銀無垢の高級品 聖心と薔薇と聖ジャンヌ・ド・シャンタル ルイ・トリカールによる愛のメダイ 直径 19.5 mm


突出部分を除く直径 19.5 mm

フランス  1938年



 十七世紀フランスの修道女、聖ジャンヌ・ド・シャンタル(Ste. Jeanne de Chantal, 1572 - 1641)のメダイ。表裏の浮き彫りは、フランスのメダイユ彫刻家、ルイ・トリカール(Louis Tricard)の作品です。

 「イノシシの頭」のマーク、及びフランスの銀細工工房のマークが、上部の環に刻印されています。「イノシシの頭」は800シルバー(純度 800/1000の銀)を表すパリ造幣局のポワンソン(貴金属検質印)です。銀細工工房のマークには "PB" または "PR" の文字が読み取れます。





 ジャンヌはフランソワ・ド・サール(仏 François de Sales 伊 Francesco di Sales 羅 Franciscus Salesius, 1567 - 1622)とともに「聖母訪問会」(l'Ordre de la Visitation de Sainte-Marie)を設立したことで知られています。本品の浮き彫りにおいて、修道女姿のジャンヌ・ド・シャンタルは、胸に「クロワ・ペクトラル」を下げています。「クロワ・ペクトラル」(croix pectorale フランス語で「胸のクロス」)は教皇、枢機卿、司教、修道院長などの高位聖職者のみが身に着ける十字架で、ジャンヌは「聖母訪問会」の総長であったゆえに、これを身に着けています。聖人に執り成しを願うラテン語の祈りが、浮き彫りを取り囲むように刻まれています。

  SANCTA JOANNA DE CHANTAL ORA PRO NOBIS.  聖ジャンヌ・ド・シャンタルよ、我らのために祈りたまえ。

 本品の浮き彫りにおいて、聖女の後光にはクリストグラム、すなわち「イオタ・エータ・シグマ」(IHS)が記されています。「イオタ・エータ・シグマ」はギリシア語 で「イエス」を表す「イエースース」(Ἰησοῦς, IHSOYS) の語頭三文字によるモノグラム(組み合わせ文字)です。また聖女像の背景にはキリストの聖心が彫られています。

 「ドクトゥール・ド・ラムール」(仏 Docteur de l'amour 「愛の博士」の意)と呼ばれるフランソワ・ド・サールは、「何事も力によらず、すべてを愛によって」(Rien par force, tout par amour)と説きました。本品に彫られたクリストグラムの後光と聖心の背景は、修道会総長の重責を担うジャンヌ・ド・シャンタルが、常にフランソワ・ド・サールの精神において行動したことを思い起こさせます。


 ジャンヌ・ド・シャンタルが生きたのは宗教戦争の時代です。愛と平和を説くべきキリスト教徒同士が対立と戦闘に明け暮れ、人心は荒(すさ)んでいました。ジャンヌは裕福な貴族の妻でしたから、生活の不自由は無かったでしょうが、何人もの子供に先立たれ、末娘が生まれたのと同じ年に最愛の夫を亡くしました。悲嘆に暮れる若きジャンヌは、辛い立場にある人々の苦しみ、悲しみを身を以て知り、生涯を慈善に捧げることを決心しました。夫が亡くなって三年後の 1604年、フランソワ・ド・サール師が復活祭の説教をしにディジョンを訪れた際、ジャンヌはド・サール師に会って決心を伝えました。ド・サール師はこのときからジャンヌの霊的指導者となりました。1610年、末子にして三女のシャルロットが九歳で亡くなると、ジャンヌはフランソワ・ド・サール師を共同設立者として「聖母訪問会」(l'Ordre de la Visitation de Sainte-Marie)を作り、病者や貧者を訪問し、世話をする活動を始めました。





 メダイの右下にはグラヴール(メダイユ彫刻家)のサインが彫られています。本品を彫ったグラヴールはルイ・トリカール (Louis Tricard) で、20世紀初頭頃を中心に、カトリック信仰をテーマにした美しいメダイユを作り続けた彫刻家として知られています。ルイ・トリカールが宗教以外のテーマの作品を一点も作らなかったかどうかは不詳ですが、私がこれまでに見たトリカールの作品は例外なくカトリック信仰をテーマにしており、たいへん信仰心の篤い芸術家であったことがわかります。トリカールによる幾つかの作例を示します。


 聖ペトロ 直径 103ミリメートル

 ピブラックの聖ジェルメーヌ・クザン 直径 160ミリメートル

 聖母マリア

 使徒聖アンドレアス 当店の商品

 シエナの聖カタリナ 当店の商品






 もう一方の面には、ロザリオあるいは薔薇の花環が浮き彫りにされ、花環の中にはビュラン(彫刻刀)を用い、美しい字体で「A. C. ジャンヌ 1938年」(A. C. Jeanne 1938)と手彫りされています。最下部にトリカールのサインがあります。薔薇は、花の直径が 2ミリメートル、葉の長さが 1ミリメートル程しかありませんが、八重咲きの花びらは立体的で、葉は鋸歯状の縁や凹凸、葉脈までが柔らかい表現のうちにも判別可能であり、生花のようなみずみずしさを感じます。


 カトリックの数珠をわが国では「ロザリオ」(rosario) と呼んでいますが、イタリア語「ロザリオ」の語源はラテン語「ロサーリウム」(ROSARIUM) で、これは薔薇の花環(花綱、冠)のことです。薔薇は聖母の象徴であり、聖母像に捧げる薔薇の花環あるいは薔薇の花の冠を、「ロサーリウム」(ロザリオ)と呼んだのです。ロザリオのことを、フランス語では「ロゼール」(rosaire) または「シャプレ」(chapelet) といいます。「ロゼール」は特に15連のロザリオを指す語で、語形から明らかなように、ラテン語「ロサーリウム」に由来します。「シャプレ」は5連のロザリオを指しますが、この語は本来「被り物」を表す「シャペル」(chapelle) に縮小辞が付いたものであり、やはり花の冠を表します。ドイツ語ではロザリオを「ローゼンクランツ」(Rosenkranz) といいますが、これは文字通り「薔薇の花環」という意味です。ロザリオの祈りでは、天使祝詞(アヴェ・マリア)、すなわち救い主の生誕を予告するガブリエルの言葉が唱えられます。下の参考画像はルネサンス期の画家ボッティチーニの作品で、生誕した救い主イエズスを礼拝する聖母とともに、薔薇の花綱(ロサーリウム)が描かれています。


(下・参考画像) Francesco Botticini, Adorazione del Bambino (dettaglio), 1482, tempera su tavola, 123 cm di diametro, Galleria Palatina, Palazzo Pitti, Firenze




 薔薇はキリストの五つの御傷の象徴でもあり、愛の象徴でもあります。地上の生の虚しさを知り、神の愛のみを求めたジャンヌ・ド・シャンタルに、薔薇はこの上なくふさわしい花といえましょう。トリカールは両面の浮き彫りを制作していますが、表(おもて)面の聖心と裏面の薔薇はいずれも愛の象徴であり、表裏の意匠が統一性を以て制作されていることがわかります。





 本品は銀無垢製品で、数あるメダイのなかでもとりわけ高価なものです。このようなメダイは新生児の誕生と洗礼、子供の初聖体のように、人生の大きな出来事の際に購入されました。本品裏面には「ジャンヌ」という女の子の名前が彫られており、子供の誕生を記念して購入されたものと思われます。

 この女の子が生まれた 1938年は第二次世界大戦の前夜です。この年、ナチス・ドイツはオーストリアを併合し、さらにズデーテン(チェコスロヴァキア)、テシェン(ポーランド)、ルテニア(ルーマニア)に触手を伸ばしました。極東では日中戦争が既に始まっています。第二次世界大戦下のフランスの国土はドイツによって国土を蹂躙され、ドイツの支配下に入った都市は連合国側によっても爆撃されました。このような時代に生まれた幼子が、母の愛と神の愛、守護聖人ジャンヌ・ド・シャンタルに守られて、無事に終戦を迎えたことを願わずにいられません。

 本品はおよそ八十年前のフランスで制作された真正のアンティーク品ですが、突出部分もほとんど磨滅しておらず、極めて良好な保存状態です。特筆すべき問題は何もありません。





本体価格 14,800円 販売終了 SOLD

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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