稀少品 アール・デコ様式の銀無垢メダイ 《ライオンの穴に投げ込まれたダニエル 直径 15.5 mm》 預言者に仮託した不撓のフランス 1940年代前半から 1950年代前半


突出部分を除く直径 15.5 mm  厚さ 1.8 mm  重量 1.9 g



 ヴィシー政権下、あるいは終戦直後のフランスで制作されたと思われる預言者ダニエルのメダイ。幾何学図形を多用した浮き彫りの意匠は、アール・デコ様式に属します。フランスにおいて八百パーミル(八十パーセント)の銀を表す蟹の検質印、及びメダイユ工房の四角いマークが、突出部分に刻印されています。浮き彫り面の縁に近いところに、フランス(FRANCE)の文字があります。




(上) ミケランジェロがシスティナ礼拝堂の天上に描いた預言者ダニエル。トファネッリ(Stefano Tofanelli, 1752 - 1812)の素描に基づきヴォルパート(Giovanni Volpato, 1738 - 1802)が製版したコッパー・エングレーヴィング。


 紀元前五九七年、新バビロニア王国の王であるネブカドネザル二世は、当時ユダ王国の首都であったエルサレムを攻囲し、五八六年にエルサレム神殿を陥落させました。このときユダ王家の若者であったダニエルはバビロンに連行され、ネブカドネザルに仕えるべく、数人の仲間と共にアッカド語と楔形文字の訓練を受けました。ダニエルと仲間の青年たちの事績は、旧約聖書において大預言書五巻の掉尾となる「ダニエル書」に記録されています。

 「ダニエル書」二章によると、巨像の夢を見たネブカドネザルはバビロンの知者たち、すなわち魔術師や呪術師、占星術師たちを集め、自分の見た夢を言い当てたうえでその意味を解き明かすことを命じましたが、王の求めに応じられるものは一人もいませんでした。怒った王は全ての知者たちを処刑するように命じましたが、しばらくしてダニエルが王のもとに連れて来られ、王が見た夢を細部に至るまで正確に言い当てて、その意味を解き明かしました。感服した王はダニエルの前に額づいてヤーウェを礼拝し、ダニエルを高位に取り立てました。




(上) リュカントローピア(希 λυκανθρωπία 狼狂)様の症状に陥ったネブカドネザル二世 ウィリアム・ブレイク画


 「ダニエル書」四章によると、その後王は再び不思議な夢を見ました。夢の内容は、生命溢れる巨木が切り倒され、切り株と根に鎖をかけられ、七年のあいだ放置されるというものでした。再び王に呼ばれたダニエルは夢を解き明かし、神に対して遜(へりくだ)ることを王に求めますが、王は忠告を聴き入れず、神罰によって七年のあいだ正気を失うことになります。

 「ダニエル書」五章によると、ネブカドネザルが亡くなると、息子ベルシャツァルが王位を継ぎました。父がエルサレム神殿から略奪した祭具を使って、ベルシャツァルが宴会を楽しんでいると、空中に手が現れて壁に文字を書きました。その場に呼ばれたダニエルは新バビロニア王国の滅亡を預言します。果たしてその夜のうちにベルシャツァルは殺され、新バビロニアは滅びました。





 「ダニエル書」六章によると、その後ダレイオス一世がメディア王国を建てて、この地の支配者になりました。ダレイオスもダニエルを重用し、宰相として取り立てようとしました。ダニエルを嫉む大臣と総督は王を唆し、全国民がダレイオス王のみを礼拝すべし、他の神を礼拝した者はライオンの穴に投げ入れられるべし、との法律を発布させます。彼らはダニエルが主なる神ヤーウェを礼拝している現場を押さえて、王に告発しました。王はダニエルを救おうとあらゆる努力をしましたが、万策尽きてダニエルの処刑を命じます。眠れぬ夜を過ごした王が、夜が明けるとすぐにライオンの穴に急ぎ、ダニエルに呼び掛けたところ、ダニエルは傷ひとつ負っていませんでした。王は穴からダニエルを助け出し、ダニエルを陥れようとした者たちをライオンの穴に投げ込みました。

 メディアは現在のイラン北西部にあたります。ライオンと言えばアフリカの動物ですから、メディアにライオンがいたことを不思議に思われるかもしれません。現在、野生のアジアライオンはインドライオンとも呼ばれ、インド北西端グジャラート州に五百頭余りが生き残っているだけですが、紀元前の時代にはバルカン半島から黒海沿岸、中東、インドにかけて広く分布していました。ニネヴェで発見され大英博物館が収蔵する有名なレリーフは、アッシュールバニパルのライオン狩りを描いています。オヴィディウスの「メタモルフォーセース」第四巻 55行から 166行に謳う悲恋物語(ピュラモスとティスベー)にもアジアライオンが登場します。本品メダイに浮き彫りにされた二頭もアジアライオンです。





 本品メダイの浮き彫りは、「ダニエル書」六章に基づきます。ダニエルは城壁に囲まれた王宮の内部で、二頭のライオンと共に浮き彫りにされています。ダニエルは天を仰ぎつつ胸の前に両腕を広げていますが、これは伝統的な祈りの姿勢です。

 背景の城壁上部には胸牆(きょうしょう ジグザグの出っ張り)があります。胸牆の形は幾分遅い時代の物を思わせますが、ペルセポリス(古代ペルシアの都)からも胸牆は発掘されていますので、メディア王国時代の城壁が胸牆付きであっても不思議はありません。

 フランス語でサン・ダニエル(SANIT DANIEL)と刻まれた半円の帯は二本の柱に支えられ、アーチとなっています。実際のメディア王国で地上の建築にアーチは使われなかったと思いますが、このアーチは次に述べる通り、本品浮き彫りが表現する宗教的象徴性に大きく関係します。





 本品の直径は 15.5ミリメートルとさほど大きくありませんが、すっくと立ったダニエルの姿によって縦方向の広がりが、二頭のライオンによって横方向の広がりが強調され、物理的なサイズを超えた大きさが感じられます。とりわけ大きな象徴的意味を秘めているのが、預言者ダニエルの立ち姿です。ミケランジェロがシスティナ礼拝堂に描いたフレスコ画のダニエルは椅子に腰かけていますが、本品のメダユール(メダイユ彫刻家)は長身のダニエルを直立させています。

 本品浮き彫りの上半分がアーチ状建築物を模ることは、先ほど指摘した通りです。しかるに本品を制作したフランスの宗教建築において、アーチの半円や穹窿(ドーム)の半球は、神がおられる天上界を象徴します。

 神の属性(神がどのような方であるか)は、図像にも言葉にも表すことができません。キリスト教哲学の考え方によると、人間の知性は神の属性を認識できないからです。それゆえ大きさの無い点は、神の象りとして最もふさわしいと考えられます。神のイメージからあらゆる定義(羅 DEFINITIO 限定、限界付け)を捨象すると、最後は大きさの無い点に到達するからです。しかるにはいずれも一点から等距離にある点の集合であり、神から発出する被造的世界の象徴と看做すことができます。とりわけケプラー以前の時代において、天は巨大な級であり、あらゆる天体は円軌道を描いて回転していると考えられていました。このアナロギア(類比)に基づいて、円と球、及びその建築的表現であるアーチと穹窿(ドーム)は、神が住まう天上界の象徴とされました。





 本品浮き彫りがダニエルの立ち姿をアーチよりも下に収めず、頭部をアーチ中央部から上方に突出させている描写は極めて象徴的です。アーチ中央部の窪みは単にスペースの確保を意図したものではなく、預言者ダニエルが天地を繋ぐアークシス・ムンディー(羅 AXIS MUNDI 世界軸)であることを視覚化したものであるからです。

 キリスト教会が使う旧約聖書の「ダニエル書」は、マソラ本文に一致する部分と、テオドティオン訳が収める部分に分けられます。十三章(スザンナの物語)と十四章(ダニエルとベルの祭司たち)はテオドティオン訳が収める内容で、カトリック教会はこれを第二正典としています。

 マソラ本文に一致する部分は、前半(二章から六章)と後半(一章、及び七章から十二章まで)に分けることができます。前半は預言者ダニエルを軸にして、バビロン捕囚時代に遡る六つの説話を一連の物語に編纂したもので、「ダニエル書」の中核を為します。前半は二章においてネブカドネザルの夢解き、三章においてダニエルの仲間が猛火から救われた話、四章において再びネブカドネザルの夢解き、五章において謎の手が書いた文字の解き明かし、六章においてダニエルがライオンから救われた話が語られます。前半の五つの話において、ダニエルとその仲間たちは神の力が地上に現れる通り道、すなわち天と地を繋ぐ恩寵の通路となっています。世界軸の役割を果たすのは通常であれば聖地ですが、「ダニエル書」では生身の人間である預言者が天と地を繋いでいます。筆者(広川)がダニエルを世界軸と呼ぶのは、このことを意味します。

 本品メダイにおいて、世界軸である預言者の頭部は、いわば天上界に食い込んでいます。アーチ中央下部の窪みに頭を入れたダニエルの姿は、預言者が有する世界軸性を視覚的に表現したものに他なりません。





 上の写真は本品を男性店主の手に載せて撮影しています。女性が本品の実物をご覧になれば、写真で見るよりもひと回り大きく感じられます。





 ガリア・ペニテーンス(羅 Gallia pœnitens 悔悛のガリア)は、十九世紀後半から第二次世界大戦頃までのフランスにおける大きな思潮の一つです。メダイをはじめとする宗教美術の分野においても、ガリア・ペニテーンスの流れを汲む数多くの作例を目にすることができます。「ダニエル書」に基づく本品もまた、ガリア・ペニテーンスに裏打ちされた作品の一つと見ることができます。

 本品が依拠する「ダニエル書」は、ユダ王国のバビロン捕囚から記述が始まります。バビロン捕囚に関しては、イザヤやエレミヤの預言によってユダヤ人たちに警告されていました。それでもユダヤ人が行いを改めなかったために、バビロン捕囚は現実のものとなりました。その後さらにメディアによる支配、ペルシャによる支配が続きます。マソラ本文による後半部分(七章から十二章)は、セレウコス朝シリアによる支配を念頭に書かれています。

 外国の軛(くびき)を掛けられて苦しむユダ王国は、1940年から 1944年までのフランスに似ています。フランスは第二次世界大戦開始直後の戦闘でドイツに連敗し、1940年6月22日には早くも休戦協定を結んで、ドイツの属国のようになりました。フランスの北半分にはドイツ軍が進駐しましたし、南半分を治めるヴィシー政権はドイツの傀儡でした。第三共和政を引き継いだレタ・フランセ(仏 l'État Français フランス国)は、大日本帝国の傀儡である満州国と同様の存在でした。

 本品メダイはフランスがこのような状態であった第二次大戦下、あるいは終戦後すぐの時代に制作されています。ドイツの軛に苦しむフランスの人々の希望が、あるいはドイツの軛を脱して神に感謝を捧げるフランスの人々の喜びが、危機を脱して神に感謝をささげるダニエルの姿に可視化されています。ダニエルという名前は、ヘブル語で「神は我が裁き手」(私を裁くのは神である)という意味です。本品メダイにおいて、神の力は地上においてライオンのうちに顕現しています。浮き彫りにされた二頭のライオンがあくまでも地上の存在として描かれつつも、ダニエルと同じ方向を向くことで神の意思と裁きを表していることに、我々は注意を向けるべきでしょう。





 ダニエルはフランス人男性の名として珍しいものではありませんが、キリスト教以前の預言者であるせいか、聖ダニエルとしてメダイになった例はたいへん稀少です。筆者(広川)は長年に亙ってフランス製メダイを扱っていますが、これまでに見つけた聖ダニエルのメダイは本品一点のみです。

 本品は信心具の最高級素材である八百パーミルの銀を使い、分厚く制作された銀無垢製品であって、ごく少数のみが制作されたと考えられます。入手が難しい稀少性とともに、美術品としての高い完成度、優れた保存状態、浮き彫りに可視化された深い意味ゆえに、お買い上げいただいた方には必ずご満足いただけます。

 当店の商品は現金一括払い、ご来店時のクレジットカード払いのほか、現金の分割払い(二回、三回、六回など。金利手数料無し)でもご購入いただけます。当店ではお客様のご希望に出来る限り柔軟に対応しております。





本体価格 25,800円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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