聖ヨセフ
St.
Joseph
聖ヨセフは聖母マリアの夫でありイエスの父です。福音書によると処女マリアはヨセフと結婚する前に聖霊によって身籠りましたから、ヨセフはイエスの養父ということになります。
(下) Georges
de La Tour,
"St. Joseph charpentier", 1642, huile sur toile, Musée du Louvre, Paris
福音書のなかでヨセフは一度も語らず、誕生と死の時と場所も記録されていません。分かっているのはヤコブあるいはエリという人の息子で、ナザレに住み、家具の職人であったこと、マリア、イエスと一緒に短期間ベツレヘムに滞在し、それから家族を引き連れてエジプトに逃れたことだけです。
(下) 右端に家具職人ヨセフを描いた祭壇画 Robert Campinand assistant,
The Merode Alterpiece, 1425 - 1428, oil on panel,
The Metropolitan Museum of Art
(下) Gerrit van Honthorst (1590 - 1656),
Childhood of Christ, 1620, oil on canvas, The Hermitage, St. Petersburg
(下) Sir John Everette
Millais,
Christ in the House of His Parents, 1850, oil on canvas, Tate
Gallery at London
ヨセフの家族は毎年の過越祭(すぎこしさい)にエルサレムのソロモン神殿を訪問していましたが、イエスが12歳のときに神殿を訪問した際の記述(ルカによる福音書
2:41 -
52)を最後に、ヨセフは福音書に登場しなくなりますので、イエスの受難のときにはすでに亡くなっていたと考えられています。
またイエスの実の父親ではないことを強調するためにも、特にカトリックの伝統的図像学においてヨセフはマリアよりもはるかに年上の老人として表されることが多くあります。五世紀初頭頃に成立した「指物師ヨセフ伝」(羅
Historia Josephi Fabri Lignari)の十四章は、ヨセフは四十歳のときに結婚し、四十九年間の結婚生活の後に妻と死別し、一年後にマリアを娶ったと語ります。すなわちこの時代の教会では、ヨセフを九十歳の老人とする見方があったことがわかります。
(下) Georges de La Tour,
"Le rêve de St-Joseph" ("L'Apparition de l'ange à saint Joseph"), c. 1640, huile sur toile, Musée des Beaux-Arts, Nantes
ヨセフが九十歳の老人であれば、マリアの処女性が守られるのは確かです。しかしながら夫が老齢ゆえに性的不能であったというだけなら、ヨセフは単なる一人の老人であって、高徳の聖人とはいえません。
「イザヤ書」六十二章五節には「若者がおとめをめとるように、あなたを再建される方があなたをめとり、花婿が花嫁を喜びとするように、あなたの神はあなたを喜びとされる」(新共同訳)とあります。結婚当時のマリアは、十三歳前後の少女であったと考えられています。この預言をヨセフ、マリアの結婚に関連付けるならば、ヨセフも若者でなければなりません。
マリアと結婚した当時のヨセフの年齢を九十歳とする「指物師ヨセフ伝」は、古代の末期に成立しています。しかしながら中世以降のヨーロッパにおいて、九十歳の老人と十三歳の少女の結婚は、やはり異常な組み合わせと考えられ、図像に描かれるヨセフを若返らせる一方で、信仰深い少女マリアをその精神的成熟にふさわしい大人の女性として表現する傾向が強まりました。上の写真はムリリョが描く聖父子で、1665年頃の作品です。この作品において、ヨセフは十分に若い男性として描かれています。
(上) Gerrit van Honhorst,
"Anbetung der Hirten", 1622, Öl auf Leinwand, Wallraf-Richartz-Museum, Cologne
新約聖書正典におけるヨセフの記述はたいへん少ないですが、外典にはいくつかのエピソードがあり、それらに基づく図像も見られます。
正典福音書によるとイエスはヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダ及び数人の姉妹たちときょうだいでしたが(マタイ 13:55、マルコ 6:3)、ローマ・カトリック教会は聖ヒエロニムスをはじめとする教父たちの解釈にしたがって、ここで使われている「きょうだい」という言葉を、いとこ等を含む親戚の意味に解しています。しかしギリシア正教会の見解、及びおそらく5世紀にエジプトで書かれ、アラビア語とコプト語で伝わる外典
「指物師ヨセフ伝」によると、ヨセフはマリアと結婚する以前は寡夫であって、イエス以外の子供たちは前妻との間の子供であるとされています。
新約聖書外典
「ヤコブ原福音書」八章三節から九章三節にある記事です。すなわちマリアの結婚相手を決める際、イスラエル中の寡夫の杖が集められましたが、同書九章一節によるとヨセフの杖から
鳩が出てきて、ヨセフの頭に留まりましたす。杖から鳩が出ること自体が超自然的な奇瑞ですし、鳩がヨセフの頭に降(くだ)ったとの記述は、
イエスの洗礼の際に鳩の姿の聖霊が降った故事を思い起こさせます。
「ヤコブ原福音書」の物語は、「民数記」十七章十六節から二十六節に記録されたアロンの杖の記事に基づきます。イスラエル人たちがモーセとアロンに歯向かった時、イスラエル十二部族及びレビ人を代表して十三本の杖が集められ、契約の櫃の前に置かれました。次の日にモーセが見ると、アロンの名を記したレビの杖だけが芽吹き、蕾を付け、花を咲かせ、アーモンドの実を結んでいました。これはアロンとその氏族であるレビ人だけが祭司職に就き得るとの神意が、奇瑞によって示されたのだと解せます。この伝承の影響により、ヨセフは花を咲かせた杖あるいは枝とともに描かれることがあります(註1)。
(下) Bartolomé Esteban Murillo,.
"San José con el Niño", 1665 - 1666. Óleo sobre lienzo, Museo de Bellas Artes de Sevilla
聖ヨセフは働く者の守護聖人、また聖ペトロとともにカトリック教会の守護聖人です。
註1 権威ある人物が杖などを地面に挿し、それが芽吹いたとされる伝説は我が国にも豊富に存在します。柳田国男による子供向けの小著「日本の伝説」には、弘法大師が錫杖で地面を突いて泉を湧出させ、突き刺された錫杖もそのまま芽吹いて大木になったとされる例が、豊富に挙げられています。新潟市鳥屋野にある親鸞上人の逆さ竹は越後の七不思議のひとつとして有名ですし、南九州では性空上人に関して、奥秩父の甲州御嶽では日蓮上人に関して、それぞれ杖が芽吹いたとする伝説が遺っています。
上掲書にある「御箸成長」の章では、地面に挿した箸が成長した結果、並び立つ大木二本に成長したとされる事例が集められています。箸を立てる人物は親鸞上人、泰澄大師(白山を開山した修験者)のほか、天照大神、日本武尊、聖徳太子、源頼朝、若狭の白比丘尼、名もなき巡礼の例が挙げられており、高徳の宗教者とは限りません。しかしながら天照大神は神、若狭の白比丘尼は人魚の肉を食べたことで美しい少女の姿のまま八百歳まで齢を保ったとされる超常的人物であり、日本武尊は神話中の英雄、聖徳太子は仏教にゆかりの深い高徳の為政者、源頼朝は八幡神の寵を受けた天下人、名もなき巡礼も規制の社会秩序を離れて神仏に仕える者です。すなわち成長して木になった箸は神、あるいは神に嘉(よみ)される人物によって挿されたものであることがわかります。
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