ジョゼット・エベール=コエファン作 「われは無原罪の御宿りなり」 ルルドのご出現百周年記念メダイユ 直径 60.6 mm 1958年


直径 60.6 mm  最大の厚さ 3.3 mm  重量 49.1 g

フランス  1958年



 ルルドにおける聖母出現の百周年を記念し、フランスの女性芸術家ジョゼット・エベール=コエファン (Josette Hébert-Coëffin, 1906 - 1973) が制作した美しいメダイユ。ブロンズに金めっきを施した作品で、直径 60ミリメートルあまりの大きなサイズです。





 一方の面には、合わせた両手にロザリオを持って祈るマリアの姿が浮き彫りにされています。マリアはまっすぐに前を向き、軽く目を閉じたまま微笑んでいます。瞬く無数の星々と、「わたしは無原罪の御宿りです」(Je suis L'Immaculée Conception) というマリアの言葉が、浮き彫りの周囲を取り囲んでいます。

 ルルドでマリアを幻視したベルナデット・スビルー (Ste. Bernadette Soubirous, 1844 - 1879) によると、岩場に出現したマリアは当時十四歳であったベルナデットと同じくらいの年齢の、たいへん気高い様子の少女でした。ベルナデットは自分が幻視する少女が誰であるのかわからず、幾度も繰り返して名を問いましたが、少女は微笑むだけで答えませんでした。しかしながら 1858年3月25日、十六回目に出現した少女は、ベルナデットに四度繰り返して名を問われると、微笑むのを止め、目を天に向け、下ろしていた両手を胸の前で組んで「私は無原罪の御宿りです」と答えました。

 信心具として作られた小さなメダイユ、いわゆるメダイは、ルルドにおける聖母出現を、ベルナデットの証言に沿う形で描写しています。すなわちベルナデットに名を問われたマリアは、微笑むのを止め、目を天に向け、下ろしていた両手を胸の前で組んで「私は無原罪の御宿りです」と答えています。下の写真はルルドのメダイの一例です。


(下) 薔薇と百合に囲まれたルルドの聖母 細密彫刻によるアール・ヌーヴォー様式のメダイ 20世紀初頭にフランスで制作されたもの 24.2 x 18.7 mm 当店の商品です。




 しかしながら本品は型に嵌った表現を避けています。マリアは目を半ば閉じ、微笑を浮かべています。顔は前向きです。マリアの年齢は十四歳の少女のようには見えません。

 本品の描写と史実との相違は、彫刻家ジョゼット・エベール=コエファンが、1858年3月25日に起こった一度きりの史実の再現を目指さず、神と人とのあるべき関係、神の愛と救世の経綸(けいりん 神の計画)を、永遠の相の下に描写していることを表します。本品のマリアは成熟した女性として描写されていますが、これはマリアの内面の成熟、すなわち神との間に親しい関係を築いている優れた信仰を、象徴的に表しています。





 マリアを取り巻く星々は、神とキリストの愛によって救われた人間の命です。人間の命は神が吹き込み給うた息吹(「創世記」二章七節)であり、本来美しく輝くべきものです。それが罪によって神から切り離され、「ヨハネによる福音書」(一章五節)が言うように、暗闇の中に光を失っていました。しかしながらマリアを通して救い主イエスが生まれ、イエスが十字架上にて救世を達成し給うたことにより、天上の星のように美しく輝く命が、人にふたたび与えられたのです。


 ジョゼット・エベール=コエファン 1950年頃


 聖母の右肩(向かって左側の肩)の少し上に、ジョゼット・エベール=コエファンのモノグラム (JHC) があります。ジョゼット・エベール=コエファン (Josette Hébert-Coëffin, 1906 - 1973) はノルマンディー(北フランス)出身の才能豊かな女性芸術家で、丸彫り彫刻、メダイユ彫刻、陶芸と多岐に亙る分野で活躍しました。動物や子供、聖母子をテーマにした優しい作風の作品を数多く残しています。





 もう一方の面には、上方に聖母を、手前にベルナデットを浮き彫りにしています。聖母は線だけで簡潔に描かれていますが、これは聖母が物体化して出現せずに、ベルナデットだけに幻視されたという歴史的事実を表すだけでなく、「具体的描写を極限まで捨象することで、最大限に豊かな内容を表そう」とするミニマリズムの手法でもあります。

 聖母ご自身は神ではなくひとりの人間です。しかしながら聖母は神の恩寵の器であり給うゆえに、神の限りない愛を象徴する御方であるといえます。神の愛は無限であり、神の本質と同一であるゆえに、どのような形、色、大きさの物によっても表すことができません。芸術表現がわずかでも神に近づこうとするならば、特定の形や色や大きさなどのあらゆる限定を極限まで捨象するしかありません。

 ベルナデットはピレネーの民族衣装を着て跪き、聖母に執り成しの祈りを捧げています。ベルナデットは普通の少女であるゆえに、聖母とは異なり、具体的な特徴と姿かたちを持った人物として描かれています。ベルナデットの前方にはルルドのバシリカ、左には五本のシエルジュ(大ろうそく)、右には泉から流れ出す水とロザリオが彫られています。ロザリオのビーズは天使祝詞を唱えるためのものですが、一回一回の天使祝詞はすべて星になり、生命を輝かせつつ、聖母がおられる天上へと立ち昇っています。

 天使祝詞の内容は次の通りです。

    めでたし 聖寵充ち満てるマリア、
主御身とともにまします。
御身は女のうちにて祝せられ、
御胎内の御子イエズスも祝せられたまふ。

天主の御母聖マリア、
罪人なるわれらのために、
今も臨終のときも祈り給へ。
アーメン。












 ここで「めでたし」と訳されているギリシア語「カイレ」(Χαῖρε) は救い主の出現を予告する言葉です。ジョゼット・エベール=コエファンは、ロザリオのビーズを星へと変化させるこの美しい描写によって、暗闇にいた罪びとたちの魂が、救い主によってふたたび光を得、その生命を星のように輝かせていることを巧みに表現しています。


(下) フラ・アンジェリコによる受胎告知画のひとつ、「北側廊下の受胎告知」 フィレンツェ、サン・マルコ修道院




 ロザリオと重ねるように泉が彫られていることには、深い意味があります。新しい水を常に湧出し続ける泉は、生命の源の象徴です。

 旧約聖書「創世記」二章にはエデンの園の様子が描かれています。エデンの園の中央には、「命の木」と「善悪の知識の木」が生えています。またエデンの園からは一本の川が流れ出て、途中で四つに分かれています。川の源泉がエデンの園の中のどこにあったのか、創世記には明示されていませんが、この川が園の中央、「命の木」と「善悪の知識の木」が生えるところから流れ出していると受け止めるのは自然な解釈であり、実際、多数の絵画や中世ヨーロッパの地図において、エデンの園の中央、命の木と善悪の知識の木の傍(かたわ)らに、四つの川の源泉が描かれています。

 新約聖書では、「ヨハネによる福音書」四章に、キリストがサマリアの女から井戸水を求める場面があります。同所には、キリストが与える水は飲む人の内で「泉」となり、「永遠の命に至る水」がわき出る、と書かれています。この「生命の水」は、水を飲むとともに、古代キリスト教以来、さまざまな象徴的図像に描かれています。




(上) Jan van Eyck, "Autel de Gand" (détails) 「ゲントの祭壇画」下段センター・パネル 小羊を描いた部分の拡大画像


 さらに「ヨハネによる福音書」六章五十四節において、キリストは次のように言っています。

    ὁ τρώγων μου τὴν σάρκα καὶ πίνων μου τὸ αἷμα ἔχει ζωὴν αἰώνιον, κἀγὼ ἀναστήσω αὐτὸν τῇ ἐσχάτῃ ἡμέρᾳ: (Nestle-Aland die 26. Auflage)   わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠の命を得、わたしはその人を終わりの日に復活させる。(新共同訳)


 それゆえキリストの血もまた「生命の水」であり、永遠の生命の象徴として図像に表されます。ヤン・ファン・エイク (Jan van Eyck, c. 1395 - 1441) が1432年に完成させたゲントの祭壇画では、アグヌス・デイ(神の子羊)、すなわちキリストの胸の傷からほとばしる血が、聖杯に注がれています。小羊が立つ祭壇には、「ヨハネによる福音書」一章二十九節にある洗礼者ヨハネの言葉「見よ、世の罪を取り除く神の小羊」(ECCE AGNUS DEI QUI TOLLIS PECCATA MUNDI) が、ラテン語で記されています。





 「ルルドの泉」は癒しの奇蹟を起こす泉としてあまりにも有名ですが、これは薬効のある地下水脈を掘り当てたということではありません。罪びとに生命を与える神とキリストの愛が、「ルルドの泉」という可視的な形を取って、象徴的に示されたのです。聖母がベルナデットに指示して掘らせた地点から泉が湧き出した事実は、受胎告知の際に「お言葉どおり、この身に成りますように」と答えて救いを受け容れた聖母が、神の恩寵の卓越した仲介者であられることを示しています。

 本品において、ジョゼット・エベール=コエファンはロザリオと泉を重ね合わせています。この意匠が表しているのは、マリアが救いを受け容れたことによってキリストが生まれ給うたこと、キリストがその血によって救世を達成し給うたこと、キリストこそが生命の泉であり、キリストが十字架上で流し給うた血は人を活かす生命の水であるということです。ロザリオのビーズのひとつひとつは、聖母に倣って救いを受け容れた罪びとの魂です。罪びとの魂は生命の水によって救済され、星のような生命の輝きを取り戻して、神の国へと昇っています。

 メダイユの下部、ベルナデットの左右には二つの年号、すなわち聖母出現の年(1858年)と、本品が鋳造された年(1958年)が刻まれています。メダイユの最下部には、ジョゼット・エベール=コエファンのサイン (J. H. COËFFIN) が彫られています。





 メダイユの縁には「コルヌ・コーピアエ」(CORNU COPIAE 豊穣の角)の刻印と「ブロンズ」の文字が刻印されています。コルヌ・コーピアエはモネ・ド・パリ(la Monnaie de Paris パリ造幣局)のミント・マークです。

 上の写真で分かるように、一般的なメダイユに比べると、本品は大きな直径の割にたいへん薄く制作されており、最大の厚さは 3.3ミリメートルしかありません。しかしながら本品の浮き彫りを鑑賞すると、実際の凹凸の小ささからは予測しがたい三次元性に驚かされます。優れたメダイユ彫刻を鑑賞する際に感じられる三次元性は、必ずしも物理的な凹凸に依拠しませんが、本品はその最たる例です。

 イタリアのピザネッロ (Pisanello, Antonio di Puccio Pisano ou Antonio di Puccio da Cereto, c. 1395 - c. 1455) が創始したメダイユ芸術は、フランスで大きく開花しました。ピザネッロ自身の作品もそうですが、十九世紀半ばまでのメダイユ彫刻は、主題となる人物像を背景から大きく突出させることで三次元性を表現していました。しかるに十九世紀半ば以降のフランスでは、物理的な突出に頼らずに三次元性を表現するメダイユ彫刻家が次々に現れました。

 本品を制作したジョゼット・エベール=コエファンは、特に聖母の顔を大きく彫った面において、物理的な凹凸にほとんど依存せずに、優れた三次元性を表現しています。この面の凹凸は数分の一ミリメートルに過ぎませんが、聖母の肌の優しい丸みは丸彫り像(完全な三次元性を有する像)に劣らないリアリティを以て再現されており、その芸術的水準は驚嘆に値します。さまざまな方向から光を当てて、この面の聖母像を撮影しました。光のわずかな変化によって大きく表情を変える浮き彫りは、まるで生身の聖母が眼前におられるかのような錯覚を抱かせます。



























 フランスはメダイユ彫刻が最も発達した国で、とりわけ十九世紀半ば以来、非常に美しい数々の作品を生み出してきました。十九世紀のメダイユ彫刻を支えた高名な芸術家たちは、二十世紀初頭に相次いで亡くなりましたが、フランスにおけるメダイユ彫刻の伝統は決して途切れませんでした。ジョゼット・エベール=コエファンによるこの作品は、1958年という時機にのみ産み出され得たメダイユ彫刻の最高峰であり、十九世紀の巨匠たちの仕事をも凌ぐ名品です。

 本品は五十数年前に鋳造された真正のヴィンテージ品ですが、保存状態はきわめて良好です。最も突出した部分であるベルナデットの頭の金めっきが磨滅しており、聖母を大きく彫った面にも小さな疵(きず)がところどころにありますが、特筆するほどの瑕疵ではありません。実物は商品写真よりもずっと綺麗です。





68,000円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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