イエスと共に受難するマーテル・ドローローサ 死に勝利するキリストと、共贖者なる聖母 重厚なブロンズ製アンティーク・クルシフィクス 40.0 x 24.0 mm


突出部分を含むサイズ 縦 40.0 x 横 24.0 mm

フランス  十八世紀から十九世紀前半



 ブロンズで制作されたアンティーク・クルシフィクス。二百年以上前のフランスで制作された品物で、品物全体が緑色がかった美しい古色に被われています。

 十九世紀半ば以降のクルシフィクスやメダイは、作品の鋳型、あるいは作品の材料となる金属板を打ち抜く型が最上部において突出し、その突出部分に孔が開けられて、チェーンや紐への取り付けを可能とする環になっています。しかるに中世から十九世紀前半以前のクルシフィクスやメダイは、上部の突出部が九十度捩じれた方向を向いています。本品は古い形態を残す作例で、突出部分の向きが後の時代のものとは異なります。





 本品のコルプスは十字架と一体成型されています。十九世紀半ば以降のクルシフィクスは、キリストが頭部を傾けたクリストゥス・ドレーンス(羅 CHRISTUS DOLENS 苦しむキリスト)型であるのが普通です。しかるに本品のコルプスはクリストゥス・トリウンファーンス(羅 CHRISTUS TRIUMPHANS 勝利のキリスト)型で、頭部の中心線は身体の正中線と一致します。これは近世以前のクルシフィクスに多く見られる特徴であり、本品の製作年代の古さを裏付けます。





 キリストの頭上、十字架縦木の上部には、小さな長方形が浮き出して見えます。これはラテン語でティトゥルス(羅 TITULUS)と呼ばれる罪状書きです。四福音書によると、磔刑のキリストの頭上には、「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」と記された札が掲げられました。




(上) Francisco de Zurbarán, "Christ on the Cross", 291 x 165 cm, 1627, oil on canvas, Art Institute, Chicago スルバランのこの作品において、ティトゥルスはギリシア語とラテン語で書かれています。


 「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」は、ラテン語で「イエースス・ナザレーヌス(または、ナザラエウス)、レークス・ユーダエオールム」(IESUS NAZARENUS/NAZARAEUS REX IUDAEORUM) ですが、クルシフィクスの小さな札に多くの文字を書くことはできないので、"INRI" と略記されます。「ヨハネによる福音書」十九章十九節によると、実際の罪状書きはヘブライ語、ラテン語、ギリシア語で書かれていました。





 キリストの足下には、交差した骨の上に髑髏(どくろ 頭蓋骨)を重ねた印が浮き出しています。髑髏は死を表しますが、とりわけ人祖アダムの髑髏は、原罪によって人類にもたらされた罪と死を象徴します。本品をはじめ、古い時代のクルシフィクスにはキリストの足下に髑髏が置かれる場合が多くありますが、これは受難の三日後に復活するキリストが、死に打ち勝ち給うたことを表しています。

 福音書によると(マタイ 22:33、マルコ 15:22、ヨハネ 19:17)、キリストが十字架に架かり給うたのは「ゴルゴタ」という場所で、ゴルゴタとはへブル語で髑髏のことです。この変わった地名は刑場であることに由来するとも、頭蓋に似た地形に由来するとも言われていますが、伝承によると人祖アダムの骨はゴルゴタに埋められているとされます。




(上) Piero della Francesca, "Adorazione della Croce" (dettaglio), 1452 - 66, affresco, la cappella maggiore della basilica di San Francesco, Arezzo


 ピエロ・デッラ・フランチェスカはアダムと生命の木、及びキリストの十字架に関する伝承に基づいて、フレスコ画の連作「聖十字架の物語」("Le Storie della Vera Croce", 1452 - 66)を制作しています。この連作はイタリア中部、アレッツォ(Arezzo トスカナ州アレッツォ県)のサン・フランチェスコ聖堂にあります。上の画像は連作のうち「十字架の礼拝」の部分で、シバの女王がソロモンの宮殿に向かう途中で「聖なる梁(はり)」(生命の木から製材した梁)を見つけ、跪いて礼拝しています。この梁はユダヤ人が橋として使っていたもので、後にキリストの十字架の材料となります。





 本品の裏面には無原罪の御宿リ(羅 IMMACULATA CONCEPTIO 聖母マリアのこと)が浮き彫りにされています。

 聖母は立ち姿で、その身長はもう一方の面のコルプスと同じです。それゆえ聖母は受難し給うキリスト像とぴったり重なります。聖母が救世主と重なるように作られているのは、偶然ではありません。受難のイエスとともに表現される聖母は、ほとんどの場合、マーテル・ドローローサ(羅 MATER DOLOROSA 悲しみの聖母)です。本品の聖母もマーテル・ドローローサです。本品を製作したグラヴール(仏 graveur 浮き彫り彫刻家)は、聖母の身長と位置を十字架上のイエスと重ねることにより、母の愛と悲しみを強調的に可視化しています。

 しかしながら本品の聖母像は、悲しむ母という以上の神学的意味を有します。すなわちイエスとともに苦しみ、死ぬばかりに悲嘆し給う聖母は、救世の経綸(けいりん 神の計画)において重要な役割を果たす共贖者(きょうしょくしゃ)であると考えられます。

 カトリックはプロテスタントと違って聖母を極めて重視しますが、それは受胎告知の際、聖母が救いを受け容れたからです。プロテスタント神学によると、人間は全を為す自由を有しません。人間にできるのは、悪を為すことのみです。しかるにカトリックは人間が善を為す自由を有すると考えます。神は救いを強制せず、マリアは受胎告知の際に、自由意思を以て救いを受け容れるという善を為しました。本品は聖母の浮き彫りを救世主と重ねることにより、聖母マリアが有する共贖者としての働きを可視化しています。





 本品は酸化銅の凹凸ゆえに細部が確認しづらいですが、聖母の頭上には小さな突出が認められます。これはおそらく星です。星は「海の星」(MARIS STELLA)なるマリアの象徴です。輝かしい星を伴うマリアの姿は、クリストゥス・トリウンファーンス、すなわち勝利する救世主として表されたキリスト像ともよく調和します。

 聖務日課及び聖母マリアの小聖務日課において唱えられる祈り「アヴェ、マリス・ステッラ」(AVE MARIS STELLA ラテン語で「めでたし、海の星よ」)の一部を引用いたします。

    SOLVE VINCLA REIS
PROFER LUMEN CAECIS
MALA NOSTRA PELLE
BONA CUNCTA POSCE.
  罪ある者どもの縛(いまし)めを解きたまえ。
めしいたる者に光をもたらしたまえ。
我らを罪より救いたまえ。
あらゆる善きものを見出したまえ。
     
    MONSTRA TE ESSE MATREM
SUMAT PER TE PRECES
QUI PRO NOBIS NATUS
TULIT ESSE TUUS
御身の母なるを示したまえ。
御身を通し、神が祈りを聞きたまわんことを。
我らがために生まれたまいし御方、
御身が子たるを容(い)れたまえばなり。
     
    VIRGO SINGULARIS
INTER OMNES MITIS
NOS CULPIS SOLUTOS
MITES FAC ET CASTOS.
おとめらのうちにて優しき
たぐいなきおとめよ。
罪より解き放たれたる我らをも
優しき者ども、汚れ無き者どもと為したまえ。
     
    VITAM PRAESTA PURAM
ITER PARA TUTUM
UT VIDENTES IESUM
SEMPER COLLAETEMUR
清き生を授けたまえ。
安けき道をととのえたまえ。
イエスにまみゆる我らの、
とわなる喜びのうちにあらんため。






 第二次世界大戦以降、フランス社会は急激に世俗化しました。しかしながら二十世紀前半のフランスはカトリック諸国の長姉を自任し、庶民の日々の生活はカトリック信仰と不可分に融け合っていました。表面が磨滅した本品の浮き彫りは、一挙手一投足を祈りのうちに生活した人の数限りない祈りを、数十年に亙って呼吸してきた証しです。





 十九世紀後半以降に制作されたクルシフィクスやメダイの場合、チェーンや紐は外付けの環に通します。外付けの環は孔の径が大きいので、チェーンの端の金具を通すことができますし、太い紐も使用できます。しかしながら本品の突出部分は、孔の直径が一ミリメートル強ですので、チェーンの金具や太い紐を通すことはできません。上の写真で、モデルは直径一ミリメートルの革紐を使用しています。革紐は留め金を取り付けず、後ろで括っています。





15,800円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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