エミール・ドロプシ及びレモン・チュダン作 ロサ・ミスティカとノートル=ダム・ド・フルヴィエール 大きな円形メダイ フランス 1940年代後半


突出部分を除く直径 25.3 mm  最大の厚さ 2.9 mm  重量 5.0 g



本体価格 35,800円



 優れたメダイ彫刻家ふたりの共作により、一方の面にはロサ・ミスティカの聖母を、もう一方の面にはリヨンのバシリカ、ノートル=ダム・ド・フルヴィエール(Basilique de Notre-Dame de Fourvière)に安置されるリヨンの聖母を、それぞれ浮き彫りにしたメダイ。五百円硬貨とほぼ同じ直径、最大 2.9ミリメートルの厚みがあります。本品の重量は 5.0グラムで、百円硬貨(4.8グラム)とほぼ同じです。





 メダイの一方の面には、限りなく優しいロサ・ミスティカ(羅 ROSA MYSTICA 神秘の薔薇)の横顔を、柔らかいタッチの浮き彫りで表します。聖母マリアには数多くの称号がありますが、ロサ・ミスティカはそのうちのひとつです。

 メダイユ彫刻はルネサンス期のイタリアで発祥しましたが、むしろフランスにおいて長足の進歩を遂げました。とりわけ十九世紀後半から二十世紀初めはメダイユの国フランスの黄金時代で、宗教分野と非宗教分野のいずれにおいても最高水準のメダユール(仏 médailleurs メダイユ彫刻家)が輩出しました。ジャン=バティスト・エミール・ドロプシ(Jean-Baptiste Émile Dropsy, 1848 - 1923)はまさにこの時代に活躍したメダユールのひとりです。エミール・ドロプシは聖母マリアを主題に制作した美しい作品群で知られますが、とりわけ本品「ロサ・ミスティカ」は最も有名な作品のひとつです。聖母の背後にエミール・ドロプシのサイン (É. Dropsy) が刻まれています。




(上) Peter Paul Rubens, „Kreuzabnahme“ (das Antwerpener Triptychon), 1612 - 14, Mitteltafel 421 × 311 cm, Seitentafel 421 x 153 cm, Liebfrauenkathedrale, Antwerpen ペーター・パウル・ルーベンス 「十字架降架」(1612年) 中央パネル右下の器がグラアル


 キリストが受難し給うた際、脇腹の槍傷からほとばしる血を受けた平たい鉢のことを、グラアル(独仏 Graal 聖杯)といいます。薔薇はもともと性愛の女神アフロディーテー(ウェヌス、ヴィーナス)の花でしたが、十字軍が東方から齎(もたら)したダマスク・ローズの形状がグラアルに似ていたため、薔薇はグラアルの象徴性を引き継いで、永遠の生命の器、永遠の生命そのものの象徴と見做されるようになりました。

 グラアル(聖杯)がキリストの生命を容れた器であるとすれば、胎内にイエスを宿した聖母もグラアルに喩えることができます。それゆえグラアルの象徴である薔薇は、聖母マリアの象徴にもなりました。十三世紀末には幼子イエスを抱く代わりに、手に薔薇を持つ聖母像が出現します。この種の図像で薔薇が象徴するのは聖母よりもむしろ幼子イエスですが、この場合においても、聖母はエッサイの樹に薔薇の花を咲かせる枝 (羅 VIRGA) であって、やはり薔薇の木に喩えられることに変わりはありません。





(上) Nicolas Froment, "Le Buisson Ardent", 1476, 410 x 305 cm, Cathedrale Saint Sauveur, Aix-en-Provence


 古代から中世の神学者たちにとって、旧約聖書のうちにキリストの前表を見出すのは重要な仕事でした。「出エジプト記」三章には、主なる神が燃える柴(灌木、丈の低い木)のうちにモーセに出現し給うたことが記録されています。新共同訳により該当箇所を引用いたします。

      モーセは、しゅうとでありミディアンの祭司であるエトロの羊の群れを荒れ野の奥へ追って行き、神の山ホレブに来た。そのとき、柴の間に燃え上がっている炎の中に主の御使いが現れた。彼が見ると、見よ、柴は火に燃えているのに、柴は燃え尽きない。モーセは言った。「道をそれて、この不思議な光景を見届けよう。どうしてあの柴は燃え尽きないのだろう。」
    「出エジプト記」三章一説から三節 新共同訳

 燃えても損なわれなかった「出エジプト記」の灌木は、胎内に神を宿しても健康と生命を損なわれないばかりか、処女性さえも損なわれなかった聖母マリアの前表とされました。ニコラ・フロマン (Nicolas Froment, fl. 1461 - 1483) はフランス美術にフランドル絵画の要素を導入したことで知られる画家です。上に示した作品「燃える灌木」において、ニコラ・フロマンは燃える灌木を薔薇の木として描いています。




(上) 無原罪の御宿りを思い起こさせるカンディダ・ローザ(伊 candida rosa 純白の薔薇)


 時代は前後しますが、五世紀のラテン詩人セドゥーリウス (Cœlius/Cælius Sedulius) は、よく知られた作品「カルメン・パスカーレ」("CARMEN PASCHALE" 「復活祭の歌」)第二巻で人祖の妻エヴァと聖母マリアを対比し、聖母を薔薇に喩えています。薔薇は赤い血を連想させるゆえに、キリスト教古代においてさまざまな聖女や殉教者を象徴していました。しかしセドゥーリウスのこの作品に現れる薔薇は、優れて聖母を象徴する花とされています。

 セドゥーリウスによると、薔薇の花芽は棘のある繁みから生まれますが、棘に傷つくことなく美しい花を咲かせます。ちょうどそれと同じように、薔薇の花たる聖母マリアは、薔薇の棘たるエヴァが犯した罪に傷つくことなく、かえってエヴァの罪を清めます。セドゥーリウスは次のように謳っています。

     Et velut e spinis mollis rosa surgit acutis
Nil quod laedat habens matremque obscurat honore:
Sic Evae de stirpe sacra veniente Maria
Virginis antiquae facinus nova virgo piaret:
   そして嫋(たおやか)な薔薇が鋭い棘の間から伸び出るように、
傷を付けるもの、御母の誉れを曇らせるものを持たずに、
エヴァの枝から聖なるマリアが出で来たりて、
古(いにしえ)の乙女の罪を、新しき乙女が購(あがな)うのだ。
     Ut quoniam natura prior vitiata iacebat
Sub dicione necis, Christo nascente renasci
Possit homo et veteris maculam deponere carnis.
    それはあたかも、(人間の)ナートゥーラが先に害され、
死の支配に服していたのであるが、キリストがお生まれになったことにより、
人が生まれ変わりて、古き肉体の汚れを捨て去ることができるのと同じこと。
         
    "CARMEN PASCHALE", LIBER II, 28 - 34   「カルメン・パスカーレ」第二巻 28 - 34行






 上に示したのはセドゥーリウスのラテン語原文で、和訳は筆者(広川)によります。セドゥーリウスはこの部分の後半で、 エヴァが犯した罪により人間がまさに本性(ナートゥーラ)において害され、その結果である死の支配から逃れようの無い状態であったことを語り、その逃れようの無さ、人間の力では抵抗しようの無い強力な死の支配を、"quoniam" という接続詞によってキリストの完全な勝利と対置して、救いの強さを強調的に表現しています。最後の行の "vetus caro"(古き肉)とは、未(いま)だ救いに与かっていない人間のことです。

 セドゥーリウスは「死の支配」と「キリストの救い」の鮮やかな対比を引き合いに出し、エヴァとマリアがそれぞれに果たす正反対の役割を謳います。マリアはエヴァの子孫でありながら、罪に傷つくことなく咲き出でて、エヴァの罪を購うのです。




(上・参考画像) ジャン=バティスト・エミール・ドロプシ作 「無原罪の御宿り」 ブロンズ製の自立式メダイユ 直径 55.0 mm 1880 - 1890年代  当店の販売済み商品です。


 このような経緯を経て、無原罪の御宿リである聖母は、棘すなわち原罪を持たないロサ・ミスティカ(羅 ROSA MYSTICA 神秘の薔薇)とされました。

 1854年12月8日、ローマ司教ピウス九世(教皇)は、無原罪の御宿りがカトリック教会の正式な教義であることを、ローマ司教座から宣言しました。このできごとゆえに十九世紀後半から二十世紀前半は「無原罪の御宿りの世紀」とでも呼ぶべき時代となっています。図像に描かれる聖母の衣は、中世にはくすんだ暗色、ルネサンス期には白の衣に青のマント、マニエリスム期には赤の衣に青のマントが多く描かれましたが、十九世紀後半以降の聖母は衣もマントも純白に描かれることが増えました。ルルドの聖母がベルナデットに出現したのは 1858年で、ピウス九世の宣言と同時期ですし、エミール・ドロプシが本品のマトリス(仏 matrice 母型)となる浮き彫り作品「ロサ・ミスティカ」を制作したのも、やはりこの時代です。

 アンティーク品の魅力は、その物品が制作された年代ならではの時代性が物のうちに刻印されていることです。そのような意味で、本品は美しくも正統的なアンティーク工芸品であると言えます。






 ロサ・ミスティカ(羅 ROSA MYSTICA)とはロレトの連祷にある聖母マリアの称号の一つで、神秘の薔薇、奇(くす)しき薔薇という意味のラテン語です。セドゥーリウスが歌ったように、棘のある繁みから生え出でつつも傷つくことなく美しい薔薇の花は、人祖の妻エヴァと同じく女性でありながらも、エヴァの罪に傷つくことがない無原罪の御宿り、すなわちマリアを象徴します。

 このメダイユにおいて、整った横顔を見せる聖母は、口許にかすかなほほえみをたたえつつ、眼を閉じて、神の愛、神への愛に思いを潜(ひそ)めています。その穏やかな表情は、処女でありながら天使ガブリエルから受胎を告知されても、救世主を産むという大任にいささかも動じなかったマリアの、神への限りない信頼を表しています。





 もう一方の面には雲の上、天上にあって幼子イエスを抱くノートル=ダム・ド・フルヴィエール(Notre-Dame de Fourvière フルヴィエール聖母)を浮き彫りにしています。聖母子の衣には豪華な刺繍と宝石による装飾が施されています。

 聖母子はともに戴冠し、首には十字架を掛けています。さらに聖母の首には神とイエスへの愛に燃える聖母マリアの汚れ無き聖心が掛けられ、聖母に倣うようにと見る者に呼びかけています。





 聖母子の前にはリヨンを象徴するライオン、背景にふたつの建物が表されています。ふたつの建物はいずれもノートル=ダム・ド・フルヴィエールのバシリカ(la Basilique de Notre-Dame de Fourvière) で、向かって左が西側ファサード、向かって右が東側からの眺めです。聖母子の周囲には次の言葉がフランス語で刻まれています。

  Notre-Dame de Fourvière, priez pour nous.  フルヴィエールの聖母よ、我らのために祈りたまえ。


 ノートル=ダム・ド・フルヴィエールのバシリカは普仏戦争後に建てられた建物です。1870年に普仏戦争が起こった際、破竹の勢いで進撃するプロイセンはブルゴーニュまで南下しましたが、リヨンに到達することなく退却しました。リヨンの市民はこのときの聖母の庇護に感謝して、バシリカを壮麗な規模に改築しました。現在まで建っているこのバシリカは、1872年に建設が始まり、1896年に献堂されました。





 聖母の足元に伏せるライオンはリヨン市を表すとともに、猛々しい力でリヨンに襲いかかろうとする数々の脅威が聖母によって大人しくされる様をも表しています。ライオンを従えるマリアの図像は、オリエントの地母神像を連想させます。ライオンはフランス語でリヨン(仏 lion)といい、都市名リヨンと同音であるために、同市の象徴として紋章にも取り入れられています。都市名リヨンの語源はケルト系の地名ルグドゥーヌム(LUGDUNUM)であって、ライオンとは関係ありません。

 因みにスペインの都市名レオン(León)は、この場所にローマの軍団駐屯地であったことに由来します。軍団はラテン語でレギオー(羅 LEGIO)といいますが、その対格レギオーネム (羅 LEGIONEM 軍団) が都市名レオンになりました。この都市名はスペイン語でライオンを表すレオン(西 león)と同音同綴であるゆえに、レオン市はライオンを象徴にしています。リヨンの場合もこれと似ています。





 メダイの縁に近いところには、向かって左側にメダイユ彫刻家レモン・チュダンのサイン(TSCHUDIN)、右側にメダイユ工房のサイン(G. D) がそれぞれ刻まれています。レモン・チュダンはパリの高等美術学校においてアンリ・ドロプシに師事し、1945年のローマ賞を受賞しました。アンリ・ドロプシはジャン=バティスト・エミール・ドロプシの息子で、やはり優れたメダユール(メダイユ彫刻家)です。

 レモン・チュダンは宗教をはじめとする様々な分野において、数多くの優れた作品を生み出した彫刻家として知られています。





 上の写真は本品を男性店主の手に乗せて撮影しています。女性が本品の実物をご覧になれば、写真よりもひと回り大きなサイズに感じられます。

 本品はいずれの面も高名な彫刻家の手による作品で、ふたりの作風の違いを活かしつつも調和のとれた仕上がりとなっています。制作時期は、第二次世界大戦の終結から間もない頃です。数々のマリア像のなかでも、高名な彫刻家の手によるとりわけ美しい作品を組み合わせたこのメダイからは、大戦の傷も未だ癒えずに苦しむフランスの人々が、まるで母に甘える幼子のように、優しい聖母を慕い頼る気持ちが伝わってきます。







 本品は八十年近く前のものですが、保存状態は極めて良好で。突出部分にもほとんど摩滅が見られません。本品の素材は金張りですが、フランスの金合金は銅の含有量が多いのが特徴で、一般的なイエローゴールドに比べるとローズゴールドがかった温かみを感じます。美しい作品が多いフランス製メダイの中でも、本品は高級感と華やぎ、高い芸術性を兼ね備え、特に優れた作例のひとつです。





本体価格 35,800円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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