十字架の称讃
EXALTATIO SANCTAE CRUCIS, La Vénération de la Sainte-Croix




(上)  十字架称讃のミニアチュール。「ベリー公のいとも豪華なる時祷書」(1440年)より Vénération de la Sainte-Croix" dans "Les Très Riches Heures du duc de Berry", folio 193r, Musée Condé, Chantilly (註1)


 人間に救いをもたらす道具となった十字架を崇敬するために、カトリック教会では毎年9月14日に「十字架称讃」(Exaltatio Sanctae Crucis) の祝日を設けています。この祝日は「真の十字架」発見の地に聖墳墓教会が建てられ祝別された翌日の日付が起源となっており、フォルトゥーナートゥスの手による聖歌で祝われています。


【聖ヘレナと「真の十字架」】

 伝承によると、ローマ皇帝コンスタンティヌス1世 (Gaius Flavius Valerius Constantinus, 272 - 337) の母后ヘレナ(聖ヘレナ Flavia Iulia Helena Augusta, c. 250 - 330)はエルサレムに巡礼に行き、「真の十字架」(キリストが架かった十字架)を発見しました。コンスタンティヌス1世とヘレナの命により、発見の場所に聖墳墓教会が建てられ、335年9月13日から14日にかけて聖堂の祝別と十字架の崇敬が行われました。9月14日が十字架称讃の祝日とされるのは、この故事に基づいています。


(下) Cima da Conegliano, "St. Helena", 1495, oil on panel, the National Gallery of Art, Washington D.C.




 なお聖墳墓教会に安置された十字架の破片は、614年、ササン朝ペルシアのホスロー2世 (Khosrau II, ? - 590 - 628) によって奪われますが、628年にローマ(ビザンティン)皇帝ヘラクリウス (Flavius Heraclius Augustus,c. 575 - 641) がこれを奪い返し、いったんコンスタンティノープルに運んだ後、翌年に聖墳墓教会へ返還しました。


【フォルトゥーナートゥスの詩「王の御旗は進み」】

 クローヴィス (Clovis Ier, regne 481/482 - 511) の姪であり、ネウストリア (Neustria)王クロタール1世 (Clotaire Ier, c. 497 - 561) の妻となったポワチエの聖ラドゴンド (Ste. Radegonde, c. 519 - 587) は信仰篤い人で、フランスで最初の女子修道院であるノートル=ダム修道院、のちのサント=クロワ修道院 (L’Abbaye Sainte-Croix de Poitiers) を建て、他の大勢の若い女性たちとともにこの修道院の修道女となりました。

 聖ラドゴンドは修道院のために聖遺物を熱心に収集していましたが、そのなかにはラドゴンドが皇帝ユスティヌス2世 (Justinus II, 520 - 578) から譲り受けた真の十字架の破片も含まれていました。修道院の名前サント=クロワ(聖十字架)はこの聖遺物に由来します。


(下) Sir Lawrence Alma-Tadema, "Venantius Fortunatus Reading his Poems to Radagonda", 1862; Dordrechts Museum, Dordorecht




 ラテン詩人聖フォルトゥーナートゥス (St. Venance Fortunat, Sacctus Venantius Honorius Clementianus Fortunatus, c. 530 - 609) は、真の十字架の破片が盛大な行列によってトゥールからサン=クロワ修道院まで届けられた際に、よく知られている作品「王の御旗は進み」(Vexilla Regis Prodeunt) を作りました。

 「王の御旗は進み」は十字架称讃の祝日に歌われています。聖フォルトゥーナートゥスによるオリジナルの詩を下に示します。日本語訳は筆者(広川)によります。

    Vexilla regis prodeunt,
fulget crucis mysterium,
quo carne carnis conditor
suspensus est patibulo.
王の御旗は進み
十字架の奥義は輝く。
人を造り給える御方、人となり、
この奥義にて十字架に架かりたまえリ。
   
    Confixa clavis viscera
tendens manus, vestigia
redemptionis gratia
hic inmolata est hostia.
主の臓腑は釘にて裂かれたり。
主の両手両脚は伸びたり。
救いのために、
かくの如く主は木に架かり、犠牲となりたまえり。
   
    Quo vulneratus insuper
mucrone diro lanceae,
ut nos lavaret crimine,
manavit unda et sanguine.
主は木の上で傷を負いたまえり。
恐ろしき槍の刃先にて。
我らを罪より洗い浄めんとて、
水と血を流したまえり。
   
    Impleta sunt quae concinit
David fideli carmine,
dicendo nationibus:
regnavit a ligno deus.
成就したるは、真(まこと)の歌にて
ダヴィデが歌う事ども。
ダヴィデが国々の民に語る事ども。
すなわち、神、木より統べたまえりと。
   
    Arbor decora et fulgida,
ornata regis purpura,
electa, digno stipite
tam sancta membra tangere!
美しき木よ。輝ける木よ。
王の紫に飾られたる木よ。
その木は選ばれて杭となり、
聖なる御手、御足が触るるに値したるなり。
   
    Beata cuius brachiis
pretium pependit saeculi!
statera facta est corporis
praedam tulitque Tartari.
幸いなる木よ。その腕木より
世の(罪の)代価が吊られし木よ。
その木は御体を挙ぐる支え(直訳:天秤)となりて
地獄にその取り分を渡さざりき。
   
    Fundis aroma cortice,
vincis sapore nectare,
iucunda fructu fertili
plaudis triumpho nobili.
木よ。汝はその樹皮より芳香を放ち、
その甘美さは蜜にも勝るなり。
豊かに実りたるその果実は甘し。
汝は優れたる勝利を讃うるものなれば。
   
    Salve ara, salve victima
de passionis gloria,
qua vita mortem pertulit
et morte vitam reddidit.
めでたし、祭壇よ。
めでたし、受難たる栄光の、奉献されたる犠牲よ。
この栄光にて、命は死を耐え忍び、
死によりて命を取り戻したり。


 上に示したのはフォルトゥーナートゥスによる原作ですが、現在の典礼で歌われる聖歌では、このうちの第7スタンザ及び第8スタンザが次のように変更されています。

    O Crux, ave, spes unica,
hoc passionis tempore
piis adauge graitiam,
reisque dele crimina.
めでたし、十字架よ。ただひとつの望みよ。
この受難の季節に
信仰篤き者どもに更なる恩寵を与え、
罪ある者どもの罪を消し去りたまえ。
   
    Te, fons salutis, Trinitas,
collaudet omnis spiritus:
quos per crucis mysterium
salvas, fove per saecula. Amen.
救いの源なる三位一体よ。
すべての霊の誉め称うるは御身なり。
御身は十字架の神秘によりて、われらすべてを
救い、永久(とわ)に愛し護りたまえば。アーメン。


 下の写真はフィレンツェにあるサンタ・クローチェ聖堂のティンパヌムで、まぐさ石に第7スタンザの一節「めでたし、十字架よ。ただひとつの望みよ。」(O Crux, ave, spes unica) が刻まれています。






註 細密画の下にはラテン語による次の祈りがゴシック典礼体で書かれています。日本語訳は筆者(広川)によります。

Nos autem gloriari oportet in Cruce Domini nostri Iesu Christi: in quo est salus, vita, et resurrectio nostra: per quem salus, vita, et resurrectio nostra: per quem salvati, et liberati sumus. Deus misereatur nostri, et benedicat nobis: illuminet vultum suum super nos, et misereatur nostri.

(われらが主イエズス・キリストの十字架をこそ、われら誇るべけれ。われらが救ひと生命と復活は、十字架のうちにあればなり。われらの救はれ解き放たれたるは、十字架によればなり。神われらを憐み、祝福したまはんことを。われらを御顔で照らしたまひて、われらを憐みたまはんことを。)


 この祈りの前半はガラテア書6章14節、後半は詩篇67篇2節に基づきます。当該の聖句を示します。

 しかし、このわたしには、わたしたちの主イエス・キリストの十字架のほかに、誇るものが決してあってはなりません。この十字架によって、世はわたしに対し、わたしは世に対してはりつけにされているのです。(ガラテヤの信徒への手紙 6章14節 新共同訳)

 神がわたしたちを憐れみ、祝福し/御顔の輝きを/わたしたちに向けてくださいますように。(詩篇67篇2節 新共同訳)




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