ピューラモスとティスベー ― オウィディウス 「メタモルフォーセース」(変身) 第四巻 55 - 166行
Pyramus et Thisbe (Πύραμος καὶ Θίσβη) - Ovidius, "Metamorphoses" Liber IV, 55 - 166




(上) François-Alfred Delobbe, "Pyramus and Thisbe", photogravure by Goupil, 260 x 155 mm, Gebbie & Co., 1884 当店の商品


 オウィディウス (Publius Ovidius Naso, 43 B.C. – c. 17 A.D.) は「メタモルフォーセース」(Metamorphoses 「変身」)第四巻において、バビロンの恋人ピューラモスとティスベーの物語を謳っています。この物語はオウィディウスが当時すでに存在していた変身譚を改変し、文学作品としたもので、オウィディウスの独創ではありません。しかしながら「ピューラモスとティスベー」(羅 Pyramus et Thisbe)が今日広く知られるのは、ひとえにオウィディウスのお蔭です。

 オウィディウスによる「ピューラモスとティスベー」(「メタモルフォーセース」第四巻、第 55行から 166行)を全訳し、以下に示します。オウィディウスの作品は韻文ですが、筆者(広川)の和訳はラテン語の意味を正確に伝えることを主眼としたため、韻文になっていません。文意が伝わり易くするために補った語句は、ブラケット [ ] で示しました。


 55  Pyramus et Thisbe, iuuenum pulcherrimus alter, 
 altera, quas Oriens habuit, praelata puellis,
 contiguas tenuere domos, ubi dicitur altam
 coctilibus muris cinxisse Semiramis urbem.
 Notitiam primosque gradus uicinia fecit ;
   ピューラモスとティスベーは、一方[のピューラモス]は若者たちのなかで最も美しく、
他方[のティスベー]は東方にいる娘たちのなかで最も麗しかった(註1)。
この二人は隣り合う家に住んでいたのだが、伝承によると、そのあたりにおいて、
セミラミスは大いなる都城を(註2)煉瓦の壁で取り巻いたのだ。
近くに住んでいることで[ふたりは]知り合い、[親密さが]増し始めた(註3)。
 60  tempore creuit amor ; taedae quoque iure coissent, 
 sed uetuere patres ; quod non potuere uetare,
 ex aequo captis ardebant mentibus ambo.
 Conscius omnis abest ; nutu signisque locuntur,
 quoque magis tegitur, tectus magis aestuat ignis.
  時が経って、愛が育った。[ふたりは]正式の婚姻で結ばれてもよかったはずだが(註4)、
親たちは[結婚を]許さなかった。[しかし親たちは][愛を]禁じることができなかった。すなわち
[ピューラモスとティスベーの]双方は互いに深く愛し合っていたのだ(註5)。
それを知る者は誰もいない。[ピューラモスとティスベーは]うなずきや仕草で話をする。
そしてよく隠されればそれだけ一層、隠された火はさらに燃え立つのだ。
 65  Fissus erat tenui rima, quam duxerat olim, 
 cum fieret, paries domui communis utrique.
 Id uitium, nulli per saecula longa notatum
 (quid non sentit amor ?), primi uidistis, amantes,
 et uocis fecistis iter ; tutaeque per illud
  細い裂け目が塀にできていた。裂け目は以前からできていたのだ(註6)。
どちらの家にも共通する塀が作られていたわけだ(註7)。
この欠陥は、長いあいだ誰にも気付かれなかったが、
[しかしこれを]愛が感じ取らないなどということがあろうか。あたながたは、恋人たちよ、最初に[この裂け目を]目にしたのだ。
そしてあなたがたは言葉を交わすようになった(註7)。その裂け目を通して、邪魔されずに甘い言葉を、
 70  murmure blanditiae minimo transire solebant.
 Saepe, ubi constiterant hinc Thisbe, Pyramus illinc,
 inque uices fuerat captatus anhelitus oris,
 « Inuide » dicebant « paries, quid amantibus obstas ?
 quantum erat ut sineres toto nos corpore iungi,
  とても小さな声で囁き交わすのが習慣となった(註8)。
しばしばティスベーはこちらに、ピューラモスはあちらに[相手を]立たせて、
熱い愛を語り合った(註9)。
恋人たちは言うのだった。「嫉妬深い塀よ。愛し合う者たちを、君はどうして(註10)邪魔するのだ。
われわれが抱き合うのを許しても、君が困るわけではないのに(註11)。
 75  aut, hoc si nimium est, uel ad oscula danda pateres ?
 Nec sumus ingrati ; tibi nos debere fatemur
 quod datus est uerbis ad amicas transitus auris. »
 Talia diuersa nequiquam sede locuti
 sub noctem dixere uale, partique dedere
  あるいは、もしもこれが大きすぎる[望み]なら、[せめて]接吻を交わせるように[隙間を]広げてくれても、[君が困るわけではないのに](註12)。
[とはいえ、]われわれは恩を忘れていないよ。君には恩があると言わざるを得ない。
言葉によって愛する人の耳に辿り着くという[恩恵]が、[われわれには]与えられているのだからね。」
[恋人たちは]座って、こんなふうにいろいろと掻き口説いたが、どうにもならないことであった(註13)。
夜になると、[恋人たちは]さようならを言い、
 80  oscula quisque suae non peruenientia contra.
 Postera nocturnos aurora remouerat ignes
 solque pruinosas radiis siccauerat herbas ;
 ad solitum coiere locum. Tum murmure paruo
 multa prius questi, statuunt ut nocte silenti
  自分の口には届かない口づけを、お互いが相手に与えるのであった(註14)。
その後、夜空に燃える数多くの火を(註15)アウローラが運び去り、
霜が降りた草を太陽が光線で乾かすのであった。
[すると、恋人たちは]いつもの場所で落ち合い、そして小さな囁き声で
多くのことを嘆いたあと(註16)、決心を固める。[皆が寝静まった]静かな夜に
 85  fallere custodes foribusque excedere temptent 
 cumque domo exierint, urbis quoque tecta relinquant ;
 neue sit errandum lato spatiantibus aruo,
 conueniant ad busta Nini lateantque sub umbra
 arboris ; arbor ibi niueis uberrima pomis,
  親たちの目を盗んで森に退くことを試み(註17)、
[自分たちが]家から外に出たら、建物がひしめくバビロンを後にしよう(註18)。
また、広い野原をさ迷って[道に]迷わないように、
ニヌスの墓で落ち合って、木の蔭に隠れよう[というのだ](註19)。
そこには雪のような[白さの]実をたわわに実らせた木、
 90  ardua morus, erat, gelido contermina fonti. 
 Pacta placent ; et lux, tarde discedere uisa,
 praecipitatur aquis, et aquis nox exit ab isdem.
 Callida per tenebras, uersato cardine, Thisbe
 egreditur fallitque suos adopertaque uultum
  高くそびえる桑があり、傍らには冷たい泉が湧き出ていた(註20)。
二人はこのように約束し、満足する(註21)。そして陽の光は見ているうちにゆっくりと去って
ユーフラテスに沈み、同じ河から夜が訪れる(註22)。
ティスベーの心は不安と恐怖に震えていたが、暗闇をうまく利用して
家を抜け出し、家族をだます(註23)。そして顔を隠して(註24)
 95  peruenit ad tumulum dictaque sub arbore sedit ; 
 audacem faciebat amor. Venit ecce recenti
 caede leaena boum spumantis oblita rictus,
 depositura sitim uicini fontis in unda.
 Quam procul ad lunae radios Babylonia Thisbe
  墳墓まで行き、[約束して]言われた木の下に座る。
愛が[ティスベーを]大胆にしていたのだ。何ということであろうか、数頭の牛を殺したばかりで、
[血の]泡を口に付けたままの雌ライオンが、
近くの泉の水で喉の渇きを癒そうとして、やって来る。(註25)。
月の光の下、バビロンの娘ティスベーは、雌ライオンを遠くから
 100  uidit et obscurum timido pede fugit in antrum ; 
 dumque fugit, tergo uelamina lapsa reliquit.
 Vt lea saeua sitim multa compescuit unda,
 dum redit in siluas, inuentos forte sine ipsa
 ore cruentato tenues laniauit amictus.
  見て、足を忍ばせ、暗い物陰へと逃げる。
逃げる間にヴェールが背中から滑り落ちて、地面に残った(註26)。
獰猛な雌ライオンはたくさんの水で喉の渇きを収めるや否や、
森へと帰るときに、ティスベーの薄いヴェールだけを見つけ、
血だらけの口でそれを引き裂いた(註27)。
 105  Serius egressus uestigia uidit in alto 
 puluere certa ferae totoque expalluit ore
 Pyramus ; ut uero uestem quoque sanguine tinctam
 repperit : « Vna duos » inquit « nox perdet amantes ;
 e quibus illa fuit longa dignissima uita
  [ティスベーよりも]後に[家を]出た[ピューラモス]は、高く舞う埃を見て
ライオンがいたことを知り、唇がまったく青ざめた。(註28)
ピューラモスは、しかし、血で染められた衣をも見つけたので(註29)、
次のように言う。「今宵は恋するふたりが死ぬ夜だ(註30)。
恋する二人にとって、これまで長く生きてきたなかで、今宵は最も価値ある夜だった(註31)。
 110  nostra nocens anima est ; ego te, miseranda, peremi, 
 in loca plena metus qui iussi nocte uenires
 nec prior huc ueni. Nostrum diuellite corpus
 et scelerata fero consumite uiscera morsu,
 o quicumque sub hac habitatis rupe leones.
  僕の魂に罪があるのだ。可哀そうなティスベー! 君が死んだのは僕のせいだ(註32)。
夜、恐ろしい場所に来るように、君に命じた僕のせいだ。
それに僕は先にここに来なかった。僕の体を引き裂け。
そして無情な顎で、罪ある臓腑を食い尽くしてくれ。
ああ、この岩壁の下に住まうお前たち、どのライオンたちでもよいから!
 115  Sed timidi est optare necem. » Velamina Thisbes 
 tollit et ad pactae secum fert arboris umbram
 utque dedit notae lacrimas, dedit oscula uesti :
 « Accipe nunc » inquit « nostri quoque sanguinis haustus ! »
 Quoque erat accinctus, demisit in ilia ferrum,
  しかし殺されるのを待ち望むなど、臆病者のすることだ。」[ピューラモスは]ティスベーのヴェールを
取って、結婚を約束した恋人[が待っていたはず]の木の蔭に持って行き、
そこで恋人のために涙を注ぎ、ヴェールに何度も口づけした(註33)。
[そしてピューラモスは]言う。「さあ、受けてくれ。僕の血の流れも!」(註34)
[ピューラモスは][ティスベーの]ヴェールを自分の体にも巻き付け、そのヴェールにナイフを突き立てた(註35)。
 120  nec mora, feruenti moriens e uulnere traxit 
 et iacuit resupinus humo ; cruor emicat alte,
 non aliter quam cum uitiato fistula plumbo
 scinditur et tenui stridente foramine longas
 eiaculatur aquas atque ictibus aera rumpit.
  桑の実は、血を噴き出す[ピューラモスの]傷口から近いところにあった(註36)。
そして[ピューラモスは]地面に仰向けに横たわっていた。血は高く噴き上がっている。
[ピューラモスの様子は、]ちょうど鉛が傷んで導水管が
切れ、小さな破れ目がシューシューといいながら長い
水柱を噴き出しているときのようであった(註37)。あるいは何度も叩いて銅[の像]を壊すときのようであった(註38)。
 125  Arborei fetus aspergine caedis in atram 
 uertuntur faciem madefactaque sanguine radix
 purpureo tingit pendentia mora colore.
 Ecce metu nondum posito, ne fallat amantem,
 illa redit iuuenemque oculis animoque requirit
  [ピューラモスの傍にある桑の]木の実は、飛び散る血で、暗い
色になる(註39)。また血で濡れた根も
[木から]下がる桑の実を深紅の色に染める(註40)。
するとそこに、未だ恐怖心を抱きながらも、恋人が[自分を探して]迷うといけないと思って(註41)、
ティスベーが戻る。ティスベーの目も魂も、ピューラモスを探し求める(註42)。
 130  quantaque uitarit narrare pericula gestit ;
 utque locum et uisa cognoscit in arbore formam,
 sic facit incertam pomi color ; haeret, an haec sit.
 Dum dubitat, tremebunda uidet pulsare cruentum
 membra solum retroque pedem tulit, oraque buxo
  そして、[さきほど自分が]どれほどの危険を逃れたかを、早く話して聞かせたいと思う(註43)。
[約束の場所に戻ったティスベーは、]その場所にも木の形にも見覚えがあるが、
実の色が[違うので、]自信を無くす(註44)。[しかしティスベーはそこに]留まる。[約束の木は]これだろうか。
ティスベーが不審に思っていると、人の体が血だらけの地面で動くのを見て、震えあがる(註45)。
そして後ずさりし、唇を黄楊の木よりも
 135  pallidiora gerens, exhorruit aequoris instar, 
 quod tremit, exigua cum summum stringitur aura.
 Sed postquam remorata suos cognouit amores,
 percutit indignos claro plangore lacertos
 et laniata comas amplexaque corpus amatum
  さらに蒼白にしつつ、野原がどのようになっているかに気が付いて、戦慄を覚えた(註46)。
微かな風が吹き渡るときに、[野原の]表(おもて)が震えるように(註47)。
しかしその後、ティスベーはようやく自分の恋人の姿を認めた(註48)。
大声で悲嘆しつつ、[ティスベーは][ピューラモスの]腕を揺り動かす(註49)。
そして髪を振り乱し(あるいは、髪を搔きむしり)、恋人の体を抱くティスベーは(註50)、
 140  uulnera suppleuit lacrimis fletumque cruori 
 miscuit et gelidis in uultibus oscula figens :
 « Pyrame » clamauit « quis te mihi casus ademit ?
 Pyrame, responde ; tua te carissima Thisbe
 nominat ; exaudi uultusque attolle iacentes. »
  傷に涙を注ぎ、嘆きを血に混ぜる(註51)。
そして氷のように冷たい[ピューラモスの]顔に何度も強く接吻しながら(註52)
叫んだ。「ピューラモス! どんな災いがあなたをわたしから奪ったの(註53)?
ピューラモス! 何か言って! あなたの最愛のティスベーが、あなたを
呼んでるのよ。お願いだから、倒れていないで顔を上げて!(註54)」
 145  Ad nomen Thisbes oculos a morte grauatos 
 Pyramus erexit uisaque recondidit illa.
 Quae postquam uestemque suam cognouit et ense
 uidit ebur uacuum : « Tua te manus » inquit « amorque
 perdidit infelix ! Est et mihi fortis in unum
  ティスベーという名前を聞いて、死が迫って閉じかけた目を
ピューラモスは上げた。そしてティスベーを見て、[目を]再び閉じた(註55)。
ティスベーは、この後、自分のヴェールにも気が付き、さらに剣が
無くて空っぽの象牙の鞘(さや)を見て、言う。「あなたの手と愛が、あなたを
殺してしまったのね。かわいそうな人! わたしも、あなたと同じように強いのよ。
 150  hoc manus, est et amor ; dabit hic in uulnera uires. 
 Persequar extinctum letique miserrima dicar
 causa comesque tui ; quique a me morte reuelli
 heu ! sola poteras, poteris nec morte reuelli.
 Hoc tamen amborum uerbis estote rogati,
  手も、それから愛も強いの(註56)。苦しいときには、アモル様が力を与えてくれるの(註57)。
わたしは死んでしまったあなたに、どこまでも付いてゆきましょう(註58)。死んだあなたの妻になれば、
わたしはそのために惨め過ぎる女とも言われるでしょう(註59)。離れないはずのふたりを、死は引き離してしまったけれど、
もうこれからは、死だってわたしたちを引き離せないわ(註60)。
でも、ふたりからのお願いの言葉を聞いてほしい(註61)、
 155  o multum miseri, meus illiusque parentes, 
 ut quos certus amor, quos hora nouissima iunxit,
 componi tumulo non inuideatis eodem.
 At tu, quae ramis arbor miserabile corpus
 nunc tegis unius, mox es tectura duorum,
  あぁ、とても嘆かわしい人たち、わたしの両親と、ピューラモスの両親よ(註62)。
揺るぎない愛と来世が結びつけたわたしたちふたりを
妬まずに、同じお墓に埋めてね(註63)。
そして、いまはひとりの惨めな亡骸(なきがら)を枝で
蔽っている木よ。あなたはすぐにふたりの亡骸を蔽うことになる。
 160  signa tene caedis pullosque et luctibus aptos 
 semper habe fetus, gemini monumenta cruoris. »
 Dixit et aptato pectus mucrone sub imum
 incubuit ferro, quod adhuc a caede tepebat.
 Vota tamen tetigere deos, tetigere parentes ;
  死の印を失わず、悲しみによって得られた暗い色の実を、
ふたりが流した血の記念に、これからずっと実らせなさい(註64)。」
[ティスベーは]語り終え、胸の下方に刃先を当てて(註65)、
ナイフに向かって倒れ込んだ。そのナイフは[ピューラモスの]血でまだ温かだった。
しかるに[ティスベーの]願いは神々の心を動かし(註66)、親たちを動かした。
 165  nam color in pomo est, ubi permaturuit, ater,
 quodque rogis superest, una requiescit in urna.
  というのも、[桑の]実の色は、十分に熟すると黒っぽいからだ(註67)。
[また][ピューラモスとティスベーは]それぞれ[別に]火葬され[たが]、ひとつの骨壺に安らっているからだ。



 註1   altera, quas Oriens habuit, praelata puellis 
         直訳 他方の女は、オリエーンスが有していた娘たちに先んじる地位にあった。
         
 註2   セミラミス(Σεμίραμις)が煉瓦の壁で取り巻いた「大いなる都城」(alta urbs)とは、バビロンのこと。
         
 註3   Notitiam primosque gradus uicinia fecit
         直訳 近くに住んでいることが、[互いに関する]気付きを、そして[互いへの]最初の歩みを為した。
         
 註4   taedae quoque iure coissent, 
         直訳 [本来であれば]婚姻という掟によって結合したはずであったが
         "coisset" は "coeo" の接続法全分過去(過去完了)。
         
 註5   quod non potuere uetare, ex aequo captis ardebant mentibus ambo.
         直訳 [ピューラモスとティスベーの]双方は同じように捉えられた心で燃え立っており、親たちはそれ(quod)を禁じることができなかった。
         
 註6   Fissus erat tenui rima, quam duxerat olim, 
         直訳 [塀は]細い裂け目で割れていた。その裂け目を、[塀は]以前に作っていたのだ。
         ブラケットで囲んで直訳文に補った主語「塀」(paries)は、次の第66行に初出する。
         
 註7   uocis fecistis iter
         直訳 声の行き来を為した。
         
 註8   tutaeque per illud murmure blanditiae minimo transire solebant.
         直訳 そこを通して、安全な甘い言葉が、とても小さな囁き声で、行き来するのが習いであった。
         
 註9   inque uices fuerat captatus anhelitus oris,
         直訳 そして口の喘ぎが代わる代わるに[耳で]捉えられた。
         "inque uices" は "et in uices"(「そして代わる代わるに」)。"uicis" は主格を欠く。constiterant, fuerat はどちらも全分過去(過去完了)。
         副詞句 "in uicem"(「代わる代わるに」)は、"inuicem"と綴られて一語になることも多い。また "uicem" "per uices" "in uices" の形を取る場合もある。オヴィディウスはここで "in uices" の形を使っており、「メタモルフォーセース」四巻191行、十二巻161行にも同じ語形がみられる。
         
 註10   "quid" はしばしば自動詞とともに副詞のように使われる。このような "quid" は行為の原因を尋ねる句であるから、「なぜ」と訳せる。類例 Quid rides ? mutato nomine, de te fabula narratur. (Hor. Serm. 1.1.69 - 70)
         
 註11    quantum erat ut sineres toto nos corpore iungi,
         直訳 我々が身体的に全く結ばれるのを君が許すのが、[君にとって]どれほどのことであろうか。
         "ut ... jungi" は "erat" の主語となる名詞節だが、意味においては条件節に準ずる。このような場合、帰結節の主動詞はしばしば直説法を取る。ここでも "esse" は直説法未完了過去形を取って、"erat" になっている。
         
 註12   aut, hoc si nimium est, uel ad oscula danda pateres
         直訳 あるいは、もしもこれ(前行の内容)が過ぎたることであるならば、[互いに]与えられるべき口づけのために、むしろ君が開くということが
         "ut"節の続き。"danda" は "do" の動形容詞。"uel" は、"uel potius"(むしろ)の意味。
         
 註13   Talia diuersa nequiquam sede locuti
         直訳 このようなさまざまな事どもを、座って、効果無く語った者たちは
         "locuti" は主語。 "locuti" を受ける主動詞は、次行の動詞 "dixere"。"dixere" は全分過去(過去完了)形。
         
 註14   Talia diuersa nequiquam sede locuti / sub noctem dixere uale, partique dedere / oscula quisque suae non peruenientia contra.
         第78行から第80行の前半までが、ひとつの文になっている。第78行から第80行の最後までを直訳すると、「このようなさまざまな事どもを、座って、効果無く語った者たちは、/ 夜になると別れの挨拶(uale 健やかなれ)を言うのであった。そして自分の部分(口)には / 届かない口づけを、お互いが相手に与えるのであった。」
         "partique dedere oscula quisque suae non peruenientia contra." を散文的語順に並べ替えると、"et contra dedere quisque oscula suae parti non peruenientia."
         
 註15   「夜空に燃える数多くの火を」と訳した "nocturnos ignes" は、星々(stellas 複数対格)のこと。
         
 註16   Tum murmure paruo multa prius questi
         直訳 そうして、[決心に]先立って多くのことを小さな囁きで嘆いた者たちは
         この部分は、"statuunt" の主語を為す名詞句である。なおオウィディウスは "statuunt" を現在形に置くことで、佳境に入ろうとする物語に、一層の臨場感を持たせている。
         
 註17   statuunt ut nocte silenti fallere custodes foribusque excedere temptent 
         直訳 静かな夜に、親たちに気づかれずに行動して森に退くことを試みようと、[恋人たちは]決心する。
         "statuunt" は直説法現在。"temptent" は接続法現在。
         
 註18   urbis quoque tecta relinquant
         直訳 都の家々[が建つ街区]も後にし、
         第86行の "exierint" は接続法完了形、"relinquant" は接続法現在形。恋人たちが決心した内容を説明する "ut ..." の節は、第89行まで続く。
         
 註19   第84行の後半からここまでが "ut" に導かれる節。
          ニヌス(希 Νίνος ニノス)は、ヘレニズム期のギリシア語著述家によって、ニネヴェ(希 Νίνου πόλις ニノスの町)の建設者とされる人物である。しかしながらアッシリアの粘土板文書に「ニノス王」の名は見当たらず、ヘレニズム期に創作された人物であると考えられる。
          紀元前一世紀の歴史家、シチリアのディオドールス(Diodorus Siculus, Διόδωρος Σικελιώτης)は、その著書「世界史」("Ἱστορικὴ Βιβλιοθήκη")において、クニドスのクテーシアース(Κτησίας)の著作に言及している。ディオドールスが引用するクテーシアースによると、ニノスはセミラミスの夫で、セミラミスは先に死んだ夫ニノスのために、バビロン近郊に巨大な墳墓を作った。オウィディウスがここで言及している「ニヌスの墓」は、この墳墓のことである。
         
 註20   arbor ibi niueis uberrima pomis, ardua morus, erat, gelido contermina fonti. 
         直訳 そこには雪のような実によって非常に豊かな木、そびえる桑が、凍るような泉の傍らにあった。
         
 註21   Pacta placent.
         直訳 約束された[これらの]事柄は、[ふたりを]喜ばせる。
         "pacta" は、形式所相動詞 "paciscor"(契約する、協定する、同意する)の完了分詞中性複数主格形。ここでは名詞として扱われ、"placent" の主語になっている。"placent" は歴史的現在。
         
 註22   et lux, tarde discedere uisa, praecipitatur aquis, et aquis nox exit ab isdem.
         直訳 そしてゆっくりと去りゆくのを見られた光は水に沈み、同じ水から夜が出てくる。
         「水」は複数形。ここではユーフラテス川を指す。
         
 註23   Callida per tenebras, uersato cardine, Thisbe egreditur fallitque suos
         直訳 ティスベーは、暗闇を通じて怜悧になり、心臓は何度もひっくり返されていたが、[家を]出、家族をだます。
         ラテン語としては、"per tenebras" を "callida" にかけて、「暗闇のゆえに巧みになったティスベーは」と読むべきであろうが、こなれた日本語としては、「ティスベーは... 暗闇をうまく利用して」のように訳さざるを得ない。
         絶対的奪格の句 "uersato cardine" は、直訳すると「心臓は何度もひっくり返されていたが」となるが、暗闇の中をひとりで出歩くという初めての経験に、不安と恐怖を感じていた様子を描写している。それゆえ「ティスベーの心は不安と恐怖に震えていたが」と訳した。
 なお "uersatus, -a, -um" "uerso" の完了分詞で、後者は "uerto" のフリークエンタティヴ(a frequentative verb)である。「あちこちに向けられている」という原意から、別の文脈では、「経験がある」「熟達した」という意味になる場合も多い。
         
 註24   adopertaque uultum
         直訳 そして、顔において被われたティスベーは
         "uultum" は限定の対格(accusative of respect)。ギリシア語風の言い方である。
         
 註25   Venit ecce recenti caede leaena boum spumantis oblita rictus, depositura sitim uicini fontis in unda.
         直訳 何ということであろうか。数頭の牛を殺したばかりで、[血の]泡が付いた[自分の]口を忘れた雌ライオンが、近くの泉の水で喉の渇きを癒そうとして、やってくる。
         "leaena" は "lea" に同じ。アジアライオン(Panthera leo persica)は、現在ではインド北西部グジャラート州の野生生物保護区に数百頭が残るのみだが、かつては西南アジアに広く生息していた。
         "recenti caede boum" は絶対的奪格。"boum" は "bos" の複数属格。
         "oblitus, -a, -um" は "obliviscor"(忘れる、構わない、度外視する)の完了分詞。"spumantis rictus" は "spumans rictus" の属格。印欧語の属格は、思い出す、忘れる等、心的作用の及ぶ範囲を示す。
         
 註26   tergo uelamina lapsa reliquit.
         直訳 背中から滑り落ちたヴェールを後に残した。
         "uelamina" は "velamen" (衣服、ヴェール)の複数対格。"lapsus, -a, -um" は "labor" の完了分詞。"reliqui" は "relinquo" の完了形。
         
 註27   inuentos forte sine ipsa ore cruentato tenues laniauit amictus.
         直訳 見つけられた、ティスベーを伴わない薄いヴェールを、血だらけの口で引き裂いた。
          "amictus"は第四変化名詞であるから、"inventos tenues amictus"(見つけられた薄いヴェール)は複数対格。
         
 註28   Serius egressus uestigia uidit in alto puluere certa ferae totoque expalluit ore
         直訳 いっそう後に出た男は、高い埃のうちに、野獣の確かな痕跡を見た。そして口においてまったく青ざめた。
          "pulvere" は "pulvis" の単数奪格。"os" は「口」とも「顔」とも訳せる。
          expallesco, ere, pallui v. inch. n. 色褪せる、青ざめる  ※ "inchoative verb" とは変化を表す動詞を指し、ラテン語では現在幹が "-sc-" で終わる。"neuter verb" とは 行為や感情ではなく、状態を表す動詞のこと。"impersonal passive verb" に同じ。
         
 註29   reperio, ire, repperi, repertum 見つける
         
 註30   Vna duos ... nox perdet amantes
         直訳 ひとつの夜がふたりの恋人を死なせるのだ。
         
 註31 e quibus illa [nox] fuit longa dignissima uita,
         直訳 恋人たちに関して、かの夜はわれらの長い生に最も値した。
         この文は、「恋するふたりにとってみれば、今宵は[今後の]長い人生[を賭けるの]に最も価値ある夜だった」という意味にも取れる。実際のところ、筆者(広川)はこの文を最初に読んだとき、そのような意味に受け取った。
 しかしながらごく若い年齢の少年少女である恋人たちの身になって考えれば、これまで生きてきた十数年は自分の全人生であって、大人が思うよりもずっと長く感じられるであろう。そう考えれば、ピューラモスが、自分がこれまで生きてきた十数年の人生を、ここで「長い生」と表現したとしても不自然ではない。詩人オウィディウスはここで全くピューラモスになり、このように謳っているのだと思う。
         "e quibus" は "ex amantes"。"dignissima" はここでは奪格 "longa uita" を支配している。
         
 註32 nostra nocens anima est ; ego te, miseranda, peremi, 
         直訳 我らの魂は害を為す。我が汝を、あわれなる者よ、台無しにしたのだ。
         "miseranda" を "nox" への呼びかけと取って、「嘆くべき夜よ。僕がお前を台無しにしたのだ」とも訳せる。
         この "nostra" は "mea" に同じ。
         peremo/perimo, ere, emi, emptum, v. a. 全く取り去る、台無しにする、滅ぼす。
         
 註33   "ut" を「そこで」の意に用いるのは、詩的用法。
         この "notae" は、「(よく知る)ティスベーに対して」の意に解した。
         
 註34   haustus, us, m. 汲むこと、一汲み ※ ここの "haustus" は複数対格。大量の血であるから、「流れ」と訳した。
         
 註35   Quoque erat accinctus, demisit in ilia ferrum,
         直訳 [ピューラモスは][ティスベーのヴェールで]自らをも縛り、ヴェールにナイフを突き立てた。
         
 註36   nec mora, feruenti moriens e uulnere traxit 
         直訳 [ピューラモスは]桑の実を、[血を]噴き出している傷口から遠ざけなかった。
         傷口から血が激しく噴き出るさまを、"ferveo"(煮え立つ、荒れ狂う、溢れる、たぎる)の現在分詞で表している。
         
 註37   "uitiato plumbo"(鉛が傷んで)、及び "tenui stridente foramine"(小さな破れ目がシューシューといいながら)を、いずれも絶対的奪格として訳した。
         strideo,ere, di v. n. シューシューと音を立てる
         ejaculor v. dep. 射出する
         ictus, us, m. 打つこと、射ること
         
 註38   aes, aeris, n. 銅、青銅、銅や青銅でできた物 ※ ここでは銅像の意に解した。
         
 註39   Arborei fetus aspergine caedis in atram uertuntur faciem
         直訳 木の実りは、流血の撒布により、暗色の外観へと変化する。
         
 註40   "πορφύρα" の原意は、ティルスに産するシリアツブリボラ(Bolinus brandaris, Linnaeus, 1758 アクキガイ科)のこと。
         この貝の鰓下腺(パープル腺)から採れる粘液を日光に曝して、深紅の染料(貝紫)を得る。
         
 註41   metu nondum posito, ne fallat amantem
         直訳 恐怖心が未だ置き捨てられていないながらも、[自分を]愛してくれる人を迷わせるといけないので、
         
 註42   iuuenemque oculis animoque requirit
         直訳 そして[ティスベーは]、両目と魂で若者を探し求める。
         
 註43   quantaque uitarit narrare pericula gestit
         直訳 そして、どれほどの危険を逃れたか話すことを切望する。
         vito, are, avi, atum v. 避ける、逃れる ※ "vitarit" は "vitaret"(接続法完了能動相三人称単数)に同じ。
         gestio, ire, ivi, itum v. n. 小躍りして喜ぶ ; (c. inf.)切望する
         
 註44  utque locum et uisa cognoscit in arbore formam,  sic facit incertam pomi color ; haeret, an haec sit.
         直訳  [約束の]場所を、また見られた木における形を[ティスべーが]認知するのと同様に、実の色が[ティスベーに]自信を無くさせる。
         ut ... sic … ... と同様に…、... のいっぽうで…
         
 註45    tremebunda uidet pulsare cruentum membra solum
         直訳 震える少女は[誰とも知れぬ人の]体が血に染まった土を動かすのを見る。
         
 註46    exhorruit aequoris instar
         直訳 野原の姿(ありさま)にぞっとした。
         exhorreo, ere, horrui, v. a. ぞっとさせる  exhorresco, ere, horrui, v. inch. n. et a. ぞっとする(aliquid ある物事のために) ※ ここに出てくる "exhorrui" は、後者の完了形。
         instar n. indecl. 形、外観 ; 同種のもの、同数のもの
         
 註47    quod tremit, exigua cum summum stringitur aura
         直訳 表面がごく微かな風によって吹き寄せられると、それ(野原の姿)は震えるのだ。
         第136行は、前行の "insar" を限定(修飾)する形容詞句である。
         exigua aura かすかな風で(奪格)  summum 最上層
         
 註48    Sed postquam remorata suos cognouit amores,
         直訳 しかしその後、遅れた女(ティスベー)は自分の恋人を認識した。
         "suos amores" は "amatum" の換喩。なお "amor" は単数形、複数形とも同様の意味で使われる。
         
 註49   percutit indignos claro plangore lacertos
         直訳 [ティスベーは]はっきりと聞こえる悲嘆の声を上げながら、そうするに値しない(i. e. 本来ならばそのようなことをしなくてもよいはずの)[ピューラモスの]腕を激しく揺り動かす。
         percutio, ere, cussi, cussum, v. a. 貫く、激しく揺り動かす、打つ
         lacertus, i, m.  筋肉、上膊、力
         
 註50    et laniata comas amplexaque corpus amatum
         直訳 そして髪において引き裂かれた女、また、愛されている体を抱く女は、
         lanio, are, avi, atum, v. a. 引き裂く、ちぎる
         coma, ae, f. 頭髪、くしゃくしゃの髪 ※ ここの "comas" は、ギリシア語風の「限定の対格」。
         amplector, plecti, plexus sum,, v. dep. 抱擁する、慈しむ、包み込む
         
 註51    uulnera suppleuit lacrimis fletumque cruori miscuit
         直訳 傷を涙で満たし、嘆きを血に混ぜる。
         
 註52    et gelidis in uultibus oscula figens
         直訳 そして氷のように冷たい[ピューラモスの]顔に(複数の)接吻を刻みつけながら
         figo, ere, fixi, fixum, v. a. 結びつける、刻み付ける、打ち込む
         
 註53    quis te mihi casus ademit ?
         adimo, ere, emi, emptum, v. a. 取り去る、奪い取る
         
 註54    exaudi uultusque attolle iacentes.
         直訳 [わたしの願いを]聞き容れて、倒れている顔を上げて。
         
 註55    Ad nomen Thisbes oculos a morte grauatos Pyramus erexit uisaque recondidit illa.
         直訳 ティスベーという名前に[反応して]、死のゆえに重い目をピューラモスは上げた。そしてティスベーが見られると、[目を]再び閉じた。
         "visa illa"(ティスベーが見られると)は、絶対的奪格。
         
 註56    Est et mihi fortis in unum hoc manus, est et amor
         直訳 わたしの手もこれと同じように強いし、愛も強いのよ。
         in unum ひとつになって、同じように
         ここで "in unum hoc" となっているのは、「あなたがこうしたのと同じように」「あなたのこの行動と一体になって」の意。
         
 註57    dabit hic in uulnera uires. 
         直訳 苦しみにおいて、愛の神アモルが力を与えてくれる。
         "hic" は二通りの解釈ができる。ここでは直前の "amor"(愛、愛の神)を指す代名詞と解して、上のように訳した。しかしながら "hic" を、「ここで」「この場合は」を意味する副詞と考えることも可能であろう。その場合は「こんなに辛いときでも、愛は力をくれるのよ」(直訳 いまここでは、苦しみにおいて、愛が力を与えてくれる)と訳せる。いずれの場合も大意に変わりはない。
         
 註58    Persequar extinctum
         "persequor" の接頭辞 "per-" は強意を表すので、訳文に「どこまでも」を挿入した。
         
 註59    letique miserrima dicar causa comesque tui 
         直訳 あなたのせいで、死者の惨め過ぎる連れ合いとも言われるでしょう。
         causa ... tui あなたのせいで  ※ この "tui" は代名詞 "tu" の属格。
         miserissima ... comes 惨め過ぎる連れ合い
         
 註60    quique a me morte reuelli heu ! sola poteras, poteris nec morte reuelli.
         直訳 死だけによって、あぁ、わたしから引き離され得たあなたは、[今後はもう]死によっても引き離され得ない。
         "qui" は関係代名詞(男性単数主格)で、"poteras"(未完了過去) 及び "poteris"(未来) の主語。
         vello, ere, velli/vulsi, vulsum, v. a. 引き抜く、根絶する
         revello, ere, velli, vulsum, v. a. 剥ぎ取る、根絶する ※ 本文の "revelli" は不定法現在受動相。
         
 註61    Hoc tamen amborum uerbis estote rogati,
         直訳 しかし[あなたがたは]、ふたりの言葉でこれ(hoc )を依頼された者どもであれ。
         第154行から第157行は、自分の両親とピューラモスの両親に対するティスベーからの呼びかけである。"hoc" は "ut ..." の節(第156 - 157行)を予告している。
         rogo, are, avi, atum v. a. 求める、尋ねる、依頼する、祈る
         "estote"("sum" の命令法未来二人称複数 「汝らがあれ」)はヴルガタに頻出するが、古典の文献ではあまり使われない。オウィディウスの作品では、この箇所と、「ファースティー」("FASTI")中の一か所の、合計二箇所に使われている。
         
 註62    o multum miseri
         この "multum" は副詞。
         miser, era, erum, adj. 不幸な、嘆かわしい、嫌悪すべき
         
 註63    ut quos certus amor, quos hora nouissima iunxit, componi tumulo non inuideatis eodem.
         直訳 確かな愛が結びつけた者たち、最後の時が結びつけた者たちが、同じ墓に埋葬されるのを、あなたがたが妬まないということを ※ "ut..." に導かれる名詞節。
         "quos" に導かれるふたつの関係代名詞節は、不定詞 "componi" の対格主語。"ut quos certus amor, quos hora nouissima iunxit, componi tumulo eodem"(「確かな愛が結びつけた者たち、最後の時が結びつけた者たちが、同じ墓に埋葬されるということ」)は、"inuideatis" の直接補語 complement d'objet direct (直接目的語 direct object)。この全体が "ut ..." に導かれて名詞節となり、第154行の完了分詞 "rogati" の直接補語(直接目的語)になっている。
         
 註64    signa tene caedis pullosque et luctibus aptos semper habe fetus, gemini monumenta cruoris.
         直訳 死の印を持っていよ。また、悲しみによって得られた暗色の実を、ふたつの流血の記念物を、常に持て。
         pullus, a, um, adj. 暗色の
         luctus, us, m. 悲しみ、服喪
         apiscor, apisci, aptus sum, v. dep. 得る、達する
         
 註65    aptato pectus mucrone
         直訳 刃先を胸に当てて
         "aptato... mucrone" は、絶対的奪格。
         "pectus" は、ギリシア語風「限定の対格」(accusative of respect)
         
 註66   Vota tamen tetigere deos,
         直訳 しかるに[ティスベーの]願いは神々に触れた。
         tango, ere, tetigi, tactum, v. a. 触れる、感動させる "tetigire" は直説法過去完了能動相三人称複数。
         
 註67   nam color in pomo est, ubi permaturuit, ater,
         permaturesco, ere, maturui, v. inch. n. 十分に熟する
         
 註68    quodque rogis superest, una requiescit in urna.
         直訳 薪の束の上にあるそれぞれ[の亡骸]が、ひとつの骨壺に安らっている。
         quisque, quaeque, quidque (subst.) / quodque (adj.), pron. indef. 各人、各個の物 ※ ここでは "quemque" の代わりに "quodque" となっているが、"corpus" が略されていると考えればよい。
         rogus, i, m. 薪の束、火葬場、墓場



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