ブロンズ製大型メダイユ 《荒れ野の聖マドレーヌ ふたたび芽吹く生命樹 直径 32.8 mm》 中世の聖人伝を引き継ぐ重厚な作例 フランス 十九世紀後半


突出部分を除く直径 32.8 mm  最大の厚さ 3.0 mm  重量 11.9 g



 百数十年前のフランスで鋳造されたブロンズ製メダイユ。直径 32.8ミリメートル、厚さ 3.0ミリメートルという立派なサイズです。11.9グラムは百円硬貨一枚と五百円硬貨一枚の合計重量に相当し、手に取るとしっかりとした重みを感じます。




(上) ラ・サント=ボーム 岩穴の内部 フランスの古い絵葉書 中性紙にコロタイプ 140 x 88 mm 当店の商品


 伝承によると、マリア・ヤコベ、マリア・サロメと共にカマルグに上陸したマグダラのマリアは、後世の人たちがラ・サント=ボーム(仏 la Sainte-Baume 聖なる洞窟)と呼ぶことになる岩穴に隠棲し、およそ三十年に亙って瞑想と念祷の生活を送りました。





 本品の一方の面には、顔を斜め上に向け、天を仰ぐマグダラのマリアの単独像を大きく浮き彫りにしています。ここに彫られたマリアは未だ若く、衣も破れておらず、プロヴァンスに来て間もない頃と思われますが、野ざらしの髑髏(どくろ)が長く厳しい隠修生活を予感させます。聖女の正面には十字架が立てられ、岩の上には開いた祈祷書が置かれています。カドリロブ(仏 quadrilobe 四つ葉形)と正方形を組み合わせ、ゴシック聖堂の窓または刳り型を模(かたど)る枠が、聖女を囲んでいます。この枠には次の言葉がフランス語で記されています。

  Sainte Marie Madeleine à la-Sainte Baume ラ・サント・ボームにおける聖マリ・マドレーヌ


 色という漢字はふたりが重なり合うさまの象形です。すなわち色の本来の字義は「性交」であり、そこから性交の対象である「女性」、さらに「女性の容姿の美しさ」の意味となり、そこから「美しい彩り」を表すようになりました。色の字義の歴史的変遷が端的に示すように、女性美は地上における最大の美です。

 しかしながらこれほど美しい女性も、男性や他の生き物と同様に、いつかは老いて死に至ります。死を象徴する物品を、図像学ではメメントー・モリーと呼びます。髑髏はメメントー・モリーの代表です。マグダラのマリアは娼婦であったと伝えられ、とりわけ麗しい女性であったと伝承されます。しかしながら娼婦の拠り所である官能の喜びも、女性の美しい容姿も、宗教が説く永生に比べればほんの刹那しか持続しません。聖女の傍らに転がる髑髏は、この聖女が他ならぬマグダラのマリアであるゆえに、見る者にいっそう強烈な印象を与えます。




(上・参考画像) カニヴェ 「サント・ボームの洞窟におけるマグダラのマリア」(ボナミ 図版番号 55) 当店の販売済み商品 マリアは十字架と祈祷書の前に跪いています。


 マグダラのマリアの図像には、髑髏の他に、十字架と祈祷書もよく描かれます。上に示したカニヴェをはじめ、多数の聖画やメダイにおいて、サント・ボームに隠棲したマグダラのマリアは十字架と祈祷書の前に跪いています。この図像学的伝統に従って、本品のマリアの傍らにも十字架と祈祷書が彫られています。しかし奇妙なことに、本品に彫られた十字架からは枝葉が伸びています。枝葉を伸ばす十字架は再生した生命樹に他ならず、マグダラのマリアが罪を赦されて取り戻した永生を象徴しています。




(上) Piero della Francesca, "Adorazione della Croce" (dettaglio), 1452 - 66, affresco, la cappella maggiore della basilica di San Francesco, Arezzo


 ソルボンヌ大学の中世フランス文学者であるアルベール・ポーフィレ教授(Albert Édouard Auguste Pauphilet, 1884 - 1948)は、「ゴーティエ・マップが作者に擬せられる聖杯探求物語研究」("Études sur la Queste del saint graal attribuée à Gautier Map", Paris, 1949)の付録として、パリのビブリオテーク・ナシオナル・ド・フランス(フランス国立図書館 BnF)に収蔵されている「フランス語写本 No. 1036」を収録しています。「フランス語写本 No. 1036」の内容は中世から伝わる生命樹の説話です。

 この説話によると、人祖アダムとエヴァが罪を犯したせいで、エデンの生命樹は枯死してしまいます。アダムが埋葬されるとき、息子のセトはアダムの口に生命樹の種を三粒、含ませます。三粒の種からは三本の木が生えて、モーセとダヴィデのもとで数々の奇蹟を惹き起こし、ダヴィデ王の時代に互いに癒着して、一本の大木になります。この木はエルサレム神殿の梁に使うために切り倒されますが、いざ使おうとすると長すぎたり短すぎたりしてうまくいかず、川に渡して橋に使われます。あるときシバの女王がソロモンの知恵の言葉を聴きにエルサレムを訪れますが、道中の橋で聖なる梁に気付いた女王は跪いて梁を礼拝し、「この木は尊き血によってふたたび緑になるであろう」と言います。梁はイエスの受難のときまで同じ場所に横たわっており、ユダヤ人たちはこの梁から十字架を作ってイエスを磔(はりつけ)にしました。

 上の写真はピエロ・デッラ・フランチェスカによるフレスコ画で、聖なる梁を礼拝するシバの女王を描きます。この作品はピエロが 1452年から 58年頃にかけてアレッツォ(Arezzo トスカナ州アレッツォ県)のサン・フランチェスコ聖堂に制作した連作の一部です。


(下・参考画像) 小聖画 「いやなことをされても、イエスさまのようにゆるしてあげましょう」 60 x 37 mm フランス 二十世紀中頃 当店の商品です。




 生命樹に関する上記の説話はヨーロッパでよく知られており、聖画のモティーフにも現れます。上の写真の聖画において、聖水入れの十字架が芽吹いているのはその一例です。シバの女王は生命樹を製材して作った聖なる梁、すなわち後の十字架が「尊き血によってふたたび緑になるであろう」と言いました。この言葉から分かるように、緑に芽吹いた十字架は、キリストの受難によって回復された永遠の生命の象徴であり、救いの象徴なのです。





 マグダラのマリアの傍らで枝葉を伸ばす十字架は、再生した生命樹であり、マリアが得た救いと永生を表します。第三者の目から見ると、マリアは荒涼としたサント・ボームの山中にいます。しかしながらマリアは救いを得た故に、実際には生命樹が生えるエデンの中心にいるのです。

 十字架の根元に髑髏(どくろ 頭骨)が置かれているのも示唆的です。この髑髏はアダムの頭骨です。伝承によるとアダムの埋葬場所は後のゴルゴタであり、キリストの十字架はアダムの墓の上に立てられました。上に引用したビブリオテーク・ナシオナル・ド・フランス「フランス語写本 No. 1036」によると、アダムが亡くなったとき、アダムの息子セトは生命樹の種子を父の口に含ませて埋葬しました。ここから生え出た生命樹はいったん切り倒されましたが、イエスの十字架となって再び同じ場所に立ちました。イエスは十字架上に救世を成し遂げ、アダムの罪が人間にもたらした死に打ち勝ちました。




(上・参考画像) アルマ・クリスティと「ペトロの鶏」のあるクルシフィクス 46.9 x 24.5 mm フランス 十九世紀中頃 当店の商品です。


 さきほど髑髏がメメントー・モリーの代表的なものであると書きましたが、アダムの骨は最も卓越的に死を表します。それゆえキリストが死に打ち勝ったことを表すために、クルシフィクスの下部にアダムの骨が表されることが多くあります。上の写真はその一例です。




(上・参考写真) Fra Filippo Lippi (1406 - 1469), Madonna and Child Enthroned with Two Angels, 1437, tempera and gold on wood, Metropolitan Museum of Art, New York


 本品の浮き彫りでは十字架の傍らに祈祷書が置かれています。書物は知恵の象徴であり、イエスもまた知恵として表されます。エデンの中心には、生命樹の傍らに知恵の木(善悪を知る木)が生えていました。エヴァはこの木から実を取って食べ、永遠の生命を失いました。しかしながらマリアはイエスという知恵の実を食べて、永遠の生命を得たのです。

 上の写真はメトロポリタン美術館が収蔵するフラ・フィリッポ・リッピの聖母子像で、上智の座 (SEDES SAPIENTIAE) の聖母を描いています。聖母の右(向かって左)の天使が手にした巻物には、ヴルガタ訳「シラ書」 24章 26節がラテン語で引用されています。巻物が丸まって隠れている部分を補って示します。日本語訳は筆者(広川)によります。

  VENITE AD ME OMNES QUI CONCUPISCITIS ME ET A GENERATION(IBUS MEIS IMPLEMINI)  われを欲する汝等は皆、われに来(きた)りて、われの産み出すものにて満たされよ。

 新共同訳聖書において、この箇所は「シラ書」 24章 19節に当たります。





 もう一方の面には、四人の天使によって高みへと運ばれるマグダラのマリアの姿が刻まれています。「レゲンダ・アウレア」によると、サント=ボームに隠棲するマグダラのマリアは天使が運んでくる天上の食べ物だけを口にし、一日七回、毎時課に天使によって天上に上げられ、日々天上の音楽を聴きました。こちらの面に刻まれたマリアは、長く厳しい隠修生活によって衣が失われて裸の状態ですが、かつて大勢の男たちを魅了した裸体は、長く伸びた髪によって隠されています。




(上) マリアの洞穴(ラ・サント=ボーム)から見上げた山の頂にあるサン=ピロン礼拝堂 フランスの古い絵葉書 中性紙、コロタイプに手彩色 138 x 90 mm 当店の商品


 マリアと天使たちの浮き彫りは、もう一方の面と同様にゴシックの枠に囲まれています。枠にはフランス語で「サン・ピロンにおける聖マリ・マドレーヌ」(仏 Sainte Marie Madeleine au St. Pilon)と刻まれています。サン・ピロン(St. Pilon)とは小さな礼拝堂の名前で、マグダラのマリアが隠棲したと伝えられる洞窟(ラ・サント・ボーム)から見上げる標高 994メートルの荒涼とした頂に建っています。





 六枚の翼がマドレーヌを囲む意匠は、神の御傍(みそば)に侍(はべ)る六翼のセラフ(熾天使 愛の炎に包まれる天使)を思わせます。ヒッポのアウグスティヌスは、神が六日間で天地を創造し給うたという「創世記」の記述を「六」の完全性を手掛かりに解釈し、「六」という数が被造的世界の完全性を象徴すると考えました。アウグスティヌスに倣って考えるならば、本品を制作したメダイユ彫刻家は、焼き尽くす清め火の如き神の愛によって生まれ変わり、愛の炎に包まれて天へと昇りゆくマグダラのマリアの完全な聖性を、六翼のマリアの意匠によって象徴的に表していると解釈できます。トマス・アクィナスは「スンマ・テオロギアエ」第1部108問5項においてセラフィムの性質を論じていますが、いまやマリアもセラフィムと同様の聖性を獲得し、火が常に上方へ向かうように常に神へと向かう者、愛の火が発する熱よって他の人々を浄化する者、愛の火が発する光によって他の人々を照らす者となったのです。





 メダイの制作方法には打刻と鋳造の二つがあります。打刻は硬貨のように大量に作る場合に適していますが、浮き彫りの立体性が劣ります。鋳造は非常に手間がかかりますが、浮き彫りの立体性に優れるため、美術品としてのメダイユはすべて鋳造によって制作されます。十九世紀に作られた信心具のメダイは打刻による作例がほとんどですが、本品は手間をかけて鋳造され、本格的な美術品の水準に到達しています。大きさと厚みの点でも、同時代の他のメダイに比べてはるかに重厚です。





 上の写真は本品を男性店主の手に載せて撮影しています。女性が本品の実物をご覧になれば、写真で見るよりもさらにひと回り大きく感じられます。









 本品は百数十年前のフランスで制作された真正のアンティーク品ですが、古い年代にもかかわらず良好な保存状態です。突出部分の摩滅は本品が経てきた歳月の可視化であり、レプリカには真似のできない歴史性と個別性の現れです。ゴシック様式の窓を通して聖女を眼前に見るかのような浮き彫り彫刻は、突出部分の摩滅にも関わらず、見る者の心をマドレーヌに寄り添わせます。逆境にある人にも順境にある人にも、真に掛け替えのないものとは何かを思い起こさせる力は、本品メダイユが持つ芸術性の証しです。





本体価格 32,800円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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