20世紀初頭頃を中心に優れた作品を数多く生み出したフランスのメダイユ彫刻家、ルイ・トリカール (Louis Tricard) による使徒聖アンドレアス(聖アンデレ)の18金製ペンダント。聖アンドレアスは十二使徒のひとりで、シモン・ペトロの兄弟であり、瞑想する聖人としても知られています。13世紀の聖人伝「レゲンダ・アウレア」によると、X字形の聖アンドレアス十字に架けられて殉教したとされています。
トリカールの作品において、殉教を前にした使徒の表情はあくまでも穏やかで、過酷な運命にむしろ感謝するかのような表情さえ浮かべ、左手を胸に当て、十字架を右腕に愛しげに抱えて前方を直視しています。次のラテン語が使徒を取り囲んでいます。
O BONA CRUX QUAE DECOREM EX MEMBRIS DOMINI SUSCEPISTI 主が御体によりて飾られし善き十字架よ
これは殉教しようとする聖アンドレアスが、自分が架けられる十字架を見て叫んだとされる言葉で、「レゲンダ・アウレア」の記述に基づいています。使徒の祈りの全文は次の通りです。日本語訳は筆者(広川)によります。
O bona crux, quae decorem ex membris Domini suscepisti, diu desiderata, sollicite amata, sine intermissione quaesita, et aliquando cupienti animo praeparata: accipe me ab hominibus, et redde me magistro meo; ut per te me recipiat, qui per te me redemit. | 主が御体によりて飾られし善き十字架よ。ずっと以前から願われ、切に望まれ、絶え間なく求められたる十字架よ。(汝を)求むる(わが)魂に、ようやく与えられんとする十字架よ。(数ある)人のなかからわれを(選びて)受け入れ、わが師の許へと行かしめよ。汝を通してわれを購いたまいし御方が、汝を通してわれを受けたまわんがため。 |
使徒の後光の周辺部には、執り成しを求める次の祈りがラテン語で刻まれています。
SANCTE ANDREA, ORA PRO NOBIS. 聖アンドレアスよ、われらのために祈りたまえ。
ペンダント本体上部の環にある鷲の頭の刻印は、十八カラット・ゴールドを示すフランスの検質印(ホールマーク)です。
ペンダントの裏面には、美麗な飾り文字による "AT" のモノグラムが手彫りされており、この使徒を守護聖人とするアンドレ(男性なら
Andre、女性なら Andrée)という洗礼名の人のイニシャルであろうと思われます。聖アンドレアスの祝日、11月30日が誕生日の人であったかもしれません。