極稀少品 ドラゴンを打ち倒す聖ミカエルと、シェフ・ド・サントベール アヴランシュの聖オベール 聖遺物を浮き彫りにした非常に珍しいメダイ 直径 20.8 mm フランス 1880年代


突出部分を除く直径 20.5mm   厚さ 2.0 mm   重量 3.0 g



本体価格 32,000円



 ノルマンディーの西端、ブルターニュに近いマンシュ県の海岸近くに浮かぶモン=サン=ミシェル修道院はフランスで最も有名な建築物のひとつであり、数多くの芸術作品にインスピレーションを与えています。





 モン=サン=ミシェル修道院は外敵の侵入に対抗する要塞型建築であり、島の基部は頑丈な城壁に守られています。島内に入るには跳ね橋を渡り、1435年に造られたラ・ポルト・デュ・ロワ(仏 la porte du roi 王の門)を通過する必要があります。この後にもさらに四つの門を通り過ぎると、島内唯一の街路であるラ・グランド・リュ(仏 la Grande Rue 大通り)の起点にたどり着きます。ラ・グランド・リュの終点は塔付きの小さな聖堂で、レグリーズ・サン=ピエールという教会です。

 レグリーズ・サン=ピエール(仏 L'église Saint-Pierre 聖ペトロ教会、サン・ピエール教会)は十一世紀に建設され、十五世紀から十六世紀にかけて大規模に改装されたロマネスク様式の教区教会で、十三世紀の洗礼盤や十五世紀の彫像群、パリの金銀細工工房シェルティエ(Chertier)が1873年に制作した主祭壇など、素晴らしい調度を有します。


 レグリーズ・サン=ピエールの鐘楼基部は、南に開口する玄関でした。しかしながら南入口は塞がれて、1885年、玄関はラ・シャペル・サン・ミシェル(仏 la Chapelle St. Michel 聖ミカエル礼拝堂)に改造されました。本品に刻まれている大天使ミカエル(聖ミシェル)像は、1895年以来、ラ・シャペル・サン・ミシェルに安置されています。大天使像は全体を銀の板に覆われた 1877年の作品で、龕(がん 壁の窪み)に納められています。鎖帷子(くさりかたびら チェーン・メイル)を着て冠を戴く大天使ミカエルは、ドラゴンとして表されたサタン(堕天使の首領、悪魔)を踏みつけ、止めを刺すために剣を振り上げています。像は 2004年に修復を受けています。




(上) モン=サン=ミシェル修道院内、レグリーズ・サン=ピエール(聖ペトロ教会)に安置されている像。本品の浮き彫りのモデルです。フランスの古い絵はがきより。


 ミカエルが振り下ろす剣は波状の刃を持つ独特の形です。天使は質料と複合せずに自存する本質(羅 ESSENTIA)、すなわち肉体を持たない霊であるゆえに、ミカエルの剣もまた現実の鉄製武器ではなく、むしろ神の意思を象(かたど)ります。

 そもそも剣は偉大な霊力を有する特別な物品と考えられており、この観念は洋の東西を問いません。東洋に目を向けると、わが国の古代神話において、素戔嗚(すさのお)は八岐大蛇(やまたのおろち)の尾から天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)を得、倭建命(やまとたけるのみこと)もこの剣を使います。素戔嗚の八岐大蛇退治は東晋の「捜神記」に類話があり、少女が剣で大蛇を殺します。南九州を中心とする西日本では、古墳時代の蛇行剣が出土します。これはミカエルの剣と同様の波状の刃を持つ剣で、霊力を重視した儀礼用と考えられています。時代は下って明代の「三国志演義」には、劉備と孫権の剣が甘露寺の庭の大石を十字に断つ話があります。劉備と孫権の剣の刃は波状ではありませんが、二人の刀が石を断ち割ったのは刃の物理的強さによるのではなく、曹操を滅ぼして漢王朝を再興する志によります。

 翻って西洋では、オイル語による最古の武勲詩「ローランの歌」("Chanson de Roland" 十一世紀)に、霊剣デュランダル(Durandal)が登場します。ピレネー山中ロンスヴォー峠において最期を迎えるとき、騎士ローランはデュランダルがイスラム教徒の手に渡るのを避けるため、これを岩に打ち付けて折ろうとしますが、却って岩が切り裂かれ、霊剣はまったく傷みませんでした。霊剣デュランダルの行方は杳として知れませんが、一説にはニュルンベルクの国立ゲルマン博物館(das Germanische Nationalmuseum, GNM)にある宝剣がそれであるとも、ロカマドゥールの岩の割れ目に挟まっているのがそれであるとも言われています。デュランダルの場合は物語に神秘的要素が薄れていますが、単に硬く鋭い剣でないことは言うまでもなく、常軌を逸した性能は剣の霊力に由来すると考えられます。

 なお中世西ヨーロッパにおいてフランベルジュ(仏 flamberge)と呼ばれる剣が戦闘で実用されており、これは殺傷力を高めるために波状の刃を有していました。フランベルジュはゲルマン語のフローベルガ(frōberga)がラムダシスム(仏 lambdacisme r が l に置換される現象)を経て出来た語ですが、フローベルガの語源は「人(fro)を守る(bergan)」です。しかるに古高ドイツ語、古ザクセン語、古低地フランク語の動詞ベルガン(bergan)は、印欧基語まで遡っても超自然力の介在を示唆する語や音素とは結びつきません。したがってフローベルガ、フランベルジュは、単なる物理的な力で使い手を守る器物の意に解せます。そうであれば波状の刃が必ずしも霊力を象徴するとは言えないわけですが、天使の剣の形状が波状であるのは、やはり霊の剣と通常の剣との違いを際立たせるためであろうと筆者(広川)は考えます。





 本品メダイの両面は、カドリロブ(仏 quadrilobe 四つ葉)と正方形を組み合わせた刳り型状装飾で飾られています。一方の面の刳り型は美術史用語でマンドルラ(伊 mandorla アーモンド)と呼ばれる紡錘形と組み合わされ、マンドルラの内部にはレグリーズ・サン=ピエールのミカエル像が浮き彫りにされています。大天使に執り成しを求める祈りの言葉が、マンドルラの縁に沿ってフランス語で記されています。

  Saint Michel Archange, priez pour nous.  大天使聖ミカエルよ、我らのために祈り給え。


 本品に浮き彫りにされたレグリーズ・サン=ピエールのミカエルは、左手に小さな楯を持っています。メダイの浮き彫りは小さなサイズなので楯の模様が分かり辛いですが、サン・ピエール教会に安置されてiいる聖ミカエル像を見ると、楯には十字架とサクレ=クール(le Sacré-Cœur 聖心)が表されています。

 この像が作られた 1870年代のフランスは普仏戦争に敗れた直後であり、イエスの聖心に奉献したサクレ=クール教会がパリをはじめとするあちこちに建てられるなど、宗教界ではガリア・ペニテーンス(羅 Gallia pœnitens/pænitens 悔悛のガリア)の運動が盛んでした。モン=サン=ミシェルは八世紀以前に起源を遡る古い聖地ですが、レグリーズ・サン=ピエールのミカエル像には十九世紀ならではの特徴が色濃く表れています。





 「ヨハネによる福音書」十五章十三節において、イエスは「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。」と語り給いました。神の子羊イエスの十字架は、極点に達した神の愛の表現です。人知を絶する強さゆえに愛の炎を吹き上げる心臓は、やはり神の愛の視覚化です。


 ミカエルというヘブル語の名前をラテン語に直訳すれば、クイース・ウト・デウス(QUIS UT DEUS)またはクイー・ウト・デウス(QUI UT DEUS)となります。クイース(QUIS)は疑問詞ですので、クイース・ウト・デウス(QUIS UT DEUS)は、神の如き者は誰かという意味です。クイー(QUI)は関係代名詞ですので、クイー・ウト・デウス(QUI UT DEUS)は、神の如き者という意味です。ミカエルの名はこの二通りに解せるわけですが、いずれにせよこの天使を「神の如き者」と表現しています。

 しかるにユダヤ・キリスト教に半神は存在せず、高位の天使を含め、神ご自身でない有(羅 ENTES 存在者)は単なる被造物に過ぎません。それゆえミカエルという名は決して「神のような有(存在者)」という意味ではなく、むしろクイー・アギット・ウト・デウス・アガット(羅 QUI AGIT UT DEUS AGAT)、すなわち神の御心通りに振舞う者という意味に解せます。十字架と聖心をあしらった楯の意匠は、ミカエルの武器が神の意志であること、さらに神の意志とは神の愛に他ならないことを示しています。また楯の小ささは、愛こそが最強の武器であり、愛さえあれば別の大きな楯に頼る必要が無いことを示しています。

 本品メダイは 1880年代に制作された作品です。1880年代のフランスは世俗的な第三共和政でしたが、信仰深い人々にとってガリア・ペニテーンス(悔悛のガリア)の時代であったことは先に述べた通りです。本品に浮き彫りにされた大天使はレグリーズ・サン=ピエールにある像の写しであって、メダユール(仏 médaileur メダイユ彫刻家)が独自に造形した意匠ではありません。しかしながら大天使の楯に刻まれたイエスの聖心は、本品メダイユが制作された当時、心あるカトリック信徒の胸に迫るイマージュでした。突出部分の摩滅ゆえに光り輝く大天使は、迷えるフランスを導く光の天使のように見えます。





 モン=サン=ミシェルはアヴランシュの司教である聖オベールによって開かれました。本品メダイのもう片面には頭蓋骨が浮き彫りにされていますが、これは聖オベールの骨とされる聖遺物で、シェフ・ド・サントベール(仏 Chef de saint Aubert 聖オベールの頭)と呼ばれています。


 「モン・トンブなる大天使聖ミカエル教会の啓示」(羅 Revelatio ecclesiae sancti Michaelis Archangeli in monte Tumba)は九世紀初めの聖人伝で、モン=サン=ミシェル修道院またはアヴランシュ司教座聖堂の司祭によると考えられます。この聖人伝によると、オベールは大天使聖ミカエルとドラゴンの戦いがモン=ドル(le mont-Dol モン=サン=ミシェルの西南西二十キロメートルにある小高い山)に始まり、モン=トンブ(le mont Tombe 墓の山 モン=サン=ミシェルの古称)で決着が付く様子を幻視しました。708年、司教オベールは或る夜に三度にわたって夢を見、ミカエルが悪魔を倒した場所であるモン・トンブにモンテ・ガルガノに倣う聖所を造って、祈りと瞑想の場とするよう大天使から命じられました。

 しかしモン=トンブは陸から離れた島であり、茨などの藪に覆われ、数人の隠修士と野生動物しかいない場所であったので、オベールは大天使の命令を実行不可能と判断して、この啓示を悪魔による惑わしと考えました。オーベールのためらいに終止符を打つため、大天使は聖人の頭部を指で強く押して印を付けました。夢から目を覚ましたオベールは自分の額が凹んでいるのを見て、天使の啓示をようやく信じました。





 聖オベールのものとされる頭骨は、シェフ・ド・サントベール(仏 Chef de saint Aubert)と呼ばれています。現代フランス語のシェフは指導者を指しますが、この語はラテン語カプト(羅 CAPUT)に由来し、頭、頭部が原意ですので、シェフ・ド・サントベールは「聖オベールの頭」という意味です。シェフ・ド・サントベールは 1856年にアヴランシュのサン=ジェルヴェ=エ=サン=プロテ聖堂(le basilique Saint-Gervais-et-Saint-Protais)に移葬され、今日に至るまで同聖堂の宝物庫に安置されています。

 シェフ・ド・サントベールは全体的に黄色味がかった古色を呈し、頭頂骨の右後ろ寄りにほぼ円形の孔があります。孔は短径 17ミリメートル、長径 21ミリメートルで、周囲に新生骨ができかかっています。炭素14によって年代を測定したところ、シェフ・ド・サントベールは 662年から 770年を示しました。聖オベールが生きていたのは 660/670年頃から 725年頃ですから、両者の年代は一致します。シェフ・ド・サントベールは六十歳以上の人の骨で、上顎の歯は生前に全て脱落し、歯周病が進行して骨が溶けています。また鼻の周囲の骨は大きく欠損しています。この頭骨は土中に埋まっていた形跡がなく、表面の状態から判断して、石棺から取り出されたと考えられます。





 上の写真は本品を男性店主の手に載せて撮影しています。女性が本品の実物をご覧になれば、写真よりもひと回り大きなサイズに感じられます。


 商品説明の冒頭で述べたように、モン=サン=ミシェルを主題にした芸術作品は数多く制作されており、この修道院を主題にしたメダイユ彫刻も珍しくありません。しかしながらモン=サン=ミシェル修道院はフランス革命で荒廃し、1863年までは監獄として使われていました。モン=サン=ミシェルの価値が認められ歴史的記念建造物に指定されたのは 1874年、本格的な修復作業が始まったのは 1878年のことにすぎません。すなわち 1880年代に制作された本品はモン=サン=ミシェルが再評価された最も初期に属する作品であって、数あるモン=サン=ミシェルのメダイの中でもたいへん貴重な作例となっています。

 本品の突出部分には摩滅が見られますが、これは本品が辿った長い時間が摩滅という形式を取って可視化したものであるとともに、本品のみが有する固有の歴史性の証しでもあります。本品に浮き彫りにされた大天使ミカエルはガリア・ペニテーンス(悔悛のガリア)を導く光の天使ですが、図らずも百四十年の歳月がメダイユに手を加えることにより、ミカエルの姿はその役割に相応しい輝きを帯びています。

 本品の最も注目すべき特徴は、モン=サン=ミシェルの開祖、アヴランシュの聖オベールのメダイでもあることです。少し後の時代を含めれば、モン=サン=ミシェルのメダイは或る程度の数が制作されています。しかしながら聖オベールのメダイは非常に珍しく、長年に亙ってフランスのアンティーク・メダイを扱う筆者(広川)自身、本品以外に見たことがありません。お買い上げのお客様には必ずご満足いただけます。





本体価格 32,000円 販売終了 SOLD

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。



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