マーグニフィカト(マグニフィカト、マニフィカト、マニフィカート)
MAGNIFICAT
(上) Sandro Botticelli, "La Madonna del Magnificat" (details), 1481, tempera su tavola, 118 x 118 cm, Galleria degli Uffizi, Firenze
「マーグニフィカト」はルカによる福音書に記録されているマリアの賛歌に基づきます。キリスト教聖歌のなかでも最古のもののひとつであり、七十人訳聖書と新約聖書を含む5世紀のギリシア語写本「コーデクス・アレクサンドリーヌス」(CODEX
ALEXANDRINUS アレクサンドリア写本)にも、福音書本文から独立した聖歌として収録されています。
【「ルカによる福音書」におけるマーグニフィカト】
「ルカによる福音書」1章39節以降の記述によると、聖母マリアは受胎告知の後、この出来事を報告するために、ずっと歳上の親類の女性エリザベトを訪ねました。ふたりは歳が離れていましたが、とても仲が良かったようです。子供が無かったエリザベトは、少女マリアを自分の娘のように可愛がり、マリアもエリザベトを第二の母のように慕っていたに違いありません。
マリアの訪問を受けたとき、エリザベトは洗礼者ヨハネとなる子供を身ごもっていました。マリアがエリザベトに挨拶をすると、それを聞いたエリザベトの子供は喜び、母の胎内でおどりました。エリザベトは聖霊に満たされ、マリアに対して次のように言いました。
「あなたは女の中で祝福された方です。胎内のお子さまも祝福されています。わたしの主のお母さまがわたしのところに来てくださるとは、どういうわけでしょう。あなたの挨拶のお声をわたしが耳にしたとき、胎内の子は喜んでおどりました。主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう。」(ルカによる福音書
1: 41 - 44 新共同訳)
(上) Domenico Ghirlandaio, "La Visitation", c. 1491, tempera sur bois, 172 x 165 cm, Musée de Louvre
マリアがこれに答えて歌った賛歌が、「マーグニフィカト」(MAGNIFICAT) と呼ばれるものです。該当箇所を下に示します。
「わたしの魂は主をあがめ、わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます。身分の低い、この主のはしためにも目を留めてくださったからです。今から後、いつの世の人もわたしを幸いな者と言うでしょう。力ある方が、わたしに偉大なことをなさいましたから。その御名は尊く、その憐れみは代々に限りなく、主を畏れる者に及びます。主はその腕で力を振るい、思い上がる者を打ち散らし、権力ある者をその座から引き降ろし、身分の低い者を高く上げ、飢えた人を良い物で満たし、富める者を空腹のまま追い返されます。その僕イスラエルを受け入れて、憐れみをお忘れになりません。わたしたちの先祖におっしゃったとおり、アブラハムとその子孫に対してとこしえに。」(ルカによる福音書
1: 47 - 55 新共同訳)
【「マーグニフィカト」という名称】
「マーグニフィカト」という名称は、上記の部分の冒頭が、ウルガタ訳(ラテン語訳)では「マーグニフィカト」で始まることによります。「マーグニフィカト」は、「崇める」という意味の動詞「マーグニフィコー」(MAGNIFICO)
の変化形のひとつ(直説法現在能動相三人称単数形)です。
ラテン語における母音の長短を正確に書けば「マーグニフィカト」で、アクセントは「ニ」にあります。わが国では慣用的に「マグニフィカト」と呼ばれています。(註1)
【「マーグニフィカト」と「ハンナの祈り」の類似性】
マリアは「マーグニフィカト」のなかで、弱り衰えたイスラエルを、神が高みへと引き上げ、救い給うと歌っています。この内容は、旧約聖書「サムエル記
上」2章1節から10節に記録されている「ハンナの祈り」との類似が指摘されます。該当箇所を下に示します。
「主にあってわたしの心は喜び、主にあってわたしは角を高く上げる。わたしは敵に対して口を大きく開き、御救いを喜び祝う。聖なる方は主のみ。あなたと並ぶ者はだれもいない。岩と頼むのはわたしたちの神のみ。驕り高ぶるな、高ぶって語るな。思い上がった言葉を口にしてはならない。主は何事も知っておられる神、人の行いが正されずに済むであろうか。勇士の弓は折られるが、よろめく者は力を帯びる。食べ飽きている者はパンのために雇われ、飢えている者は再び飢えることがない。子のない女は七人の子を産み、多くの子をもつ女は衰える。主は命を絶ち、また命を与え、陰府に下し、また引き上げてくださる。主は貧しくし、また富ませ、低くし、また高めてくださる。弱い者を塵の中から立ち上がらせ、貧しい者を芥の中から高く上げ、高貴な者と共に座に着かせ、栄光の座を嗣業としてお与えになる。大地のもろもろの柱は主のもの。主は世界をそれらの上に据えられた。主の慈しみに生きる者の足を主は守り、主に逆らう者を闇の沈黙に落とされる。人は力によって勝つのではない。主は逆らう者を打ち砕き、天から彼らに雷鳴をとどろかされる。主は地の果てまで裁きを及ぼし、王に力を与え、油注がれた者の角(つの)を高く上げられる。」(サムエル記
上 2: 1 - 10 新共同訳)
大英博物館に収蔵されている5世紀のギリシア語写本「コーデクス・アレクサンドリーヌス」(CODEX ALEXANDRINUS アレクサンドリア写本 註2)は、七十人訳聖書の大部分と新約聖書のすべてに加えて、15篇の賛歌と聖人の書簡数通を含みます。この写本には、「ハンナの祈り」と「マーグニフィカト」がともに聖書本文から独立して収録されています。
「コーデクス・アレクサンドリーヌス」に収録されている賛歌は、次の15篇です。
・モーセとイスラエルの民による「海の歌」(出エジプト記 15: 1 - 18)
・イスラエルの民がカナンの地に入る直前に、モーセが民の前で歌った賛歌(申命記 32: 1 - 43)
・「ハンナの祈り」(サムエル記 上 2: 1 - 10)
・「ハバククの祈り」(ハバクク書 3: 2 - 19)
・「イザヤの祈り」(イザヤ書 26: 7 - 19)
・「ヨナの祈り」(ヨナ書 2: 3 - 10)
・「アザルヤの祈り」(ダニエル書補遺 3 - 22)
・「三人の若者の賛歌」(ダニエル書補遺 29 - 67)
・「マーグニフィカト」(ルカによる福音書 1: 47 - 55)
・「ベネディクトゥス」あるいは「ザカリアの預言」(ルカによる福音書 1: 68 - 79)
・「ぶどう畑の歌」(イザヤ書 5: 1 - 7)
・病を癒されたユダの王ヒザキヤの歌(イザヤ書 38: 10 - 20)
・「マナセの祈り」
・「シメオンの祈り」(ルカによる福音書 2: 29 - 32)
・「グロリア」(ルカによる福音書 2: 14 et al.)
【各国語による「マーグニフィカト」】
「マーグニフィカト」は聖務日課においてもっともよく歌われる賛歌です。また英国国教会や東方教会、一部のプロテスタント教会でも歌われています。各国語による「マーグニフィカト」を示します。