コミュニオン・プリヴェの手彩色カニヴェ 《わが子よ、わたしを呼びましたか》 (ブアス=ルベル 図版番号 1409) 趣き深い古美術品 109 x 68 mm

 Tu m'as appelé, mon enfant ? Bouasse-Lebel pl. 1409


カニヴェのサイズ  109 x 68 mm

額のサイズ  200 x 155 mm  厚さ 20 mm


フランス  1866年



 1866年のフランスで制作され、当時の手作業によって彩色が施されたカニヴェ。木製の額と別珍(ベルベット)張りマットで額装済です。カニヴェは複製ではなく、真正のアンティーク品です。額とマットは現代のもので、アンティーク品ではありません。





 カニヴェ表(おもて)面の聖画には、ゴシック聖堂の内陣で、守護天使に付き添われて主祭壇の方へと進み、イエスの前に跪く少年が描かれています。十二歳を迎えたばかりの少年は、いままさにコミュニオン・プリヴェ(仏 communion privé 家族だけが参列する初聖体)を受けようとしています。イエスは右手に聖杯と聖体を持ち、左手を差し伸ばしつつ、優しいまなざしを少年に向けています。少年は交差するように重ねた両手を胸に当て、幸福な微笑みを浮かべつつ、天を仰いでいます。守護天使は少年にぴったりと寄り添い、誕生以来その霊肉を守り続けた少年がいよいよ聖体を受ける喜びを、少年自身とともに分かち合っています。





 聖画の標準的図像表現において、祝福を与えるキリストの右手は、顔の横あたりに挙げられています。祝福を与える右手は、人差し指と親指を伸ばした状態です。左手の状態は様々で、本品の聖画のように掌を上に向けて、聖画を見る者を差し招く場合もありますし、衣の胸の部分を開いて、愛に燃える聖心を示す場合もあります。サルヴァートル・ムンディー(羅 SALVATOR MUNDI 世の救い主)と総称される類型のキリスト像は、上に向けた左の掌に世界球を載せています。本品の聖画をこれらの定型に照らし合わせると、キリストの右手は聖杯を持ちつつも祝福を与える形を取っており、掌を上に向けた左手とともに、伝統的図像表現の延長線上にあることがわかります。

 しかしながら本品のキリストが与える祝福は、一回性の祝福をはるかに超える重みを有します。本品の聖画において、キリストの右手には聖杯と聖体が保持されています。これはキリスト御自身の血と肉に他なりません。すなわちこの聖画において、救い主イエスは御自身の血と肉で以て、すなわちご自身そのものを以て、跪く少年に祝福を与えようとなさっているのです。人間に与えられ得るこの最大の祝福について、トマス・アクィナスは韻文の祈り「サクリース・ソレムニイース」に、「なんと驚くべきことであろう。貧しく卑しき僕(しもべ)が主を食べるとは」(羅 O res mirabilis: manducat Dominum pauper servus et humilis.)と書いています。





 カニヴェはもともとは単色(モノクローム、白黒)ですが、本品には手作業によって美しい彩色が施されています。本品の色彩は気紛れに選んだものではなく、深い象徴的意味を有します。

 イエスは真っ白な衣を着ています。写真では分かりづらいですが、カニヴェの実物を見ると、イエスの衣は着色されていないのではなく、白を中心とした絵具が丁寧に塗られていることがわかります。

 フランス語はラテン語が俗語に変化したロマンス語のひとつですが、ゲルマン語からも多くの語彙を借用しています。フランス語で「白い」を表す形容詞はブラン(blanc 男性形)、ブランシュ(blanche 女性形)ですが、この語は英語ブランク(blank 空白の)、ドイツ語ブランク(blank 光沢のある、ぴかぴかの)等と同系で、「光輝を発する」が原意です。イエスが纏い給う白い衣は、、「ヨハネによる福音書」一章に書かれているように、イエスが暗闇の中で輝いて、すべての人を照らすまことの光であることを示します。





 本品の聖画において、イエスと聖体は同じ絵具で彩色されています。すなわちイエスの衣と聖体はいずれも同じ白であり、イエスの頭部と聖体は同じ色の光で取り囲まれています。本品カニヴェを彩色した人は、イエスと聖体に同一の色を使うことにより、イエスと聖体の同一性、すなわち聖体はコルプス・クリスティ(羅 CORPUS CHRISTI キリストの体)であること、聖体はレアリテルに(羅 REALITER 観念においてではなく物として、実体において)主の御体であることを、視覚的に表現しています。

 トマス・アクィナスは「サクリース・ソレムニイース」において、「貧しく卑しき僕(しもべ)が主を食べる」(羅 manducat Dominum pauper servus et humilis.)という言葉により、このミステリウム(奥義)を表現しています。トマスの言葉は詩的比喩や象徴的表現ではなく、文字通りの意味です。





 商品写真に写る定規のひと目盛りは、いずれも一ミリメートルです。人物の滑らかな肌はポワンティエ(仏 pointillé スティプル・エングレーヴィング)で表現されています。本品には手彩色が施されていますが、アンティーク・グラヴュール(エングレーヴィング)は本来モノクロームです。ポワンティエは一平方ミリメートルにつき十数個に及ぶ点の大きさと深さによって柔らかな陰翳を描き出し、絵具に頼ることなく、人体の三次元性を巧みに再現します。





 人物の肌以外の部分では、陰翳が線で表現されています。溝を刻むインタリオ(伊 intaglio 陰刻)の技法にはオー・フォルト(エッチング)グラヴュール(エングレーヴィング)がありますが、本品では主にオー・フォルトが使われています。両者の技法を比べると、オー・フォルトによる画面はグラヴュールよりも柔らかな印象を与えます。その一方でオー・フォルトの細密さは多くの場合グラヴュールに及びませんが、本品の聖画はオー・フォルトとしては異例といえるほど細密です。それゆえ画面に粗さはいっさい見当たらず、この技法の長所のみが最大限に発揮されています。

 イエス及び守護天使の衣は明度が高いので、インクの溝は破線になっています。とくにイエスの衣は輝くように白いので、破線の溝は細く浅く彫られています。





 跪く少年の衣はグラヴュール(エングレーヴィング)で表現されています。この部分のみグラヴュールが使われている理由は、イエスと天使が霊的存在であるのに対して、少年が地上の存在であるからでしょう。カニヴェの版画家は少年の衣をグラヴュールで描くことにより、天上に憧れつつも未だ現世に在る人間の物質性、重力に縛られる肉体の重みを表現しているのです。

 しかしながらこの少年は聖体を受けることにより、永遠の命に与(あずか)る者となっています。少年の衣の緑色は生命の色であり、青々と茂る生命樹の葉の色です。
 
 聖画の下端の左右には、パリの版元ブアス=ルベルの名前と所在地、図版番号がビュラン(彫刻刀)で刻まれています。
         
     Bouasse-Lebel, Imprimeur et Éditeur  28 et 29, rue St. Sulpice, Paris    印刷出版工房ブアス=ルベル  パリ、サン・シュルピス通二十八、二十九番地
         
     1409    図版番号 1409
         
 ブアス=ルベルはこの名前を名乗ったエングレーヴァー、アンリ=マリ・ブアス (Henri-Marie Bouasse, 1828 - 1912) が創業したカトリックの印刷出版工房で、数多くの美しいアンティーク小聖画の版元として知られています。その下には少年に呼びかけるイエスの言葉がフランス語で刻まれています。
         
     TU M'AS APPELÉ, MON ENFANT ? - ME VOICI !    わが子よ、わたしを呼びましたか。わたしはここにいますよ。
         
 この面の文字は活版ではなく、すべて聖画と同一のスティール版にビュランで彫り付けたものです。






 カニヴェの裏面の文字は活版によります。言語はフランス語です。
 
 裏面最上部には「語り給え、イエスよ」(Parlez, ô Jésus !)と記され、初聖体に臨む少年の、イエス・キリストに対する呼びかけが記されています。
         
     PARLEZ. Votre serviteur vous écoute .  語り給え。僕(しもべ)は聞いております。
         
 少年に対するイエスの返答がこれに続きます。 
         
     Enfant chéri qui vient à moi. Si tu veux être mon fils, JE SERAI TON PÈRE.  わたしの許(もと)に来る愛しき子よ。お前がわたしの息子になりたいのなら、わたしはお前の父になろう。
     Si tu veux être mon serviteur, JE SERAI TON MAÎTRE.  お前がわたしの僕(しもべ)になりたいのなら、わたしはお前の主(あるじ)になろう。
     Si tu veux être mon écolier, JE SERAI TON MODÈLE.  お前がわたしの教え子になりたいのなら、わたしはお前の模範になろう。
         
 イエスへの祈りがこれに続きます。
         
     Divin Jésus, après avoir eu le bonheur, de vous recevoir, que pourrais-je vous refuser ? Je suis votre fils, votre serviteur, votre écolier, faites-moi la grâce de vous aimer plus que toutes choses et de vous servir fidèlement.  神なるイエスよ。幸福にも御身を拝領した後に、私が御身に対して拒めることなどあるでしょうか。私は御身の息子です。しもべです。教え子です。私が御身を何よりも愛せるように、そして御身に忠実に仕えることができるように、恵みを垂れ給え。


 最下部には図版番号(1409)と版元名及び所在地(Bouasse-Lebel, Imprimeur et Éditeur  28 et 29, rue St. Sulpice, Paris)が再掲されています。





 本品は額装済みで、額とマットの代金は商品の価格に含まれています。額は木製で、縦横のサイズは 200 x 155 ミリメートル、厚さ(奥行)は 20 ミリメートルです。額は壁掛け式ですが、縁の平坦部に 15 ミリメートルの幅があり、奥行の狭い場所でも直立させることができます。額の前面には透明アクリルが嵌め込まれます。商品写真を撮影する際は、反射を避けるためにアクリルを外しています。

 額とマットは他のものに交換可能です。なお古い額は経年によってジョイント部分が脆(もろ)くなっており、破損しやすいので、当店ではアンティークの額を扱っておりません。下の写真は男性店主が本品を手に持っています。女性が本品の実物をご覧になれば、写真よりもひと回り大きなサイズに感じられます。





 本品カニヴェの制作年代は 1866年で、わが国では幕末期に当たります。十九世紀のフランスではカトリック信仰が日常生活の中に息づいて、子供の初聖体は現代人が考える以上の重大事でした。とりわけ本品の制作年である 1866年は、フランス社会に保守的傾向が強まった第二帝政期に相当し、田舎はもちろんのこと、パリやリヨンのような大都会においても、信仰が大切にされた時代でした。

 現代のフランスは先進諸国の中でも最も世俗化が進んだ国のひとつです。しかしながら本品は私たちが知らないフランス、世俗化する前の敬虔なフランスを垣間見せてくれます。世俗化が進んだ第二次世界大戦後のフランスでは、小聖画はノエル(クリスマス)や復活祭のグリーティング・カードのみになります。しかるに本品はガリア・ペニテーンス(信仰深いフランス)が産んだ小聖画であり、生涯を通じてイエスに従うことを、心を砕いて若者に勧めています。

 本品カニヴェの制作年である 1866年は、マルグリット=マリの第九十八書簡が公開されるまさに前年です。あたかも写真が印画紙に像を結ぶように、古き良き時代の記憶は本品のカニヴェに定着し、美しい結晶のようにきらめいています。


 本品のカニヴェは周囲が擦り切れ、欠損しています。しかしながら紙質は良質の中性紙(無酸紙)であり、酸性紙の場合のように紙自体が黄変、劣化することはありません。紙自体の保存状態が良いために近年の品物と見まがいますが、このカニヴェは百五十年以上前に制作された真正のアンティーク品です。絵具による彩色も、カニヴェが制作された当時のものです。





25,800円 (カニヴェ、額、マット、工賃すべて込み)

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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