罪びとを愛する聖母子 職人による手作りのビジュ ラピス・ラズリ色のカボションガラスに純金箔 800シルバーの枠付 22.8 x 18.6 mm


突出部分を含む縦横のサイズ 22.8 x 18.6 mm  最大の厚さ 6.5 mm

フランス  1850 - 1880年代



 大きく突出したカボションを花びらのような銀の枠に嵌め込んだ稀少なメダイあるいはペンダント。いまから百数十年前、十九世紀半ばのフランスで、ガラス職人と銀細工職人の手により制作された立体的な作品で、丸みのある形が愛らしい小さなビジュ(ジュエリー)です。





 ガラスや石のカットには、多数の小面を作る「ファセット・カット」(英 facet cutting, faceting 仏 taille en facettes)と、「カボション・カット」(英 cabochon cutting, cabbing 仏 taille en cabochon)の二通りがあります。透明度の高い宝石やガラスの場合、煌(きら)めきを引き出すためにファセット・カットを施します。半透明及び不透明のガラスや宝石には、多くの場合、カボション・カットが施されます。しかしながら近世以前のヨーロッパでは、どのような宝石、ガラスにも、カボション・カットを施していました。




(上) 「ベラックの聖遺物箱」  幅 26 cm  奥行 11.7 cm  高さ 20 cm


 宝石のカットと研磨に携わる職人の組合は、早くも 1290年にパリで創設されています。この時代の宝石やガラスは王冠を飾ったり、エマイユの聖遺物箱をはじめとする祭具に嵌め込まれたりしましたが、いずれもカボション・カットでした。上の写真はリモージュ製聖遺物箱として記録に残る最古の作例「ベラックの聖遺物箱」(châsse de Bellac)で、マルシュ伯の注文により、1130年頃に制作されたものです。この聖遺物箱にはエマイユ・シャンルヴェによる人物及び鳥獣像のメダイヨン十二個(うち三個は欠損)に加え、多数の宝石が取り付けられています。すべての宝石は透明度にかかわらずカボションです。





 本品は十九世紀半ばの作品ですが、中央に嵌め込んだ色ガラスがカボションであるために、たいへんクラシカルな趣きを有します。すみれ色がかった青はウルトラマリン(ラピス・ラズリ)に似ていて、フランス語では「ブリュ・マリアル」(仏 bleu mariale マリアの青)と呼ばれます。

 ところで「出エジプト記」二十五章及び「列王記 上」六章二十三節から三十五節、八章六節から七節によると、幕屋あるいはソロモン神殿において、ケルビムは地上における神の座でした。「詩編」八十編二節には、次のように書かれています。

 「詩編」 八十編 (新共同訳)
     2  イスラエルを養う方、ヨセフを羊の群れのように導かれる方よ。御耳を傾けてください。ケルビムの上に座し、顕現してください


 ネオカイサレアの司教、聖グレゴリウス・タウマトゥルグス (Γρηγόριος ὁ Θαυματουργός, Γρηγόριος Νεοκαισαρείας St. Gregory Thaumaturgus of Neocaesarea, c. 213 - c. 270) は、キリスト教の立場に立って、「詩編」八十編二節冒頭の「イスラエル」を「新しきイスラエル」、すなわち「エクレーシア」(希 ἐκκλησία キリスト教会、キリスト教徒全体)と解釈しました。この解釈に従えば、「イスラエルを養う方、ヨセフを羊の群れのように導かれる方」とはキリストを指していることになります。これを上の聖句に当てはめると、キリストはケルビムの上に座していることになります。一方、幼子イエスは聖母の膝の上に座しています。それゆえ幼子イエスを膝の上に抱く聖母は、神の玉座であるケルビムに比することができます。しかるに青は「知」を象徴する色であり、ケルビム(智天使)の色でもあります。それゆえ青は聖グレゴリウス・タウマトゥルグスが「まことのケルビムの座」と呼んだ聖母マリアの象徴でもあります。





 「ブリュ・マリアル」のカボションには、最も突出した部分に、大きな純金箔で聖母子を造形しています。聖母子像は上から流し掛けた透明ガラスあるいはガラス質の釉薬で固定されています。

 金は天上の栄光を象徴する色です。「ブリュ・マリアル」もまた、天空の色でもあります。したがって金と青の二色、及びこれを取り囲む多数の星は、いずれも聖母子が天上にあることを示しています。しかしながらその一方で、聖母子はカボションの表面に張り付くように描かれています。カボションは球体の象徴性を共有し、被造的世界を表します。それゆえ球体上の聖母子は、その色によって天上に属しつつも、被造的世界と決して絶縁せず、むしろ密に関わっておられます。被造的世界と決して絶縁することなく、却って親しく関わり給うのは、罪びとを愛し給う神の愛ゆえです。

 金の聖母子像を注意して観察すると、他に類を見ない本品の特徴に気付きます。聖母は左腕に幼子を抱くのが通例です。これは聖母が天上において「キリストの右の座」(キリストから見て右側の座)に座し給うと考えられることによります。しかしながら本品では、たいへん珍しいことに、幼いキリストが聖母の右腕に抱かれておられます。これはキリストが本来ご自身の座であった聖母の左腕を、罪びとの為に明け渡し給うたということに他なりません。罪びとを愛するゆえに、十字架上に命を棄て給うたキリストは、今度はご自身の座を棄て給い、罪人を聖母のもとに招いておられるのです。これは愛ゆえに全てを棄て給う救世主の愛、すなわち「聖心」(サクレ・クール)の表れであるとともに、イエス・キリストへの愛ゆえに罪人をわが子と同様に愛して執り成し給う聖母の愛、すなわち「汚れなき御心」の表れでもあります。





 カボションを嵌め込んだ銀製の枠は、表裏ともたいへん丁寧に制作されています。裏面には「マリア・ウィルゴー」または「ウィルゴー・マリア」(羅 MARIA VIRGO / VIRGO MARIA 童貞マリア)のモノグラム "MV" に、十字架を象(かたど)る四つの星が重ねられています。大きな星の内側には細かいミル打ち(仏 milgrain)が施され、マリアのモノグラムを取り巻いています。

 純度八百パーミル(800/1000)の銀を表す「蟹」のポワンソン(仏 poinçon 貴金属の検質印)が、上部の環に刻印されています。フランスにおける「蟹」のポワンソンは、「イノシシの頭」のポワンソンと同様に、1838年から 1973年まで使用されていました。





 上の写真は筆者(男性)の手に載せて撮影しています。女性が本品の実物をご覧になると、もうひと回り大きなサイズに感じられます。

 純度八百パーミルの銀はフランスの信心具に使われる最も高級な素材です。十九世紀半ばのフランスでは、現代人には想像できないほど貧富の差が激しく、一般の人々が銀無垢製品を購入するのはほとんど不可能でした。本品は銀細工職人のみならず、ガラス職人の手も借りて制作されたビジュ(仏 bijou ジュエリー)であり、たいへん高価な品物です。





 本品は十九世紀フランスに特有のメダイあるいはペンダントで、およそ百五十年前に作られたものです。青と金の取り合わせは見た目に美しく、丸みを帯びた立体的な意匠はたいへん可愛いですが、色と形には深い象徴性が秘められています。ガラスのカボションを使ったペンダントを、筆者(広川)はこれまでに四個扱いましたが、本品は最も大きなサイズであるうえに、保存状態に関しても最も優れています。これほど綺麗な状態のものは、今後手に入らないかもしれません。





本体価格 35,800円 販売終了 SOLD

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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