タイティア作 「鹿が活ける水を求めるように、わが魂は神に向かって叫びます」(ブアス=ルベル 図版番号 B.C.5) 詩編に基づく二色刷り石版画 1961年


写真に写っている木製額のサイズ  縦 185 x 横 135 ミリメートル

聖画のサイズ  縦 117 x 横 64 ミリメートル


フランス  1961年



 フランス人少年の「コミュニオン・ソラネル」を記念する小聖画。ブルーを基調とした美しい石版画で、詩編の聖句に着想を得ています。





 聖画には、青色を背景に、汚れなき純白の鹿が野に立つ姿を描いています。鹿は天を仰ぎ、大きな声で啼いています。聖画の画家は、鹿の上下に、「詩編」からの引用をフランス語で記しています。

     Comme gémit une biche après l'eau vive, ainsi gémit mon âme vers toi, mon Dieu.    鹿が活ける水を求めて叫ぶように、わが魂は、神よ、あなたに向かって叫びます。
     Psaume 41    「詩編」 四十一篇


 引用の聖句が「詩編」四十一篇となっているのは、ヴルガタ訳の章節分けに拠ります。現在わが国で広く使われている聖書はマソラ本文に従って章節を分けていますので、「詩編」のこの箇所は四十二篇二節に当たります。

 「詩編」四十二篇と四十三篇は本来一体で、「個人的嘆願の詩編」という類型に属します。聖画の引用箇所からすぐ後の部分、四十二篇七節では「わたしの魂はうなだれて、あなたを思い起こす。ヨルダンの地から、ヘルモンとミザルの山から…」(新共同訳)と謳われており、この部分の地名を手掛かりに、ヘルモン山に近いヨルダン川の源流のあたりに追放された祭司またはレビ人(イスラエル十二部族のうち、祭祀を司る部族)が本編の作者であろうとも考えられています。




(上) Il Guercino, Jesus and the Samaritan Woman at the Well, 1640 - 41, oil on canvas, 116 x 156 cm, Museo Thyssen-Bornemisza, Madrid


 本品に引用された「詩編」四十二篇二節には、「活ける水」(仏 l'eau vive)という言葉が出てきます。「活ける水」とは生命力に溢れて枯れることのない泉のことであり、「ヨハネによる福音書」四章に記録された出来事を思い起こさせます。このときサマリアの女に一杯の井戸水を所望し給うたイエスは、ご自身が救いをもたらす「生きた水」(希 ὕδωρ ζῶν)であることを語られました。「ヨハネによる福音書」四章六節から十五節を、ドイツ聖書協会のネストレ=アーラント第二十六版 (Novum Testamentum Graece, Nestle-Aland 26. Verlag, Deutsche Bibelgesellschaft, Stuttgart, 1979) によるテキスト、及び新共同訳で引用します。

    6ἦν δὲ ἐκεῖ πηγὴ τοῦ Ἰακώβ. ὁ οὖν Ἰησοῦς κεκοπιακὼς ἐκ τῆς ὁδοιπορίας ἐκαθέζετο οὕτως ἐπὶ τῇ πηγῇ: ὥρα ἦν ὡς ἕκτη. 7Ἔρχεται γυνὴ ἐκ τῆς Σαμαρείας ἀντλῆσαι ὕδωρ. λέγει αὐτῇ ὁ Ἰησοῦς, Δός μοι πεῖν: 8οἱ γὰρ μαθηταὶ αὐτοῦ ἀπεληλύθεισαν εἰς τὴν πόλιν, ἵνα τροφὰς ἀγοράσωσιν. 9λέγει οὖν αὐτῷ ἡ γυνὴ ἡ Σαμαρῖτις, Πῶς σὺ Ἰουδαῖος ὢν παρ' ἐμοῦ πεῖν αἰτεῖς γυναικὸς Σαμαρίτιδος οὔσης; {οὐ γὰρ συγχρῶνται Ἰουδαῖοι Σαμαρίταις.} 10ἀπεκρίθη Ἰησοῦς καὶ εἶπεν αὐτῇ, Εἰ ᾔδεις τὴν δωρεὰν τοῦ θεοῦ καὶ τίς ἐστιν ὁ λέγων σοι, Δός μοι πεῖν, σὺ ἂν ᾔτησας αὐτὸν καὶ ἔδωκεν ἄν σοι ὕδωρ ζῶν. 11λέγει αὐτῷ [ἡ γυνή], Κύριε, οὔτε ἄντλημα ἔχεις καὶ τὸ φρέαρ ἐστὶν βαθύ: πόθεν οὖν ἔχεις τὸ ὕδωρ τὸ ζῶν; 12μὴ σὺ μείζων εἶ τοῦ πατρὸς ἡμῶν Ἰακώβ, ὃς ἔδωκεν ἡμῖν τὸ φρέαρ καὶ αὐτὸς ἐξ αὐτοῦ ἔπιεν καὶ οἱ υἱοὶ αὐτοῦ καὶ τὰ θρέμματα αὐτοῦ; 13ἀπεκρίθη Ἰησοῦς καὶ εἶπεν αὐτῇ, Πᾶς ὁ πίνων ἐκ τοῦ ὕδατος τούτου διψήσει πάλιν: 14ὃς δ' ἂν πίῃ ἐκ τοῦ ὕδατος οὗ ἐγὼ δώσω αὐτῷ, οὐ μὴ διψήσει εἰς τὸν αἰῶνα, ἀλλὰ τὸ ὕδωρ ὃ δώσω αὐτῷ γενήσεται ἐν αὐτῷ πηγὴ ὕδατος ἁλλομένου εἰς ζωὴν αἰώνιον. 15λέγει πρὸς αὐτὸν ἡ γυνή, Κύριε, δός μοι τοῦτο τὸ ὕδωρ, ἵνα μὴ διψῶ μηδὲ διέρχωμαι ἐνθάδε ἀντλεῖν.    そこにはヤコブの井戸があった。イエスは旅に疲れて、そのまま井戸のそばに座っておられた。正午ごろのことである。サマリアの女が水をくみに来た。イエスは、「水を飲ませてください」と言われた。弟子たちは食べ物を買うために町に行っていた。すると、サマリアの女は、「ユダヤ人のあなたがサマリアの女のわたしに、どうして水を飲ませてほしいと頼むのですか」 と言った。ユダヤ人はサマリア人とは交際しないからである。イエスは答えて言われた。「もしあなたが、神の賜物を知っており、また、『水を飲ませてください』 と言ったのがだれであるか知っていたならば、あなたの方からその人に頼み、その人はあなたに生きた水を与えたことであろう。」女は言った。「主よ、あなたはくむ物をお持ちでないし、井戸は深いのです。どこからその生きた水を手にお入れになるのですか。あなたは、わたしたちの父ヤコブよりも偉いのですか。ヤコブがこの井戸をわたしたちに与え、彼自身も、その子供や家畜も、この井戸から水を飲んだのです。」イエスは答えて言われた。「この水を飲む者はだれでもまた渇く。しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。」女は言った。「主よ、渇くことがないように、また、ここにくみに来なくてもいいように、その水をください。」






 この聖画において、背景に書き込まれているフランス語「ロ・ヴィヴ」(l'eau vive)は、「ヨハネによる福音書」四章のギリシア語「ヒュドール・ゾーン」(ὕδωρ ζῶν)の前表です。鹿はイエスが与え給う水を求めて叫んでいます。イエスが与え給う水は「その人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る」からです。

 ところで引用された「詩編」の句では、ヘブライ語を忠実にフランス語に写して、「ビシュ」(仏 biche)という語が使われています。「ビシュ」は牝鹿(めじか)です。しかしながら聖画に描かれた鹿には角があり、牡鹿(おじか)であることがわかります。これは絵を間違えたのではなくて、イエスが与え給う水のみが、真の意味で「ロ・ヴィヴ」(仏 l'eau vive 活きた水)であることを強調する表現です。

 牡鹿(おじか)が持つ立派な枝角は、古来ナチュール(ナートゥーラ、ピュシス)が有する「生み出す力」の象徴であり、ときに生命樹とも同一視されてきました。しかるに「創世記」二章九節によると、天地を創造された神は、エデンの園の中央に生命樹を生え出でさせ給いました。したがって生命樹はあくまでも被造物であって、たとえば北欧神話のイグドラシルのような、自然崇拝の諸宗教における神的な生命樹とは異なります。この聖画において、鹿の枝角は被造的ナチュールが有する「地上の生命力」を象徴しています。地上の生命力にあふれる力強い牡鹿は、しかしながら、キリストが与え給う「活ける水」を求め、神に向かって叫んでいます。福音書にはっきりと書かれているように、「人はパンのみにて生きるものではない」(マタイ 4: 4、ルカ 4: 4)からです。





 西洋絵画の伝統では、背景が必ず描かれます。しかしながら本品においては、鹿以外に、地形を表す数本の弧と、様式化された針葉樹の枝が簡単な線画で表されているのみで、背景は青一色にベタ塗りされています。この描法は十九世紀後半以来ヨーロッパに取り入れられた浮世絵の影響です。十九世紀は「多色刷り石版」が発達した時代でもあり、この技法のおかげで開花したイマージュ・ピウーズ(images pieuses 小聖画)には、同時代にヨーロッパに流入した日本美術が強い影響を及ぼしています。本品において背景の青は「生命の水」を表し、引用された「詩編」の聖句と響き合っています。

 聖画の左下に、画家が「タイティア」(Tahitia)と署名しています。筆者(広川)はこの人について詳しく知りませんが、おそらくタヒチ島出身の女性画家ではないでしょうか。「タヒチ」はフランス語では「タイチ」と発音しますが、1840年代にフランスの保護領となり、現在もフランス領です。

 画家の署名のすぐ下に版元の名前と所在地(Bouasse Lebel, Paris パリ、ブアス=ルベル)、聖画の右下に図版番号(B. C. 5)が刷られています。 ブアス=ルベル社(Bouasse-Lebel Éditeur et Imprimeur)は、「ブアス=ルベル」と名乗ったエングレーヴァー、アンリ=マリ・ブアス (Henri-Marie Bouasse, 1828 - 1912) が 1845年に創業し、1965年まで存続したカトリックの版元で、数多くの美しい聖画の制作で知られています。

 二十世紀前半までのフランスでは、カトリック信仰が市民生活に深い影響を及ぼしていました。教会をはじめとする宗教教育の場では、子供たちの日常生活に信仰を浸透させるため、教理問答のご褒美等に小さな聖画が与えられ、祈祷書の栞(しおり)に使用されて、宗教心の涵養が目指されました。しかしながら第二次世界大戦後には社会の世俗化が急速に進み、かつて子供たちの日常生活に浸透していた小聖画は姿を消しました。二十世紀半ば以降の小聖画には、日常生活と信仰をテーマにした作品はほとんど見られなくなり、ノエル(クリスマス)や誕生日、洗礼や初聖体など、特別な機会を記念するものに限られるようになりました。

 フランスにおける聖画制作の最大手であったブアス=ルベルも、フランス社会の世俗化の波に翻弄され、業績が悪化しました。この聖画が刷られたときの社主アルベール・ブアス(Albert Bouasse, 1868 - 1955)は、1949年の5月と12月に東洋美術の個人コレクションを競売にかけましたが、その収益も焼け石に水でした。アルベール・ブアスは 1955年に亡くなり、モンパルナス墓地に埋葬されました。その十年後である 1965年に、ブアス=ルベル社は操業を停止します。





 聖画の裏面には次の言葉が刷られています。

     SOUVENIR de ma COMMUNION SOLENNELLE    コミュニオン・ソラネルの記念に
     Église de Saint-Chély-d'Apcher    サン=シェリ=ダプシェ教会
     21 Mai 1961    1961年5月21日
     Christian PONSONNAILLE    クリスチアン・ポンソナイユ


 秘蹟聖省(現在の典礼秘蹟省)が 1910年に出した宣言により、それまで十二歳で行われていた「初聖体」(仏 la première communion) の時期は、七歳に早められました。しかしながらその一方で、フランスにおいては、十二歳のときに行われる盛大な聖体式は「コミュニオン・ソラネル」(仏 la communion solennelle フランス語で「盛式聖体拝領」の意)という名前で存続しました。十二歳の「コミュニオン・ソラネル」はカトリック教会が定める「秘蹟」ではありませんが、フランスの少年少女にとって人生の大きな区切りであり、重要な社会的行事と見做されています。

 裏面に刷られた年号は 1961年です。この頃のフランスで作られた小聖画は、ノエル(noël クリスマス)やパーク(pâques イースター)、コミュニオン・ソラネル等を直截的に描く図柄の作品がほとんどでした。しかるに本品は美しい図柄で信仰生活の心構えを説いており、古い年代に描かれた小聖画と共通する性格を有します。1961年は版元ブアス=ルベルが操業を停止する直前でもあり、古き良きフランスの残り香を留める作例となっています。





 商品写真に写っている額は、当店で用意して聖画と取り合わせたもので、アンティーク品ではありません。額の縁は木製で、自立式、壁掛け式の両様にお使いいただけます。前面にはガラスが嵌っていますが、商品写真を撮影する際は反射を除くためにガラスを外しています。

 下記の価格には、小聖画だけでなく、商品写真に写っている額、マット、ベルベット、工賃、税も含みます。商品写真に写っている額が在庫していない場合、同じ価格の他の額をご用意いたします。また商品写真とは異なるデザインや色の額をご希望の場合、同じ価格の他の額をご用意いたしますので、お気軽にご相談くださいませ。

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