極稀少品 レモン・チュダン作 《聖バルバラ 直径 20.8 mm》 空の青に溶け込む殉教処女 複合芸術による優れた作例 フランス 二十世紀中頃


突出部分を除く直径 20.8 mm   最大の厚さ 2.2 mm   重量 4.0 g




 二十世紀中頃のフランスで制作された聖バルバラのメダイ。ニコメディアの聖バルバラ(Ἁγία Βαρβάρα της Νικομηδείας)はギリシアの植民市ニコメディアで生まれ、ヘリオポリス(レバノンの古代都市バールベク)で殉教したと伝えられる三世紀の聖女で、異教徒の父により塔に閉じ込められたという聖人伝で知られます。聖バルバラの祝日は12月4日です。





 メダイの表(おもて)面は聖バルバラの半身像を中央に大きく浮き彫りにし、サント・バルブ(仏 Sainte Barbe)の文字で囲んでいます。サント・バルブはフランス語で聖バルバラという意味です。

 バルバラの右手には書物があり、その上にカリスが載っています。

 カリス(仏 un calice)とはミサで葡萄酒を入れて実体変化させる器で、日本語では聖杯と呼びます。中世の騎士物語に登場する聖杯はグラアル(仏 le Graal)といって、救い主が十字架上で流し給うた血を受けたと伝えられますので、カリスとグラアルは同じ聖杯でも意味が異なります。しかしながらミサでは救い主が繰り返し受難し給い、カリスに注がれた葡萄酒はもはや葡萄酒ではなくてキリストの血に実体変化しますから、カリスとグラアルは本質的に同じものともいえます。





 カリスの上にある円形の物体は、ホスチア(聖体)です。ホスチアの原意はラテン語で宿主のことです。ホスチアは酵母を入れずに焼いた薄い小麦のパンですが、実体変化においてキリストのエッセンチア(羅 ESSENTIA 本質)を受け取る基体(羅 SUBSTRATUM/SUBJECTUM)となるゆえに、ホスチア(羅 HOSTIA 宿主)の名で呼ばれています。

 実体変化後のホスチアがパンではなく活けるキリストの御体であることを明示するために、図像に描かれるホスチアはしばしば空中に浮き上がり、眩(まばゆ)い光輝を放ちます。本品メダイの浮き彫りにおいてもホスチアは空中に浮いています。


 バルバラのハギオグラフィ(聖人伝)によるとこの聖女は何をされても死なず、最後は聖体を拝領後に斬首されてようやく殉教を遂げました。この故事に基づいて聖バルバラは安らかな臨終をもたらす守護聖人とされます。本品メダイの浮き彫りをはじめ、バルバラがしばしば祈祷書とホスチアを伴って描かれるのはこの故事によります。

 キリストの血を入れたカリス、及びキリストの御体であるホスチアにバルバラは手で直接触れるのではなく、手の上に祈祷書を置き、祈祷書を介してキリストの血と体に触れています。聖なるものに触れたり受け取ったりする際は、直接触れることを避けて手を布で覆います。このように布で覆った手をマヌス・ウェーラータ(羅 MANUS VELATA 単数主格)と言います。本品では祈祷書が布の代わりをしています。





 バルバラは左手にナツメヤシの葉を持っています。古代ローマにおいて、ナツメヤシの葉は勝利した剣闘士に与えられました。これが転じてキリスト教の図像では、殉教の栄光を勝ち得た人がナツメヤシの葉とともに描かれます。


 バルバラの頭には、あたかも競技の勝利者に与えられる冠のように、ロサーリウム(羅 ROSARIUM 薔薇の花環)が被せられています。

 古代ギリシアのピュティア大祭(希 τὰ Πύθια)では、各競技の優勝者たちにアポロンの聖樹である月桂樹の冠が与えられました。またオリュンポス大祭(希τὰ Ὀλύμπια )では、各競技の優勝者たちにオリーヴの冠が与えられました。使徒パウロは「コリント人への手紙 一」九章二十五節でコリントで行なわれるイストミア大祭(希 τὰ Ἴσθμια)に言及していますが、この大祭では各競技の優勝者たちに松の冠が与えられました。バルバラが被るロサーリウムは、これらの冠になぞらえた栄誉の印です。

 薔薇には棘がありますから、バルバラが被る薔薇の冠は、イエスが受難の際に被せられた茨の冠と同じです。しかるに薔薇の花は愛の象徴でもありますから、バルバラに薔薇の冠が与えられたのは、バルバラの殉教がイエスへの愛ゆえであるからです。地上の結婚を拒み、自身をイエスに捧げて殉教に至ったバルバラの口許には、かすかな微笑みが浮かんでいます。





 「レゲンダ・アウレア」によると、異教徒の父によって塔に閉じ込められたバルバラは、父の不在中、塔の内部に浴室を作らせて洗礼を受け、さらに窓が二つしかなかった塔に三つめの窓を開けて、これら三つの窓を三位一体の象(かたど)りと為しました。すなわちバルバラは塔を地上に生きる自分に重ね、その塔において魂の内なる洗礼を受けるとともに、昏(くら)い魂に神が光を注ぎ給うことを、三つの窓によって示したのです。

 本品メダイにおいて、バルバラの背後にはこの塔が浮き彫りにされています。バルバラが殉教したのは当時ヘリオポリスと呼ばれていた古代都市です。ヘリオポリスは我が国に比べれば乾燥したベッカー高原にあり、本品メダイの背景には荒涼とした土地の起伏が表現されています。

 本品のバルバラはもはや幽閉されず、塔とヘリオポリスを後に残し、その身は既に神の国にあります。勝利の冠を被りナツメヤシの葉を手にしたバルバラは、既に殉教を遂げています。それゆえメダイに浮き彫りにされているのは斬首されたバルバラの肉体ではなく、肉体から解放されて自由を得たバルバラの魂です。神への愛によって塔から、すなわち肉体から逃れた殉教処女バルバラに地上の生を懐かしむ気持ちは無く、その視線は神にのみ向けられています。





 上の写真に写っている定規のひと目盛りは、一ミリメートルです。バルバラの顔も手も二ミリメートルないし三ミリメートルの極小サイズですが、聖女の横顔は美しく整い、手の形は自然です。ナツメヤシの葉の一枚一枚、ロサーリウムの薔薇の一輪一輪、カリス、ホスチア、祈祷書などの細部もいっさい手を抜くことなく、写実的に表現されています。

 本品には青色の半透明ガラスによるエマイユ・シュル・バス=タイユ(仏 l'émail sur basse-taille)が施されています。これは金属メダイユの周縁を壁のように立ち上げ、内部の窪みに浅浮き彫り(バス=タイユ)のカメオを作って半透明エマイユを掛ける技法です。カメオの最も突出した部分の高さは、メダイユの縁よりもわずかに低くなっています。この窪みに半透明の色ガラスのフリットを入れて焼成すると、浮き彫りの高さにしたがって色ガラスの諧調が無段階に変化し、奥行きを感じさせるエマイユが出来上がります。

 本品の浮き彫りにおいて、バルバラは既に天上の人となっています。神の懐に抱かれたバルバラは、無限の奥行がある蒼穹に溶け込みます。この世を去って天に迎えられる殉教処女の魂を、優れた浮き彫りと青色エマイユの輝きによって巧みに可視化した本品は、複合芸術の名品です。





 メダユール(仏 un médailleur メダイユ彫刻家)のサインはありませんが、本品の浮き彫りはフランスの高名な芸術家レモン・チュダン(Raymond Tschudin, 1916 - 1998)の作品を基に制作されています。レモン・チュダンはパリの高等美術学校でアンリ・ドロプシに師事し、1945年のローマ賞を受賞しました。宗教をはじめとする様々な分野において、数多くの優れた作品を生み出した彫刻家として知られています。

 上の写真は本品を男性店主の手に載せて撮影しています。女性が本品の実物をご覧になれば、写真で見るよりもひと回り大きなサイズに感じられます。







 本品はおよそ七十年前のフランスで制作された真正のアンティーク品ですが、古い品物に関わらず保存状態は良好です。エマイユは近年よく見かける樹脂ではなく、真正のガラス・エマイユですが、罅(ひび)や剥落等の問題は一切ありません。浮き彫りはエマイユに保護されて美しい状態を永遠に保ちますし、エマイユのガラスは年月が経っても決して色褪せません。メダイをペンダントにすると裏面の浮き彫りが肌や服地と擦れて摩滅しますが、本品の裏面に浮き彫りはありませんので、心置きなくご愛用いただけます。

 聖バルバラのメダイは数が少ないですが、エマイユを掛けた作例はとりわけ稀少です。筆者は本品を長年秘蔵しておりましたが、アンティークアナスタシアは美術館ではなく店ですので、いつまでも秘蔵しているわけにはいかないと考え、このたび思い切って販売に踏み切りました。本品はたいへん美しく、お買い上げいただいた方には必ずご満足いただけます。





本体価格 37,800円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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