レゲンダ・アウレア、レゲンダ・サンクトールム
LEGENDA AUREA, LEGENDA SANCTORUM
(上) 「レゲンダ・アウレア」に基づく
ブールジュ司教座聖堂サン=テチエンヌのステンドグラス。聖ドニとその妻ダマリスに洗礼を施す聖パウロ。
「レゲンダ・アウレア」(
"LEGENDA AUREA" 註1) は、ジェノヴァ大司教ウォラギネ (Jacobus de Voragine, c. 1230 - 1298) の手による聖人伝集成で、1260
- 70年頃に編纂されたと考えられています。中世西ヨーロッパにおいて最も広く流布した聖人伝であり、1000部を超える写本が残されています。
「レゲンダ・アウレア」に収録されている聖人伝のうち、聖書に基づく内容はごく少なく、かなりの部分を、いずれもドミニコ会士の著作である次のふたつの聖人伝に依拠しています。
・ジャン・ド・メリィ (Jean de Mailly, c. 1190 - c. 1260) による1230年頃の聖人伝、「諸聖人の事績及び奇蹟抄録」("
Abbreviatio in gestis et miraculis sanctorum")
・バルトロメオ・ダ・トレント (Bartolomeo da Trento, c. 1200 - 1251) による聖人伝、「諸聖人の事績に付すべき後書」("
Epilogum in gesta sanctorum")
その他の出典としてはトゥールのグレゴリウス (Gregoire de Tours, c. 539 - c. 594) の「フランク人の歴史」(
"Historia Francorum" aut
"Decem Libri Historiarum") や、
「ヤコブ原福音書」や「ニコデモ福音書」といったアポクリファ(新約聖書外典)が挙げられますが、他の著作中に典拠が見出せない「レゲンダ・アウレア」独自の内容も多くあります。
「レゲンダ・アウレア」の唯一の目的は信仰心を高揚することであり、聖人に関する史実に関心を払わず、荒唐無稽な内容を多く含んでいるために、16世紀以来、エラスムスをはじめとするユマニストや学者たちから厳しく批判されました。古典に造詣が深いドミニコ会のスぺイン人司祭、メルヒオル・カノ
(Melchior Cano, 1523 - 1560) は聖人伝における虚構を有害無益と断じ、ヤコブス・デ・ウォラギネを「鉄の口と鉛の心」を持つ人物、すなわち良心が鈍麻した恥知らずの嘘つきであると酷評しています。
それにもかかわらず「レゲンダ・アウレア」は広く読まれて中世以来の宗教美術に大きな影響を及ぼしており、絵や像に描かれた聖人を同定するために不可欠の資料となっています。
後の時代の創作が多く混じった「レゲンダ・アウレア」のような伝承から、歴史的事実に基づく聖人伝を区別する必要が痛感された結果、
ボランディストの「アクタ・サンクトールム」(
"ACTA SANCTORUM") の刊行が1643年に始まり、その作業は今日まで続いています。
註1 「レゲンダ・アウレア」というラテン語の書名を、「黄金伝説」と訳してあるのをよく目にします。定訳になっているようなので仕方ないのですが、これは誤解を招く日本語訳です。簡潔な訳の対案を出すならば、「黄金読本」とか「貴き必読書」といったところでしょうか。
「レゲンダ」は、「読む」という意味の動詞「レゴー」(LEGO) から作られる分詞の一種、ゲルンディーウゥム (gerundivum) の中性複数主格・対格という形です。ゲルンディーウゥムは動形容詞、未来受動分詞、所相形容詞等とも呼ばれ、未来における義務・必要・適正の概念を含む受動的な意味、すなわち「・・・されるべき」という意味を表します。またゲルンディーウゥムは分詞の一種というべきもので形容詞的性格を有しますから、その中性形は名詞としても用いられます。
すなわちLEGOのゲルンディーウゥムは、いずれも主格であらわすならば、次のようになります。
|
男性形 |
女性形 |
中性形 |
単数 |
LEGENDUS |
LEGENDA |
LEGENDUM |
複数 |
LEGENDI |
LEGENDAE |
LEGENDA |
上に示した六つの語形のうち、中性形を名詞として使うと、「読まれるべきもの・事ども」という意味になります。
したがってラテン語の「レゲンダ」は、文字通り「読まれるべき事ども」という意味です。それぞれの日に「朗読されるべき」(レゲンドゥム)聖人伝を、教会暦に従って配列したのが「レゲンダ」です。「伝説」という意味ではありません。
ちなみに英語の legend、フランス語の legende には「(碑やメダルの)銘」「説明文」「凡例」という意味がありますが、これらの意味もゲルンディーウゥム
LEGENDUM(「読まれるべきもの」)が有する義務・必要・適正の概念に基づきます。-end を語尾に有する近代語には他にも次のようなものがあり、いずれもゲルンディーウゥムに由来します。
・「予定表」を表す agenda: AGO「為す」のゲルンディーウゥム AGENDUM の複数形 AGENDA に由来。原意「為されるべき事ども」
・「配当」を表す dividend: DIVIDO「分ける」のゲルンディーウゥム DIVIDENDUM/DIVIDENDA に由来。原意「分けられるべき物」
・聖職者の尊称である reverend: 形式所相動詞 REVEREOR「敬う」のゲルンディーウゥム REVERENDUS に由来。原意「敬われるべき」
・錯体の配位子や、免疫細胞の受容体に結合する抗原成分を表す ligand: LIGO「結びつける」のゲルンディーウゥム LIGANDUM に由来。原意「結びつけられるべき物」
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