極稀少品 真珠母の彫刻に十八金枠 《ウィルゴー・マリア》 受胎告知のアンティーク・ペンダント フランスの彫刻家による一点もの 直径 21.9 mm 1938年


突出部分を除く直径 21.9 mm

 フランス  1938年



 真珠母(しんじゅも)のカメオによる聖母マリアの浮き彫りを、十八カラット・ホワイト・ゴールド(十八金)の枠に嵌めたアンティーク・ペンダント。およそ八十年前のフランスで、メダイユ彫刻家ジェ・ラビエ(G. Rabier)が制作した一点ものです。





 カメオ(伊 cameo)とはインタリオ(伊 intaglio)の対語で、主題を背景よりも手前に突出させて表現する「浮き彫り」の技法、及び浮き彫りによって制作された工芸品を指します。真珠母(しんじゅも)は真珠貝(アコヤガイ等、真珠の母貝となる貝)の殻を削り出した素材で、フランス語ではナークル(仏 nacre)、英語ではマザー・オヴ・パール(英 mother of pearl)と呼んでいます。本品は真珠母を素材とし、カメオの技法によって制作されたマリアのペンダントです。

 本品に彫られたマリアは、十代半ばの少女です。ラテン語で「童貞マリア」(処女マリア)を表す「ウィルゴー・マリア」(羅 VIRGO MARIA)の文字が、少女マリアを取り囲んでいます。真珠貝の白さとホワイトゴールドの白さも、処女の純潔を強調的に表現しています。





 「マタイによる福音書」一章十八節から二十五節、及び「ルカによる福音書」一章二十六節から三十八節には、マリアが聖霊によって身ごもったこと、すなわち性行為によらず、処女としてイエスを身ごもったことが記されています。「マタイによる福音書」一章二十三節には「イザヤ書」七章十四節が七十人訳に基づいて引用され、次のように記されています。

   「マタイによる福音書」 一章二十三節    「マタイによる福音書」 一章二十三節 (新共同訳)
      Ἰδοὺ ἡ παρθένος ἐν γαστρὶ ἕξει καὶ τέξεται υἱόν, καὶ καλέσουσιν τὸ ὄνομα αὐτοῦ Ἐμμανουήλ, ὅ ἐστιν μεθερμηνευόμενον Μεθ' ἡμῶν ὁ θεός.
      「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」この名は、「神は我々と共におられる」という意味である。
           
     七十人訳「イザヤ書」 七章十四節    「イザヤ書」 七章十四節 (新共同訳)
      ἰδοὺ ἡ παρθένος ἐν γαστρὶ ἕξει καὶ τέξεται υἱόν, καὶ καλέσεις τὸ ὄνομα αὐτοῦ Εμμανουηλ·       見よ、おとめが身ごもって、男の子を産み、その名をインマヌエルと呼ぶ。


 「イザヤ書」はヘブル語で書かれていますが、「マタイによる福音書」はこれを七十人訳のギリシア語で引用しています。七十人訳において、「イザヤ書」七章十四節の「アルマー」(若い女)は、「パルテノス」(希 παρθένος 未婚の女性)となっています。「マタイによる福音書」は七十人訳に基づいて「イザヤ書」を引用することにより、マリアの処女性を主張しているのです。

 現在まで伝わるギリシア語の「マタイによる福音書」は、福音記者マタイがアラム語で記した文書を骨格とし、別の資料に基づく記事をこれに加えて、マタイではない別の記者がギリシア語で著したものです。しかしながらマタイが書いたそのままの内容ではないにせよ、ギリシア語の「マタイによる福音書」が最終的に成立した年代は十分に早く、紀元七十年から八十年頃と考えられています。したがって「イエスを受胎したときに、マリアはパルテノス(処女)であった」という考え方は、初代教会に遡れることがわかります。




(上) Fra Angelico, "l'Annunciazione di San Giovanni Valdarno", 1430 - 1432, tempera su tavola, 195 x 158 cm, il Museo della basilica di Santa Maria delle Grazie, San Giovanni Valdarno


 キリスト教の立場から旧約聖書を解釈するとき、「イザヤ書」七章十四節は、処女懐胎の預言として重要な意味を持ちます。上の写真はフラ・アンジェリコによる受胎告知画のひとつで、アペニン山中アルノ川の渓谷にある町サン・ジョヴァンニ・ヴァルダルノ(San Giovanni Valdarno トスカナ州アレッツォ県)のサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ聖堂付属美術館に収蔵されています。

 「サン・ジョヴァンニ・ヴァルダルノの受胎告知」において、天使の元后マリアは室内の椅子に座し、ガブリエルはその前に身を屈めています。マリアとガブリエルはふたりとも腕を十字に組んで胸に当て、祈りの姿勢を執っています。マリアの頭上にはの形の聖霊が臨み、膝の上には「イザヤ書」の聖句が書かれていると思われる小さな本が置かれています。室外の遠景には、楽園を追放されるアダムとエヴァ(「創世記」三章二十三節から二十四節)の姿が見えます。

 画面の上方、ふたつのアーチの間には円形の小画面があり、父なる神の姿とともに、「エッケ・ウィルゴー・コンキピエット」(ECCE VIRGO CONCIPIET ラテン語で「見よ、おとめが身ごもるべし」)との言葉が描き込まれています。これは「イザヤ書」七章十四節の引用です。





 マリアがごく若い姿で現されていること、また「ウィルゴー・マリア」(羅 VIRGO MARIA 童貞マリア)の文字があり、純潔を象徴する白によって処女性が強調されていることから、本品は処女マリアへの受胎告知を主題にしていると考えられます。

 キリスト教の象徴体系において、真珠はキリストあるいは神の国を象徴します。さらに視野を広げると、世界の諸文明において真珠は生命を象徴します。したがって真珠の母貝である真珠母は、マリアを卓越的に象徴します。なぜならばマリアはキリストの御母であり、永遠の生命を人に伝える恩寵の器、新しきエヴァであるからです。

 受胎告知の際、マリアは「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように」(「ルカによる福音書」一章三十八節)と答え、自由意思によって救いを受け入れました。それゆえにマリアは神の恵みの通り道、恩寵の器と考えられて、他の諸聖人に勝る崇敬を受けています。

 本品に浮き彫りにされたマリアは、神の花嫁のヴェールを被っています。本品の素材である真珠母の白は、白百合を思い起こさせます。「雅歌」二章において、神の花嫁マリアは「リーリウム・コンヴァッリウム」(羅 LILIUM CONVALLIUM 谷間の百合、野の百合)、「リーリウム・インテル・スピナース」(羅 LILIUM INTER SPINAS の中に咲きいでたゆりの花)と謳われています。真珠層の内側から反射する柔らかい光が、あたかも天上の微光のように、マリアを優しく包み込んでいます。





 マリアの肩あたりにグラヴール(仏 graveur メダイユ彫刻家)のサインがあり、ジェ・ラビエ(G. Ravier)と読めます。筆者(広川)は同じ彫刻家による聖テレーズのメダイ、及び聖クリストフのメダイを見たことがあります。筆者が見た聖クリストフのメダイの制作年は不明ですが、本品と同じ頃のものです。聖テレーズのメダイには 1943年の日付が彫り込まれていました。

 大部分のメダイユは金属製で、鋳造または打刻によって量産が可能です。筆者が以前に目にしたジェ・ラビエのテレーズとクリストフも、金のメダイユでした。しかしながら本品の素材は真珠母ですから、打刻や鋳造で成形することは不可能であり、一点一点を彫刻するしかありません。その意味で本品は一点ものであり、このうえなく貴重な作品といえます。





 本品は銀色の金属枠に留められていますが、上部の環の刻印から、この枠は金(ホワイト・ゴールド)でできていることがわかります。





 上の写真は環の刻印を拡大しています。「ワシの頭」の刻印は、十八カラット(純度 18/24の金、十八金)を示すフランスのポワンソン(仏 poinçon 貴金属の検質印、ホールマーク)です。「ワシの頭」の検質印は、この環に通した外付けの環にも刻印されています。外付けの環の検質印は摩滅によって消えかけていますが、金細工工房の刻印ははっきりと残っています。

 真珠母製メダイユを嵌め込んだ十八金の枠は厚みがあり、本品が技法の点でも素材の点でも特別な高級品であることがわかります。





 本品の裏面には「ぺ・テ」(PT)または「テ・ペ」(TP)のモノグラム(組み合わせ文字)と、「1938年6月5日」(5, Juin, 1938)の日付が彫り込まれており、少女の初聖体を記念する品物と思われます。当時は十二歳で初聖体を受けましたから、少女はこのとき十二歳であったことになります。

 1929年10月にウォール街で始まった世界恐慌は、1931年にフランスに到達しました。この年以降、1938年までのフランス経済は、ドイツやイギリスほど酷くはないにせよ、不況に陥りました。本品はこの時代にフランスで制作された品物ですが、長年続いた経済の停滞とスタグフレーションにもかかわらず、両親は子供のために特別なペンダントを注文・購入しています。少女の両親は、きっと裕福な人たちであったのでしょう。


 1938年はフランス政府が行った通貨切り下げと自由主義的経済政策の導入が功を奏し、フランス経済の状況が急速に好転した年です。しかしながら同年9月24日、ヒトラーのドイツはチェコスロヴァキアに対してズデーテンの割譲を要求します。未曽有の災厄をもたらした第一次世界大戦の終結から二十年を経ずして、ヨーロッパは再び戦争の暗雲に覆われ、少女の初聖体から一年三か月足らず後の1939年9月1日、ドイツはポーランドに侵攻し、第二次世界大戦の火蓋が切って落とされます。多感な少女時代を戦時下で過ごすことになった少女が、聖母マリアの加護の下、無事に終戦を迎え、幸せな大人の女性となったことを願わずにはいられません。


 なお当店では、本品の裏面にあるようなペルソナリザシオン(仏 personalisation 名前や日付の記入・刻印)を、歴史記録としてのアンティーク品が有する本質的特性の現れとして、高く評価しています。アンティーク美術品が有する歴史性について、詳しくはこちらをご覧ください。





 本品の保存状態は極めて良好です。真珠母のメダイユにも金の枠にも、特筆すべき問題は何もありません。

 真珠母を素材にしたメダイはときどき手に入りますが、その多くは金属製メダイユの繊細さに及ばない粗雑な作例です。しかしながら本品の出来栄えは見事であり、金属製メダイユと同等の繊細さを有するうえに、金属では表現できない「マリアの内から発する光」を、真珠層内部からの反射光によって実現しています。

 真珠母の浮き彫りは、彫刻家ジェ・ラビエ自身が彫った一点ものです。彫刻家の署名がある真珠母の彫刻は極めて珍しく、本品が単なる信心具あるいはジュエリーの水準を超えて、疑う余地のない美術作品であることを証しています。





本体価格 75,800円 販売終了 SOLD

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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