラテン語でアルマエ・クリスティ ARMAE CHRISTI (単数形 タルマ・クリスティ ARMA CHRISTI)といいます。アルマエ・クリスティはイエス・キリストの受難という歴史上の出来事に関連する物品であるとともに、キリストの愛と、それによってもたらされた救いの象徴です。しかしながらそれと同時に、アルマエ・クリステイは救い主を受け入れずに死に至らしめた人の罪の象徴でもあります。十字架は最大のアルマ・クリスティです。本品の十字架は一見したところ装飾的ですが、各末端近くに見られるアカンサス様(よう)の意匠に、人祖アダムが犯した罪の呪い、すなわち原罪がもたらす死(「創世記」 3:18)を読み取ることが可能です。アカンサスをキリスト教的コンテクストに置いて見たとき、伝統的唐草文は単なる装飾意匠であることを止めて、重大な実質的意味を担います。





 五連のロザリオをフランス語でシャプレ(仏 chapelet 数珠)と呼びます。シャプレ(ロザリオ)のセンター・メダルを、フランス語でクール(仏 cœur)と呼びます。クールとは心臓、ハートのことです。本品のクールは円形のメダイユで、表(おもて)面にマリアの横顔、裏面に星と百合が浮き彫りにされています。メシア出現を知らせる明るい星と、神による選びを表す百合を組み合わせた本品クールの意匠は、受胎告知の象徴的図像表現に他なりません。

 シャプレ(ロザリオ)で祈る天使祝詞(アヴェ・マリア)は神との対話であり、神による救いを受け容れる信仰の象徴です。公教会がマリアに高い地位を与えるのは、救済史における聖母マリアの役割を重視するからです。すなわち神は救いを強制せず、マリアはカイレ(希 Χαῖρε メシアの誕生を予告する言葉)と語りかけられたのに対して、「お言葉通り、この身に成りますように」と答え、自由意思によって救いを受け容れました。本品のクールはマリアの信仰を象徴しています。





 クール(心臓)は愛の座です。現代においても、クール(ハート形)は愛の象徴とされています。愛する人の左手薬指に指輪を嵌めるのは、心臓と左手薬指を繋ぐウェーナ・アモーリス(羅 VENA AMORIS 愛の血管)を縛って、愛を逃がさないためです。それゆえマリアの心臓であるロザリオのクールは、聖母の汚れなき御心(羅 IMMACULATUM COR)、すなわち神とキリストに向かう混じりけの無い愛を表します。また聖母はキリスト者の鑑(かがみ 手本)ですから、本品のクールは聖母の執り成しと援けによって神とキリストに向かう信徒の愛をも表しています。

 人間のプシューケー(ψυχή, ANIMA, âme, soul 霊)とプネウマ(πνεῦμα, SPIRITUS, esprit, spirit 魂)は分けて考えられます。これら二つのうち、宗教心を司るのはプシューケー(霊)であると考えられています。しかるに神と繋がるプシューケー(霊)の座とは、心臓に他なりません。「詩篇」五十一篇十九節、及び「エゼキエル書」三十六章二十六節において、心臓はプシューケー(霊)と同一視されています。シオンは世界の心臓であり、エルサレム神殿はシオンの心臓と呼ばれていましたが、神のいます至聖所こそがエルサレム神殿の心臓でした。キリスト教の聖堂建築においても、十字架形平面プランを有する聖堂において、主祭壇の位置は受難するキリストの心臓がある場所と一致します。これらの事からも、心臓が宗教心、信仰を司るプシューケー(霊)の座と見做されたことがわかります。

 さらに心臓は、生命の根本に一層近いプネウマ(魂)の座、あるいは生命の座でもあります。血液循環の発見者として名高いウィリアム・ハーヴェイは、1628年の著作「諸々の動物における心臓の動きと血液に関する解剖学的考察」("Exercitatio anatomica de motu cordis et sanguinis in animalibus")において心臓をマクロコスモスにおける太陽に喩え、「生命の基礎、すべてのものの作出者」(fundamentum vitae author omnium)と呼んでいます。本品シャプレのクールはマリアの横顔に星と百合を組み合わせて受胎告知の象徴とし、マリアに倣って救いを受け入れることが霊の糧(かて)、プネウマ(魂)の糧、生命の糧であることを視覚的に表現しています。クールが心臓であるならば、環状部分のビーズは心臓に賦活されつつ循環する信仰生活の血液に他なりません。





 前出のフォルトゥーナートゥスは「カルメン・パスカーレ」という作品において、救い主を宿した乙女マリアを傷のない薔薇にたとえています。本品のビーズを薔薇の木と考えるならば、ビーズの一つひとつが地上の女性マリアを象徴していることになります。

 金色に輝くビーズは恩寵に満たされたマリアを表します。しかるにマリアは全面的に金色に覆われておらず、木の部分を残しています。これはマリアが天地をつなぐ女性であることの視覚的表現です。すなわちマリアの隠喩であるビーズを全面的に金で覆い、一切の地上性をマリアから剝奪するならば、マリアは地上とのつながりを喪失し、我々とは隔絶された次元のヌーメン(羅 NUMEN 神的存在)となってしまいます。被昇天のマリアが近寄りがたいヌーメンではなく、いまも執り成し手として働く御母、地上に生きる人々に恩寵をもたらす器であり続け給うことを示すために、本品のビーズは木の素地を残した金泥塗りとなっているのです。

 ロザリオで唱える一つ一つの天使祝詞は、前半が地上のマリアにかけられた言葉、後半が天上のマリアに捧げる祈りとなっています。半ば木の素地を残し、半ば金色に輝く本品のビーズは、天使祝詞そのものの反映です。それと同時に本品のビーズは、マリアが受胎告知を受け入れたことによる天と地、神と人の和解をこの上なく巧みに可視化しています。




(上) 愛と赦しによって芽吹いた生命樹。フランスの古い小聖画 当店の販売済み商品


 木でできた本品のビーズは、生命樹あるいはキリストの十字架の象(かたど)りでもあります。天使祝詞の祈りは神からの愛と救いを受け入れる信仰の表明であり、ロザリオを祈る人の愛と信仰によって、生命樹は金色の輝きを取り戻します。金泥がビーズを覆う範囲は表面の半ばに留まりますが、これは生命樹が天上界ではなく、あくまでも地上に生えているからであり、生命樹を復活させるのが、地上に生きる人々の愛と赦しであることによります。





 上の写真に写っている定規のひと目盛りは、一ミリメートルです。本品の十字架とクールは打刻、コルプスは打ち出しによるもので、直接的な浮き彫りで制作されてはいませんが、スクリュー・プレスのマトリクスはもともとメダユール(仏 médailleur メダイユ彫刻家)が手作業で浮き彫りを制作しています。クルシフィクス、クールとも各部が一ミリメートルに満たないミニアチュール彫刻ですが、キリスト像の人体表現、聖母の表情の表現とも大型の作品に劣らず、メダイユ彫刻の国フランスならではの出来栄えです。シャプレ(ロザリオ)は実用される信心具ですが、本品各部の彫刻は美術工芸品の水準に到達しています。





 上の写真は本品を男性店主の手に載せて撮影しています。女性が本品の実物をご覧になれば、写真で見るよりひとまわり大きく感じられます。

 本品は数十年前に制作された真正のヴィンテージ品ですが、極めて良好な保存状態です。いかにも古い時代のフランス製らしい本品の美しさは、細部まで手を抜かない作り込みによって裏付けられています。作りが見事なだけではなく、様々な象徴性を秘めた本品シャプレは、二千年に及ぶキリスト教史を担う品物であり、二十世紀半ばという制作年代を超える歴史性を秘めています。





20,680円 税込み (18,800円+税)

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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