聖母の青のエマイユ・シャンルヴェ 「上智の座」と「悲しみの聖母」 聖母子のクロワ・ド・クゥ 38.0 x 27.3 mm


突出部分を含むサイズ 縦 38.0 x 横 27.3 mm

フランス  1920 - 50年代頃



 繊細な浮き彫りパターンの十字架に、不透明ガラスによるエマイユ・シャンルヴェ (émail champlevé) を施した美麗な十字架。濃淡二色の青が象(かたど)るのは聖母子の姿です。外側の濃い青は幼子を膝に乗せる「上智の座の聖母」を表すとともに、十字架で受難したイエスを抱きとめる「悲しみの聖母」の姿でもあります。





 十字架にコルプス(羅 CORPUS キリスト像)を取り付けたものを「クルシフィクス」といいます。十字架交差部はキリストの頭部の位置となるため、クルシフィクスの交差部に大きな後光が造形される作例が多くあります。本品は一見したところコルプスを有しませんが、交差部にはキリストの後光を思わせる円形部分があるゆえに、目に見えない形でコルプスが表現されていることがわかります。したがって交差部の植物文様は「茨の冠」を様式化したものであり、この図形によって「キリストの受難」が象徴的に表現されていると考えられます。

 交差部の円盤内に描かれた図形は八弁の花のようにも見えます。「創世記」には七日間に亙る天地創造の物語が記述されていますが、キリスト教ではこの故事に基づき、「七」をひとつのサイクルを表す数と考えています。しかるに「七」の次に来る「八」は、新たなサイクルの始まりを表します。それゆえ「八」は、キリスト教の象徴体系において、「新生」や「救い」、「復活」を表します。全身を水に沈めて洗礼が行われた時代には礼拝堂とは別に洗礼堂が必要で、洗礼堂は八角形のプランで建てられていましたが、その理由は「八」が新生を表すからです。したがって本品の交差部にあしらわれた八弁の花は、「新生」「救い」「復活」の象徴でもあります。

 人間に救いがもたらされたのはキリストの受難によるゆえに、交差部の植物文様が両義性を有しても、すなわち「キリストの受難」を表すと同時に「新生」「救い」「復活」を表しても、これら二つの象徴性は互いに矛盾しません。本品の交差部における冠状の植物意匠は、「神の受肉と受難、それによって達成された救世」というキリスト教のミステリウムを、むしろ巧みに表しています。





 交差部の花はゴシック聖堂の薔薇窓を様式化したものでもあります。薔薇窓はフランス語で「ロザス」(rosace)といいますが、この語はラテン語の「ロサ」(ROSA 薔薇)に由来します。薔薇はロサ・ミスティカ、すなわち聖母マリアに他なりません。




(上・参考写真) キリスト磔刑像の裏に聖母を表した十字架 当店の販売済み商品


 十字架に架かり給うたのはイエスであって、聖母ではありません。しかしながら悲しみの剣に心を刺し貫かれた聖母(マーテル・ドローロサ)は、イエスの受難による大きな悲しみゆえに、クルシフィクスにおいて十字架の裏面に姿を刻まれる場合があります。上の写真はコルプスの裏側に聖母像を刻んだクルシフィクスの一例です。

 本品は通常のクルシフィクスと違ってコルプスを有しません。しかしながら「茨の冠」のようにも「薔薇」のようにも見える交差部の装飾は、イエスとマーテル・ドローローサの姿をクロスの上にとどめています。





 本品には明度が異なる二種類の青色不透明ガラスによってエマイユ・シャンルヴェが施されています。本品のエマイユに使われている二色のうち、外側の濃色はレア・ストーンのひとつであるアウイン(あるいはアウイナイト haüyne/hauynite)の色、ウルトラマリンを想起させます。ウルトラマリンはアフガニスタン産ラピス・ラズリを砕いて得られる顔料で、ルネサンス期以降の画家たちにより、聖母のマントを塗るのに好んで使用されました。ウルトラマリンはフェルメールが愛用したことでも知られていますが、非常に高価な顔料です。




(上・参考写真) カンポカヴァッロの悲しみの聖母の小聖画 多色刷り石版 112 x 62 mm 1911年 ピエタの一例。 当店の商品です。


 ウルトラマリンをはじめとする青色の顔料が宗教画に使われるようになったのは、ゴシック建築の到来によって青色の社会的地位が劇的に向上したことによります。地中海世界において、青は初め名前さえ持たず、完全に黙殺された色でした。その青の地位がステンドグラスとエマイユを通して徐々に向上し、ついには「聖母の衣の色」「聖母を象徴する色」と考えられるに至ったのです。

 本品においても、十字架の外側に使われているウルトラマリンの類似色は聖母マリアを、内側に使われているターコイズ・ブルーはイエスを、それぞれ表していると考えることができます。すなわち本品を彩る濃淡二色の青色エマイユは、「十字架上のイエス」(あるいは「十字架から降ろされたイエス」)と、イエスを抱きしめる「悲しみの聖母」(羅 MATER DOLOROSA マーテル・ドローローサ)を表しています。

 聖母は人間の女性であり、キリスト者の鑑(かがみ 手本)です。したがって十字架から降ろされたイエスを抱きしめる聖母の姿、いわゆる「ピエタ」(伊 pietà)の図像は、キリスト者が持つべき三つの枢要徳、「信仰と希望と愛」を形象化したものに他なりません。それゆえ、色の青によって「ピエタ」を表す本品もまた、「信仰と希望と愛」を象徴していることがわかります。




(上・参考写真) ラファエロ「小椅子の聖母」に基づく 900シルバー製メダイ 24.5 x 15.4 mm イタリア 1930年代 「上智の座の聖母」像の一例。 当店の商品です。


 「上智の座の聖母」(羅 SEDES SAPIENTIAE セーデース・サピエンティアエ)については、青が智慧を象徴する色であることに関わります。

 伝統に則ったキリスト教図像において、ケルビムは青色で描かれます。なぜならキリスト教の象徴体系において、ケルビムが司る「智」は青色により象徴されるからです。したがって本品のターコイズ・ブルーがケルビムを象徴していると考えれば、これを包み込むウルトラマリンの部分は、「まことのケルビム(智天使)の座」である聖母を象(かたど)っていることになります。「まことのケルビムの座」というのは、ネオカイサレアの聖グレゴリウス・タウマトゥルグスによる聖母の称号です。

 さらに「集会書」24章(新共同訳聖書の「シラ書」 24章)では、イエスが「智慧」(上智、サピエンティア)に譬えられています。したがって本品のターコイズ・ブルーは幼子イエスを表すと解釈することも可能です。これに対してターコイズ・ブルーを包み込むウルトラマリンは「上智の座」、すなわち幼子を膝に乗せる聖母を髣髴させます。「上智の座」は聖母の称号のひとつで、ロレトの連祷にも出てきます。ウルトラマリンの部分を「上智の座」の聖母、ターコイズ・ブルーの部分を「智慧であるイエス」と解釈すれば、本品を「ピエタ」と見た場合の、「二色の青」の解釈と重なり合います。





 本品はおそらくリモージュで制作されたものです。十字架のシルエットはフランスをはじめとする西ヨーロッパのラテン十字ですが、縦木と横木が末端に向けて広がるシルエットはマルタ十字にも似ており、モザイクやアラベスク、あるいは異国の文字を思わせる彫金の意匠とも相俟(あいま)って、東方的な香りを漂わせています。

 本品は表面に突出の無い滑らかな仕上げとするため、手作業で研磨を施しています。ブロンズにクロムめっきを施していることから、本品の制作年代はクロムめっきが実用化された 1920年代以降であることがわかります。

 本品は数十年前のフランスで制作された真正のヴィンテージ品ですが、古い年代にもかかわらず、保存状態は極めて良好です。特筆すべき問題は何もありません。





21,000円

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