「マリアの子ら会」(Congrégation des Enfants de Marie) の美麗なアンティーク・メダイ。厚みがあるメダイユ上に、無原罪の御宿りを立体的な浮き彫りで表現した重厚な作例です。6.7グラムの重量は五百円硬貨とほぼ等しく、手に取ると心地よい重みを感じます。アール・ヌーヴォー期のアンティーク品で、古びてはいますが未使用品と思われ、制作当時のままのきわめて良好な保存状態です。
メダイの表(おもて)面には、聖母マリアの美しい立ち姿を浮き彫りで表しています。世界を象(かたど)る球体の上に立つマリアは、「ヨハネの黙示録」 12:1に書かれている「十二の星の冠」をかぶり、苦しげにのたうつ蛇を踏みつけています。「創世記」 3:15
において、神は蛇に向かって次のように言っておられます。
お前と女、お前の子孫と女の子孫の間に、わたしは敵意を置く。彼はお前の頭を砕き、お前は彼のかかとを砕く。(新共同訳)
その身に罪を帯びない無原罪の御宿りであるマリアは、蛇の支配を受けず、却って蛇を滅ぼす女性であるゆえに、蛇を踏みつける姿で描かれます。
貨幣彫刻にも似た裏面の意匠とは異なり、表(おもて)面の聖母像はたおやかな女性らしさが巧みに表現されています。球体の上に蛇を踏みつけつつ、両腕を開いて罪びとを招くマリアは、不思議のメダイの聖母などと共通した慈母の姿で表現されています。
マリアの顔立ちは美しく、衣の下にうかがえる胸のふくらみ、腹部の丸みは女性らしく、衣の襞も流れるように優美です。マリアは右足に体重を掛け、左の膝をわずかに曲げているために、薄い衣を通して左の太ももの丸みがわかるのをはじめ、衣の襞も写実的に表現されています。
メダイの大きなサイズ、及び浮き彫り彫刻の立体性と相俟って、本品を眺めていると、あたかも生身のマリアを眼前に見る思いがします。頭部をわずかに左(向かって右)に向けたコントラポストの姿勢は、球体の上に立つ聖母の内に潜在的な動きを与えており、両腕を広げて罪びとを招く姿勢に、聖母の方から罪びとに向かって、活きて働きかける愛を感じさせます。マントを大きく広げているのも、悔い改める罪びとを庇護し給う「ミゼリコルディア(憐み)の聖母」の御姿です。
(下) Francisco
de Zurbarán, "La Virgen de las Cuevas", 1655, Museo de Bellas Artes de
Sevilla
本品に刻まれたマリアの姿は優美なだけではありません。蛇を踏みつけ、あたかも天地を繋ぐかのようにまっすぐに立つ本品のマリアは、力強さも併せ持ちます。美しく力強い本品の聖母は、十九世紀後半にフランス各地に建造された「ウィルゴー・ポテーンス」(VIRGO
POTENS ラテン語で「力ある乙女」の意)の巨像を思い起こさせます。
(下) 十九世紀に建造された巨大な聖母子像の例。左はノートル=ダム・ド・フランス、右はノートル=ダム・ド・ラ・ガルド。
「ウィルゴー・ポテーンス」は、「マリアの子ら信心会」会員を世俗的価値観をはじめとする害悪から守る聖母に、この上なくふさわしい表現です。聖母の周囲には次のラテン語が記されています。
MONSTRA TE ESSE
MATREM 御身の母なるを示したまえ。
これは聖務日課及び聖母マリアの小聖務日課において唱えられる祈り、「アウェ、マリス・ステーッラ」(アヴェ、マリス・ステッラ AVE MARIS STELLA 「めでたし、海の星よ」)の一節です。クレルヴォーの聖ベルナール (St. Bernard
de Clairvaux, 1090 - 1153) は、その著作「デー・ラウディブス・ウィルギニス・マトリス」 ("DE LAUDIBUS VIRGINIS MATRIS. HOMILIAE QUATUOR" 「おとめ(処女)にして母なる御方への称讃について ホミリア四編」)のうち「第二ホミリア」第十七節において、「イエスを産んでも処女であり続けるマリア」を、「自身の明るさを減ずることなく光を放ち続ける星」にたとえ、マリアは「ヤコブから出る星」(「民数記」二十四章十七節)である、と述べています。さらに光は「精神を照らして熱し、諸徳を保護するとともに悪徳を融かす」ゆえに、「海の星」という称号は聖母にこの上なくふさわしいとも述べています。該当部分を訳して示します。日本語訳は筆者(広川)によります。ラテン語の原テキストには無いが、訳文の意味を通りやすくするために補った語は、ブラケット
[ ] で囲みました。
In fine autem versus, Et nomen, inquit, Virginis Maria. Loquamur pauca et super hoc nomine, quod interpretatum maris stella dicitur, et matri Virgini valde convenienter aptatur. | さて最後に、[ルカは]「おとめの名はマリア[であった]」、と言っている。この名についても少し論じよう。[この名は]「海の星」の意味であるといわれるが、おとめにして母なる御方に、この名は大いにふさわしく適合しているのである。 | |||
Ipsa namque aptissime sideri comparatur; quia, sicut sine sui corruptione sidus suum emittit radium, sic absque sui laesione virgo parturit filium. Nec sideri radius suam minuit claritatem, nec Virgini Filius suam integritatem. | すなわちおとめにして母なる御方が星々に譬えられるのは、たいへんふさわしいことである。なぜならば星は光を放っても、自身が朽ちることはないが、それと同じように、おとめは自身[の処女性]を害すること無く御子を生むからである。また星が放つ光が星の明るさを減じることはないが、それと同じように、御子がおとめの完全[なる処女]性を減じることはないのである。 | |||
Ipsa est igitur nobilis illa stella ex Jacob orta, cujus radius universum orbem illuminat, cujus splendor et praefulget in supernis, et inferos penetrat: terras etiam perlustrans, et calefaciens magis mentes quam corpora, fovet virtutes, excoquit vitia. Ipsa, inquam, est praeclara et eximia stella, super hoc mare magnum et spatiosum necessario sublevata, micans meritis, illustrans exemplis. | おとめにして母なる御方は、それゆえ、ヤコブから出るかの高貴な星である。この星が発する光は全世界を照らし、その輝きは天においてきらめくだけでなく下界をも貫き、これに加えて、身体よりも精神をいっそう照らして熱し、諸徳を保護し、悪徳を融かす。私は言うが、おとめにして母なる御方は、非常に明るい特別な星であり、この大いなる海と大気の上方に昇って、数々の功徳に輝き、数々の模範によって照らすのである。 |
(上) Alfonso Cano (1601 - 67), Vision of St. Bernard, 1650, Museo del Prado, Madrid
クレルヴォーの聖ベルナールは「アウェ、マリス・ステーッラ」の作者ではありませんが、聖ヒエロニムスを別にすれば、この祈りに結び付けて考えられる最も有名で有力な聖人であり、1146年にシュパイエル司教座聖堂の聖母像から乳を受けたという伝説もよく知られています。したがってこのメダイに刻まれた「アウェ、マリス・ステーッラ」の一節、「御身の母なるを示し給え」(MONSTRA
TE ESSE MATREM) という祈りには、聖ベルナールが上の引用箇所で述べているように、非常に明るい特別な星であるマリアに対して、「精神をいっそう照らして熱し、諸徳を保護し、悪徳を融かしてください」「数々の模範によって我々を照らしてください」という願いが籠められていることがわかります。
上の写真に写っている定規のひと目盛りは、一ミリメートルです。聖母の顔は直径二ミリメートル弱の円内に収まりますが、目鼻立ちが整っているばかりか、その表情には罪びとを執り成す母の慈愛があふれています。顔の各部を制作する彫刻の正確さは数十分の一ミリメートルのオーダーで、それだけでも驚異的な職人技ですが、メダイユ彫刻家は単なる写実に留まらず、宗教彫刻にふさわしい精神性を作品に賦与し、初期中世から伝わる「アウェ、マリス・ステーッラ」(めでたし、海の星よ)の祈りを、細密浮き彫りのうちに見事に形象化しています。
メダイの裏面にはいずれも聖母の象徴である「海の星」(マリス・ステーッラ)と百合が浮き彫りにされています。下部には名前や日付を彫るスペースがありますが、本品は未使用品のため、空白になっています。
「海の星」はメダイ表(おもて)面の引用句「御身の母なるを示し給え」と呼応します。「百合」は「純潔」の象徴であるとともに、「神の摂理への信頼」と「神に選ばれた身分」をも象徴します。受胎告知の際、マリアは「お言葉どおりこの身に成りますように」と答えて救いを受け容れ、その信仰ゆえに神に選ばれたゆえに、百合はマリアを卓越的に象徴します。クレルヴォーの聖ベルナールは、旧約聖書「雅歌」二章二節の「ゆりの花」をマリアの象徴と解釈しています。「雅歌」の該当箇所を引用いたします。
Sicut lilium inter spinas, sic amica mea inter filias. (Nova Vulgata) おとめたちの中にいるわたしの恋人は 茨の中に咲きいでたゆりの花。
(新共同訳)
星と百合を囲むように、フランス語で 「コングレガシオン・デ・ザンファン・ド・マリ」(Congrégation des Enfants de
Marie マリアの子ら会)と刻まれています。
本品は百年以上前、アール・ヌーヴォー期のフランスで作られた真正のアンティーク品ですが、非常に古い年代にもかかわらず、細部まで製作時のままの状態で残っています。本品のように浮き彫りが立体的なメダイを実用すると、突出部分が必ず摩滅します。しかるに本品の突出部分には摩滅らしい摩滅は見られず、裏面にもイニシアルや日付が彫られていません。それゆえ本品はおそらく未使用品であろうと思われます。ところどころに見られる銀めっきの剥落は、経年によるものです。特筆すべき問題は何もありません。