アンドレ・アンリ・ラヴリリエ作 《スカプラリオのメダイ 19.0 x 19.0 mm》 三位一体を象る三角形 日常の信仰を留めるアンティーク・メダイ フランス 1920 - 30年代頃



 およそ八十年ないし九十年前のフランスで制作されたスカプラリオのメダイ。高名なメダイユ彫刻家アンドレ・アンリ・ラヴリリエの作品で、珍しい三角形のシルエットを有します。突出部分の摩滅は、フランス社会が世俗化を完了せず、未だ信仰深かった時代の刻印となっています。





 メダイの一方の面には、布目のような魚子(ななこ)模様を背景に、イエス・キリストの上半身を立体的な浮き彫りで大きく表しています。十字架のある後光を戴いたキリストは、左手で衣の前を開き、右手で愛に燃える聖心を指し示しています。茨に巻きつかれて血を流すイエスの聖心は、あまりにも激しい愛ゆえに、炎を噴き上げて燃えています。聖心から発出するまばゆい光は、神の愛と智恵、すなわち神そのものの象徴です。写真では分かりにくいですが、イエスの後光はカドリロブ(quadrilobe 四つ葉型)と方形を組み合わせたゴシック風のデザインです。


ジャンヌ・ダルクのメダイ 1920年

メサジュリ・マリチーム社 (MM) 百周年記念メダイユ 1951年

ティプ・ラヴリリエ 1947年


 本品の「聖心を示すイエス・キリスト」像、並びに「スカプラリオの聖母」像は、いずれもアンドレ・アンリ・ラヴリリエ(André Henri Lavrillier, 1885 - 1958)の作品です。アンドレ・アンリ・ラヴリリエは二十世紀前半のフランスで活躍した高名なグラヴール(仏 graveur メダイユ彫刻家)で、1933年から 1952年まで発行されたフランス共和国の五フラン貨「ティプ・ラヴリリエ」(type Lavrillier)をデザインしたことでも知られています。上の写真はいずれもラヴリリエの作品です。




(上) トリリアント・カットの例 アメシスト 5 x 5 mm 当店の商品です。


 本品メダイの輪郭は、各辺が外側に膨らんだクッション型の三角形です。メダイのそれぞれの面には輪郭と相似の三角形が二個、互いに反対方向へ傾くように配置され、メダイを十三面に区切っています。中央の面は六角形で、ラヴリリエのキリスト像はここに浮き彫りにされています。六角形は六つの三角形に囲まれています。本品のこの形は、宝石のトリリアント・カットにそっくりです。トリリアント・カットとは、三角形のブリリアント・カットを指します。


 ほとんどのメダイユは円形または楕円形で、プラケットと呼ばれる四角い形をしたものもあります。少数のものは八角形をしています。またアール・ヌーヴォー期には曲線的な輪郭を持つ左右非対称の作品が作られました。しかしながら三角形のメダイは非常に稀(まれ)です。

 キリスト教において、三角形は神の三位一体を象徴します。本品では三つの三角形が重ねられて、「三」が強調されています。それぞれの面の隅には、三か所に円があります。円は無限性を内包するゆえに、神を象徴します。

 後述するように、「メダイユ・スカピュレール」と呼ばれる本品は、日々身に着けて信仰生活を送るための信心具です。それゆえそれぞれの面に在る三つの三角形と三つの円は、信仰生活の三元徳、すなわちキリスト教の枢要徳である信仰と希望と愛をも表します。


 本品の聖像、すなわち「聖心を示すイエス・キリスト」と「カルメルの聖母」は、いずれも六角形の空間に浮き彫りにされています。完全数である「六」は、神が見て「良し」とされた被造的世界の完全性を示すとともに、創造された人祖が原罪によって喪失した完全性、すなわち永遠の生命を、罪びとが再び得るという救いの御業、及び罪びとに救いを与え給うキリストと聖母の愛をも象徴しています。





 もう一方の面には幼子イエスを胸に抱くカルメル山の聖母が浮き彫りにされています。聖母は戴冠し、右手に茶色のスカプラリオを掛けています。

 聖母の右肩には大きな星が造形されています。星は「ステッラ・マリス」(STELLA MARIS ラテン語で「海の星」)と呼ばれる聖母の象徴です。聖母の後光を取り巻く十二の星は、不思議のメダイの裏面にある十二の星と同じ物で、十二使徒の象徴でもあり、キリストに従うカトリック教会全体の象徴でもあります。マリアの冠のフルール・ド・リスすなわち百合は、神の摂理への信頼あるいは信仰を表し、マリアがその信仰ゆえに神に選ばれたことをも表しています。

 幼子イエス・キリストは母の胸に抱かれて、母と微笑みを交わしつつ、こちらを振り向いています。幼ない男の子の愛らしい姿ですが、後光の十字架と、「受難のテオトコス」を思い起こさせる姿勢が痛々しく感じられ、神の愛が見る者の胸に迫るとともに、アブラハムやヨブにも勝るマリアの信仰が思い起こされます。





 上の写真は本品を男性店主の手に載せて撮影しています。女性が本品の実物をご覧になれば、写真よりもひと回り大きなサイズに感じられます。

 本品は突出部分が摩滅して、優しい丸みを帯びています。細部が不明瞭になった芸術品は、摩滅そのものがときに思わぬ効果を発揮して、不可視の価値を可視化します。すなわちアンティーク品を鑑賞する人の精神は、摩滅や剥落によって失われたアンティーク品の細部を想像力で補います。逆に言えば、摩滅によって細部を失ったアンティーク品は、鑑賞者の精神に働きかけ、美的感情を惹き起こします。アンティーク品の愛好者は、品物が長い年月をかけて獲得した摩滅による丸みを、真正のアンティーク品のみが持つ趣(おもむき)として愛好します。


 特に本品の場合、およそ八十年ないし九十年前のフランスで作られた信心具として、現代のフランスとは大きく異なる時代の空気を今に伝えています。フランス社会の世俗化が完了したのは、第二次世界大戦以後のことです。十九世紀のフランス社会はカトリックの宗教色が強く、先の大戦よりも前の時代には、その名残が色濃く残っていました。

 片面に聖心を示すイエス・キリスト、もう片面はカルメルの聖母を刻む本品は、「メダイユ・スカピュレール」(仏 médaille scapulaire スカプラリオのメダイ)と呼ばれる信心具です。スカプラリオとは修道服の肩布を小型化して信徒が身に着けやすいようにしたもので、メダイユ・スカピュレールはこれをさらに金属製メダイに置き換えています。メダイユ・スカピュレールは肌身離さず身に着ける信心具で、これを携帯する者は死後に地獄に落ちることがなく、危険から守られ、安らぎを得るとされています。

 国家からの依頼によって貨幣を彫刻するラヴリリエのような芸術家を起用し、スカプラリオのメダイを制作すること自体、第二次世界大戦以降の時代には考えられないことです。これに加えてメダイの摩滅は、本品が実際に日々身に着けられたことを示しています。本品の突出部分に見られる摩滅は、フランス社会が世俗化を完了せず、未だ信仰深かった時代の刻印であるといえます。





 アンティーク品の最大の魅力は、異なる時代の空気を現代に伝えてくれることです。制作当時の状態を保つ新品同様のアンティーク品は、当時の制作技術を研究する資料として貴重です。しかしながら異なる時代の空気を伝える点で、摩滅した本品に勝る品物は無いでしょう。伝承によると、カルメルの聖母は聖サイモン・ストックに出現し、常にスカプラリオを身に着けるように命じ給いました。その伝承を素直に信じ、日々身に着けられた本品は、八十年ないし九十年前のフランスの信仰心、精神の在り様(よう)という不可視の価値を、一点のメダイのうちに可視化しています。





8,800円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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