稀少なボワ・デュルシ製ビーズ 《主の五つの御傷のシャプレ 全長 30センチメートル》 灰をかぶって悔いるガリアの祈り フランス 第二帝政期



突出部分を含むクルシフィクスのサイズ 32.5 x 18.2 mm  最大の厚み 3.4 mm


ビーズの直径 約 7 mm

突出部分を含むメダイのサイズ 約 21 x 13 mm


シャプレ全体の重量 15.3 g




 旧約聖書の「詩編」は善百五十編から成ります。フランス東部の小さな町クリュニーに本部を置いたクリュニー会では、百五十編の「詩編」全編が修道士と修道女によって毎日唱えられました。クリュニー会の労働修士たちは字が読めず、ラテン語「詩編」の朗誦に加わることはできませんでしたが、彼らは「詩編」の代わりに百五十回の主の祈りを毎日唱えました。

 学の無い労働修士が始めたこの習慣はやがてクリュニー会全体に広まり、さらに他の修道会へも波及してゆきました。聖母を篤く崇敬したシトー会では、クリュニー会が繰り返して唱え始めた主の祈りの一部を、受胎告知における天使の挨拶に置き換えました。また同会において、ロザリオの原形となる信心具(シャプレ、数珠)が考案されました。ロザリオはおよそ一千年の歴史を経て、現在の形となりました。

 キリスト教のシャプレ(仏 chapelet 数珠)と聞けば、我々は聖母に執り成しを求めるロザリオを真っ先に思い浮かべます。しかしながら最初の段階で毎日百五十回繰り返されたのは、聖母への祈りではなく主の祈りでした。このことからも分かるように、繰り返される祈りとその信心具は聖母の専有物ではありません。聖母に祈るシャプレにも様々なものがありますが、それと並んでキリストに祈るためのシャプレや諸聖人に祈るためのシャプレ、天使に祈るためのシャプレも存在します。





 本品は主の五つの御傷のシャプレ(仏 chapelet des cinq plaies de Notre Seigneur)、別名受難のシャプレ(仏 chapelet de la Passion)と呼ばれる珍しいシャプレ(数珠)で、最初のクルシフィクスのあとに三個、環状部分に大小合わせて三十個、合計三十三個のビーズを使用します。ビーズの数はイエス・キリストが地上で過ごし給うた年数を表します。

 環状部分のビーズ三十個は五連に分かれます。それぞれの連を構成するのは大珠一個と小珠五個で、大珠はメダイユに置き換えられる場合が多くあります。本品では環状部分の大珠五個はメダイ四枚に置き換えられています。本品シャプレはクルシフィクスで始まりますが、これがメダイに置き換えられた作例も見られます。





 本品ではクルシフィクスに続いて、一個のビーズと一枚のメダイが取り付けられています。最初のビーズが三個ではなく一個であるのは、古い美術品やアンティーク品にはよくあるように、長い年月の間に逸失したものと思われます。

 十八世紀の価値観であれば、ビーズの逸失は修復すべき瑕疵と見做されます。現代においても本品を信心具として実用するのであれば、ビーズ二個を追加して本来の個数に戻す選択肢もあります。しかしながら本品のビーズはボワ・デュルシでできていて、同素材のビーズはもはや手に入りません。このビーズは短い祈りを三度繰り返す部分ですが、繰り返す回数が三度であれば自分が何回言唱えたかを容易に覚えていられますから、ビーズの個数が一個であっても実用上の障碍はありません。

 一方、本品を信心具として実用するのではなく、貴重な収集品、美術工芸品として扱うのであれば、逸失を含む部分的経年変化は本品固有の歴史性と見做すことができます。実用する場合は修復しても構いませんが、美術工芸品として扱う場合には、安易な修復を行うべきではありません。本品にビーズを補う必要が無いのは、ミロのヴィーナスに腕を補う必要が無いのと同じことです。





 主の五つの御傷のシャプレ、別名受難のシャプレはフランシスコ会で考案され、1823年、教皇レオ十二世により認可された後、御受難会(羅 Congregatio Jesu Christi Passionis, C.P.)によって広められました。御受難会は日本では兵庫県宝塚市に本部があります。また 1867年には聖母訪問会シャンベリ修道院のマリ・マルト・シャンボン修道女(マリ・マルタ修道女 Sœur Marie Marthe Chambon de Chambéry, 1841 - 1907)に聖母が出現し、このシャプレを使うように勧めたといわれます。





 主の五つの御傷のシャプレにおいて、環状部分の五つの連は、受難のイエスが両手両足脇腹に負い給うた五つの傷を象徴します。本品シャプレは大玉の代わりにメダイを採用し、メダイの一方の面にはマーテル・ドローローサを、もう一方の面には五つの御傷を、それぞれ打刻しています。メダイの表裏で図像の種類が異なる理由は、本品シャプレに複数の祈り方があるからです。

 一つの祈り方は、小さなビーズで栄唱を唱え、大きなビーズあるいはメダイでは七つの悲しみの聖母のために天使祝詞を唱えます。マーテル・ドローローサの図像は、この祈り方のために打刻されています。二つめの祈り方は、大きなビーズあるいはメダイにおいて、キリストが傷を負われた箇所を自分の体の上に黙想しながら祈ります。三つ目の祈り方は、大きなビーズあるいはメダイにおいて、アッシジの聖キアラの祈りを唱えます。キリストの御傷の図像は、二番目と三番目の祈り方のために打刻されています。





 ロザリオの黒いビーズは、たいていの場合黄楊(つげ)でできています。古来永生を表す黄楊は、受難のキリストが死に打ち勝ち給うた勝利の象徴であり。また神との平和の象徴でもあるゆえに、受難ののシャプレにこの上なくふさわしい素材です。しかしながら本品のビーズは普通の木ではなく、ボワ・デュルシ(仏 bois durci)でできています。ボワ・デュルシは最も古いプラスチック素材のひとつで、ルパージュ (François Charles Lepage) という人が 1856年にパリで特許を取得しました。ボワ・デュルシ製品の製作は、木の粉に蛋白質水溶液を加え、乾燥させた後に再び粉砕します。こうして得られた粉末を鋼鉄の型に入れ、水圧プレスで加圧しながら水蒸気で加熱すると固形化します。これを研磨すると艶やかな光沢が得られます。

 ボワ・デュルシ製品の仕上がりは美しいですが、フェノール樹脂(ベークライト)をはじめとするプラスチックが発明されたことにより、徐々に需要を失いました。ボワ・デュルシ製品が最後に製造されたのは 1920年代です。したがって一般にボワ・デュルシ製品の製作年代は、最も新しく見積もってもおよそ百年前ということになります。ボワ・デュルシに固有の色はありませんが、本品のビーズはわずかに茶色がかった黒で、ブロンズの鈍い金色との取り合わせに重厚感が漂っています。





 フランスの美術史家であり思想家でもあるルネ・ユイグ(René Huyghe, 1906 - 1997)は、1955年の著書「見えるものとの対話」("Dialogue avec le visible")において、昔の職人が手作業で作った実用品の美について考察しています。ルネ・ユイグによると、美しい実用品を作った昔の職人たちは、品物を美しく飾ろうとしたのではありません。すなわち、まず実用性を優先して品物を作り、仕上げの段階で装飾を加えたのではありません。昔の職人は機能と美しさを分けて考えずに品物を制作しています。そのような品物が持つ美は、その品物の本質と不可分一体であり、外からの付加物ではありません。

 フランス第二帝政期は反動の時代で、悔悛のガリア(羅 GALLIA PŒNITENS)と呼ばれたこの国ではカトリック信仰が復興しました。本品シャプレはこの時代に作られた信心具のひとつです。メダイは打刻によるものですし、線細工やエマイユなどの装飾技法も一切使われていませんが、灰をかぶって衣を引き裂くガリアの姿は、本品の簡素なたたずまいを通して見ると崇高にさえ感じられます。福音書に記されたキリストの受難、十三世紀に涙を流し始めたマーテル・ドローローサ、グレゴリウス改革につながる精神的土壌で生まれた托鉢修道会など、二千年に亙るキリスト教精神史が、本品の崇高な美と精神性のうちに可視化されています。

 本品は百数十年前のフランスで制作され、実際に使用された品物ですが、古い年代を考えれば、保存状態は十分に良好です。主の五つの御傷のシャプレはそもそも制作された数がごく少なく、たいへん珍しい信心具ですが、 とりわけボワ・デュルシ製ビーズは本品の稀少性を高めています。





本体価格 42,000円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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