月桂樹になったダフネー: オウィディウス 「メタモルフォーセース」(変身) 第一巻 452 - 567行
la nymphe Daphné et le laurier - Ovidius, "Metamorphoses" Liber I, 452 - 567





(上) Gianlorenzo Bernini, "Apollo e Dafne", 1622 - 24, marmo, h. 242 cm, Galleria Borghese, Roma


 オウィディウス (Publius Ovidius Naso, 43 B.C. – c. 17 A.D.) は「メタモルフォーセース」(変身)第一巻において、フォエブス(Phoebus 註1)すなわちアポロンから逃げるダフネーが、月桂樹に姿を変える物語を謳っています。

 「メタモルフォーセース」第一巻、第 452行から 567行の原テキスト、及び日本語訳を以下に示します。オウィディウスの作品は韻文ですが、筆者(広川)の和訳はラテン語の意味を正確に伝えることを主眼としたため、韻文になっていません。文意が伝わり易くするために補った語句は、ブラケット [ ] で示しました。


452
Primus amor Phoebi Daphne Peneia, quem non ... フォエブスが最初に愛したのは、ペーネウスの娘(註2)ダフネーであった。この愛は
fors ignara dedit, sed saeua Cupidinis ira,.
Delius hunc nuper, uicta serpente superbus,
知らぬ間に運命が与えたのではなく、クピドーの激しい怒りが与えたのである。
デーロスの神(註3)は蛇が打ち破られた直後で傲慢になっていたのであるが(註4)、このクピドーが
455 uiderat adducto flectentem cornua neruo 弓の弦(つる)を張り直しているのを見て(註5)
«quid» que «tibi, lasciue puer, cum fortibus armis ?»
dixerat : «ista decent umeros gestamina nostros,
qui dare certa ferae, dare uulnera possumus hosti,
qui modo pestifero tot iugera uentre prementem
言った。「ねぇ、やんちゃなおちびさん、恐ろしい武器で何を[しているのだね]。
この弓こそ、わたしの肩に担ぐのに相応しき物なのだ(註6)。
わたしは獣に対しても敵に対しても、確実な打撃を加えることができる(註7)。
その腹から出る毒気で広大な耕地に害を与える
460 strauimus innumeris tumidum Pythona sagittis. 大いなるピュトーンを、わたしは数え切れぬ矢で打ちのめしたのだ(註8)。
Tu face nescio quos esto contentus amores
inritare tua, nec laudes adsere nostras !»
filius huic Veneris «figat tuus omnia, Phoebe,
te meus arcus» ait ; «quantoque animalia cedunt
どんな愛だか知らないが、きみは自分の仕事に満足して、
することをしていたまえ。わたしにこそふさわしい称賛を求めてはいけないよ。」(註9)
ウェヌスの息子はアポロンに言う。「フォエブスよ。きみの弓はあらゆるものを貫くかもしれないが、
わたしの弓はきみを[貫くのだよ]。すべての生けるものを合わせても
465 cuncta deo, tanto minor est tua gloria nostra.» 神には劣るが、それと同じ程度に、きみの栄光はわたしの栄光に引けを取っているのだ。」
Dixit et eliso percussis aere pennis
inpiger umbrosa Parnasi constitit arce
eque sagittifera prompsit duo tela pharetra
diuersorum operum : fugat hoc, facit illud amorem ;
クピドーはこのように言い、羽ばたく翼で空気を切り裂いて
間髪入れずにパルナッソス山の[雲の]蔭なる頂に陣取り、
矢でいっぱいの箙(えびら)から二本の矢を取り出した。
[二本の矢は]正反対のはたらきで、一本は愛を退け、もう一方は愛を生じさせる。
470 quod facit, auratum est et cuspide fulget acuta, 愛を生じさせる矢は金色に塗ってあり、先端が尖って光っている(註10)。
quod fugat, obtusum est et habet sub harundine plumbum.
Hoc deus in nympha Peneide fixit, at illo
laesit Apollineas traiecta per ossa medullas ;
protinus alter amat, fugit altera nomen amantis
愛を退ける矢は尖らず、矢軸の中に鉛が入っている。
神(クピドー)は後者の矢をペーネウスの娘に打ち込んだ。しかるに[クピドーは]前者の矢で
アポロンの骨を貫いて髄を傷付けた(註11)。
その結果、一方は恋をし、他方は[自分に]恋する者の名前を聞くのさえ嫌がるようになる。
475 siluarum latebris captiuarumque ferarum 野生の獣や家畜のねぐらで、
exuuiis gaudens innuptaeque aemula Phoebes :
Vitta coercebat positos sine lege capillos.
Multi illam petiere, illa auersata petentes
inpatiens expersque uiri nemora auia lustrat
まるで処女神フォエベーのように、この娘は獣の剥皮を喜んで身に着け(註12)、
乱れた髪を紐で束ねていた。
数多くの男たちがこの娘を求めたが、娘は求婚者たちを退け、
男がどうしても嫌で、男無しで[暮らし]、人里離れた森を駆けまわる。
480 nec, quid Hymen, quid Amor, quid sint conubia curat. 結婚も恋愛も婚礼も、娘は気に懸けない。
Saepe pater dixit : «Generum mihi, filia, debes,»
saepe pater dixit : «debes mihi, nata, nepotes» ;
illa uelut crimen taedas exosa iugales
pulchra uerecundo suffuderat ora rubore
父はたびたび言った。「娘よ。わたしのためにも家庭を持っておくれ。」
父はたびたび言った。「わが子よ。わたしのためにも子供たちを産んでおくれ。」
娘はあたかも罪悪のように結婚を嫌い(註13)、
愛らしい顔をはにかみで赤く染め(註14)、
485 inque patris blandis haerens ceruice lacertis 両腕を父の首に回して抱きつき甘えて
«da mihi perpetua, genitor carissime,» dixit
«uirginitate frui ! dedit hoc pater ante Dianae.»
Ille quidem obsequitur, sed te decor iste quod optas
esse uetat, uotoque tuo tua forma repugnat :
言った(註15)。「大好きなお父さま、わたしにずっと
娘(処女)のままでいさせて。ディアナさまは昔、父神[のゼウス]さまからそうさせてもらっていたでしょ。」(註16)
父は承知しても、[ダフネーよ、]汝はその魅力のせいで自分の願い通りに
することができず、その[美しき]容姿が誓いを守る妨げとなる(註17)。
490 Phoebus amat uisaeque cupit conubia Daphnes, フォエブスはダフネーを見て恋をし、結婚したいと望む(註18)。
quodque cupit, sperat, suaque illum oracula fallunt,
utque leues stipulae demptis adolentur aristis,
ut facibus saepes ardent, quas forte uiator
uel nimis admouit uel iam sub luce reliquit,
フォエブスは自分が望むことは何でも[実際に起こることとして]期待(予想)する。それゆえ自らの神託に欺かれる(註19)。
穂が取り去られた後で軽い藁は焼かれ、
また、通りがかった人がたまたま近づけすぎた松明によって、
あるいは夜が明けて放置した松明によって、垣根は燃えてしまうが、
495 sic deus in flammas abiit, sic pectore toto それと同じように神は炎へと入って行き、胸の内すべてが
uritur et sterilem sperando nutrit amorem.
Spectat inornatos collo pendere capillos
et «quid, si comantur ?» ait. Videt igne micantes
sideribus similes oculos, uidet oscula, quae non
[激しい愛に]焼かれ、[この愛が成就すると]信じて、実りの無い愛を育む。
[アポロンは][ダフネーの]首に乱れ髪が垂れかかっているのを眺めて、
「髪が整えられればどんな[に美しい]であろう」と言う。[アポロンは]火を映して
星々のように輝く[ダフネーの]眼を見る。[アポロンは][ダフネーの]可愛い口を見るが、その口は
500 est uidisse satis ; laudat digitosque manusque いつまで眺めても見飽きることが無い。[ダフネーの]指も、手も、
bracchiaque et nudos media plus parte lacertos ;
si qua latent, meliora putat. Fugit ocior aura
illa leui neque ad haec reuocantis uerba resistit :
«Nympha, precor, Penei, mane ! non insequor hostis ;
前腕も、半分以上露わになった上腕も、[アポロンは]讃嘆する。
見えないところに関しては、理想的な体つきを思い描く(註20)。かの軽き風よりも速い[ダフネー]は逃げて、
この娘に繰り返し呼び掛ける者の言葉にも止まらない。
「ニンフよ、ペーネウスの娘よ、お願いだから待ってくれ。わたしはきみに何もしないよ(註21)。
505 nympha, mane ! Sic agna lupum, sic cerua leonem, ニンフよ、待ってくれ。子羊が狼から逃げるのも、鹿がライオンから逃げるのも、
sic aquilam penna fugiunt trepidante columbae,
hostes quaeque suos : Amor est mihi causa sequendi !
me miserum ! Ne prona cadas indignaue laedi
crura notent sentes et sim tibi causa doloris !
鳩たちが恐れて羽ばたいて鷲から逃げるのも(註22)、
それぞれ自分の敵から逃げているのだが(註23)、わたしにとっては愛が[きみを]追う理由なのだ。
わたしは辛い。[そんなに]前かがみになって[速く走って]はだめだ。転んで脚を怪我するじゃないか(註24)。
茨で脚をひっかくじゃないか。わたしのせいできみに痛い思いをさせたくないんだよ(註25)。
510 Aspera, qua properas, loca sunt : Moderatius, oro, きみが走っている場所は険しい所だ。お願いだから、もっとゆっくりと
curre fugamque inhibe, moderatius insequar ipse.
Cui placeas, inquire tamen : Non incola montis,
non ego sum pastor, non hic armenta gregesque
horridus obseruo. Nescis, temeraria, nescis,
走って、そんな風に逃げないでくれ(註26)。わたし自身も、もっとゆっくりとついてゆくから。
きみが誰の目に留まったのか、尋ねてほしいな。わたしは山の住民[のような野蛮人]ではないのだ。
わたしは牧人ではない。このあたりで牛や羊の群れを
守っている野卑な男ではないのだよ(註27)。きみはわかっていない。無知な娘よ。
515 quem fugias, ideoque fugis : Mihi Delphica tellus 自分が誰から逃げているのか、きみはわかっていないのだ。だからきみは逃げているのだ。わたしに対して、デルフォイの地も、
et Claros et Tenedos Patareaque regia seruit ;
Iuppiter est genitor ; per me, quod eritque fuitque
estque, patet ; per me concordant carmina neruis.
Certa quidem nostra est, nostra tamen una sagitta
クラロス(註28)も、テネドス(註29)も、パタラ(註30)の宮廷も仕えている。
わたしの父はユピテルだ。わたし[の神託]を通して、これから起こること、過去にあったこと、
いまあることが明らかになる。わたし[の力]を通して、歌と楽器が響き合う(註31)。
わたしの矢はなるほど確かではあるが、しかしもう一本の矢のほうがわたしの矢よりも
520 certior, in uacuo quae uulnera pectore fecit ! いっそう確かで、傷など無かった[わたしの]胸に、その矢が傷を付けたのだ。(註32)
inuentum medicina meum est, opiferque per orbem
dicor, et herbarum subiecta potentia nobis.
Ei mihi, quod nullis amor est sanabilis herbis
nec prosunt domino, quae prosunt omnibus, artes !»
医術(薬)はわたしが案出したもので、わたしは世の人々に[病を治して]人を助ける[神]と
言われている。各種の薬草を扱うのは、わたしが得意とすることだ。(註33)
何と悲しいことであろうか。愛は如何なる薬草によっても癒され得ないとは。(註34)
すべての人に役立つ技が、その持ち主に役立たないとは。」(註35)
525 Plura locuturum timido Peneia cursu さらに多くを語ろうとするアポロンから、ペーネウスの娘は狂ったように走って
fugit cumque ipso uerba inperfecta reliquit,
tum quoque uisa decens ; nudabant corpora uenti,
obuiaque aduersas uibrabant flamina uestes,
et leuis inpulsos retro dabat aura capillos,
逃げ、アポロンの言葉を聴こうとしない。(註36)
そうであってさえ、アポロンの眼に映るダフネーは美しかった(註37)。風で衣が翻えるせいで、体のあちこちが裸になって見えていた(註38)。
向かい風が衣の前面をはためかせ(註39)、
軽やかな微風が揺れる髪を後ろになびかせていた(註40)。
530 auctaque forma fuga est. Sed enim non sustinet ultra ダフネーは逃げているせいで、いっそう美しくなっていた(註41)。しかしながら若き神は、確かに、
perdere blanditias iuuenis deus, utque monebat
ipse Amor, admisso sequitur uestigia passu.
Vt canis in uacuo leporem cum Gallicus aruo
uidit, et hic praedam pedibus petit, ille salutem ;
優しい言葉を無駄に掛け続けるつもりが無い(註42)。まさに愛が命ずるままに、
[アポロンは]駆け足で[ダフネーが逃げた]あとを追う(註43)。
その様子はあたかも、ガリアの犬が開けた野原でノウサギを
見つけ、犬は獲物を捕まえるために走り、ノウサギは助かるために走るときのようだ。
535 alter inhaesuro similis iam iamque tenere 一方は追い付こうとするときに、あたかも今まさに[相手を]捕らえたと
sperat et extento stringit uestigia rostro,
alter in ambiguo est, an sit conprensus, et ipsis
morsibus eripitur tangentiaque ora relinquit :
Sic deus et uirgo est hic spe celer, illa timore.
信じ、歯を剥(む)き出して、[相手が通った]跡の空(くう)を咬む(註44)。
もう一方は自分が捕らえられたかどうかも分からないままに
咬み付く[相手]を辛うじてかわし、[自分の身に]触れる[犬の]口から逃れる(註45)。
神と乙女はこれと同じで、神は望みのために走り、乙女は恐れのために走っている。
540 Qui tamen insequitur pennis adiutus Amoris, しかしながら神は愛の翼によって助けられて追っている。(註46)
ocior est requiemque negat tergoque fugacis
inminet et crinem sparsum ceruicibus adflat.
Viribus absumptis expalluit illa citaeque
uicta labore fugae spectans Peneidas undas
神は乙女よりも速く、また休息を拒み、逃げる娘の背に
迫る。[娘の]うなじの産毛に神の息がかかる。
娘は力を使い果たして青ざめる。速く[駆けて]
逃げる苦しさに負けた娘の眼に、ペーネウスの流れが見える。
545 «fer, pater,» inquit «opem ! Si flumina numen habetis, 娘は言う。「お父さま、助けて。川の流れよ、もしもあなた方に神の力があるのなら、
qua nimium placui, mutando perde figuram !»
Vix prece finita torpor grauis occupat artus,
mollia cinguntur tenui praecordia libro,
男のひとに愛されるのは、もういや! わたしを変えて、綺麗じゃなくして!」(註47)
祈りが終わるとすぐに強い痺れが[娘の]四肢を支配し、
柔らかい胸は薄い樹皮に取り巻かれる。(註48)
550 in frondem crines, in ramos bracchia crescunt, 髪は葉に、腕は枝になり、
pes modo tam uelox pigris radicibus haeret,
ora cacumen habet : remanet nitor unus in illa.
Hanc quoque Phoebus amat positaque in stipite dextra
sentit adhuc trepidare nouo sub cortice pectus
あれほど速かった足もあっという間に不動の根に繋がり、
顔は木の上部になる。[しかしながら、その木が有する]ひとつの優美さ、輝きは、元の娘のままである。(註49)
フォエブスはこの木をも愛した。右手を幹に置くと、
新しい樹皮の下で心臓がまだ鼓動しているのが感じられる。(註50)
555 conplexusque suis ramos ut membra lacertis [娘の]腕[を抱くか]のように、枝を腕のなかに抱いた[フォエブス]は、
oscula dat ligno ; refugit tamen oscula lignum.
Cui deus «at, quoniam coniunx mea non potes esse,
arbor eris certe» dixit «mea ! semper habebunt
te coma, te citharae, te nostrae, laure, pharetrae ;
木に接吻を浴びせるが、木は接吻を拒む。
神は木に対して言う。「さて、きみはわたしの妻にはなれないが、
それでも、わたしの木になるのだ。
月桂樹よ。きみはこれからずっとわたしの髪に飾られ、キタラに飾られ、箙(えびら 矢筒)の飾りともなる。(註51)
560 tu ducibus Latiis aderis, cum laeta Triumphum 喜びの声が勝利を[讃えて]
uox canet et uisent longas Capitolia pompas ;
postibus Augustis eadem fidissima custos
ante fores stabis mediamque tuebere quercum,
utque meum intonsis caput est iuuenale capillis,
歌い、七つの丘が[勝利を祝う]長い行列を目にするとき、きみはラティウム(ローマ)の将軍たちに伴いなさい。(註52)
アウグストゥス宮殿の入り口に立つ二本の側柱の、いとも忠実なる守り手にも[なり]、
扉の前に立ちなさい。[扉の]中ほどにはシェーヌ[の冠]が見えるはずだ。(註53)
わたしの頭が髪が抜けずに[永遠に]若いのと同様に、(註54)
565 tu quoque perpetuos semper gere frondis honores !» きみもまた、[常緑の]葉によって、永遠の美を常に保ちなさい。」
Finierat Paean : Factis modo laurea ramis
adnuit utque caput uisa est agitasse cacumen.
パエアーンは[語るのを]終えた。月桂樹がたったいまできたばかりの枝で
うなずき、その頂を人間の頭のように動かしたのが見えた。(註55)




註1 ラテン語「フォエブス」(Phoebus) はギリシア語「ポイボス(またはフォイボス)」(ὁ Φοίβος) を写したもので、「光輝を放てる」という意味です。分かり易いようにドイツ語を併記しますと、ギリシア語「パイノメノン φαινόμενον」(die Erscheinung oder der Schein)の元の動詞「パイノー」(φαίνω scheinen 「現れる」)は「パオー」(φάω) を語根としますが、「ポイボス」の語根もやはり「パオー」です。すなわち「ポイボス」は実体から光輝が発出するさま、天体のように光り輝くさまを表します。

 「ポイボス」は太陽神アポロンのエピセット(別名)です。「アポッローン・ポイボス」(Ἀπόλλων Φοίβος 「光り輝くアポロン」)という形でもよく使われます。

註2 「ペーネイア」(PENEIA) は、名詞「ペーネウス」(PENEUS) から作った形容詞 (PENEIUS, -UM, -A) の女性形を、名詞化して使ったもの。ここでは「ペーネウスの娘」の意。

 「ペーネウス」(PENEUS)は、ギリシア語「ペーネイオス」(Πηνειός) をラテン語式に表記したもので、テッサリア(ギリシア中東部)の川の名前でもあり、川を神格化した男神の名前でもあります。

註3 「デーリウス」(DELIUS) は、名詞「デールス」(DELUS) から作った形容詞 (DELIUS, -UM, -A) の男性形を、名詞化して使ったもの。「デールスの男」が原意ですが、ここではデーロス島出身の神であるアポロンを指しています。

 「デールス」(DELUS)は、キュクラデス諸島の中央付近にある島の名「デーロス」(Δῆλος) をラテン語式に表記したものです。女神レートー (Λητώ) はゼウスによって身ごもり、デーロス島で最も高いキュントス山(Κύνθος 標高 112m)においてアポロンとアルテミスを産んだといわれています。この故事ゆえにアポロンには「デーリオス Δήλιος」(「デーリウス DELIUS」)、アルテミスには「キュンティア」(Κυνθία, Cynthia) というエピセット(別名)が与えられています。

註4 オウィディウスはこの直前の部分で、アポロンが大蛇ピュトーンを殺した物語を謳っています。

 ギリシア中心部、パルナッソス山の南西にあるデルフォイ (Δελφοί) はアポロンの神託所として知られますが、ここはもともと地母神ガイア (Γαῖα) の聖地であり、ガイアの子である大蛇ピュトーン」(Πύθων) によって守られていました。アポロンはピュトーンを殺して聖地デルフォイを奪いました。

註5 すなわち hunc (=Cupidinem) viderat flectentem cornua adducto nervo. 直訳「クピドーが張った弦で弓の両端 (cornua) を曲げているのを見た。」 viderat は過去完了。

註6 すなわち ista gestamina umeros nostros decent. アポロンは自分が肩に懸けている立派な弓 (gestamen/gestamina) をクピドーの小さな弓と比較して、自慢しています。アポロンが自分を指す代名詞や所有形容詞、動詞の人称語尾に、オウィディウスは一人称複数(「われわれ」)の形を使わせていますが、これは英語の「ロイヤル・ウィ」(Royal "we" 皇帝や王が自分を指して使う "we, our, us")と同様の用法です。

註7 すなわち qui ferae aut hosti certa vulnera dare possumus

註8 すなわち qui, modo pestifero tot jugera ventre prementem tumidum Pythona, innumeris sagittis stravimus 直訳「害を与える仕方で、その腹を以って多くの耕地を圧していた大いなるピュトーンを、わたしは数知れぬ矢で打ちのめした。」

註9 "Tu face nescio quos amores, et esto contentus irritare tua. Et nolle nostras laudes tibi assere." の意味に解しました。

註10 すなわち [Telum] quod facit [amorem] auratum est, et acuta cuspide fulget. "acuta cuspide" は絶対的奪格。

註11 すなわち at illo [telo deus] laesit Apollineas medulas per trajecta ossa." 直訳「神は前者の矢で、貫かれた骨を通してアポロンの髄を傷付けた。」

註12 exuviis gaudens innuptaeque aemula Phoebes 直訳「処女フォエベーと同じような者(ライバル)[であるこの娘]は、剥ぎ皮 (exuvia pl.) を身に着けて喜んで」

 ここでいう「フォエベー」(PHOEBE) は、狩りの女神アルテミス (Ἄρτεμις) のことです。アルテミスはアポロンのきょうだいであり、「フォエベー」の別名で呼ばれます。「フォエベー」は「フォエブス」(アポロンの別名)の女性形です。

 アルテミスは処女神で、数多くの男たちからの求婚を拒みました。アクタイオンという若者はアルテミスが裸で沐浴する姿を覗き見したために、激怒したアルテミスによって鹿に変えられ、鹿を狩るために自分が連れて来た獰猛な猟犬たちに追い回された揚句、八つ裂きにされて死にました。なおギリシア神話のアルテミスは、ローマ神話のディアナに当たります。

註13 taeda jugalis 「婚礼の松明」  exosus, -a, -um exodi p. p.

註14 すなわち pulchra ora uerecundo rubore suffuderat. 直訳「愛らしい顔をはにかみの赤で染めた。」

註15 すなわち et in patris cervice blandis lacertis haerens, ... dixit 直訳「甘える両腕で父の首に抱きついて言った。」

註16 すなわち genitor carissime, da mihi perpetua virginitate frui ! pater (= Zeus) Dianae hoc ante dedit.

 "da mihi perpetua virginitate frui !" を直訳すると、「永遠のヴィルギニタース(virginitas 処女性)を享受することを、わたしに許して。」

 この "do" は与格補語と不定詞を伴い、「許可する」の意味。"perpetua virginitate" は "frui" の奪格補語。"hoc" は "perpetua virginitate frui"。"ante" は副詞。

註17 すなわち decor iste vetat te esse quod optas

 この箇所で、詩人オウィディウスは二人称の代名詞を使い、ダフネーに呼び掛けるように謳っています。"te" は "esse" の対格主語です。

 "votoque tuo tua forma repugnat" に関して。ラテン語の「フォルマ」(forma) は広く「形」という意味ですが、多くの場合「整った形」「美しい形」を含意します。 例 di tibi formam, di tibi divitias dederant 「神々は汝に美しき容姿を、汝に大いなる宝を与え給うた。」 (Horatius, Epistula 1. 4. 6) "forma" の形容詞形である "formosus, -a, um" は、まさに「美しい」という意味です。

註18 すなわち Phoebus amat et cupit visae Daphnes conubia. 直訳「フォエブスは恋をし、目にしたダフネーとの結婚を欲する。」

註19 すなわち et sua oracula illum fallunt. 直訳「そのようなわけで、フォエブス自身の神託がフォエブスを欺く。」

 通常であればアポロンは思い通りに物事を実現させることができます。アポロンにとって、自らが欲することが、すなわち実現が期待(予想)されることであるわけです。それゆえに通常であればアポロンは未来を正確に予言することができます。ところが今回に限って事態はアポロンの期待通りに進行せず、アポロンとダフネーはクピドーに操られています。アポロンはそれにもかかわらず、いつものように自分の期待通りに事態が進行するはずだという誤った判断(人間から見れば「神託」 oracula)を下しているのです。

註20 直訳「隠れている諸部分であれば、いっそう良いことを考える。」

註21 直訳「敵[であるわたし]が追いかけているのではない。」「わたしは敵として追いかけているのではない。」

註22 すなわち sic columbae aquilam fugiunt trepidante penna 直訳「怯える飛行で、鳩たちが鷲から逃れるのがその例である。」 "sic" に導かれる三つの節で、507行 "hostes quaeque suos" の例を列挙しています。

註23 すなわち quaeque fugiunt suos hostes. アポロンがここで女性形 "quaeque" を使っているのは agna(雌の子羊), cerva(牝鹿)、columba(鳩、雌鳩)がすべて女性名詞だからですが、動物名をすべて女性形にしているのは、ダフネーが女性であることを念頭に置いた表現です。

註24 "indignave" の接尾辞 "-ve" は、"Ne prona" と "cadas indignave laedi crura" を、いずれかを選択すべきものとして繋ぐ接続詞で、「または」「さもなくば」という意味です。すなわち「前かがみになって走らない」か「(前かがみになって走った結果)転んで脚を怪我をする」かを選択肢として提示し、前者を勧めているのです。英語で命令文に続く "or"(さもなくば)にあたります。すなわち "Ne prona, cadas indignaue laedi crura" は、"Ne prona, et ne cade laedi indigna crura" と言い換えることができます。

 次に "cadas indigna laedi crura" (= "cadas laedi indigna crura") に関して。これを直訳すれば、「きみの脚はそれに値しない(きみの脚にそういうことが起こるべきではない)のに、転んで怪我をするよ。」となります。"laedi"(怪我をする)は "laedo"(傷付ける)の受動相不定詞、"indigna crura" は "laedi" の対格主語です。

 次に "laedi" に関して。ラテン語の不定詞にはスピーヌムに似た「目的」の用法があり、動きを表す動詞に続けて用いられます。この詩句において、"cadas" に続けて不定詞 "laedi" が使われているのはこの用法を拡張したもので、「転んだ『結果』」を表します。「目的」を表す用法は、ラテン語の不定詞がもともと行為を表す名詞の与格であったことによります。

註25 508行の "indigna" に付いている接尾辞 "-ve" は、英語で言えば "A, or B" の "or"(「さもなくば」)にあたりますが、ここで "B" に相当する部分として、次の三つの節が列挙されています。いずれの節の主動詞も接続法になっています。

・cadas laedi indigna crura きみが転んで、(怪我すべきでない)脚が怪我をする

・indigna crura notent sentes (傷付くべきでない)脚に、茨が引っ掻き傷をつける

・sim tibi causa doloris わたしがきみにとって痛みの原因になる

註26 すなわち moderatius curre et fugam inhibe. 直訳「もっとゆっくりと走って、逃走を抑えてくれ。」

註27 直訳「野卑な者であるわたしが、このあたりで牛の群れや羊の群れを見守っているのではない。」

 ラテン語 "armentum" は「大型家畜の群れ」ですが、多くの場合、特に「牛の群れ」を指します。したがって "grex" はここでは「羊の群れ」のことでしょう。

註28 クラロス (Κλάρος) はアポロンの聖地として有名な場所のひとつで、エフェソス北西の都市国家コロフォーン (Κολοφών) にありました。エフェソス、コロフォーンはともにイオニア(小アジア西端)の都市です。

註29 テネドス (Τένεδος) は小アジア北西端にあるトロイアの南西沖、エーゲ海に浮かぶ島です。テネドスもアポロンの聖地です。

註30 パタラ (Πάταρα) はアポロンの息子パタロス (Πάταρος) が開いたと伝えられる港湾都市で、小アジア南西端にありました。パタラにもアポロンの有名な神託所がありました。

 都市名「パタラ」(Πάταρα) をラテン文字で書くと "Patara" で、ラテン語における形容詞形は "Patareus, -a, -um" です。516行の "Patarea" は "regia"(宮廷)にかかる形容詞(女性単数主格)です。

註31 "nervus" の複数形 "nervi" は、「弦楽器」の意味です。

註32 すなわち quae [sagitta] in vacuo pectore vulnera fecit. "vacuus" は何かに欠けている状態を表し、この場合は「傷を有さない」の意味です。

註33 すなわち herbarum potentia nobis subiecta est. 直訳「各種の薬草に関する能力は、わたしに委ねられているのだ。」 「わたし」を表すのに二人称複数の代名詞 (nobis) を使っているのは、註6で述べた「ロイヤル・ウィ」。

註34 すなわち Ei mihi, quod amor nullis herbis sanabilis est. 文頭の "ei" は間投詞。

註35 すなわち atque artes domino non prosunt, quae omnibus prosunt.

註36 すなわち Phoebum qui plura locuturum est, Peneia timido cursu fugit, et Phoebi verba inperfecta reliquit cum eo. 直訳「さらに多くを語ろうとする者から、ペネウスの娘は狂ったような走りで逃げる。言い終わらない言葉がアポロンとともに残る。」

註37 すなわち visa Peneia decens erat. 直訳「[アポロンに]見られるダフネーは優美であった。」

註38 nudabant corpora venti 直訳「風が体を裸にした。」

註39 すなわち et obvia flamina aduersas vestes vibrabant.

註40 すなわち levis aura inpulsos capillos retro dabat. この "impello" は「揺り動かす」、"do" は「向ける」

註41 すなわち et fuga aucta est forma. 直訳「逃げることによって、[ダフネーの]美しき容姿は増していた。」 "fuga" は奪格(「逃走によって」「逃走において」)。

註42 すなわち iuvenis deus blanditias ultra perdere non sustinet. この "perdo" は「無駄に失う」「浪費する」

註43 すなわち et ut ipse Amor monebat, sequitur vestigia admisso passu. 直訳「アモル自身が命じたままに、歩みを急き立てられて、[アポロンは][ダフネーの通った]跡を追う。」 "admisso passu" は絶対的奪格。この "admitto" は「急き立てる」「駆け足をさせる」の意。

註44 すなわち Ut, cum canis Gallicus in vacuo arvo leporem vidit, et hic praedam, ille salutem, pedibus petit, 直訳「ガリアの犬が開けた野原でノウサギを見つけ、犬は獲物を、ノウサギは救いを、足で(すなわち、走って)得ようとするときのように」

 オウィディウスの時代、ガリアは多様な犬種の産地として知られていました。

註45 すなわち alter, inhaesuro, similis iam et iam tenere sperat, et extento rostro vestigia stringit. 直訳「一方は、まさに追い付こうというときに、たったいま[相手を]捕らえたと期待し、緊張した口で[相手が通った]跡を咬み取る。」

 "inhaesuro" は "inhaereo, -haerere, -haesi, -haesum"(粘り付く、密着する、追い付く)の未来分詞 "inhaesurus" の男性単数奪格形。ここでの用法は「絶対的奪格」です。

 "similis" は本来は形容詞ですが、ここでは副詞 "similiter" の代用になっています。韻文特有の用法です。 類例 similis medios Juturna per hostis Fertur 「それでもやはり(同様に)、ユトゥルナは敵の中を運ばれてゆく」(Vergilius "Aeneis" liber XII, versus 477)

註45 "morsus, -us" は「咬むこと」「捕獲」

註46 ADJUTO v. freq. ADJUVO

註47 すなわち mutando, perde figuram, qua nimium placui. 直訳「わたしがこれまで[男性たちに]あまりにも気に入られた原因である容姿を、変えることによって無くしてちょうだい。」 546行冒頭の "qua" は、"figura" を受ける関係代名詞の奪格。その次の "nimium" は副詞。

註48 すなわち mollia praecordia tenui libro cinguntur. "liber" はもともと「樹皮」「パピルスの外皮」のことで、そこから「本」の意味が派生しました。ドイツ語において "die Buche"(ぶな)から "das Buch"(本)や "der Buchstabe"(文字)が派生したのと似ています。

註49 直訳「[しかしながら、木になった]娘には、ひとつの優美さ、輝きが残っている。」

註50 すなわち et, dextera manus in stipite posta, sentit pectus adhuc trepidare sub nouo cortice.

 "positaque in stipite dextra" 直訳「そして右手が幹に置かれると」(絶対的奪格) "dext(e)ra" は "dext(e)ra manus"。"pectus" は "trepidare" の対格主語。この "pectus" は "cor" の意。

註51 "Semper habebunt te coma, te citharae, te nostrae, laure, pharetrae." に関して。

 "habebunt" の主語はここに明示されていませんが、「人間たち」、すなわちアポロンの姿を絵や像、詩などで表現する人々です。"coma"(髪)は奪格、"citharae" と "pharetrae" は与格。"meae" の代わりに "nostrae" となっているのは「ロイヤル・ウィ」。

註52 すなわち tu ducibus Latiis aderis, cum laeta vox Triumphum canet, et [cum] Capitolia longas pompas visent.

 この "Latiis" は "ducibis" にかかる形容詞。(Latius, -a, -um ラティウムの)  「ラティウム」(Latium ラティニー人の国)は、ローマの古名です。

 「カピトーリア」(Capitolia) は「カピトーリウム」(Capitolium) の複数形です。「カピトーリウム」あるいは「カピトーリーヌス・モーンス」(Capitolinus Mons) はローマの七丘のひとつで、本来はこの丘に固有の地名ですが、オウィディウスはこの丘の名を複数形(カピトーリア Capitolia)にして、「ローマ」の意味に使っています。

 ローマの「カピトーリウム」(カピトーリーヌス・モーンス)にはユピテル神殿をはじめとする重要施設が置かれ、ローマの中枢として機能していました。ローマ帝国内の各都市は、これに倣ってそれぞれの中枢部を「カピトーリウム」と呼ぶようになりました。アメリカ合衆国の連邦議会議事堂や州議事堂を「カピトル」(the Capitol) と呼ぶのは、この伝統に由来します。

 なおここでアポロンが言及しているのは、古代ローマにおいて戦勝の将軍のために行われた「トリウンフス」(triumphus) のことです。戦場で兵士たちに推挙され、「インペラートル」(imperator) となった将軍は、月桂冠を被ってカピトーリウムのユピテル神殿まで行進し、金の月桂冠をユピテルに捧げて、「ウィル・トリウンファーリス」(vir triumphalis) となりました。「トリウンフス」については、月桂樹に関する解説をご覧ください。

註53 すなわち stabis eadem fidissima custos postibus Augustis ante fores. et mediam [forium] tuebere quercum. 直訳「アウグストゥスの側柱の最も忠実な守り手としても、きみは扉の前に立つことになる。きみは[扉の]中ほどにシェーヌを見るはずだ。」

 この "Augustis" は形容詞。 "postes Augusti"(主格) アウグストゥス宮殿の入り口両側にある二本の側柱

 "tuebere" は形式所相動詞 "tueor"(-eri, tutatus/tuitus sum 見る)の直説法未来二人称単数形。"tueberis" に同じ。

 オウィディウスがここで「シェーヌ」(quercus) と言っているのは、コロナ・キーウィカ (corona civica) のことです。"mediam" は「限定の対格」。ギリシア語に倣った語法です。

 なおアウグストゥス宮殿入り口にある月桂樹とコロナ・キーウィカについては、アウグストゥスの業績を記した碑文「レース・ゲスタエ・ディーウィー・アウグスティー」に記されています。コロナ・キーウィカの解説ページに該当箇所を訳出いたしました。("RES GESTAE DIVI AUGUSTI" TABULA VI. 34)

註54 すなわち et ut meum caput iuuenale intonsis capillis est 直訳「そしてわたしの頭が髪が抜けずに若いように」 "intonsis capillis"(「剃らない(抜けない)髪によって」)を絶対的奪格として訳しました。

註55 "Finierat Paean" に関して。"finierat" は過去完了。「パエアーン」は医神としてのアポロンのこと。

 これ以降は、すなわち laurea ramis modo factis annuit, et cacumen, ut caput, agitasse (= agitavisse) visa est. 




関連商品

 アポロンに追われ、月桂樹に変身するダフネー パピエ・ヴェルジェに銅版インタリオ パリ、シャルル・クラプレ 1790年代末




美術品と工芸品のレファレンス 樹木のシンボリズム インデックスに戻る

美術品と工芸品のレファレンス 植物のシンボリズム インデックスに移動する


美術品と工芸品のレファレンス シンボル(象徴) インデックスに移動する

美術品と工芸品のレファレンス インデックスに移動する


美術品と工芸品 商品種別表示インデックスに移動する

美術品と工芸品 一覧表示インデックスに移動する



アンティークアナスタシア ウェブサイトのトップページに移動する




Ἀναστασία ἡ Οὐτοπία τῶν αἰλούρων ANASTASIA KOBENSIS, ANTIQUARUM RERUM LOCUS NON INVENIENDUS