未販売の稀少品 マリ=ベルナール修道士作 《めでたし、聖寵充ち満てるマリア》 フランスの美麗アンティーク・メダイユ たいへん大きな作例 直径 40.9 mm 1960年代
突出部分を除く直径 40.9 mm 最大の厚さ 4.3 mm
重量 28.9 g
受胎告知及び執り成しの聖母を主題に制作された片面のメダイユ。直径四センチメートルを超えるたいへん大きなサイズです。本品の重量 28.9グラムは五百円硬貨四枚分強に相当し、手に取るとしっかりとした重みを感じます。
本品の材質はフランス語でアルジャンタン(仏 argentan)またはマユショル(仏 maillechort)と呼ぶ銀色の合金です。アルジャンタン(マユショル)は摩耗や腐食に強く、銀のような変色も起こしません。製造国を示すフランス(FRANCE)の文字が、上部に突出した環状部分に刻印されています。
メダイユ中央の紡錘形部分には、聖母マリアを浮き彫りで表します。紡錘形部分と円形の外周の間には、アヴェ、マリア・グラティアー・プレーナ(羅 AVE
MARIA GRATIA PLENA)すなわち「めでたし、恩寵に満てるマリアよ」という天使祝詞の一節が、読みやすい文字のラテン語で刻まれでいます。文字を除く上下部分には並行する畝または筋が刻まれ、マンドルラ(伊
mandorla 紡錘形の身光)から外に向けて発出する光を思わせます。
ガブリエルから受胎(妊娠)を告げられたとき、マリアは十三歳ぐらいの少女でした。しかしながら伝統的図像表現において、マリアは精神的成熟を可視化するために、しばしば実年齢よりも年上の大人として描かれます。本品もそのような作例の一つで、マンドルラ内部で祈るマリアの横顔は実際の年齢よりもずっと大人びて見えます。
本品のマリアはロザリオを手に祈っています。
最も普通に使われるロザリオは天使祝詞を唱えるための数珠です。しかるに天使祝詞はマリアに執り成しを求める祈りです。それゆえマリア自身が天使祝詞を唱えているように見える本品の図柄に違和感を覚える方もおられるでしょう。しかしながら本品のマリアが手にしているロザリオは天上の聖徒による執り成しの象徴であり、現代のロザリオとは意味合いが異なります。
現代のようなロザリオは十三世紀にシトー会で考案され、百五十回の天使の挨拶(天使祝詞の前半)または主祷文(主の祈り)を唱えるのに使われました。しかるに百五十回の定型を繰り返す祈り方は、十世紀に創立されたクリュニー会(ベネディクト会クリュニー修道院)に起源を遡ります。
クリュニー(Cluny ブルゴーニュ=フランシュ=コンテ地域圏ソーヌ=エ=ロワール県)はフランス東部にある小さな町です。910年、ここに創立されたベネディクト会クリュニー修道院はクリュニー会の本院となり、西ヨーロッパ各国に千を超える支部修道院を置いて、絶大な勢力を誇りました。
クリュニー修道院では修道士たち、修道女たちによる祈りの合唱を重視し、修道院を現世における天国にしようと考えました。「ヨハネの黙示録」五章九節ではテトラモルフと二十四人の長老が、十四章三節では十四万四千人の聖徒たちが、十五章三節及び四節では二匹の獣とその像及び獣の名の数字に勝った者たちが、祈りつつ讃美の歌を歌っています。クリュニー修道院ではこれらの聖句を解釈して、天国では諸聖人と天使たちが常に神を讃美しつつ、すべての人のために執り成しの祈りを捧げていると考えました。
クリュニーでは修道士、修道女をそれぞれ二つのグループに分けました。すなわち肉体労働に携わるグループと、祈りに専念するグループです。後者に属する修道士および修道女はラテン語「詩編」百五十編を毎日合唱し、修道院内に天上のエルサレムを先取りしました。
いっぽう学が無く肉体労働に向いていると思われる者たちは労働修士となって、厨房係や門番、農作業係の務めを果たしました。しかしながら労働修士は単なる労働者ではなく修道者であって、日々の修道生活に祈りは必須です。彼らはラテン語「詩編」を合唱することはありませんでしたが、やがて個々人が日に百五十回の主祷文を唱える習慣が定着しました。労働修士たちが始めたこの習慣はクリュニー修道院全体に広まり、他の修道会にも広まり、さらに広く社会に浸透してゆきました。
クリュニー修道院の修道士たち、修道女たちは修道院を現世における天国と考え、天上で祈る聖徒たちに倣って日々百五十回の祈りを捧げました。百五十回を繰り返すこの祈り方は、後のロザリオの原型となりました。しかるに天上で祈る聖人として第一に思い浮かぶのは、聖母マリアその人に他なりません。それゆえ本品のマリアが手にする数珠は、天使祝詞の象徴というよりもむしろ聖母ご自身が日々繰り返し給う神への執り成しの象徴であり、メディアートリークス(羅
MEDIATRIX 執り成し手)なる聖母の働きを可視化しています。
本品浮き彫りに見られる他の特徴としては、若きマリアの瞑想的な表情、大きな手、髪を隠すヴェールを挙げることができます。これらはいずれも祈りすなわち神との対話を象徴しています。浮き彫りの左右に刻まれた言葉は天使祝詞の冒頭であり、この言葉を刻む受胎告知のメダイには、喜びの表情を浮かべる少女マリア像を組み合わせる作例を多く目にします。しかしながら本品の主題は受胎告知に留まらず、受胎告知の聖母にロザリオを持たせる一見時代錯誤的な表現により、メディアートリークス(執り成し手)なるマリアの働きをもよく表しています。すなわち本品は人と神を繋ぐメディアートリークス(執り成し手)の働きを明確に可視化することで、受胎告知が我々に縁遠い歴史的事件ではないこと、二千年前の地上に生きた聖母が、いまもなお人々を神に執り成しておられることを強調しています。
ロザリオの発達史に関して述べたように、百五十回の祈りを唱え始めたクリュニー会は、地上の修道院に神の国を実現しようと試みました。これに関連付けるならば、本品のマリアが手にする数珠は、イエス・キリストが地上にもたらし給うた神の国とも考えられます。
イエスは「マルコによる福音書」一章十五節において「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」(新共同訳)と言われ、さらに「ルカによる福音書」十七章二十、二十一節で「神の国は、見える形では来ない。『ここにある』『あそこにある』と言えるものでもない。実に、神の国はあなたがたの間にあるのだ」(同)と語られました。マリアはイエスを産むことで、神の国を地上にもたらしたと言えます。それゆえ本品に刻まれた数珠あるいはロザリオは、救世主の母マリアが救済史において果たした役割を象徴していることが分かります。数珠に籠められたこの意味合いは、マリアの両側に彫られた天使祝詞によって補強されています。
本品をはじめメダイユ彫刻に刻まれる人物像は、横顔が多く刻まれます。メダイユ彫刻に横顔が多い理由として、古代以来の貨幣彫刻の伝統を引いていることに加え、次のふたつが考えられます。
第一は技法的な理由です。浮き彫りという技法の特性として、空間的な奥行きに厳しい制限があります。また絵画と違って色彩を使うことができません。したがって浮き彫り彫刻で人物の目鼻立ちを表す場合、正面向きよりも横顔のほうが適しています。
第二の理由は、モデルの人柄がありのままの形で現れるのは、正面向きの顔ではなく横顔だという理由です。クアットロチェント(十五世紀)のイタリアにおいてピザネッロが始めたメダイユ彫刻は、イタリア本国よりもむしろフランスで栄え、十九世紀においてひとつの頂点に達しました。十九世紀のフランスでメダイユ彫刻が興隆するきっかけとなったのが、ダヴィッド・ダンジェ (Pierre-Jean David d'Angers, 1788 - 1856) による作品群です。常に変わらないモデルの人柄は、横顔にこそありのままの形で現れる、とダヴィッドは考えました。一時的な感情ではなく、人物の生来の人柄と、それまでの歩みによって形成された人柄を作品に表現するのであれば、横顔を捉えるのが最も適しているというダヴィッドの指摘には、大きな説得力があります。
本品の浮き彫りは、トラピスト会(厳律シトー会)のマリ=ベルナール修道士による作品です。フレール・マリ=ベルナール(Fr. Marie-Bernard マリ=ベルナール修道士)を表す "fr. M-B"
の署名が、浮き彫りの下部に刻まれています。
トラピスト会の修道院では様々な仕事が行われます。マリ=ベルナール修道士は芸術的才能に恵まれていたので彫刻を制作しましたし、北海道のトラピスト会で作られるケーキやクッキーはよく知られています。しかしながら修道者の第一の仕事は、世の人々のために祈ることです。それゆえ祈りを職業としたマリ=ベルナール修道士は、罪びとたちのための執り成しの祈りを絶えず捧げ給う聖母の姿を、いっそうの共感を以て形象化しています。修道者の手による本品の浮き彫りは、単なる美しい女性像であるに留まらず、一度きりの人生を祈りのうちに生きる制作者の手によって宗教的生命を吹き込まれ、崇高な精神性を伴う芸術作品となっています。
上の写真は本品を男性店主の手に載せて撮影しています。女性が本品の実物をご覧になると、写真で見るよりもさらにひと回り大きく感じられます。
同じくフランスで制作されたものであっても、純然たる美術分野の浮き彫り作品は円形のメダイユだけでなく、方形のプラケットもかなりの割合で制作されています。しかるに信心具に属するキリストや聖母マリア、諸聖人のメダイユ(メダイ)は、円形または楕円形の作例が大多数を占めます。本品も円形の作例です。
信心具のメダイに円形または楕円形の作例が多いのには理由があります。円環は無限の循環を表すゆえに、いかなる限定的属性によっても捉えることができない神の象徴と考えられました。これを敷衍して、円は「完全な平面図形」であり、環と同様に神を象徴すると考えることができます。さらに敷衍して、神が住まう天界は完全な立体図形、すなわち球として表象されます。天動説モデルにおいて、天の全体は球形です。したがって球を平面上に投影した円は、球と同様に天上界を象徴します。信心具のメダイが円形または楕円形であるのは、これらの形が神のいます天上を表し、いまや天上にあるイエス、マリア、諸聖人の姿を宿すに相応しいと考えられる故です。
しかるにマリアはいまや天上におられるにもかかわらず、地上のことを忘れずに、いまも罪びとたちのために執り成しを続けておられます。受胎告知の際に救いを受け容れて天地のつながりを回復し、今も人々の救いのために働き給うマリアは、天地を繋ぐ世界柱です。本品の意匠は円形と紡錘形を組み合わせ、マリアの姿は紡錘形の内部に彫られています。円形内部の上下いっぱいを占める紡錘形は、世界柱である聖女マリアに相応しいマンドルラ(身光)といえます。
マリ=ベルナール修道士の作品はリジューの聖テレーズ像が有名ですが、いくつかの美しい聖母像も制作しています。しかしながら本品は珍しい作品で、筆者(広川)はこれまでに見たことがありませんでした。大きいサイズのメダイユはペンダントとして使う場合には好みが分かれるかもしれませんが、本品は台座に載せて室内に飾っても良いですし、携帯可能な聖母像とすることも可能です。
本品はおよそ六十年前の 1960年代にフランスで制作されたアンティーク品(ヴィンテージ品)ですが、たいへん珍しいことに未販売の状態で残っていたメダイユです。長い歳月のうちに小さな疵(きず)が付いたり表面が何かと擦れ合ってわずかな摩滅が生じたりしていますが、未使用の新品ですので極めて優れた保存状態です。
本品は縁だけが光沢仕上げで、縁に囲まれた内部は上品な艶消しとなっています。艶消し部分は美しい古色によってアンティーク品に相応しい落ち着いた色合いとなり、浮き彫りの凹部は暗灰色となって、浮き彫り彫刻の視覚的三次元性を高めています。本品をじっと眺めていると、大きなサイズと相俟って、生身の聖母を眼前に見るような錯覚さえ覚えます。
本体価格 33,800円 販売終了 SOLD
電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。
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