救世主の愛と聖母の信仰 《薔薇と百合のシャプレ・デ・ミシオン 宣教のロザリオ》 アール・デコ様式による美しい作例 全長 39 cm フランス 1930 - 50年代


環状部分の周の長さ 51 cm

全長 39 cm


突出部分を含むクルシフィクスのサイズ 36.9 x 22.6 mm


フランス  1930 - 50年代



 第二次世界大戦を挟み、1930 - 50年代頃のフランスで制作されたシャプレ・デ・ミシオン(仏 chapelet des missions 宣教の数珠、ロザリオ)。きらきらと輝くビーズはクリスタル・ガラス製で、ひとつひとつ手作業で研磨されています。ガラスの五色は五つの大陸を表します。





 すっきりとしたシルエットの十字架は、縦木と横木の幅が緩やかな曲線を描いて広がり、台形となった各末端には、ミアンダー(雷文)状の鈎形と、楔(くさび)状の三角形が見られます。縦木と横木がこのように広がるのはフランスの十字架の特徴です。直線と幾何学的モティーフを多用した本品の意匠は、アール・デコ様式の強い影響によります。

 コルプス(羅 CORPUS キリスト像)は一見したところ別作したものを溶接しているように見えますが、高倍率のルーペで観察しても十字架との間に隙間は無く、クルシフィクス全体が一体成型されていることがわかります。一体成型のクルシフィクスにおいて、本品ほど精密な彫塑性・立体性を有するコルプスを、筆者(広川)は見たことがありません。本品の精密かつ立体的なクルシフィクス、及び自然主義的感情表現よりも宗教性を優先した聖母像のクール(後述)は、数あるフランス製シャプレの中でも、信心具として出色の出来栄えです。





 本品のコルプスは人体の正しい比例に基づいて彫刻され、顔立ちと表情、髪、手の指、足の指 腰布の襞など、あらゆる細部まで手を抜かず、非常に細密かつ丁寧に制作されています。キリストの頭部は直径二ミリメートルの円内に収まりますが、目鼻口のみならず、茨の冠や乱れた髪も巧みに表現されています。

 キリストの頭上に薔薇の花が線刻されています。野生種において五枚の花びらを有する薔薇は、イエス・キリストの五つの傷、すなわち釘による両手両足の傷と、槍による脇腹の傷を象徴します。しかるにこれらの傷、すなわち救い主の受難は、神の愛の極点に他なりません。したがって薔薇はキリスト教において、神の愛の象徴ともなりました。

 通常のコルプス(キリスト像)には頭部に聖性を表す円光がありますが、本品ではこれが薔薇に置き換わっています。聖性の円光を薔薇に置き換えた表現は、キリストの聖性あるいは神性が、愛によってこそ卓越的に表現されることを示します。


 十字架上にて苦痛の表情を浮かべる本品のキリスト像は、美術史においてクリストゥス・ドレーンス(羅 CHRISTUS DOLENS)、すなわち苦しむ救い主と呼ばれる型に属します。上の拡大写真を見ると、キリストは釘付けられた右手の人差し指を伸ばしておられます。右手の人差し指を伸ばすのは、祝福の仕草です。すなわち本品のキリストは、驚くべきことに、死に瀕して釘で留められた右手の人差し指を伸ばし、ご自分を十字架に付けた罪びとたちを祝福しておられるのです。

 死の苦しみの只中にあっても罪びとに祝福を与えるキリストの愛、神の愛は、人智を絶します。世の罪を贖(あがな)うために自らをアグヌス・デイ(神の子羊)とし、十字架に架かり給うた救い主の御姿は、「苦悶の表情」と「香しい薔薇」という異常な組み合わせにより、見る者に強い衝撃を与えます。





 シャプレ(仏 chapelet ロザリオ、数珠)のセンター・メダルを、フランス語でクール(仏 cœur)と呼びます。クールは心臓、ハートのことです。本品シャプレのクールは楕円形で、右下の縁近くにフランスの刻印(FRANCE)があります。

 ロザリオのクールは玄義と玄義の境目に位置し、円環を為す祈りの通過点となっています。すなわちロザリオのクールは、循環器系における心臓と、奇しくも同じ位置にあります。血液循環を発見したウィリアム・ハーヴェイは、心臓を単なるポンプとは考えず、血液に活力を吹き込む生命の座、ミクロコスモスにおける太陽と考えていました。それと同様に本品においても、環状部分の要(かなめ)に位置するクール(心臓)は、ロザリオの祈りに生命を吹き込んでいます。





 ロザリオのクールを始め、聖母のメダイユ彫刻は受胎告知を主題にすることが多くあります。受胎告知の聖母は精神的成熟を反映して、しばしば実際よりも年上に見える姿で表されます。しかしながら受胎を告知されたときのマリアは十四歳前後の少女であり、成人女性に見えると言っても若々しい顔立ちに変わりはありません。

 しかるに本品のクールに浮き彫りにされた聖母は、落ち着いた年齢の大人と思えます。ヴェールは花嫁が被るような純白の薄絹ではなく、暗色の生地でできた服喪のヴェールに見えます。聖母は瞑目し、その心は既に地上を離れています。筆者(広川)の見るところ、本品の聖母は息子イエスを喪った母の姿に他なりません。


 カトリック典礼上の日割りにおいて、土曜日はマリアの日とされています。イエス・キリストは金曜日に受難し、日曜日に復活し給いました。土曜日はその間の日であり、キリストの弟子たちが信仰を失いかけていたときに当たります。マリアはこのときもイエスが救い主であるとの信仰を失わなかったゆえに、土曜日がマリアの日とされたのです。息子が十字架上に刑死したとすれば、慈母は死ぬほどの悲しみを味わったと考えるのが人情です。しかしながら古代のキリスト教教父たちによると、聖母は類まれな信仰の堅固さゆえに、息子イエスの受難と死に直面しても動じず、使徒たちが信仰に立ち戻る中核となりました。

 本品のクールに彫られた聖母の表情には、敬虔以外の感情を読み取ることができません。言い換えれば、本品クールの主題は聖母の敬虔に他なりません。筆者はここでピエタ(伊 Pietà)というイタリア語を思い浮かべます。美術の類型でピエタというと、十字架から降ろされたイエスの遺体を掻き抱いて嘆く聖母像のことであり、心静かに瞑目する本品の聖母とはむしろ逆に、激しい悲しみを露わにした表現です。しかしながらイタリア語ピエタは敬虔、敬神、信仰という意味であって、ラテン語ピエタース(羅 PIETAS 敬神、忠実)が語源です。ピエタース(羅 PIETAS)の語根 "PI-" を印欧基語まで遡ると、「混じりけが無い」「清い」という原義に辿り着きます。教父たちは聖母マリアが混じりけの無い信仰を有した故に、その信仰は無条件的であり、イエスの受難を目にしても聖母は悲しまなかったと考えたのです。





 クールを裏返すと、百合が彫られています。聖母の象徴として知られる百合は、神の摂理に対する無条件的な信頼の象徴でもあります。それゆえ受胎告知画においても、無条件の信仰を象徴する百合が描かれます。本品のクールに彫られたマリアを、筆者(広川)はイエスを喪った母の姿と解したわけですが、そのような聖母と表裏に重ねて彫られた百合も、受胎告知の百合と同様に、揺るぐことがない信仰を表します。


 先ほど古代の教父たちに言及した際、本品の聖母における信仰(伊 Pietà)が、中世以降の美術でいうピエタとは逆の方向性で表現されていることを指摘しました。すなわち本品クールに彫られた聖母の横顔からは悲しみを読み取ることができず、聖母は迷うことなく神に従う女性、イサクを生贄に捧げようとしたアブラハムにも勝る信仰者として表されています。しかしながら本品シャプレは近現代の信心具であって、古代の品物ではありません。それゆえ象徴による目立たない形式ではありますが、本品はマーテル・ドローローサ(羅 MATER DOLOROSA 嘆きの聖母)をも意匠に取り入れています。

 聖母マリアは無原罪であるゆえに、罪に傷つくことがありません。ユダヤ・キリスト教において、罪は棘で表されます。したがってアダムとエヴァの子孫でありながらも罪に傷つかない聖母は、棘だらけの藪から出て無傷の花を咲かせる薔薇に喩えられます。聖母は罪を持たないので、聖母を象徴する薔薇には棘がありません。この薔薇をロサ・ミスティカ(羅 ROSA MYSTICA 神秘の薔薇)と呼びます。

 本品のクルシフィクスでキリストの後光に代わって彫られている薔薇は、神の愛を象徴すると述べました。しかしながらこの薔薇は、キリストが被る茨の冠とは裏腹に、棘の無いロサ・ミスティカをも表しています。本品において薔薇に象徴された聖母は、やはり受難のイエスを抱きしめています。これは共贖者マリアの姿でもあり、悲嘆に暮れるピエタの聖母の姿でもあります。





 本品をはじめとするシャプレ・デ・ミシオン(仏 chapelet des missions 宣教のシャプレ)は、五色のピーズを特徴とします。本品のビーズは直径五ないし六ミリメ-トルのガラス製で、緑はアフリカの森林と草原を、青は太平洋の島々を取り囲む海を、白は教皇の聖座があるヨーロッパを、赤は南北アメリカの宣教師を迎えた試みの火を、黄色は太陽が昇る東方、アジアの朝を象徴します。





 注意深く観察すると、本品のビーズは赤道面で接合されたものであり、幾つかのビーズに接合線の名残があります。この接合線を消すために、本品のビーズはひとつひとつ手作業で研磨されており、手間をかけた丁寧な作業に驚かされます。ビーズはすべて揃っており、特筆すべき破損や欠損はありません。ガラスの透明度は高く、きらきらと輝いています。





 上の写真は本品を男性店主の手に載せて撮影しています。女性が本品の実物をご覧になれば、写真で見るよりも大きめのサイズに感じられます。

 本品は数十年前のフランスで制作された真正のアンティーク品ですが、古い年代に関わらず保存状態は良好です。特筆すべき問題は何もありません。シャプレ・デ・ミシオン(仏 chapelet des mission 宣教のシャプレ)は珍しい種類のロザリオですが、わが国をはじめ世界各地で働く宣教師や修道者のための祈りにも、通常のシャプレと同様にロザリオの祈りにも、お使いいただけます。





本体価格 22,800円 販売終了 SOLD

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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