愛らしいサイズの十字架型ペンダント。フランス南東部サヴォワ地方で愛用されるビジュ(仏 bijoux ジュエリー)、クロワ・サヴォワヤルド(仏
croix savoyarde)のひとつで、「クロワ・プラット」(仏 croix plate)と呼ばれる種類です。
クロワ・プラットの形状は、シンプルなラテン十字の縦木上端を平坦なフルール・ド・リス(仏 fleur de lys 百合の花)とし、他の三か所の末端は外側に向けて小さな突出を有する小球となっています。すなわち末端の形状に限って言えば、クロワ・プラットはクロワ・ジャネットと共通しています。サヴォワ地方のクロワ・ド・クゥはほとんどが複雑な形状で、クロワ・プラットのミニマリスティックな形状は異彩を放っています。
十九世紀のフランスには、その地方ごとに独特の衣装やアクセサリー、ビジュ(仏 bijoux ジュエリー)がありました。このように地域性豊かな伝統的なジュエリーを総称して、ビジュ・レジオノ(仏 bijoux régionaux)と呼びます。単数形はビジュ・レジオナル(仏 bijou régional)です。
ビジュ・レジオノは豊かな地域で最もよく発達しました。ブルターニュやプロヴァンスには数多くの見事なビジュがあります。プロヴァンスの北隣に当たるサヴォワ地方も多彩なビジュ・レジオノで知られる地域で、谷に位置する町や村同士が急峻な高山で隔てられているゆえに、狭い地域でありながらもビジュ・レジオノの分化が進んでいます。フランスの民俗学者アルノルド・ヴァン・ジュネップ(Arnold
van Gennep, 1873 - 1957)によると、クロワ・サヴォワヤルド(仏 croix savoyardes サヴォワの十字架)と呼ばれるクロワ・ド・クゥ(仏 croix de cou 十字架型ペンダント)に限っても、十四もの変種を数えることができます。
十九世紀半ば以降にフランス社会の世俗化が進み、また鉄道網や電信、マスメディアが発達するにつれて、地方文化は弱体化し、消滅してゆきました。それに伴いビジュ・レジオノも姿を消してゆき、現在では専門書や博物館の収蔵品カタログでしか目にすることができません。本品「クロワ・プラット」も、そのようなもののひとつです。アンティークのクロワ・プラットは入手困難で、いずれも稀少品です。
クロワ・プラットは十四種あるクロワ・サヴォワヤルドのひとつです。この十字架は主にサヴォワ地方の北半分(現在のオート=サヴォワ県)で使われますが、ラ・モーリエンヌ(la
Maurienne)の中部、及びラ・タランテーズ(la Tarantaise)に近い高地の村ティーニュ(Tignes)にも分布しています。
本品は金張りで、最上部のフルール・ド・リスに二つの刻印があります。刻印は読み取りが困難ですが、長方形がドゥブレ・ドール(仏 doublé d'or 金張り)を示すマーク、菱形の一部を欠いた形がジュエリー工房のマークでしょう。
貴金属の表面で反射される可視光を波長帯に分けて計測すると、銀(Ag)は全ての波長の光をほぼ偏りなく反射するのに対し、金(Au)の反射光は長波長側に偏っています。金が金色を呈するのはそのためです。純金は軟らかすぎて容易に摩滅したり変形したりするので、実用性のあるジュエリーを作るにはニッケルや銅等を混ぜて合金とします。十九世紀頃のフランスで用いられた金合金は銅が多く含まれているため、他の国の金製品に比べると、赤味がかった色をしています。本品においてベース・メタルの表面に張られている金(金合金)も赤味がかっており、ローズ・ゴールド(ピンク・ゴールド)に近い色をしています。
本品は薄板状の部材二枚を鑞付け(ろうづけ 溶接)して、縦木と横木に膨らみを出しています。上の写真に写っている面には、縦木上部に小さなへこみがありますが、強度にも美観にも影響はありません。
本品は百年以上前のフランスで制作された真正のアンティーク品ですが、古い年代にもかかわらず保存状態は極めて良好です。大きな瑕疵(かし 欠点)は何もありません。上の写真は本品を男性店主の手に乗せて撮影しています。女性が本品の実物をご覧になれば、写真で見るよりもひと回り大きなサイズに感じられます。
本品はどのような服装に取り合わせても良く似合います。邪魔にならない可愛らしいサイズであるうえに、軽量でもあり、日々ご愛用いただけます。現代の金めっきに比べると、アンティーク品の金張りは金の層が数倍ないし数十倍の分厚さで、レプリカ(複製品)には決してまねのできない重厚さと高級感があります。
十九世紀のクロワ・ド・クゥといえば、クロワ・ジャネットがよく知られています。アンティークのクロワ・ジャネットは稀少品ですが、本品クロワ・プラットはさらに稀少で、手に入れることは非常に困難です。十字架型ペンダントは世間に多くありますが、クロワ・プラットはどこを探してもありません。