透かし細工の一点もの 初聖体の少女のメダイユ 《お言葉通り、この身に成りますように 31.5 x 21.4 mm》 キリストを受け容れる愛と信仰 1920 - 30年代


突出部分を含むサイズ 縦 31.5 x 横 21.4 mm   最大の厚み 2.4 mm   重量 4.7 g



 少女マリアの横顔を浮き彫りにしたフランスのメダイ。十九世紀末に設立されたメダイユとビジュ・ド・ファンテジ(仏 les bijoux de fantaisie コスチューム・ジュエリー)のブランド、オリア(Oria)が、1920年代ないし 30年代に制作した美しい作品です。本品はレプリカ(複製品)ではなく、およそ九十年前に作られた真正のアンティーク品(ヴィンテージ品)です。このように古い品物が綺麗な状態で残っていること自体珍しいことですが、本品はたいへん繊細な透かし彫りを手作業で施し、同じものが無い一点ものとなっています。

 メダイ上部の環を通る吊り輪に、オリアの刻印があります。オリア(Oria)は 1897年に設立されたジュエリー・ブランドです。フランソワ=オーギュスト・サヴァール(François-Auguste Savard, 1803 - 1875)のフィクス(Fix)、シャルル・ミュラ(Charles Murat, 1818 - 1897)が 1847年に設立したミュラ(Murat)に比べると、オリアは後発ブランドです。しかしながらオリアのジュエリーの品質はフィクス、ミュラに比べて引けを取らず、1924年のナント博覧会で金メダル、1929年のバルセロナ博覧会で金メダル、1930年のアントワープ博覧会でも特別賞、1931年のパリ博覧会で大賞を獲得しています。





 現代の宗教画において、聖母の衣は青や白で表現されます。ステンドグラスにおいてゴシック期から、絵画においてプロトルネサンス期頃から、が聖母の衣に使われ始めました。白が目立つようになったのは十九世紀以降で、これは無原罪の御宿りの思想が美術に及ぼした影響です。しかしながらロマネスク期以前の図像では、聖母の衣をくすんだ暗色に表現するのが普通でした。これは喪衣の色と考えられています。

 中世西ヨーロッパの貴族社会において、女性はしばしば男性よりも教育がありました。女性たちは「詩編」を教材に識字教育を受けていたのです。聖画やメダイで時おり見かける「少女マリアに教育を施す聖アンナ」の図柄は、当時の貴族社会の状況を反映しています。中世の人々はマリアに様々な属性を帰しましたが、教育のある女性、旧約の預言に通暁した教師というのも、マリアの属性の一つでした。

 古代の教父たちも、普通の女性、普通の母がとても及ばない優れた智慧と洞察を、聖母に帰していました。シメオンの預言を聞いた際、マリアは受難に至るイエスの生涯を予測し、しかも救世の経綸におけるイエスの役割を誰よりも理解していたために、預言を聞いても動じなかったし、イエスが十字架上に刑死してまったく悲しまなかった、とさえ考えられました。マリアがマーテル・ドローローサとして表されるようになったのは、十二世紀以降のことです。それまで千年余りの間、マリアは不動の信仰の持ち主であるために、息子が死んでも悲しまなかったと考えられていたのです。





 受胎告知は「ルカによる福音書」一章二十六節から三十八節に記録されています。新共同訳により、該当箇所を引用いたします。

     六か月目に、天使ガブリエルは、ナザレというガリラヤの町に神から遣わされた。ダビデ家のヨセフという人のいいなずけであるおとめのところに遣わされたのである。そのおとめの名はマリアといった。
     天使は、彼女のところに来て言った。「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる。」マリアはこの言葉に戸惑い、いったいこの挨拶は何のことかと考え込んだ。すると、天使は言った。「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。彼は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない。」
     マリアは天使に言った。「どうして、そのようなことがありえましょうか。わたしは男の人を知りませんのに。」天使は答えた。「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる。あなたの親類のエリサベトも、年をとっているが、男の子を身ごもっている。不妊の女と言われていたのに、もう六か月になっている。神にできないことは何一つない。」
     マリアは言った。「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。」そこで、天使は去って行った。





(上) クレール・ドミニク・ローラン作 《マーグニフィカト わがこころ主をあがめ》 パリ造幣局のブロンズ製大型メダイユ 直径 63.1 mm 最大の厚さ 5.9 mm 重量 126.4 g フランス 1982年 当店の商品です。


 姦淫を犯した女のペリコペーの解説で、「レビ記」二十章、及び「申命記」二十二章の規定を示しました。人妻が夫以外の男性と、また娘が婚約者以外の男性と性交した場合、その性交が同意のもとで行われたのであれば、男女ともに石打ちで殺されます。強姦の場合、男のみが殺され、女は罪に問われません。

 マリアには性交の相手がありませんが、世間がそのような奇跡を信じるはずはありませんから、婚約者以外による妊娠が発覚すれば、男の名前が厳しく追及されるでしょう。追及を逃れるために「強姦されたのです」と答えるとしても、それならばそれで犯人を捕らえるために厳しい調べが行われ、マリアの説明に辻褄の合わない点が露呈するでしょう。それゆえ婚約者ヨセフが関知しないところで妊娠したマリアは、普通に考えれば絶体絶命の窮地に立たされたことになります。それにもかかわらず当時十三歳ほどの少女マリアはガブリエルの言葉をそのまま受け入れて、受胎(妊娠)の告知を喜びました。マリアの喜びは大きくて、仲の良いエリザベトにこれを知らせるため、四、五日の旅程を歩いて会いに行ったほどでした。





 福音書は文学作品ではなく、イエスの公生涯の記録を通して救済の経綸(けいりん 神の計画)を示すことを唯一の目的としています。それゆえ登場人物の感情が描写されることはまれで、聖母の七つの悲しみに関しても、聖母が実際に悲しんだとは書かれていません。聖母がイエスの受難を悲しまなかったという十一世紀までの解釈は、ここに由来します。

 しかしながら受胎告知に関しては、エリザベトを訪問するという行動によって、少女マリアの喜びがはっきりと記録されています。上に記したように、婚約者を持つ十三歳の少女が、相手が分からないまま妊娠するのは大ごとであり、通常ならばマリアは絶望してもおかしくない状況です。それにもかかわらずマリアははちきれんばかりの喜びに満たされ、四、五日もかかる行程も苦にせずに、歩いてエリザベトに知らせに行きました。

 マリアが悲しまなかったという説が正しいかどうか、筆者(広川)には分かりません。しかしながらマリアは天使が突然家に入ってきても平常心で言葉を交わし、妊娠を告げられても動揺せずにそのまま受け入れました。この少女の信仰の堅固さは、確かに驚嘆に値します。





 本品のように美麗なメダイは、多くの場合、初聖体あるいはコミュニオン・ソラネルを受ける少女のために買い求められたものです。聖体を拝領する少女はキリストの花嫁であり、ローブ・ド・マリエ(仏 robes de mariée 花嫁のローブ、ウェディング・ドレス)を身に着けます。ヨーロッパ絵画の伝統において、未だイエスを産んでいないマリアは十三歳ぐらいの少女として表されます。本品のマリアも初々しい少女として表現されており、ちょうどそれぐらいの年齢で聖体を受けるフランスの少女たちの身を飾るのに、如何にもふさわしく思えます。

 コミュニオン・ソラネル用に制作されたメダイの中でも本品は特別な品物で、メダイユ工房において手作業で透かし細工を施され、少女マリアの背景がレゾー(仏 un réseau 網目、ネットワーク)になっています。円形光背の上半周縁部を見てわかるように、網目パターンは本品メダイのマトリス(仏 une matrice 母型)にもともと刻まれていましたが、これを透かし細工とすることにより、マリアの背景を為す網目パターンがいっそう強調されています。フランスの金製及び金めっき製アンティーク品は銅の含有量が多く、少し赤みがかった色をしています。網目部分の金はこの色合いで、光沢のある仕上げです。これに対して少女マリアと光背は通常のイエロー・ゴールドであり、艶消しに仕上げられています。





 キリスト教の立場に立てば、旧約時代の出来事はすべてメシア出現の前表です。救済の経綸は神によって網目のように張り巡らされていて、いわばその結節点が受胎告知であるといえます。このときマリアが救いを受け入れたことで、神と人の関係に属する全ての事柄が、すべて連動して動き始めました。本品においてマリアの背後に見える網目はマリア以前の救済の経綸を天網として視覚化するとともに、受胎告知以降の救済史の広がりをも表しています。

 さらに本品はコミュニオン・ソラネル用メダイであるゆえに、透かし細工で強調された網目の広がりは、少女マリアと同年代のコミュニアント(仏 une communiante 聖体を拝領する少女)が、今後は一人前の女性としてレゾー・ソシアル(仏 un réseau social ソーシャル・ネットワーク)に受け容れられることをも思い起こさせます。





 上の写真は本品を男性店主の手に載せて撮影しています。女性が本品の実物をご覧になれば、写真で見るよりもひと回り大きなサイズに感じられます。







 本品はおよそ九十年前のフランスで制作された古い品物ですが、保存状態は極めて良好です。商品写真では突出部分の金色が一部において薄く見えますが、肉眼で見ても色の差は全く分かりません。ヒッポのアウグスティヌスは、「光は神から発する唯一の可視的なものである」と考えました。半艶消しに仕上げられた金の柔らかな光は、穢れなき乙女マリアを包む神の愛を視覚化するとともに、マリアから神とキリストに向かう愛、キリストを受け容れる愛と信仰をも目に見える温かみとして示しています。

 本品は現代品に比べて格段にクラシカルな高級感を備えます。ペンダントとしてはかなり大きなサイズですが、透かし細工のゆえに視覚的に軽やかであり、二色の金の上品な輝きも相俟って、時と場を問わず日々ご愛用いただけるメダイユに仕上がっています。





本体価格 24,800円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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