鳩を中心とした鳥のシンボリズム
le symbolisme chrétien de la colombe



 ヨーロッパの文化において、鳩は最も象徴的意味に富む鳥のひとつです。鳩が持つ象徴的意味の一部は、その源泉をキリスト教以前に遡ります。

 鳩が有する多様な象徴的意味は、重層的に重なり合いますが、以下では便宜的に項目に分け、具体例に即して論じます。


【キリスト者の魂を象徴する鳥、あるいは鳩】

 咲き乱れる花々のあいだに遊ぶ鳥の図柄は、グレコ=ロマン期の地中海沿岸に広く分布します。この場合の鳥は鳩とは限らず、様々な鳥が登場します。

 この種の図柄が邸宅の壁に描かれている場合は上流階級の田園趣味を窺(うかが)わせますが、墓室の床や壁面、聖堂に描かれている場合、それは死後の魂が住まう楽園を描写しています。

 楽園の描写において、鳥がから水を飲んでいる場合があります。この場合、鳥は死者の魂、水は生命そのものを表しています。すなわち死後の永生あるいは再生を願って、鳥の姿を取った魂が生命の水を飲む様子を描いたのです。


 「生命の水を飲む鳥」のモティーフは、キリスト教の初期において被葬者がキリスト教徒であると異教徒であるとを問わず、墓室床面や壁面をはじめ、聖堂のモザイク画にも類例が見られます。

 下の写真は5世紀中頃のモザイク画で、テサロニキのアケイロポイエートス (Acheiropoietos) 聖堂身廊アーチ内側にあります。このモザイク画において、「生命の樹」は、珍しいことに蓮の形で表されています。生命の樹は「生命の水」が満ちた水盤から生え出ており、そこに鳥たちが群れ集っています。




 次に示すのはラヴェンナ、サンタポリナーレ・ヌオヴォ聖堂の身廊北壁にあるモザイク画で、6世紀初頭の作例です。画面の上半分に表されているのは最後の審判の情景で、中央に座したキリストが、羊を右(向かって左)に、山羊を左に分けています(マタイ 25: 31ff)。キリストの右にいるのは愛を司るセラフで、赤色で表されています。キリストの左にいるのは智を司るケルブで、青色で表されています。

 画面の下半分には、「生命の水」が入った壺を挟んで、両側に孔雀(くじゃく)が描かれています。孔雀は飾り羽を大きな円形に開いた様子が不滅の太陽を連想させるゆえに、古来永遠と不死を象徴します。このモザイク画において、孔雀は不滅の霊魂を表しています。




 既述のように楽園の鳥の種類は様々ですが、鳩はキリスト教建築に描かれる場合が多いように思われます。上に示したサンタポリナーレ・ヌオヴォ聖堂のモザイク画に接してすぐ西側には、鳩の図柄が描かれています。

 下に示すのはフランスとの国境近く、北イタリアのアルベンガ(Albenga リグリア州サヴォナ県)にある5世紀の洗礼堂のモザイク画です。三位一体を表す三重のクリスム(キー XとローPの組み合わせ文字)を取り囲んで描かれた十二羽の鳩は、十二使徒の魂、すなわち全キリスト教徒の魂です。






 なお「生命の水」を飲む鳥のモティーフは、後世のキリスト教美術においても頻繁に登場します。

 下に示すのは洗礼記念のメダイユ彫刻で、19世紀のフランスにおける作例です。二羽の鳩が水盤から水を飲む姿は、キリスト者が洗礼の水によって再生に与かり、永遠の生命を得ることを意味します。さらにキリストの血はキリスト者が飲む生命の水であり(ヨハネ 6:54)、水盤の水を飲む鳥はキリストの血を飲んで永遠の生命を得るキリスト者の魂を象徴しています。「生命の水」という古代以来のテーマがキリスト教文化に取り入れられて、あたかも地下水脈のように途絶えることなく伝えられていることがわかります。

【下】 ウジェーヌ・アンドレ・ウディネ作 大型メダイユ 「わが肉を食らひ血を飲む者は永遠の命を得べし」 1854年 (部分) 当店の商品です。




 なお上に示したウジェーヌ・アンドレ・ウディネのメダイでは、水盤から噴水のように水が噴き上がっています。この作例に見られるように、「生命の水」は動かない溜まり水ではなく、むしろ常に湧き出す泉として表現されることが多くあります。


 次に示すのは「天上の純潔の味わい」と題された 1860年頃のカニヴェで、パリの版元シャルル・ルタイユによる最初期の作例です。貞操を守って救いに至るべきことを若い女性に説く内容で、画面には楽園の百合とともに二羽の鳥が描かれ、そのうちの一羽は生命の水を飲んでいます。この鳥は貞操を守って救いを得、楽園に住まう女性の魂です。


【下】 "Goût de la Celeste Pureté", Charles Letaille, No. 7, 118 x 74 mm, vers 1860 当店の商品です。


      


 小鳥のモティーフは20世紀においても繰り返されます。下に示す画像はいずれも20世紀中頃のフランスで制作された小聖画で、救われるべき魂を小鳥の姿で表しています。それぞれの小聖画について概略を記します。いずれも当店の商品です。




・左端 「コルンバ・メア」(Columba mea. ラテン語で「わが鳩よ」) 12 x 5 cm

 ノワジー=ル=セック(Noisy-le-Sec イール=ド=フランス地域圏セーヌ=サン=ドニ県)に 1964年まで存在したカルメル会 (les Carmélites du Saint Esprit) の小聖画。裏面の書き込みから、ブルゴーニュの東端、オーソンヌの聖母教会 (l'église Notre Dame d'Auxonne) で 1954年6月6日にコミュニオン・ソラネルを受けたマリ=テレーズ・サザーニュという少女のものであることがわかります。

・中央 「心の清い人々は幸いである」 12 x 7 cm

 白い中性紙に黄土色、茶色、白、黒のインクを使った石版画によるミニアチュ-ル。裏面は白紙です。「心の清い人々は幸いである」("BIENHEUREUX LES CŒURS PURS") は「マタイによる福音書」5章6節の引用で、山上の垂訓の一節です。
 本品はプラディーヌ(Pradines ローヌ=アルプ地域ロワール県)のベネディクト会女子修道院で 1940年代頃に制作されたものです。プラディーヌ修道院は 1804年の創立、修道院内の印刷工房は 1942年の創設で、現在も活動しています。

・右端 「ノートル=ダム・オ・ワゾー」(Notre-Dame aux Oiseaux フランス語で「小鳥たちの聖母」) 12 x 7 cm

 ファルムティエ(Farmoutiers イール=ド=フランス地域圏セーヌ=サン=ドニ県)のベネディクト会女子修道院ノートル=ダムで、1950年代頃に制作された小聖画。裏面は白紙です。ファルムティエの修道院は620年頃に創建され、現在も存続しています。


【平和の象徴としての鳩】

 創世記8章の記述によると、神の怒りで惹き起された洪水の豪雨が治まった後、ノアは最初に烏(からす)、次に鳩を箱舟から放ちますが、大地が水に被われていて降りる地面が無かったので、いずれもすぐに箱舟に戻ってきました。その7日後、ノアが二度目に鳩を放つと、鳩は夕方になって箱舟に戻りました。鳩は嘴(くちばし)にオリーヴの葉を咥(くわ)えていたので、水が引き、地面が顔を出し始めたことがわかったのでした。(註1)


 箱舟から鳩を放すノア。13世紀イタリアのモザイク画。


 この故事に基づき、平和を象徴する鳩は、嘴にオリーヴの葉を咥えた姿で表されます。オリーヴを咥えた鳩は、キリスト教を離れて、平和の象徴として広く用いられています。

 パブロ・ピカソ画



【聖霊の象徴としての鳩】

 鳩はまた三位一体の第三の位格(ペルソナ)、聖霊なる神の象徴です。これは四福音書の記述(マタイによる福音書3章16節、マルコによる福音書1章10節、ルカによる福音書3章22節、ヨハネによる福音書1章32節)によります。(註2)


【下】 Joachim Patinir, Taufe Christi, 1515 - 24, Holz, 77 x 60 cm, Kunsthistorisches Museum, Wien




 聖霊の鳩は受胎告知画にも描かれ、特に15世紀までの作品によく見られます。下の写真は、イタリア中央部ペルージア(Perugia ウンブリア州ペルージア県)の国立ウンブリア美術館に収蔵されている大きな祭壇画で、もともとはピエロ・デッラ・フランチェスカがこの都市のサンタントニオ修道院のために制作した作品です。下の写真はこの祭壇画の最上部で、受胎告知を描いています。上空にはマリアに向かって飛来するかのような聖霊が描かれています。


(下) Piero della Francesca, "L'Annunciazione," c. 1469, tempera su tavola, 191 x 170 cm, La Galleria Nazionale dell'Umbria, Perugia




 聖霊を表す鳩は、絵画においては上向きに描かれることも下向きに描かれることもありますが、メダイ彫刻においては通例下向きの姿勢で表されます。大画面の絵画等と比べ、メダイにおいては描写できる内容に制約が多く、たとえば大きな背景を描くことはできません。それゆえ、聖霊の降臨が「天から地上に向けて」為されたという方向性を端的に表現するために、メダイにおける鳩(聖霊)は下を向いています。

【下】 クロワ・ユグノト(ユグノー十字) 当店の商品です。





【愛の象徴としての鳩】

 モーセ五書と福音書に並んで鳩が多く登場するのは、ソロモンの雅歌ですが、ここでは鳩は愛しい恋人である美しい女性の象徴です。


 恋人よ、あなたは美しい。あなたは美しく、その目は鳩のよう。(雅歌 1:15 新共同訳)

 岩の裂け目、崖の穴にひそむわたしの鳩よ/姿を見せ、声を聞かせておくれ。お前の声は快く、お前の姿は愛らしい。 (同 2:14)

 恋人よ、あなたは美しい。あなたは美しく、その目は鳩のよう/ベールの奥にひそんでいる。髪はギレアドの山を駆け下る山羊の群れ。 (同 4:1)

 眠っていても/わたしの心は目覚めていました。恋しい人の声がする、戸をたたいています。「わたしの妹、恋人よ、開けておくれ。わたしの鳩、清らかなおとめよ。わたしの頭は露に/髪は夜の露にぬれてしまった。(同 5:2)

 わたしの鳩、清らかなおとめはひとり。その母のただひとりの娘/産みの親のかけがえのない娘。彼女を見ておとめたちは祝福し/王妃も側女も彼女をたたえる。(同 6:9)


 なおギリシア・ローマ神話において、鳩はウェヌスの鳥であり、ウェヌスと同様に愛を象徴します。

(下) Léon Bazille Perrault (1832 - 1908), "Vénus à la colombe"




 ヒッポのアウグスティヌス (Augustinus, 354 - 430) はその三位一体論において、父なる神を「認識の主体としての神」、子なる神を父なる神による「認識の客体としての神」、聖霊なる神を認識する神とされる神のあいだに成り立つ「愛」であると論じました。

 キリスト教の神には欠けているものがありませんから、神の愛はエロース(註3)、すなわち人間の愛やギリシア・ローマの神々の愛とは全く異質のものです。しかしながら人間が神の愛を表象しようとすれば、人間の愛との類似性 (similitudo) によって表象せざるを得ません。その限りにおいて、聖霊の象徴とウェヌスの象徴が共に鳩であるのは興味深い一致です。


 他の種類の鳥については、美術に関するレファレンス 《鳥のシンボリズム symbolique des oiseaux》 をご覧ください。



註1 創世記8章8節から12節 (新共同訳)

 ノアは鳩を彼のもとから放して、地の面から水がひいたかどうかを確かめようとした。しかし、鳩は止まる所が見つからなかったので、箱舟のノアのもとに帰って来た。水がまだ全地の面を覆っていたからである。ノアは手を差し伸べて鳩を捕らえ、箱舟の自分のもとに戻した。 更に七日待って、彼は再び鳩を箱舟から放した。鳩は夕方になってノアのもとに帰って来た。見よ、鳩はくちばしにオリーヴの葉をくわえていた。ノアは水が地上からひいたことを知った。彼は更に七日待って、鳩を放した。鳩はもはやノアのもとに帰って来なかった。

註2 マルコによる福音書1章9節から11節 (新共同訳)

 そのころ、イエスはガリラヤのナザレから来て、ヨルダン川でヨハネから洗礼を受けられた。水の中から上がるとすぐ、天が裂けて“霊”が鳩のように御自分に降って来るのを、御覧になった。すると、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が、天から聞こえた。

註3 プラトンの「シュンポシオン(饗宴)」の記述によると、エロースは「ポロス」(Poros 豊かさ)を父、「ペニアー」(Penia 欠乏)を母として生まれた子供であり、自分が満ち足りるために、自分に足りないものを求め続けます。(Plato, "Symposium", 203b - 203e) 

 すべてに満ち足りた神が「愛する」という場合、その「愛」は当然のことながらエロースではありません。アウグスティヌスは「ウートル」(UTOR 使う)と「フルオル」(FRUOR 享受する)という対立概念を用いて、プラトンのエロースとは異質のキリスト教的な「愛」を考察しています。すなわちアウグスティヌスの説くところによると、「ウートル」(UTOR 使う)が「より望ましいもの、欲しいものに到達する手段として利用する」という意味であるのに対し、「フルオル」(FRUOR 享受する)は、「欲望ではなく、ただ愛のみによって対象と結びつく」ことを表しています。前者に関わるのがエロース、後者に関わるのがカリタース(CARITAS キリスト教的愛)です。



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