無原罪の御宿りとジャンヌ・ダルク 《フランスを守るふたりの女性 愛のロザリオ型ブレスレット 175 mm》 優れた細密彫刻による作例 フランス 二十世紀中頃



 いずれもフランスの守護聖人である聖母マリアとジャンヌ・ダルクのブレスレット。メダイユ彫刻の伝統があるフランスで、数十年前に制作されたヴィンテージ品(アンティーク品)です。優れた細密彫刻によって生花のように再現された薔薇は、芳香さえ放つように思われます。





 本品ブレスレットは十輪の薔薇を繋いだ花環を模り、形の違う十一輪めが留め金となっています。薔薇の花環はラテン語でロサーリウム(羅 ROSARIUM)といいますが、これは言うまでもなくロザリオのことです。初聖体またはコミュニオン・ソラネルの際、フランスの少女は美しいブレスレット型ロザリオを手首に着けます。本品はそれと同様にロザリオを模りつつ、信心具よりも装飾品としての性格を強めたブレスレットといえます。


 古来、薔薇は性愛と性的快楽の象徴でした。ヒンドゥー教において哲学的内容の古文献をヴェーダンダといいます。リグヴェーダに付随するヴェーダンダのひとつ、トリプラ・ウパニシャッドによると、女神トリプラ・スンダリ(Tripura Sundari)は究極のシャクティ、万物を生み出す性的エネルギーであり、宇宙はこの女神の顕現に他なりません。トリプラ・スンダリは完璧で比類無き美しさの女神であり、見事な薔薇の花として図像に描かれます。タントラの図像化である曼荼羅が象(かたど)るのは、薔薇として表されたナチュールあるいはコスモス(希 κόσμος 秩序ある宇宙)に他なりません。




(上) Sandro Botticelli, "La Nascita di Venere", 1482 - 85, Tempera su tavola, 172 x 278 cm, Le Gallerie degli Uffizi, Firenze


 西洋においても薔薇は古典古代以来性愛の象徴でした。しかるに中世ヨーロッパにおいて薔薇はキリストの血及び聖杯と結びつき、神の愛を象徴するに至ります。

 古代ギリシア・ローマにおいて、性愛と美を司る女神アフロディーテーとウェヌス(ヴィーナス)は、薔薇をその花とします。それゆえこの女神の図像には、薔薇がよく描かれます。ウフィツィ美術館はボッティチェリの「ウェヌスの誕生」と「ラ・プリマヴェーラ(春)」を収蔵しています。「ウェヌスの誕生」では、クローリス(フローラ)を抱いたゼピュロス(西風)がウェヌスに向かって風を吹き付け、クローリスの口からこぼれた薔薇の花々が、西風に乗って舞っています。裸のウェヌスに布を着せ掛けようとする女神ホーラは、薔薇の帯を身に着けています。




(上) Sandro Botticelli, "La Primavera", 1482 circa, Tempera su tavola, 203 x 314 cm, Le Gallerie degli Uffizi, Firenze


 「ラ・プリマヴェーラ」では、絵の中央に立つ着衣の女性がウェヌスです。この絵ではゼピュロスに追われるクローリス(フローラ)の口から薔薇がこぼれています。クローリスのすぐ前にいるホーラはやはり薔薇の帯を締め、たくさんの薔薇を抱えて、ウェヌスの周りに撒こうとしています。


 プレイヤード派最大の詩人ピエール・ド・ロンサール(Pierre de Ronsard, 1524 - 1585)は、1545年4月21日、フランス中部の古都ブロワ(Blois サントル=ヴァル・ド・ロワール地域圏ロワール=エ=シェール県)の城で、当時十四歳の少女カサンドル・サルヴィアーティ(Cassandre Salviati, 1531 - ?)に出会いました。詩人はカサンドルの美しさに魅せられますが、少女は翌年に結婚し、ピエールの手が届かない女性になってしまいます。1552年、ピエール・ド・ロンサールは恋愛詩集「レ・ザムール・ド・カサンドル」("Les Amours de Cassandre", 1552 「カサンドルへの愛の歌」)を発表し、カサンドルへの精神的愛を謳い上げました。

 「レ・ザムール・ド・カサンドル」から、最も有名な一篇を引用します。テキストは十六世紀のフランス語で、日本語訳は筆者(広川)によります。筆者の訳は原詩の意味を正確に写すことを主眼にしたため、韻文になっていません。


     A Cassandre    カサンドルに
         
      Mignonne, allons voir si la rose
Qui ce matin avoit desclose
Sa robe de pourpre au Soleil,
A point perdu ceste vesprée
Les plis de sa robe pourprée,
Et son teint au vostre pareil.
   愛しきひとよ。いざ見に行かむ。
紫の衣を、今朝、日の光に
開きたる薔薇(さうび)、
紫に染めたるその衣の
重なりを、汝の如きその彩(あや)を、
今宵未だ失はざるを。
         
      Las ! voyez comme en peu d'espace,
Mignonne, elle a dessus la place
Las ! las ses beautez laissé cheoir !
Ô vrayment marastre Nature,
Puis qu'une telle fleur ne dure
Que du matin jusques au soir !
   悲しや! 愛しきひとよ。その上(かみ)の
かくも小(ち)さき所にぞ、薔薇の咲きたるを見よ。
悲しや! 美(うま)し容(かたち)の衰へたる!
まこと、継母(ままはは)ナチュールよ、
かかる花の永らふること僅かにして、
朝から夕に限れるとは!
         
      Donc, si vous me croyez, mignonne,
Tandis que vostre âge fleuronne
En sa plus verte nouveauté,
Cueillez, cueillez vostre jeunesse :
Comme à ceste fleur la vieillesse
Fera ternir vostre beauté.
   それゆへに、愛しきひとよ。我が言を信じ給はむ。
御身の若き御(おん)歳は
春の翠(みどり)に花開くとも、
若さをひたすら摘み取るべし。
老ひはこの花の内にもありて、
御身が麗姿(かたち)を曇らするゆへ。



 以上に見るように、薔薇は性愛、青春、麗姿の象徴です。これに加えて薔薇は復活、再生の象徴でもあります。アプーレイウスの「メタモルフォーセース」は古代ローマ時代から現代に伝わる唯一の小説ですが、驢馬に変えられた主人公のルーキウスは、薔薇を食べてイシスの秘儀に参加することで、人間の姿に戻ります。古代ローマには毎年初夏にロサリア(羅 ROSARIA/ROSALIA)と称する祭儀があり、生命の再生が祝われました。





 古代ギリシア・ローマ以来、性愛、青春、麗姿、復活の象徴であった薔薇は、中世以降のヨーロッパの宗教的コンテクストにおいて、さらに高い精神性を賦与されます。

 ボッティチェリが描く薔薇は十字軍が東方から齎(もたら)したダマスク・ローズで、平たく開いた形をしています。ダマスク・ローズの花の形は、グラアル(独仏 Graal)、すなわちキリストが受難し給うた際、脇腹の槍傷からほとばしる血を受けた鉢を連想させます。グラアルの日本語訳「聖杯」はコップ状の器を想起させますが、キリストの血を受けグラアルは、深皿あるいは浅い鉢のような器であったと考えられています。




(上) Peter Paul Rubens, „Kreuzabnahme“, 1612 - 14, Öl auf Leinwand , 420.5 x  320 cm, die Liebfrauenkathedrale, Antwerpen グラアルは作品画面の右下隅に描かれています。


 ルーベンスはアントウェルペン司教座聖堂翼廊の三翼祭壇画中央パネルに「十字架降架」を制作し、画面の右下隅に深皿状のグラアルを描き込んでいます。ルーベンス研究で知られるベルリン自由大学の美術史家オットー・フォン・ジムゾン教授(Prof. Otto von Simson, 1912 - 1993)は、ルーベンスがこの作品に描き込んだグラアルを、「完全な美を有する『シュティッレーベン(静物)』」(„ein »Stilleben« von vollendeter Schönheit“)である、と評しています(Otto von Simson,„Peter Paul Rubens, 1577 - 1640, Humanist, Maler und Diplomat“, Verlag Philipp von Zabern, Mainz, 1996, S. 126)。

 フォン・ジムゾン教授がルーベンスのグラアルを「完全な美を有する『シュティレーベン(静物)』と評するのは、単に静物画として上手く描けているという意味ではありません。ドイツ語の「シュティレーベン」(Stilleben 静物)は、「静止した生命」が原義です。フォン・ジムゾン教授はグラアルを静かに満たすキリストの血を十字架から降ろされる救い主を重ね合わせ、いまは動きを止め給うた救い主の御体(コルプス・クリスティ、聖体)とその御血が、人間にとって美しい生命そのものである、と言っているのです。

 以上でお分かりいただけるように、グラアルに似たダマスク・ローズは永遠の生命の器であり、永遠の生命そのものをも象徴します。




(上) 《ロサ・ミスティカ 神秘の薔薇なる聖母》 エティエンヌ・アザンブルによるフランスの小聖画 118 x 75 mm 中性紙にコロタイプ 1910年代中頃 当店の商品


 薔薇は聖母マリアの象徴でもあります。聖母は無原罪の御宿リであるゆえに、棘を持たないロサ・ミスティカ(羅 ROSA MYSTICA 神秘の薔薇)とされました。聖母への祈りを数える数珠がロザリオすなわち薔薇の花環と呼ばれるのは、薔薇が聖母の象徴であるためです。

 五世紀のラテン詩人セドゥーリウス (Cœlius/Cælius Sedulius, 5th century) は、よく知られた作品「カルメン・パスカーレ」("CARMEN PASCHALE" 「復活祭の歌」)第二巻で人祖の妻エヴァと聖母マリアを対比し、聖母を薔薇に喩えています。セドゥーリウスによると、薔薇の花芽は棘のある繁みから生まれますが、棘に傷つくことなく美しい花を咲かせます。ちょうどそれと同じように、薔薇の花たる聖母マリアは、薔薇の棘たるエヴァが犯した罪に傷つくことなく、かえってエヴァの罪を清めます。「かの言葉「アヴェ」をガブリエルの口から与えられし御身よ、エヴァという名をアヴェに変え、平和のうちに我らを憩わせたまえ」(羅 SUMENS ILLUD AVE GABRIELIS ORE, FUNDA NOS IN PACE, MUTANS EVAE NOMEN.)というアヴェ、マリス・ステーッラ(羅 AVE, MARIS STELLA めでたし、海の星よ)の一節は、単なる言葉遊びにとどまらない深い意味を持っています。人祖アダムの妻エヴァは、原罪を犯すことによって人間に死と罪の呪い(あらゆる不幸)をもたらしました。これに対して「新しきエヴァ」すなわちマリアは、救いを受け容れて救世主を産み、人間に生命と救いをもたらしたのです。





 本品の薔薇は環を除く概寸が 4 x 6.5 ミリメートルと小さなサイズですが、花弁と葉の脈管、鋸歯状の葉縁が精巧且つ写実的に作られ、あたかも本物の花のような立体感とリアリティを有します。それにもかかわらず本品の薔薇は棘を持ちません。キリスト教において植物の棘は原罪を表しますから、棘が無い神秘の薔薇(ロサ・ミスティカ)は、無原罪の御宿りすなわち聖母マリアの象徴です。本品は十輪と一輪の薔薇によってロザリオを模りつつ、一つひとつの花が聖母マリアを象徴しているのです。

 ところでキリスト教には聖徒の交わり(羅 SANCTORUM COMMUNIO)という考え方があります。エクレーシア(希 ἐκκλησία 教会)はキリストの神秘体(羅 CORPUS MYSTICUM CHRISTI)であり、物故、存命に関わらず、すべてのキリスト者を含む有機的結合であると考えるのです。ここから聖人による執り成しの思想が生まれます。自力では天国に直行できない不徳の魂が、煉獄を回避して天国に行けるように、聖人による執り成し、すなわち聖人の徳の回向(付け替え)を願うのです。

 キリスト教にはたくさんの聖人がいますが、そのうちで最も地位が高いのは聖母マリアです。ロザリオは天使祝詞を唱えて聖母に執り成しを願う祈りで、現行の天使祝詞が十五世紀に成立したことにより、カルトゥジオ会において成立しました。しかしながらロザリオの祈りは原型を十世紀に遡ります。本品ブレスレットは小さな品物ですし、信心具というよりもむしろビジュ(装身具)ですが、その意匠は千数百年の歴史を背景にしています。





 薔薇の裏面にはジャンヌ・ダルクの半身像が浮き彫りにされ、「聖ジャンヌ・ダルクよ、われらを守り給え」(仏 Sainte Jeanne d'Arc, protegez-nous.)の文字が聖女を囲んでいます。

 フランスを守る守護聖人には二つの階級があります。フランスの主要守護聖人(仏 la patronne principale)は、被昇天の聖母(仏 la Bienheureuse Vierge Marie dans son Assomption)です。フランスの二級守護聖人(仏 patrons et patronnes secondaires)は九人いて、ジャンヌ・ダルク、アウレリア・ペトロニッラ(Sainte Pétronille 一世紀の殉教聖女)、トゥールのマルタンリジューのテレーズルイ九世ポワチエのラドゴンド、ランスのレミ(Saint Remi de Reims, c. 437 - 533 クローヴィスに洗礼を授けたランス司教)、パリのドニ(Saint Denis de Paris, + 250 - 272 ルテティアの初代司教)、大天使ミカエルです。ジャンヌ・ダルクがフランスの二級守護聖人とされたのは、ピウス十一世が教皇であった 1922年です。

 ジャンヌが生きた十五世紀は国民国家フランスが成立する以前の時代です。それゆえジャンヌが救国の聖女であると言っても、それは今日と同じフランスを救ったということではありません。しかしながらジャンヌはドイツとの間でたびたび係争地となってきたロレーヌ出身であるゆえに、フランスの愛国的象徴として大きな意味を賦与されてきました。

 ジャンヌ・ダルクはフランス人のみにとっての聖女ではなく、全キリスト教徒にとっての聖女です。それゆえ本品に記された祈り「聖ジャンヌ・ダルクよ、われらを守り給え」において、「われら」という語はすべての人々を指しています。しかしその一方でジャンヌは「カトリック教会の長姉」(仏 la fille aînée de l'Église)なるフランスの守護聖人であるゆえに、「われら」は特にフランス人のことも指しています。





 本品は数十年前のフランスで制作されたヴィンテージ品( アンティーク品)ですが、古い年代にも関わらず、極めて良好な保存状態です。留め金は問題なく動作します。特筆すべき問題は何も無く、日々ご愛用いただけます。長さは 17.5センチメートルです。





15,800円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




キリスト教をモチーフにしたジュエリー 商品種別表示インデックスに戻る

キリスト教をモチーフにしたジュエリー 一覧表示インデックスに戻る


キリスト教関連品 商品種別表示インデックスに移動する



アンティークアナスタシア ウェブサイトのトップページに移動する




Ἀναστασία ἡ Οὐτοπία τῶν αἰλούρων ANASTASIA KOBENSIS, ANTIQUARUM RERUM LOCUS NON INVENIENDUS