生命を与える新しきエヴァ 無原罪の御宿リのシャプレ 不思議のメダイの心臓型クール 全長 43 cm フランス 十九世紀後半


全長 43 cm

クルシフィクスを下にしてロザリオを吊り下げたときの、ロザリオ上端からセンター・メダル上端までの長さ  28 cm


主の祈りと栄唱のビーズの直径 約 8ミリメートル

天使祝詞のビーズの直径 約 7ミリメートル


突出部分を含むクールのサイズ 縦 17.0 x 横 13.9ミリメートル

突出部分を含むクルシフィクスのサイズ 縦 35.0 x 横 19.8ミリメートル


フランス  19世紀後半



 十九世紀後半のフランスで制作された聖母のシャプレ(仏 chapelet ロザリオ)。本品は材質の点でも意匠の点でも、この時代のフランスの雰囲気を色濃く留めています。





 クルシフィクスの十字架はブロンズによる幅広のラテン十字で、表面を彫り窪めた内側に黒い木を象嵌(ぞうがん)し、別作のコルプス(キリスト像)を鋲留めしています。象嵌に破損は無く、鋲留めにも緩みはありません。ティトゥルス(罪状書き)は省かれています。コルプスはブロンズによる打ち出し細工で、十字架交叉部の光背は受難のキリストと一体化しています。キリスト像は突出部分に軽度の摩滅が認められますが、顔の表情や髪の毛、写実的に再現された骨格と筋肉、腰布の衣文(えもん 布の襞)など、いずれの細部もよく保存されています。

 の冠はキリストの頭部に被せられずに背景に退き、光背と一体化して、あたかも光を発出する後光のように見えます。これは製作時の便宜のために簡易な表現が為されているわけですが、十字架上のキリストが勝利のキリストでもあることを考えれば、茨の冠と光の一体化には深い意味を読み取ることができます。

 十字架上のキリスト像には、どの時点のキリストを描写するかによって三つの類型があります。三つの類型のうち、永遠の相の下なる描写に最も近いのは「クリストゥス・トリウンファーンス」(CHRISTUS TRIUMPHAMS 勝利のキリスト)ですが、十九世紀フランスのロザリオにこの描写が為されることはありません。十九世紀フランスのロザリオにおいて、キリストはほとんどの場合に「クリストゥス・ドレーンス」(CHRISTUS DOLENS)として表現され、稀に「クリストゥス・パティエーンス」(CHRISTUS PATIENS 死せるキリスト)の作例が見られます。本品に打ち出されたキリストは、後者です。

 三つの類型はいずれも十字架上のイエスの姿を表しています。動画ならざる静止画や彫刻、浮彫は、流れる時間上のある一点を描写せざるを得ないわけですが、ロザリオに表されたキリスト像は特定の瞬間のみを描写する自然主義の彫刻ではなく、宗教美術であるゆえに、「クリストゥス・ドレーンス」及び「クリストゥス・パティエーンス」の内にもキリストの勝利が含意されます。したがって一見したところ神の敗北のように見える救い主の受難、十字架と茨の冠は、救世の達成であり、救い主の勝利と栄光の印なのです。使徒パウロはこのことを指して、「キリストは、弱さのゆえに十字架につけられましたが、神の力によって生きておられるのです。わたしたちもキリストに結ばれた者として弱い者ですが、しかし、あなたがたに対しては、神の力によってキリストと共に生きています」(「コリントの信徒への手紙 二」十三章四節 新共同訳)と書いています。





 本品のクール(仏 cœur センター・メダル)は、クルシフィクスと同じく、ブロンズでできています。現代のロザリオと比べるとクールの図柄が倒立していますが、これは十九世紀のフランスで制作されたロザリオの特徴です。

 クールは不思議のメダイとなっており、表(おもて)面には無原罪の御宿リなる聖母マリアが打刻されています。被造的世界を象徴する球体上に蛇を踏みつけて立つ聖母、新しきエヴァは、右足に体重をかけて左膝をわずかに曲げたコントラポストの姿勢を取り、衣文が美しく流れる柔らかな衣の下に、女性らしい体の丸みがうかがえます。聖母に執り成しを求めるフランス語の祈りが、浮き彫りの周囲を取り巻いています。

  Ô MARIE CONÇUE SANS PÉCHÉ, PRIEZ POUR NOUS.  罪無くして宿り給えるマリアよ、われらのために祈り給え。


 クールの裏面には「インマクラータ・マリア」(羅 IMMACULATA MARIA 無原罪のマリア)を表す "I M" に十字架を載せた組み合わせ文字を打刻し、十二の星でこれを取り巻いています。環状に並ぶ十二の星は、「ヨハネの黙示録」十二章一節に記録された天の女の冠であり、キリスト教会を象徴する十二使徒の印でもあります。裏面の下部には二つの聖心が表現されています。向かって左はキリストの聖心で、神が人間を愛する愛を象徴します。向かって右はマリアの御心で、人間が神を愛する愛を象徴します。マリアの聖心はマーテル・ドローローサ(羅 MATER DOLOROSA 悲しみの聖母)の剣に刺し貫かれています。ふたつの聖心の上部からは、愛の炎が噴き上がっています。


 本品のビーズは黄楊(つげ)を削って制作されています。ひとつひとつが手作りのため、サイズと形状が不揃いです。主の祈りと栄唱のビーズは直径およそ八ミリメートルで、同心円状の模様が彫刻されています。天使祝詞のビーズの直径はおよそ七ミリメートルです。

 黄楊はキリスト教以前の古代から「不死」「永遠の生命」を象徴します。また「枝の主日」に祝別される植物として、「キリストへの信仰告白」「救世主を迎える喜び」「キリストの勝利と栄光」「神との平和」を表します。天使祝詞(アヴェ・マリア)を唱える際、これらの意味について深く考えることができるように、本品では黄楊製ビーズが採用されています。





 ロザリオのセンター・メダルをフランス語で「クール」(仏 cœur)、すなわち「心臓」と呼びますが、本品のクールは文字通りに心臓(ハート)を模(かたど)っています。この部品が「クール」と呼ばれるのには深い理由があり、本品において心臓を模る形状には、ロザリオのクールに籠められた意味が明瞭に視覚化されています。

 心臓は生命の座であるとともに、愛の座でもあります。心臓(ハート)で愛を象徴する習慣は現代まで続いています。本品のクールに見られるように、神が人を愛する愛はイエスの心臓で表され、人が神を愛する愛はマリアの心臓で表されます。親子や配偶者、恋人との間に通う地上の愛も、心臓で表されます。

 これに対して心臓が生命の座であるという考え方は、徐々に支持されなくなりつつあります。医療の発達した現代では心臓を移植したり、機械で置き換えることもできるようになったので、生と死の境目があいまいになり、人間の死は心臓死と同一ではないと考えられるようになりました。また死は瞬間的に起こることではなく、むしろ一定の時間をかけて辿られるプロセスであると理解されるようにもなりました。しかしながら近代以前の時代において、心臓が自力で拍動しなくなった人を救命する手段は無く、心臓死はそのまま人間の死を意味していました。逆に言えば、心臓が動いているのは生きているということでした。誕生の瞬間から休むことなく動き続け、鼓動が止めば死が訪れる心臓こそは、生命の座と考えられました。


 心臓(クール)こそが生命と愛の座であるとする近代以前の思想に基づいて、クールにあしらわれた「無原罪の御宿リ」を解釈するならば、本品の意匠に込められた意味が明らかになります。

 十九世紀のフランスで制作されたシャプレ(ロザリオ)のコルプスは、たいていの場合、「クリストゥス・ドレーンス」です。しかるに本品のコルプスは「クリストゥス・パティエーンス」であり、救い主を死に至らしめた世の罪の力をいっそう強調した図像表現となっています。

 罪の力と、その結果としてもたらされる死(「創世記」三章十九節)を明瞭に視覚化したクルシフィクスに対して、生命の座なる心臓を模り、さらに無原罪の御宿リを打刻した本品のクールは、この上なく鮮烈な対照を為します。球体上で蛇を踏みつける無原罪の聖母は、人間に生をもたらす「新しきエヴァ」であり、生命の与え手です。





 プロテスタンティズムによると、人間は善を為す能力を持たず、ただ罪を犯すだけです。しかるにカトリシズムでは「人間は善を為し得る」と考えます。受胎告知の際、マリアはその信仰によって「お言葉通り、この身になりますように」と答えました。カトリック教会はこの出来事を解釈して、神は救いを強制せず、マリアは自由意志によって救いを受け入れたと考えるのです。

 ロザリオで唱える天使祝詞の前半は、受胎告知の際、ガブリエルがマリアを祝福した言葉が基になっています。クラウン(ロザリオの環状部分)を一周するたびにクールに戻る祈りの在り方は、聖母に執り成しを求めるとともに、聖母に倣って信仰心を強め高めることを意図しています。

 クールから第一玄義、第二玄義、第三玄義、第四玄義、第五玄義を経てクールに回帰する祈り方は、ヒトの心臓が左心室から大動脈に血を送り出す様子、また全身を巡った血が上下大静脈から心臓に戻り、右心房に入る様子を連想させます。現代人にとって血液循環は常識であり、心臓は単なるポンプとみなされるようになっています。しかしながら心臓のポンプ機能と血液循環を発見したウィリアム・ハーヴェイ(William Harvey, 1578 - 1657)は、心臓を「生命の源、ミクロコスモス(希 μικρόκοσμος)の太陽」(羅 principium vitae & sol Microcosmi)であるとし、マクロコスモスの太陽とのアナローギッシュ(独 analogisch 類比的)なシミリトゥードー(羅 similitudo 類似性)を自明のことと考えていました。ハーヴェイは 1628年に「諸々の動物における心臓の動きと血液に関する解剖学的考察」("Exercitatio anatomica de motu cordis et sanguinis in animalibus")を出版しましたが、この第八章「心臓を通り、静脈から動脈へと流れる血の量について。また血の循環について」(De copia sanguinis transeuntis per cor e venis in arterias, et de circulari motu sanguinisで次のように書いています。ラテン語テキストは 1628年のフランクフルト版(Sumptibus G.Fitzel, 1628)、日本語訳は筆者(広川)によります。

      Ita cor principium vitae & sol Microcosmi (ut proportionabiliter sol Cor mundi appellari meretur) cujus virtute, & pulsus sanguis movetur, perficitur, vegetatur, & a corruptione & grumefactione vindicatur: suumque officium nutriendo, fovendo, vegetando, toti corpori praestat Lariste familiaris, fundamentum vitae author omnium;     このように、心臓は生命の源、ミクロコスモスの太陽である。一方、同様の表現をすれば、太陽は世界(マクロコスモス)の心臓と呼ばれ得る。心臓の力と拍動により、血は動かされ、完成され、賦活されるとともに、腐敗と凝固から守られる。心臓の務めは養い、温め、賦活することであるから、家を守護するこの神(心臓)は、体全体の統率者である。心臓は生命の基礎であり、すべての作出者なのだ。


 本品のクールは「生命の源、ミクロコスモスの太陽」である心臓を模(かたど)り、無原罪のマリアの姿を打刻します。この意匠に込められた意味は、新しきエヴァなるマリアが生命の源であるということです。また本品のクールをマリアの汚れなき御心と考えれば、キリスト者の信仰と日々の祈りが、常に神とキリストへの愛に発し、常に神とキリストへの愛に回帰し、その愛によって常に賦活される事実が、信心具のうちに形象化していると考えることができます。





 本品は百年以上前、十九世紀のフランスで制作された真正のアンティーク品ですが、古い年代にもかかわらず良好な保存状態です。珍しいことに「クリストゥス・パティエーンス」を採用したクルシフィクスの意匠、及び、心臓型クールに新しきエヴァを打刻した意匠は、ひとりの処女から生まれたメシアが十字架上に刑死することで救世が達成される、という人智では測りがたい神の愛、並びに神の愛がキリスト者のうちに着火し燃え立たせる神への愛を、信心具の形状のうちに可視化しています。





24,800円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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