およそ百年前のフランスで制作されたスカプラリオのメダイ。指先に乗る小さなサイズの画面に、立体的で非常に精緻な浮き彫りが施されています。
メダイの一方の面には、イエス・キリストの上半身を立体的な浮き彫りで大きく表しています。十字架のある後光を戴いたキリストは、左手で衣の前を開き、右手で愛に燃える聖心を指し示しています。両手にある生々しい傷は、受難の際の釘によるものです。茨に巻きつかれて血を流すイエスの聖心は、あまりにも激しい愛ゆえに、炎を噴き上げて燃えています。聖心から発出するまばゆい光は、神の愛と智恵、すなわち神そのものの象徴です。イエスの後光はカドリロブ(quadrilobe 四つ葉型)と方形を組み合わせたゴシック風のデザインです。
ジャンヌ・ダルクのメダイ 1920年
メサジュリ・マリチーム社 (MM)
百周年記念メダイユ 1951年
メダイ上部の環に、製造国を表す「フランス」(FRANCE) の文字が見えます。メダイの右下にメダイユ彫刻家アンドレ・アンリ・ラヴリリエ (André
Henri Lavrillier, 1885 - 1958) のサイン (LAVRILLIER) があります。上の参考画像はいずれもアンドレ・アンリ・ラヴリリエによる作品です。
ティプ・ラヴリリエ 1947年
ラヴリリエは1933年から1952年まで発行されたフランス共和国の5フラン貨「ティプ・ラヴリリエ」(type Lavrillier) をデザインした彫刻家としてもよく知られています。
本品の直径は2センチメートル足らずですが、イエズス像の出来栄えは大型メダイに劣らず、その精緻さに驚かされます。イエスの顔は目、鼻、口、ひげなど、各部分が正確に彫られ、整った顔立ちですが、顔全体のサイズは縦横3ミリメートル前後しかありません。一本一本の指と関節も正確に再現されていますが、手のサイズも3ミリメートルほどです。縦横2ミリメートル足らずの心臓(聖心)に、茨の冠が巻き付いています。
もう一方の面には幼子イエズスを胸に抱くカルメル山の聖母が浮き彫りにされています。聖母は戴冠し、右手に茶色のスカプラリオを掛けています。
聖母の右肩には大きな星が造形されています。星は「ステッラ・マリス」(STELLA MARIS ラテン語で「海の星」)と呼ばれる聖母の象徴です。聖母の後光を取り巻く十二の星は、不思議のメダイの裏面にある十二の星と同じ物で、十二使徒の象徴でもあり、キリストに従うカトリック教会全体の象徴でもあります。
幼子イエズス・キリストは母の胸に抱かれて、母と微笑みを交わしつつ、こちらを振り向いています。幼ない男の子の愛らしい姿ですが、後光の十字架と、「受難のテオトコス」を思い起こさせる姿勢が痛々しく感じられ、神の愛が見る者の胸に迫るとともに、アブラハムやヨブにも勝るマリアの信仰が思い起こされます。マリアの冠のフルール・ド・リスすなわち百合は、神の摂理への信頼あるいは信仰を表し、マリアがその信仰ゆえに神に選ばれたことをも表しています。カルメル山の聖母に執り成しを求める祈りが、聖母子を取り巻くようにラテン語で記されています。
REGINA DECOR CARMELI ORA PRO NOBIS. カルメルの美しき女王よ、我らのために祈りたまえ。
上の写真に写っている定規のひと目盛りは1ミリメートルです。聖母子ともに、人体各部が正確な比率で描かれているのみならず、2ミリメートルほどのサイズの整った顔立ちに、慈愛の表情が制作されていることに驚かされます。
本品はおよそ百年前にフランスで制作された真正のアンティーク品ですが、保存状態はきわめて良好です。特筆すべき問題は何もありません。