十九世紀末、ベル・エポック期のフランスで制作された無原罪の御宿り(聖母マリア)のメダイ。小さめのサイズながら、めっきではない銀でできた銀無垢製品で、トルコ石色のガラスで美しいエマイユが掛かっています。フランスにおいて純度八百パーミル(800/1000、八十パーセント)の銀を表す「蟹」のポワンソン(仏
poinçon 貴金属の検質印)、及びフランスの銀細工工房のマークが、上部の環に刻印されています。
メダイの表(おもて)面には、世界(地上界、全宇宙)の象徴である球体に立つ聖母マリア、無原罪の御宿りを浮き彫りにし、トルコ石色の不透明ガラスによるエマイユを掛けています。聖母のマント、及び斜め下方に伸ばした両腕は半ばエマイユに被われて、あたかも雲の中から歩み出るかのような神秘性を感じます。
空の色である青は、天上界を象徴します。無原罪の御宿リが天上の青から浮き出る姿には、神の恩寵を地上に仲立ちするマリアの役割が巧みに表されています。
(上) Domenico Ghirlandaio, "Madonna della Misericordia", c. 1472, la capella Vespucci della chiesa di San Salvatore di Ognissanti,
Firenze 右から二人目の少年はアメリゴ・ヴェスプッチです。
救い主を生むという特別な役割を与えられた神の花嫁マリアは、天上界に抱かれつつ地上に目を注ぎ、両腕を広げて罪びとを招いています。聖母のマントはたいへん大きく、すべての罪人を庇護する「ミゼリコルディアの聖母」(憐れみの聖母)像を思い起こさせます。上の写真はドメニコ・ギルランダイヨが
1472年頃、フィレンツェのオニッサンティ教会身廊に描いたフレスコ画です。聖母が立つ台にはラテン語で「ミセリコルディアー・ドミニー・プレーナ・エスト・テッラ」(MISERICORDIA
DOMINI PLENA EST TERRA 地は主の憐れみに満ちている)と書かれています。
本品はごく小さなサイズですが、聖母像をルーペで見ると、左(向かって右)の膝を曲げたコントラポストの姿勢であることがわかります。衣文(えもん 衣の襞)は深く明瞭に刻まれ、胸の膨らみや太ももの丸みなど、女性らしい体つきが巧みに表されています。
聖母の両側には百合が表されています。白百合が純潔の象徴であることはよく知られていますが、百合は神に選ばれた特別な身分の象徴でもあり、更に神の節理に対する信頼の象徴でもあります。カトリックでは救済の経綸におけるマリアの役割を重視しますが、それは受胎告知の際、天使ガブリエルに対して「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように」(「ルカによる福音書」 1: 38)と答え、救いを受け容れたからです。神は救いを強制せず、マリアは自由意思を以て救い主の受胎を受け容れました。そのことにより救い主が生まれて、人間は救いを得たのです。それ故、受胎告知画には白百合が描かれます。
(上) ルルドの聖母の手彩色カニヴェ 「ベルナデットとひとつになって、心の小さな巡礼を」 (シャルル・ルタイユ 図版番号 417) 106 x
71 mm フランス 1876 - 1890年頃 当店の商品です。
白百合は汚れ(羅 MACULA)無き美しさのゆえに、受胎告知画に留まらず、無原罪の御宿リの図像に広く用いられます。上の写真はシャルル・ルタイユによるノートル=ダム・ド・ルルド(仏 Notre-Dame de Lourdes ルルドの聖母)のカニヴェです。無原罪のマリアの両側には、香(かぐわ)しい白百合が咲き誇っています。
本品は十九世紀末のフランスで制作されたものです。フランスをはじめ、第一次世界大戦前のヨーロッパでは、富の大半が富裕層に集中していました。たとえば
1910年のフランスにおいて、上位一パーセントの富裕層が富の70パーセント近くを所有していました。富裕層の範囲を上位十パーセントに広げると、この階層が富の九割を独占し、残りの一割を九十パーセントの国民が分け合う状況でした。「一部の富裕層以外は、全員が下層階級」というように、社会が極端に二極分化していたのです。
このような時代に作られた銀無垢メダイは、大多数の人々にとって、めったなことでは手に入らない高価な品物でした。本品もそのようなもののひとつであり、サイズは小さめであってもたいへん丁寧に作られています。
上の写真は本品を男性店主の手に載せて撮影しています。女性が本品の実物をご覧になれば、もう一回り大きなサイズに感じられます。
本品は百年以上前のフランスで制作された真正のアンティーク品ですが、古い年代にもかかわらず、保存状態は極めて良好です。優れた技術で丁寧に作られたアンティーク美術品であるのみならず、小さ目のサイズはどのような服装にも良く似合い、美しいペンダントとして日々ご愛用いただけます。