聖母の小さなメダイを、アルプスに咲くエーデルワイスの花とともに収めたルリケール(reliquaire 聖遺物入れ)風のガラス製メダイヨン。フランス語の「メダイヨン」(仏 médaillon)とは、写真や小さな物品を入れる「ロケット」(英 locket)のことです。本品は
1920年代から 30年代頃にフランスで作られたものです。
本品に納められた金色のメダイは、突出部分を含めて縦 11ミリメートル、横 7ミリメートルという小さなサイズで、若きマリアの横顔を浮き彫りにしています。このメダイは、エーデルワイスの花、ヒノキ科の木の若芽とともに、外に向かって膨らんだ二枚の円形ガラスの間に収められています。二枚の円形ガラスはブロンズ製の縁で接合され、守られています。
「エーデルワイス」(ドイツ語で「エーデルヴァイス」 Edelweiß)とは、「高貴な白」という意味です。フランスではドイツ語のまま「エデルヴェス」「エデルヴァイス」とも言いますし、「エトワール・ダルジャン」(étoile
d'argent 「銀の星」の意)とも呼ばれます。スイスのチロル地方では、エーデルワイスは愛と純潔の象徴であり、花婿が手ずから摘んだエーデルワイスを、結婚の日に花嫁に贈る風習があります。
20世紀の早い時期に作られたこのメダイヨンにおいて、「高貴なる白」、エーデルワイスが聖母のメダイと取り合わせられているのは、偶然ではありません。
まず、キリスト教の象徴体系において聖母を象徴する色はさまざまですが、特に19世紀後半以来、カトリック教会が公式に定める典礼色と、美術作品で非公式に多用される色のいずれにおいても、「白」こそが卓越的に聖母にふさわしい色となりました。
典礼に関しては、あらゆる色のなかで、「白」は古代教会の時代以来キリスト教が最も愛した色でした。盛期中世の西ヨーロッパにおいて非常に力があった教皇インノケンティウス3世
(Innocentius III, 1161 - 1198 - 1216) は、典礼全般に関する著書「デー・サクロー・アルターリス・ミステリオー」("De Sacro Altaris Mysterio" ラテン語で「祭壇の聖なる秘儀について」)において典礼色について論じ、純潔を表す「白」は処女の祭日、証聖者の祭日、天使の祭日、クリスマス、顕現節、聖木曜日、復活の主日、キリスト昇天の祭日、諸聖人の日の色であると述べています。
一方、1854年12月 8日、教皇ピウス9世は「無原罪の御宿り」をカトリックの正式な教義と宣言しました。ピウス9世は聖母の図像に使われるべき色まで指定したわけではありませんが、「無原罪の御宿り」の教義宣言により、無垢の色である白こそは聖母に最もふさわしいと感じられるようになりました。
こうして「白」は、聖母の祝日の典礼色としても、美術作品において「無原罪」すなわち「完全な無垢」を象徴する色としても、卓越的に聖母の色となりました。カトリック教会が正式に決定した聖母の祝日の典礼色は従来から「白」でしたが、美術において聖母像に多用される「白」に関しても「無原罪」という教義的根拠が与えられ、神学者が考える「マリアに最もふさわしい色」と、画家が考える「マリアに最もふさわしい色」が、史上初めて完全に一体化したのです。
本品は、「高貴なる白」、エーデルワイスと、「無原罪の御宿り」なる聖母マリアのメダイを組み合わせています。この組み合わせは、1920年代から
30年代のフランスで制作された本品に、いかにもふさわしいことがお分かりいただけます。
またエーデルワイスはフランス語で「エトワール・ダルジャン」(銀の星)とも呼ばれることから、本品のエーデルワイスを「星」と捉えることができます。マリアに関して「星」が象徴するのは、「マリス・ステッラ」(MARIS STELLA ラテン語で「海の星」の意)です。カトリック修道院の聖務日課及び聖母マリアの小聖務日課においては、この名でマリアに呼びかける下記の祈り、「アヴェ、マリス・ステッラ」(めでたし、海の星よ)が捧げられます。
AVE MARIS STELLA DEI MATER ALMA ATQUE SEMPER VIRGO FELIX CAELI PORTA |
めでたし、海の星よ。 神を産み育てし母にして 永遠の処女 天つ国の幸いなる門よ。 |
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SUMENS ILLUD AVE GABRIELIS ORE FUNDA NOS IN PACE MUTANS EVAE NOMEN |
かの言葉「アヴェ」を ガブリエルの口から与えられし御身よ、 エヴァという名をアヴェに変え、 平和のうちに我らを憩わせたまえ。 |
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SOLVE VINCLA REIS PROFER LUMEN CAECIS MALA NOSTRA PELLE BONA CUNCTA POSCE. |
罪ある者どもの縛(いまし)めを解きたまえ。 めしいたる者に光をもたらしたまえ。 我らを罪より救いたまえ。 あらゆる善きものを見出したまえ。 |
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MONSTRA TE ESSE MATREM SUMAT PER TE PRECES QUI PRO NOBIS NATUS TULIT ESSE TUUS |
御身の母なるを示したまえ。 御身を通し、神が祈りを聞きたまわんことを。 我らがために生まれたまいし御方、 御身が子たるを容(い)れたまえばなり。 |
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VIRGO SINGULARIS INTER OMNES MITIS NOS CULPIS SOLUTOS MITES FAC ET CASTOS. |
おとめらのうちにて優しき たぐいなきおとめよ。 罪より解き放たれたる我らをも 優しき者ども、汚れ無き者どもと為したまえ。 |
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VITAM PRAESTA PURAM ITER PARA TUTUM UT VIDENTES IESUM SEMPER COLLAETEMUR |
清き生を授けたまえ。 安けき道をととのえたまえ。 イエズスにまみゆる我らの、 とわなる喜びのうちにあらんため。 |
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SIT LAUS DEO PATRI SUMMO CRISTO DECUS SPRITUI SANCTO HONOR TRIBUS UNUS. AMEN. |
父なる神に賛美あれ。 至聖なるキリストに栄えあれ。 聖霊に誉れあれ。 (神は)三つにてひとつなり。アーメン。 |
マリアのメダイと「エトワール・ダルジャン」(エーデルワイス)との組み合わせには、「アヴェ、マリス・ステッラ」(めでたし、海の星よ)の祈りが籠められています。
さらにキリスト教において「星」は「天使の象徴」でもあり、「メシア(救世主、キリスト)の象徴」でもあり、「復活して永遠の命を得た人々」の象徴でもあります。マリアは「天使たちの元后」(REGINA
ANGELORUM) でもあり、「救い主の御母」でもあり、罪びとを執り成し給う「憐れみの聖母」(madonna della misericordia)
でもありますから、聖母と「エトワール・ダルジャン」の組み合わせは、これら多様な意味を重層的に象徴していると考えられます。
20世紀初めころまでのフランスでは、愛する人の写真を入れたり、身近な人の死を悼んで遺髪を入れたりするために、メダイヨン(ロケット)が愛用されました。本品もそのようなもののひとつですが、珍しいことに、写真や遺髪ではなく、マリアのメダイとエーデルワイスを入れています。
本品の中身は聖遺物ではありませんが、「無原罪の御宿り」に加護を願う一種のルリケールとして作られたのでしょう。「清き生を授けたまえ。安けき道をととのえたまえ」という「海の星マリア」への祈りを込めて両親が手作りし、愛するわが子に贈ったのかもしれません。世界に一つしかない愛らしい品物です。
本品の保存状態は極めて良好です。ガラス部分、金属部分、中に封入された物品とも、特筆すべき問題は何もありません。