稀少品 生命の泉なるイエスの愛 《アビラの聖テレサ シャルル・ルタイユ 図版番号 109》 全面エングレーヴィングによる高精細カニヴェ 11.9 x 78 mm フランス 1840年代初頭


額のサイズ 縦 175 x 横 127ミリメートル  額縁の厚み 11ミリメートル

カニヴェのサイズ 縦 119 x 横 78ミリメートル



 イエスの聖テレサ(イエズスの聖テレジア SantaTeresa de Jesús)を名乗るカルメル会の修道女、アビラの聖テレサ(Santa Teresa de Ávila, 1515 - 1582)カニヴェ。アビラの聖テレサは十字架の聖ヨハネとともに跣足カルメル会の創立者として知られ、四人しかいない女性教会博士のひとりです。アビラの聖テレサの祝日は10月15日です。





 カニヴェ中央の楕円形画面には聖テレサの単身像がアシエ(仏 acier スティール、鋼)のインタリオ(伊 intaglio 凹版)で刷られています。

 楕円形画面に彫られた聖テレサはカルメル会の修道女の服装、すなわち茶色の修道衣、薄茶色のマント、白のウィンプル、黒の頭巾を身に着けています。カニヴェや小聖画に描かれる修道者の服装は必ずしも正確ではありませんが、本品はカルメル会の修道衣を細部に至るまで忠実に再現しています。聖画のテレサは胸の前に両手を組んで念祷に耽りつつ、斜め上方を見上げています。テレサは修道院内の自房にいて、背景には何冊かの祈祷書が見えます。室内は暗いはずですが、テレサの上方は天が開けたかのように光に満ち溢れ、聖女の神秘体験を可視化しています。暗い自房で天上の光に照らされる聖女は、未だ地上に在りながら至福直観(羅 BEATA INTUITIO)に与っています。

 楕円形画面の下には銘鈑状の枠内に聖女の言葉がフランス語で引用され、聖女像とともに金色の矩形で囲まれています。聖女の言葉の引用は、活版ではなくビュラン(仏 burin 彫刻刀)で彫られています。内容は次の通りです。

     ... Qu'il y en ait, Seigneur, qui vous servent mieux que moi, je ne le conteste pas ; mais qu'il y en ait qui vous aiment plus et désirent plus ardemment que moi votre gloire, c'est ce que je ne souffrirai jamais !     私よりも良く御身にお仕えする者があるとしても、主よ、私は納得いたします。しかし私よりも御身を愛し、私よりも熱烈に御身の栄光を願う者があるなどということは、決してあり得ません。
     (Paroles de Ste. Thérèse)    (聖テレサの言葉)
         
         
 カニヴェ表(おもて)面の最上部、聖画を囲む外枠の上には、次の文字が彫刻刀で彫られています。  
         
    Sainte Thérèse   聖テレサ、聖テレジア 
     Fête le 15 Octobre   祝日 10月15日 
         
         
 表面の最下部、聖画を囲む外枠の下には、版元名と所在地、図版番号が彫刻刀の文字で彫られています。 
         
     Charles Letaile, Éditeur-Pontifical, rue Garancière, 15, Paris    教皇庁御用達 シャルル・ルタイユ版画工房 パリ、ガランシエール通十五番地
     PLANCHE 109    図版 109






 アビラの聖テレサは 1562年、自身の聴罪司祭であるドミニコ会のガルシア・デ・トレド(García de Toledo, O. P., 1515 - 1590)師から、これまでの人生と修道生活に関して報告書を作成するように命じられました。この報告書は同年6月に完成しましたが、テレサは1565年までかかって多くの出来事や内面的な事柄の叙述を加筆し、我々に伝わる自叙伝を完成しました。

 自叙伝の第十章から二十七章で、テレサは念祷について詳しく語っています。念祷は口祷に対する語で、心の中で祈ることです。テレサはおよそ四十五年間を修道女として過ごしましたが、その長い年月の間、念祷こそが生活の中心でした。有名なベルニーニの彫刻("L'Estasi di santa Teresa d'Avila" アビラの聖テレサの法悦)をはじめ、テレサの図像には聖女の幻視を可視化した劇的な作品が多いですが、本品は派手な描写を一切伴いません。

 テレサに限ったことではありませんが、聖人は劇的な出来事によって聖性の高みへと一気に引き上げられるのではありません。彼らは日々繰り返される祈りのうちに聖性に向かって一歩ずつ歩んだのです。修道院での日常である念祷の場面を写生的に描き、神秘体験の劇的図像化を敢えて避けた本品の聖画は、日々行われる神との対話こそが宗教的徳の源であることを思い起こさせてくれます。本品カニヴェの裏面に刷られた説教あるいは宗教的勧告においても、日々の生活において魂がイエスの愛から滋養を受け取ることこそが、宗教的生命の源であると強調されています。


 聖画の周囲はエンボス(型押し)を施し、切り紙風の透かし細工で取り巻いています。透かし細工はステンドグラスの丸窓を思わせる幾何学図形とパルメットが交替して並び、四隅にアカンサス文を伴います。透かし細工は左下部分に小さな欠損がありますが、繊細な紙製品にも関わらず完品に近い保存状態です。





 上の写真は本品の聖女像を拡大しています。テレサの肌はポワンティエ(仏 pointillé スティプル・エングレーヴィング)で、衣と背景はタイユ・ドゥース(仏 taille douce ライン・エングレーヴィング)で、それぞれ制作されています。

 線を用いる凹版の技法は、金属を強酸で腐食させて線を刻むオー・フォルト(仏 eau forte エッチング)が良く知られています。これに対してタイユ・ドゥース(ライン・エングレーヴィング)は酸を使わず、一本一本の線を人力のみで刻みます。これにはたいへんな手間と労力がかかりますが、オー・フォルトに比べてはるかにシャープで高精細な画面が得られます。

 上の拡大写真で白のウィンプルと薄茶色のマントに注目すると、タイユ・ドゥースは明るい部分で破線に、少し暗い部分で細い実線になっていることがわかります。暗い部分では実線の幅が太くなり、黒の頭巾ではクロスハッチ(英 crosshatch 斜交平行線)になっています。修道衣の上部及び左袖を注意深く観察すると、明度を僅かに下げる目的で、クロスハッチの内部に点が打たれていることがわかります。修道衣の下部は明度をさらに落とすためにタイユ・ドゥースの線が密集し、個々の幅も太くなっています。





 タイユ・ドゥース(ライン・エングレーヴィング)はたいへん美しい版画が得られる技法ですが、画面が幾分硬質になる特質があります。それゆえ本品のグラヴール(仏 graveur エングレーヴァー、版画家)は聖女の顔と手をポワンティエ(スティプル・エングレーヴィング)で処理し、人肌の柔らかさと温かみを表現することに成功しています。

 カニヴェに刷られる版画の原版は、すべてこのままのサイズで手作業によって制作されます。ポワンティエの点も手作業で打たれており、その直径と深さを精密に制御することで、滑らかな肌の明暗を断絶なく表現しています。目、鼻、唇の細部は、もはや顕微鏡でも判別が困難なほど細かい点で描かれています。鼻と口元も点の窪みに入るインクの量で表現され、一か所の破綻もありません。上下の写真に写っている定規の目盛りは一ミリメートルですから、顔の細部は百分の一ミリメートルのオーダーで正確に彫られていることがわかります。





 聖女の目は白目と黒目が判別できるのはもちろんのこと、虹彩と瞳孔もはっきりと区別され、あたかも生身の女性を眼前に見るかのように写実的な仕上がりとなっています。





 上の写真は本品カニヴェの表裏です。裏面はフランス語の活版で、聖女に倣うように勧める説教と、イエスへの祈りが記されています。筆者(広川)による和訳を添えて、テキストを示します。筆者の和訳はこなれた日本語を心がけたため逐語訳ではありませんが、原文の内容を正確に日本語に移しています。

      Admirez la miséricorde infinie de DIEU dans les desseins qu'il a conçus de toute éternité sur sainte Thérèse, en la choisissant pour réformer l'ordre du Carmel, et répresantez-vous l'heureux état de cette première maison que notre sainte établit. Elle l'appelait son paradis, et Notre-Seigneur lui dit un jour qu'il en faisait ses délices sur la terre. Vous ne verrez en ces saintes filles qui vivaient de son temps dans cet heureux séjour, que des miracles de grâce et de vertu...     神の限りなき慈しみを誉め讃えよ。神は聖テレサのために永遠の昔から計画を立て給い、聖女を選んでカルメル会の改革に用い給うた。聖女が創立した最初の修道院が如何に幸せなものであったかを、我らは思い起こそう。聖女はこの修道院をわが天国と呼んだ。さらに主があるとき聖女に語り給うたところによると、主ご自身もこの修道院を愛し、地上における喜びとし給うた。聖女の時代、幸いなるこの家に住まう修道女たちのうちには、ただ恩寵と聖徳の奇跡のみがあったのだ。
         
      La pauvreté les élevait au-dessus de la terre ; la charité, régnant en elles sans partage, les entretenait dans un repos parfait de toutes les puissances de l'âme, les saints désirs du cœur, les actions de grâce, les louanges qu'elles rendaient à DIEU étaient des fleurs qui naissaient dans ce séjour et y faisaient un printemps perpétuel.     修道女たちは清貧によって現世を離れ、高みへと引き上げられていた。慈愛のみが修道女たちを支配し、魂の力で能う限りの完全な安らぎが与えられていた。心からの聖なる渇き、感謝の気持ち、修道女達が神にささげる讃美は花と咲き誇り、この修道院を春の香気で満たしていた。
     Le fruit de vie était le Saint-Sacrement dont elles tiraient leur nourriture spirituelle.    かかる生活のうちに得られる実り、すなわち聖体の秘跡から、修道女たちは霊の食物を得ていた。
     L'oraison, la lecture, le travail, l'abstinence, le jeûne, la pénitence et la pratique des solides vertus étaient des arbres fertiles qui produisaient des fruit de toutes sortes de bonnes œuvres...    祈り、信心書を読み、働き、節制禁欲し、断食し、贖罪の苦行をし、弛(たゆ)まず徳を実行する。これらは実り多き樹木であって、あらゆる種類の善き業という果実を齎(もたら)したのだ。
     La fontaine qui les arrosait était le Cœur de JÉSUS-CHRIST, et les quatre fleuves qui en découlaient étaient ceux que Lui-même révéla à sainte Madeleine de Pazzi, et dont le premier est un fleuve de feu : c'est la ferveur ; le second, un fleuve d'eau : la pénitence et les larmes ; le troisième, un fleuve de baume : dévotion ; le quatrième, un fleuve d'huile : la concorde et la paix..    イエス・キリストの聖心は、修道女たちを潤す泉であった。そこから流れる四本の川は、主ご自身がマッダレーナ・デ・パッツィに示し給うたものである。一本目は火の川、すなわち熱意である。二本目は水の川、すなわち悔悛と涙である。三本目はバルサムの川、すなわち信心である。四本目はオリーヴ油の川、すなわち平和である。
         
      O JÉSUS ! qui avez fait éclater ces merveilles de l'amour divin dans le cœur de sainte Thérèse, afin qu'elle attirât à Vous avec plus d'empire les âmes dociles à votre voix, faites qu'à son exemple je vous garde une inviolable fidélité en cette vie, pour chanter avec elle vos miséricordes infinies dans l'éternité !...     イエスよ。御身は神の愛に基づくこれらの奇跡で聖テレサの心を満たし給いました。それは聖女がより大きな影響を及ぼして、主の御声に従う人々の魂を、御身の許(もと)へと連れ来たるためでした。地上に生きる私が、聖女と同じく御身に常に忠実でありますように。そして聖女とともに、御身の慈愛を永遠に讃美できますように。



 本品の説教において、イエス・キリストの聖心に発する四つの流れが、エデンの中心から流れ出る四本の川(「創世記」 2: 10 - 14)に譬えられています。キリストの愛こそが、修道女たちを生かすあるいは生命樹なのです。四つの川のうち、バルサムはミサで焚く香であり、神と救い主への祈りを象徴します。オリーヴは神との和解を象徴します。

 十九世紀のフランス社会は今日のように世俗化が進まず、日常生活の隅々にまでカトリック信仰が浸透していました。今日の小聖画はノエル(仏 Noël 降誕祭)やパーク(仏 Pâques 復活祭)の単なる挨拶状になっていますが、十九世紀のカニヴェや小聖画には極めて宗教的な説教や信心の勧め、祈りが書かれ、普通の人々の間で遣り取りされていました。本品もまた信仰深い十九世紀フランスの雰囲気を色濃く伝えています。


 本品の版元であるシャルル・ルタイユ(Charles Letaille)は 1839年に創業したパリの版元で、1873年まで存続しました。1873年以降、シャルル・ルタイユが所有するカニヴェの原版はパリのブマール社(Boumard et Fils)に引き継がれます。

 ブマールが引き継いだ原版によるカニヴェには、「旧シャルル・ルタイユを引き継いだブマール親子社」(仏 Ancienne Maison Charles Letaille, Boumard et Fils successeur)の文字が入ります。一方本品にはブマールの社名が書かれておらず、シャルル・ルタイユ時代の作品であることがわかります。

 ブマール以前のシャルル・ルタイユ製カニヴェは、年代が古いこともあって残っている数が少なく、なかなか手に入りません。本品は 1840年代初頭に制作されたシャルル・ルタイユのオリジナルで、稀少な品物です。





 本品はバーガンディのベルベットを使用して簡易な額装を施しました。カニヴェのサイズは、縦 119ミリメートル、横 78ミリメートルです。額は自立式で、サイズは縦 175ミリメートル、横 127ミリメートルです。カニヴェは本物のアンティーク品ですが、額は現代の品物でアンティーク品ではありません。上の写真は男性店主が本品を手に持って撮影しています。女性が本品の実物をご覧になれば、写真で見るよりも一回り大きく感じられます。

 本品はおよそ百八十年前のカニヴェですが、良質の無酸紙に刷られているうえに大切に保管され、それほどまでに古い年代のものとは信じがたいほど良好な保存状態です。下記の価格は額装料金を含みます。ベルベットの色は青、ベージュ、黒に無料で変更できます。額の変更についてはご相談ください。





本体価格 28,800円 簡易な額装付き

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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