キアロスクーロのアンティーク・カニヴェ

「来なさい、わが娘よ。わたしはあなたに心を開いています」 (E. ブマール・エ・フィス 図版番号 512)

Venez, ma fille, mon Cœur vous est ouvert.., pl. 512, Charles Letaille, Boumard et Fils successeur


122 x 79 mm

フランス  1873年から1880年代頃



 ふたりの女性、聖母と少女を描いた細密エングレーヴィングが美しい19世紀フランスのアンティーク・カニヴェ

 表(おもて)面最上部には「マリアへの信心」(LA DÉVOTION À MARIE) との表題があり、金色の枠に囲まれた聖画には、祈祷書を前に跪く少女と、汚れ無き御心を少女に指し示す聖母が描かれています。キリストの花嫁である少女は、純白のドレスとヴェールを身にまとい、首元にはメダイを掛けています。少女の前の台にはMと十字架を組み合わせたマリアのモノグラムが付いており、台上にはクルシフィクス、無原罪の御宿りのマリア像、ロザリオ、及び「主の祈り」のページを開いた祈祷書が置かれています。その傍らに置かれた白百合は、少女の純潔を象徴するとともに、下に示す「雅歌」の聖句により、聖母の象徴でもあります。

  Sicut lilium inter spinas, sic amica mea inter filias. ("Canticum canticorum" 2: 2)  おとめたちの中にいるわたしの恋人は 茨の中に咲きいでたゆりの花。 (「雅歌」 2:2)

 少女の体の前面は、聖母の汚れ無き御心から発出する恩寵の光に照らされて、いっそう白く輝いています。チュールでできた半透明のヴェールは、全体が柔らかい光に包まれています。





 上の写真は実物の面積を30倍に拡大しており、定規のひと目盛は1ミリメートルです。インタリオの溝の密度は1ミリメートル当たり5、6本、スティプル(点描)の密度は1平方ミリメートル当たり約20個に及びます。少女のドレスのうち、恩寵の光に最も明るく照らされている部分にはインタリオの溝が刻まれず、その周辺部分に破線が現われ、さらに外側になってようやく連続した線が刻まれています。肌の部分に施されたスティプルの数と深さも、線と同様に巧みにコントロールされています。ヴェールの表現に関して言えば、隣接するインタリオの線をほとんど接触するまでに幅広に刻むことにより、チュール越しに見える髪の暗色部分を巧みに表現しています。

斜め上から少女を照らす光はレンブラント光線を想起させます。このように明暗の差を強調する描写を、イタリア語でキアロスクーロ (chiaroscuro) と呼びます。





   画面右上には聖母が出現し、胸元のヴェールを挙げて、汚れ無き御心を少女に指し示しています。聖母を象徴する薔薇の花環、すなわちロザリオに取り巻かれ、悲しみの剣に刺し貫かれたマリアの汚れ無き御心は、神とイエズスに対する愛の炎を噴き上げています。聖母を取り巻く雲は聖母が天上にいることを表しますが、聖母は執り成しを求めて祈る少女を優しく見守り、その御心から発出する恩寵の光は地上に達して、少女を明るく照らしています。聖画の下には聖母が少女に語りかける言葉がフランス語で書かれています。

  Venez, ma fille, mon Cœur vous est ouvert..   来なさい、わが娘よ。わたしはあなたに心を開いています。
  .  
  Tant que vous le Regarderez, vous serez Humble.   わたしの心を「観る」ならば、あなたは「謙虚な心」を得ます。
  Tant que vous l'Aimerez, vous serez Pure...   わたしの心を「愛する」ならば、あなたは「純潔」を得ます。
  Tant que vous l'Imiterez, vous plairez au Seigneur.   わたしの心に「倣(なら)う」ならば、主はあなたを喜ばれます。


 表(おもて)面最下部にはカニヴェの図版番号 (planche 512) とともに、次の版元名が書かれています。

  Ch. Letaille, dirt, E. Boumard, Éditeur Pontifical, Successeur, Paris  製作 シャルル・ルタイユ  版元 パリ、E. ブマール 教皇庁御用達

 18世紀のカニヴェは主にカルメル会の修道女が、まったくの手描きにより個人的に製作する聖画でしたが、1830年代になると金属版インタリオによるカニヴェが普及します。シャルル・ルタイユは1839年にパリで創業した版元で、19世紀型カニヴェの製作を最も早期に始めた老舗のひとつです。シャルル・ルタイユは1873年まで存続し、その後は E. ブマール・エ・フィス (E. Boumard et Fils) に社名を変更して、美しいカニヴェの製作を続けました。本品の版元名の表記からは、E. ブマールがシャルル・ルタイユ時代の版を引き継ぎ、これを再利用する形で、1873年以降に改めて刷られた聖画であることが分かります。





 カニヴェの裏面にはマリアの汚れ無き御心への信心を勧める言葉がフランス語で書かれています。内容は次の通りです。

     Le Cœur de notre Mère
   われらが御母の御心
         
   

 Le Segneur a renfermé dans son cœur tous les trésors de sa grâce, afin qu'elle en enrichisse ceux qui l'appellent leur Mère...

 

 主の恩寵がもたらすあらゆる宝を、主はマリアの御心のうちに容れ給うた。それはマリアを母と呼ぶ人々を、マリアが主の恩寵で満たすためである。

         
     Oh! quel trésor ouvert a notre indigence; quel abîme de grâce offert a notre misère! Quel baume pour adoucir et guérir nos douleurs!    ああ、なんという宝が、貧しき我らに対して開かれていることであろう。いかに深い恵みが、惨めな我らに与えられていることであろう。なんという慰めが、我らの苦しみ悲しみを減らし癒してくれることであろう。
     Depuis que j'ai trouvé ce cœur maternel, j'ai trouvé la paix, le repos et la vie.    母の愛に満ちたこの御心を見出して以来、私は平和と休息と生命を見出したのだ。
     C'est une ÉCOLE DE SAINTETÉ où j'apprends tous les secrets de la perfection...    聖母の御心は聖性の学校。私はここで、完徳に至るあらゆる秘密を学ぶ。
     C'est un MIROIR DE JUSTICE qui réfléchit toutes les beautés de mon DIEU: sa Puissance, à laquelle ce cœur humble et soumis ne résista jamais.... sa Sagesse, qui le conduisit dans toutes ses voies.... sa Bonté, qui en fit le canal de ses bienfaits et le réservoir de ses miséricordes.    聖母の御心は義の鏡。それが映すのは素晴らしき我が。従順に遜(へりくだ)る聖母の御心が、決して逆らわなかった「力ある神」。聖母の御心を常に導き給うた「知恵ある神」。聖母の御心を通して恩寵を与え給い、聖母の御心を憐みで満たし給う「優しき神」。
     C'est la MAISON D'OR, où tout respire la divine charité, ou l'on ne voit qu'amour de DIEU, et amour des hommes pour les attirer à DIEU....    聖母の御心は黄金の家。聖母の御心のすべてが神の慈愛のうちに息づく。への愛と人への愛こそが、ここにあるすべて。聖母の御心は人々を愛してへと引き寄せる。
     La TOUR DE DAVID, où pendent mille boucliers pour nous défendre et terrasser tous nos ennemis....    聖母の御心はダヴィデの塔。千の盾が取り付けられて、我らを守り、すべての敵を打ち倒す。
     La PORTE DU CIEL, qui nous sert de passage pour entrer dans la gloire!...    聖母の御心は天国の門。我らが栄光へと進みゆく道となる。
     J'ai résolu d'y établir pour jamais mon séjour par l'union la plus étroite, la fidélité la plus parfaite, la confiance la plus intime, l'abandon le plus entier. --- Du fond de cette chère solitude, j'envisagerai la terre avec les yeux de MARIE.... j'agirai toujours comme MARIE..., avec MARIE, en MARIE et par MARIE....    私は決めたのだ。いつまでも聖母の御心のうちに留まることを。「最も固い結びつきによって、最も完全な忠実さによって、最も親しき信頼によって、何もかもを委ねて。」--- 聖母の御心のうちにある幸いなる隠れ家から、私はマリアの眼で地上を見よう…。マリア「のように」、マリア「とともに」、マリア「において」、マリア「を通して」、常に行動しよう。
     Je veux QUE SON CŒUR SOIT MON CŒUR, et SON ÂME MON ÂME, afin que sa vie soit ma vie, jusqu'au beau jour où sa mort sera ma mort, et où mon dernier acte d'amour m'unira par MARIE à JÉSUS pour l'éternité.    私の願いは、マリアの心が我が心になることマリアの魂が我が魂になること。そうすればマリアの生涯が我が生涯となり、ついにはマリアの死が我が死となるであろう。そのとき私が最後に為す愛の業(わざ)により、マリアを通して、私はイエズスと永遠にひとつになるであろう。
    Ainsi soit-il.   アーメン。


 裏面最下部には、表(おもて)面と同じ図版番号 (Planche 512.) に加えて、版元の所在地(Paris, rue Garanciere, 15. パリ、ガランシエール通 15番地)が記されています。

 本品は 1870年代の半ばから 1880年代頃、普仏戦争とコミューンの動乱が終わり、「悔悛のガリア」なるフランスが宗教に回帰した時代に、若い女性向けに製作されたカニヴェで、細密インタリオによる美しいキアロスクーロ(明暗法)が特徴です。保存状態に関して言えば、130年ないし140年前に製作された真正のアンティーク品であるにもかかわらず、良質の中性紙に刷られているために紙の劣化は見られません。インタリオによる聖画も製作当時のままですし、切り紙細工の縁取りも表(おもて)面左上の角近くに小さな欠損がある程度で、ほぼ完品です。オリジナルのアンティーク品であるにもかかわらず、近年の複製品と見まがうほどの良好なコンディションです。





カニヴェのみの価格 19,500円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。別料金にて額装もご注文いただけます。




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