小さな美術品 具象を通して表す玄義 《ノートル=ダム・ド・ルルド ルルドの聖母の銀無垢メダイユ 20.2 x 13.7 mm》 優れて写実的な浮き彫りの作例 フランス 二十世紀中頃


突出部分を含む縦横のサイズ 20.2 x 13.7 mm



 ほぼ未使用と思われるノートル=ダム・ド・ルルド(Notre-Dame de Lourdes ルルドの聖母)の楕円形メダイ。小さめのサイズも手伝って厚みを感じる作例ですが、めっきでない銀でできた高級品です。写実的な浮き彫りの出来栄えも素晴らしく、十分に美術品と呼べる水準に達しています。





 ノートル=ダム・ド・ルルドのメダイは、たいていの場合、一方の面に聖母マリアを大きく刻み、もう一方の面に聖母出現の場面を様式化して刻みます。本品もこの形式に従って製作されています。しかしながら本品は、マリアを大きく刻んだ面にいくつかの特徴があります。すなわち通常のメダイではマリアを成熟した女性として表しますが、本品のマリアは十代半ばの少女として表現されています。また通常のメダイはマリアの横顔を刻みますが、本品のメダユール(仏 médailleur メダイユ彫刻家)はマリアをほぼ正面からとらえています。さらに通常のメダイではマリアを美女ないし美少女として表現しがちですが、本品のマリアは理想化されず、どこにでもいる少女として描かれています。

 受胎告知画や聖家族の絵など現実の世界を舞台にした図像のマリアは、たいていの場合二十歳代ぐらいの成人女性として描かれます。マリアが生きた時代のユダヤでは、女子は十三歳で成人し、すぐに結婚するのが普通でした。天使ガブリエルから受胎を告知されたとき、マリアも十三歳ぐらいであったはずです。それにもかかわらずマリアが実際よりも年上に描かれるのは、現実の年齢を超えて成熟したマリアの信仰を、若く美しい大人の女性として可視化するためです。多くの図像に描かれるマリアが類い稀な美女であるのも、知性や特性の優越が優れた容姿に現れるとの考えに基づきます。

 しかしながら聖母に見(まみ)えたベルナデット・スビルーは当時十四歳で同年代の少女よりも小柄でしたが、出現物の姿を訊かれて、自分と同じぐらいの年齢の少女に見えたと答えています。また美しい方であったかと尋ねられて、それほどでもなかったと答えています。





 宗教美術にとって観る者の心に迫る事こそが最も重要であり、写実性は絶対的な価値を有しません。しかしながらあたかも対象物を眼前にするかのような写実的表現は観る者の心に迫る一つの方法であって、本品の写実性もまた宗教美術が目指すべき方向性のひとつといえます。宗教体験はそもそも内的体験であって、図像化になじみません。ベルナデット自身、自分が見た出現物が何であるのかがわからず、「あれ」(aquello)と呼んでいました。逆説的ではありますが、図像化になじまないもの、特に他人の神秘体験を敢えて図像化するのであれば、その体験に関連する人物や物品、場所などの可視的事物を写実的に表すのが、作者の主観で歪められる心配の無い安全で確実な方法でしょう。

 近代フランスのメダイユ彫刻において、中興の祖と呼ばれるべきダヴィッド・ダンジェは、モデルが正面向きだと彫刻家との間にその場限りの心的関係が生じ、一時的感情が表情に表れてしまう。しかるに横を向いているモデルのモデルの顔には不変の人柄が現れる、と考えました。地上の人物や出来事を描く場合でも、宗教美術はそれらを永遠の相の下に観照し表現します。それゆえメダイにおいてルルドの聖母がほとんど常に横顔で表されるのは理に適っています。しかしながら上述したように写実を以て心に迫る方法を採るのであれば、むしろモデルに正面を向かせるべきでしょう。なぜならばルルドの聖母像は人物を記録するための肖像画ではなく、観る者の心に働きかけるべき宗教美術、信心具であるからです。

 本品のマリアが歳若い少女であるのは、二千年前の史実と合致し、ベルナデットの証言とも合っています。地上に生きた生身のマリアを見た人はもう誰も生きていませんが、美少女として理想化されないマリアはベルナデットの証言に一致しています。モデルの少女をそのまま浮き彫りにしたと思われる本品の写実性は、宗教美術が取るべき一つの姿を示しています。


 上の写真に写っている定規のひと目盛りは、一ミリメートルです。この面のマリア像は高さ 15ミリメートルほどですが、顔の起伏や肌の質感、ヴェールの自然な流れなど、大型の丸彫り作品と見まがう優れた出来栄えです。純度 800パーミル(800/1000、80パーセント)の銀を示す蟹の検質印と、フランスの銀細工工房のマークが、上部に突出した環に刻印されています。




(上) Paul Gauguin, "Ia Orana, Maria", 1891, Huile sur toile, 113,7 × 87,6 cm, Metropolitan Museum of Art


 筆者(広川)は本品メダイの浮き彫りで、ポール・ゴーギャンの油彩「イア・オラナ、マリア」(アヴェ、マリア)を思い起こしました。「イア・オラナ、マリア」はゴーギャンがタヒチに移住して間もない 1891年の作品で、現在はメトロポリタン美術館に収蔵されています。「イア・オラナ、マリア」の聖母は本品メダイよりも年長ですが、成長した幼子イエスを軽々と肩に載せる力強い母が、私にはメダイの少女の成長した姿に見えます。メダイのマリアは何も恐れず堂々と前を向いています。純粋で物怖じしない少女の眼差しには、自信に満ちた救い主イエスを育て上げる母の力強さが秘められています。





 ルルドを貫流するポー川(le gave de Pau)の岸辺に、現地で話されるガスコーニュ語ビゴール方言でマサビエラ(massavielha 「古い岩塊」の意)と呼ばれる高さ二十七メートルの岩場があります。この岩場は巨大な石灰岩の塊で、基部にポー川の浸食を受けて、高さ 3.80メートル、奥行 9.5メートル、幅 9.85メートルのグロット(grotte 洞穴、岩に開いた大きな横穴)を生じています。洞穴に向かって立つと右上方に縦長の開口部があって、開口部の奥は下の洞穴に繋がっています。ベルナデット・スビルーが幻視した少女マリアは、この開口部に立っていました。聖母に指示されたベルナデットが、洞穴内の土を手で掘ったところ泉が湧き出して、多数の病人に奇跡的な治癒効果を発揮しました。

 ルルドのグロットの右上方、ベルナデットが聖母の姿を見た開口部には、聖母出現から六年が経った 1864年に、リヨンの高名な彫刻家ジョゼフ=ユーグ・ファビシュ(Joseph-Hugues Fabisch, 1812 - 1886)の手による聖母像が安置され、現在に至っています。ファビシュの聖母像は大理石製で、1853年 3月25日、十六回目の出現の際にベルナデットに名を問われ、「わたしは無原罪の御宿りです」と答えたときのマリアを表現しています。ファビシュが彫ったマリア像は、両足の上に金の薔薇が取り付けられています。


 本品の裏面にはマサビエルの岩場に出現したノートル=ダム・ド・ルルド(ルルドの聖母)と、聖母の足元まで近付いて跪くベルナデットが、見事な精緻さで浮き彫りにされています。本品のマリアは胸の前に両手を合わせており、両足の上に薔薇を咲かせています。それゆえ本品のマリアはファビシュのマリア像に影響を受けていることが分かります。マリアはの中に裸足で立ちつつも無原罪性ゆえに傷つきません。

 1858年3月25日、聖母が十六回目に出現し給うた際にベルナデットが四度続けて名を問うと、聖母は田舎の言葉(ガスコーニュ語ビゴール方言)で「わたしは無原罪の御宿りです」(Que soy era Immaculada Concepciou.)と答え給いました。右腕にロザリオを掛け、胸の前に両手を合わせて目を天に向けておられる聖母は、この時の姿を写しています。





 上の写真に写っている定規のひと目盛りは、一ミリメートルです。マリアとベルナデットの顔は直径一ミリメートル以内に収まりますが、目鼻立ちが整っているばかりか、それぞれにふさわしい表情までもが表現されていて、大型の彫刻作品に劣らない出来栄えです。八重咲きに表現された薔薇の直径は 0.5ミリメートルほどですが、一枚一枚の花弁を見分けることができます。





 上の写真は本品を男性店主の手に載せて撮影しています。女性が本品の実物をご覧になれば、写真で見るよりもひと回り大きなサイズに感じられます。





 本品は突出部分も全くと言ってよいほど摩滅しておらず、制作当時のままの状態を留めています。ペンダントとして頻用された品物であれば、服地と擦れ合う裏面に摩滅が見られるはずですが、本品には使用の形跡が無いので、おそらく販売されないまま新品の状態で残っていたものと思われます。数あるノートル=ダム・ド・ルルドのメダイの中で正面向きの作例は珍しく、無原罪の御宿りという可視化しがたいミステリウム(羅 MYSTERIUM 玄義、秘義)を、身近に感じられる写実的な少女像を通して表現した貴重な作例です。





本体価格 15,800円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。





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